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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
アフター・ザ・レイン

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294◇約束




 《()ひかり》学内ランク一位・《極光(きょっこう)》アルマース=フォールスの過去。

 彼女は恵まれていた。少なくとも、彼女の周囲の者たちはそう思っていた。

 光を浴びればキラキラと輝きを放つ、白銀の髪。

 同色の光を湛える、大きな瞳。

 絵画の中から飛び出してきたかのような、完璧な顔の造形。

 赤子のように柔らかく、弾力に富んだ肌。

 凄まじい魔力炉性能。

 加えて、生まれは裕福な商家ときている。

 これでわがままな娘であったなら、親も手を焼いただろう。周囲も呆れただろう。

 恵まれた環境にあぐらを掻き、周囲を掻き乱す問題児。よくある話だ。

 けれど、アルマールスは聡明でもあった。

 こうなっては、誰も嫉妬さえ抱かない。

 あれは違う生き物だ、と自分を納得させるしかない。

 そんな周囲の考えさえ、アルマールスには透けて見えた。

 距離をとるか、取り入ろうとするか。

 賢すぎるあまり、アルマースは人の裏まで読み切ってしまい。

 親しい友人を作ることもできなかった。

 それどころか、両親が自分を誇りに思っている一方で、どこか不気味だと感じていることにも気づいており、実の親に甘えることさえ躊躇われた。

 早熟の天才は孤独で、その顔に笑みが浮かぶ機会はほとんどなかった。

 七歳の時点で、彼女の孤独は完成されていた。

 そんな彼女にとって唯一、幸福を感じられるのが、ひなたぼっこだ。

 家の者にお弁当を作ってもらって、都市内にある自然公園に向かう。

 緑の広がる原っぱに寝転がって、目を閉じるのだ。

 肌を撫でる風、耳を擽る葉の擦れる音、まぶたの裏まで優しく照らしてくれる陽光。

 太陽の温かさに満たされている時だけは、孤独の寒さを忘れられる。

 これさえあれば、大丈夫。

 これから先ずっと独りでも、生きていける。

 自分にとって当たり前のことをするだけで、別の生き物を見るような視線を向けられる人生も、へっちゃらだ。

 そんな、ある日のことだった。

 アルマースはお弁当のサンドイッチを食べようとした。

 そこで、視界の端に映るモノが。

 見れば、人だった。子供だ。自分と同じくらいか、少し下。性別はよくわからない。煤けた髪はぼさぼさで伸び放題、服もボロボロで、体はやけに細かった。

 髪の隙間から除く瞳が、空洞みたいで、一瞬怖かったのを覚えている。

 それでも、アルマースはすぐに気持ちを落ち着かせた。

『何か御用でしょうか?』

 しかし、相手は応えない。というより、聞いていない。もっと言えば、それどころではない。

 そんなふうに感じられた。

 相手のお腹が鳴ったこと、その視線がアルマースではなくサンドイッチに釘付けなことで、アルマースは察する。

 自分に用があるのではなく、単に空腹なのか、と。

『よろしければ、どうぞ。一人で食べるには、少し多いので』

 相手は警戒した様子だったが、アルマースがサンドイッチを差し出すとじりじりと近づいてきて、ひったくるように手に取り、勢いよくかぶりついた。

 喉に詰まってしまうのではないかと心配になったアルマースが水の入った革袋を差し出すと、相手は不思議そうにこちらを見てから、それを受け取った。

 もぐもぐ、ごくごく、ぱくぱく、ごくごく、むしゃむしゃ、ごっくん。

 アルマースが止めなかったこともあってか、気づけば全て食べられてしまう。

 怒りは湧かなかった。その食べっぷりに驚いていた。

 サンドイッチの入った籠が空になったのを確認すると、相手はその場を去っていった。

『……不思議な子』

 のちにパートナーとなる少女、アルローラとの出逢いである。

 不思議な出逢いのあとも、アルマースはひなたぼっこを続けた。

 その度にボロボロの格好の子供は現れ、アルマースのお弁当を食べた。

 自分に微塵の興味も持たない相手が新鮮で、アルマースは時々話しかけたりしてみた。

 最初の内には返事ももらえなかったが、五回も逢う頃にはぽつぽつと話してくれるようになった。

 彼女が女の子だと判明したのもその頃である。

 名前はアルローラ。一人っ子。家は裕福とは言えないようだが、彼女がいつも空腹なのはそれが直接の理由ではなかった。

 城塞都市《カナン》には魔力税という制度がある。

 模擬太陽を稼働させる魔力を確保するために、民から魔力を徴収するわけだ。

 だがアルローラは《偽紅鏡(グリマー)》だった。

 武器に変化できる人間。ほとんどが魔法を搭載している。

 だが代わりに、魔力を生み出す才能には乏しい。

 だから、有用な魔法を搭載しているとかでない限り、魔力税も払えない無能と見做される。

 その場合、一般的には親が代わりに負担することになる。

 魔力か、金か。

 元々対して魔力を持っていない人間が魔力を大きく失うと倦怠感に襲われるし、金を払えば生活に響く。

 アルローラは、両親に疫病神のように扱われているようだった。

 だから体は痩せこけボロボロで、服にも替えがなく、いつも腹を空かせている。

 アルマースは、そのことに同情はしなかった。

 憐れみを求めていない人間にそれを向けるのは、傲慢な考えだと思うから。

 ただ、アルローラの隣は心地よかった。

 彼女はアルマースに深く感謝するようなこともなかったし、へつらうような態度もとらなかったし、不平等を嘆くこともなければ、理不尽に対する怒りを吐露することもなかった。

 ただ、ご飯をくれるというから、食事の時間、一緒にいるだけ。

 清々しいまでにさっぱりした距離感が、人と関わる上での煩わしさや物寂しさとはまったく違っていて、不思議な感じだった。

『アルマは、なんでここにくる?』

 自分を愛称で呼ぶようになったアルローラに、アルマースは応える。

『ひなたぼっこが好きなのです』

『ひなたぼっこ?』

 彼女の隣で実践してみせる。

 すると、ごそごそという音と共に、近くに彼女の気配を感じた。

 どうやら自分の真似をして、原っぱに寝ているようだ。

『……これ、楽しい?』

『はい、とても心地良いです』

『そう』

『そうなのです』

 それからまたしばらくして。

 その日のアルローラは、暗い顔をしていた。

『どうかされましたか?』

 彼女はしばらく口を噤んでいたが、やがてこう説明した。

 ついに親が魔力税の代理負担に限界を感じ、彼女の壁外行きが決定したのだと。

『そう、ですか』

『そう』

 食べ物に手を付けないくらい、彼女が消沈しているのが伝わってきた。

 食欲以外に無頓着に思えるアルローラだが、永遠の闇に放り出されることを恐れない子供などいるわけがない。大人でさえ、泣き崩れるような絶望なのだ。

 しかし、これもまた他人の事情。

 自分が口を挟むようなことではない。

 なのに。

『アルローラには、将来の夢はありますか?』

 アルマースの会話のテンポは独特で、よく周囲の人を困惑させた。

 だがアルローラは少し首を傾げるだけで、答えてくれる。

『わからない』

『そうですね。では、自分が大人になった時、何が出来ていたら嬉しいですか?』

 彼女は少し考える様子を見せてから、こう言った。

『今、わたし、「ごくつぶし」って言われて、おとうさんにもおかあさんにも、あんまりご飯をもらえない』

『はい』

『だから、もし、大人になれたら、好きな時に、好きなものを沢山食べられるように、なりたい』

『では、なりましょうか』

『えっ……?』

 アルローラがおそらく、出逢って初めて驚くような声を上げた。

『言っていなかったかもしれませんが、私は《導燈者(イグナイター)》なのです』

『いぐ、ないたー』

 それが《偽紅鏡(グリマー)》を扱う人間であることは、彼女も知っている。

『私にも夢があるのです。そして組むなら、それを叶えるために力を尽くしてくれる方がいいです。心の中で笑われたりするのは、悲しいですから』

 アルローラは口をぱくぱくとさせていたが、少し経ってから声を発した。

『わたし、でも、使えないと思う』

 正確には、使うことができないと思う、だろう。

 アルローラは十三の魔法を搭載している。

 それだけ聞くと、まさに破格だ。

 しかし、一つの魔法につき、接続可能窩(ソケット)を一つ埋めてしまうのだ。

 そして、限られた魔法のみを使う、ということが出来ない。

 一人の《導燈者(イグナイター)》が同時に展開できる《偽紅鏡(グリマー)》の限界数を、接続可能窩(ソケット)と言う。

 つまり、接続可能窩(ソケット)が最低でも十三ないと、そもそもアルローラを展開できないのだ。

 これは生来のもので、増減しない。

 平均は、三。

 十三もの《偽紅鏡(グリマー)》を同時展開できる天才でも現れない限り、アルローラの才能は無価値なのだ。

 ゆえに、都市も彼女を壁外に捨てることにした。

『私の接続可能窩(ソケット)は、十三です』

 アルローラが目を見開いた。

 こんな偶然があるだろうか。

 たまたま出逢った二人。

 それが《導燈者(イグナイター)》と《偽紅鏡(グリマー)》で。

 十三もの《偽紅鏡(グリマー)》を同時できる天才と、十三もの接続可能窩(ソケット)を埋める代わりに十三もの魔法を搭載した武器だなんてことが。

『……アルマの、夢は?』

『ふふ、よくぞ訊いてくださいました。私の夢は――本物の太陽を取り戻して、本物のひなたぼっこをすることです』

『ほん、もの?』

 アルマースは、暗闇の世界は魔王の魔法によるもので、それが解ければ常闇は終わり、世界に本物の太陽が復活するのだと説明した。

 今ある模擬太陽はその名の通り、本物ではないのだと。

『じゃあ、アルマは、魔王を、倒す? 魔人の、王様を?』

『えぇ。私だけでなく、パートナーとなる人も一緒に、ですが』

『ごはんと、ひなたぼっこ。そんな理由で、領域守護者になっても、いいの?』

 アルローラが、困惑気味に言う。

 アルマースは、笑顔で頷いた。

『誰を不幸にすることなく自分が幸福になれるのなら、それはとても素晴らしい夢だとは思いませんか?』

『……わからない』

『そうですか』

『でも、夢、叶ったら、嬉しい、ね』

 アルローラの瞳は、潤んでいた。

『そうですね。叶ったら、とても嬉しいです』

『アルマは、わ、わたしで、いい?』

 アルローラの声は、震えていた。

『貴女がいいのです』

 アルマースの心は、気づいていた。

 この少女と一緒にいる時、この少女が美味しそうにご飯を食べている時、この少女とひなたぼっこをしている時。

 自分は笑えているのだと。

『わたし、ごくつぶしの、役立たずだと思ってた』

『そんなことはありませんよ。貴女は私の大好きな友達で、一生のパートナーです。大人になったら太陽を取り戻して、ピクニックしましょう。貴女がその時食べたいものを沢山作って、その後は並んでひなたぼっこです』

『うん……アルマと食べたい。アルマと一緒が、一番美味しい』


 ◇


 二人の幼い少女は、この時に語り合った未来の実現がために、領域守護者となった。

 孤独から脱却した天才と、その天才にしか扱えない異端の武器。

 その組み合わせは、都市一の難関と言われる《()(ひかり)》訓練機関において、ランク一位になるに至った。

 だが、強くなるほどに、太陽の奪還がいかに困難かを実感することになる。

 そして、二人だけでは無理と判断。

 更なる仲間を探したが、同じ熱量を共有できる者はいなかった。

 今までは(、、、、)

 ヤクモ=トオミネ。

 彼は言った。自分が夢を明かした時に、こう言ったのだ。

 ――『なら、僕らの代で太陽を取り戻さないとね』と。

 同じ志を持つ人間に、ようやく逢えた。

 彼のパートナーであるアサヒ=トオミネもまた、太陽の奪還に本気。

 自分達だけではなかった。たった二人ではなかったのだ。

 太陽を取り戻さんとする戦士が、私達以外にもいた!

 彼らに仲間になってほしい。

 だが、その強さを目の当たりにした今、それだけではなくなっていた。

 騎兵の群れも、剣と槍の暴雨も、龍さえも、兄妹を倒すには至らなかった。

 なんと頼もしいことか。そう喜ぶべきところなのに。事実、歓喜に震えているのに。

 同時に、負けたくないとも強く思っているのだ。

「アルローラ」

 《導燈者(イグナイター)》は、武器化した状態の《偽紅鏡(グリマー)》と意思疎通が可能。

『……なに』

 自分の口角が上がっていることに、アルマースは無自覚だった。

「勝ったら、何が食べたいですか」

『……アルマ』

 アルマースが戦いの中でこんな軽口を叩くのは珍しい。

 それをわかっているから、アルローラは困惑していた。

「教えてください」

 再度尋ねると、応えてくれる。

『……おにく』

「いいですね、お肉にしましょう。約束です」

 アルローラに搭載された十三の魔法。

 ヤクモたちに知られているのは、共闘した際に使用した『俯瞰』『伝心』と、その時に情報共有した『治癒』と『増強』。

 更にはこの戦いで使用した『騎兵の創造・操作』『干戈の創造・操作』『龍の創造・操作』『土』属性魔法。

 ここまでで八つ。

 残る五つが、ヤクモにとっては未知の魔法となる。

 彼らの適応力は異常だ。既知の魔法で虚を突くのは困難。

 未知の五つを有効に活用して、勝利を掴む。

 ――魔力を消費し過ぎました。

 さすがに五つ全てを使うような余裕はない。

 だがそれでも、勝つのは自分たちだ。

 ヤクモは、白銀の粒子を足場に空中に立ち、こちらを見下ろしている。

 アルマースは浮遊する剣を呼び寄せ、それに飛び乗った。

「空を駆けることができるのは、隊長だけではありませんよ」

「そのようだね」

 決着の時は、きっと近い。




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↓他連載作↓

◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
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― 新着の感想 ―
[良い点] んぁ!?更新再開!??!!やったぜ
[一言] 更新ありがとうございます
[良い点] 神
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