２９３◇屠龍
アルマース組は《燈の燿》学内ランク一位。
《極光》の銘を冠する強者。
《偽紅鏡》》であるアルローラは、様々な武器の形をとることが出来、様々な魔法を搭載している。
《《導燈者》であるアルマースは同時に十三の魔法を操る才能を持ち、それによってアルローラの能力を十全に引き出すことが可能。
実際、ヤクモ達の前にはその能力を証明する光景が広がっていた。
つい先程ヤクモ達の赫焉粒子で作り出した分身は、何かに喰われた。
その何かというのは――龍だった。
家族に聞いたことがある。幻想上の生き物と言われている存在だ。
空を泳ぐ、巨大な蛇とでも言えばいいか。その頭部からは角が生え、まるで獣のような顔をしている。
そんな龍が、分身を食らった。
それだけではない。
フィールドの半分を埋め尽くすのは騎兵。
アルマースの格好は鎧とドレスの合子のようなものへと変じており、見たこともない装備も多く身につけている。
剣を握るアルマースの背後には剣と槍が浮遊し、空間を満たしていた。
どれが魔法で、どれが武器化したアルローラなのかさえ、判然としない。
彼女には他にも『俯瞰』や、先程見せた土を操る魔法もあるのだ。
なんという才。
それを完璧に操れるようになるまで掛かったであろう、尋常ではない修練。
天才でさえ入校試験に落ちる《燈の燿》。
選ばれし者の中から更に選別を続けた先に残った、頂点。
彼女の本気に対し、無才のヤマト民族、魔法を持たぬ《偽紅鏡》のコンビは――まったく動じていなかった。
『兄さん、どうしますか』
答えは決まっている。
少年は当たり前のことのように、それを口にするだけ。
「全て破壊する」
アルローラの武器化には非実在型も含まれる。目の前の全てを破壊したところで、人間状態には戻せない。武器化解除によって戦闘不可状態に追い込むやり方は使えない。
だからなんだというのか。脅威を一つ一つ取り除き、勝敗の決するまで戦うのみ。
彼の相棒もまた、それを理解していたからこそ、準備していたセリフを返す。
『承知』
「……素晴らしい。躊躇いというものがない。考えが足りないというわけでもない。貴方は、迷うことが無駄だと理解し、自分にそれを徹底できる精神性をお持ちなのですね」
少数対多数の戦い方は、幾つかある。
相手が理性ある集団なら、最も強い者あるいは指揮官を先んじて倒すという手もあるだろう。
敢えて隘路に飛び込むことで、一度にこちらを襲える人数を減らす方法だってときには有効。
大きく分けて、短期決戦での戦意喪失狙いと、長期的にその場を凌ぎ続ける持久戦がある。
問題は、この戦いにおいて採れるのが後者だけで、更にその有効性が低いこと。
時間切れなどないし、勝つまで諦めないことは明白であるし、援軍は望めないのだ。
故に、既存の常識に囚われぬ方法を採る他ない。
すなわち――。
「『八方死地』」
ヤクモはアルマースの出した騎兵の群れに――飛び込むように駆け出す。
自殺行為としか思えない行動に、会場に動揺が走る。
「――！ どうか轢き殺されぬよう」
アルマースは、驚きこそしたが即座に対応。騎兵の全てを進軍させる。
ヤクモは自問する。
自分にあるのはなんだ。
ヤクモは自答する。
身につけた剣技。己の肉体を操る技術。数え切れぬ暗中での戦いの果てに手にした、綻びを見る眼。
そして、世界一の妹と名刀。
不十分か？
――まさか。
これ以上望むべくもない。
フィールドを踏み鳴らす馬蹄の音。甲冑の擦れる音が奏でる戦の歌。立ち上る土煙が、地上の半分を覆い隠す。
目の前に迫る騎兵達、その突撃。目の前の一騎や二騎屠ったところで戦況は欠片も変わるまい。
圧倒的な数の差に、少年はただ轢かれるのみ。干戈を振るうまでもなく、ズタボロに千切れ飛んで終わるのが目に見えている。
兄妹以外の目には、そう見えているだろう。
『白銀槍衾、いけます』
「展開」
次の瞬間、白銀の光が煌めいた。
激突、衝撃、耳を劈くような戦いの音。
それに混じって、観客席からの声も聞こえる気がした。
「な、何が起こった！？」「あれ夜鴉……か？」「違う！ よく見ろ！ 一つじゃない……」「……騎兵が……」
それは、砲台と槍を融合させたような形状をしていた。通常砲にあたる部分が、槍に代わっているのだ。
古く、対騎兵に用いられた長柄の槍を想起させるそれは、白銀粒子によって無人で実行可能なレベルに形を変え、現代に蘇った。
騎兵殺しの槍衾によってアルマースの兵士と馬は時に串刺しに、後続は追突し転倒、ある者は勢いを殺しきれず宙へ吹き飛んでいく。
白銀粒子の総量の問題で、守れるのはヤクモの正面のみ。幅は精々が三人分程度。
騎兵の数を思えば、全滅には程遠い。
しかしこれで良かった。
通り過ぎていく彼らは、急には止まれない。ヤクモの側にはいるのに、ヤクモを襲うことが出来ない。
集団としての動きと、自分たちの直線的な速さが仇となって。
再びヤクモを襲うには、曲線を描くように回り込むか、ステージ端で止まったのちに転身する他ない。
ヤクモは疾走の勢いそのまま、槍を駆け上がる。『白銀槍衾』によって食い止めた騎兵達の内、いまだ崩壊していない個体の綻びを見極め、素早く断ち切っていく。
魔法なら再度練り直しになるし、武装ならば《偽紅鏡》へのダメージとなる。
「……お見事です。しかし、対地のみでは不十分。対空は万全ですか？」
空を埋め尽くす、剣と槍。
突発的な刃物の豪雨がヤクモを襲う。
しかし、その雨がヤクモを血で塗らすことは無かった。
――『巻取』。
グッ、と己の体が後方に強く引かれるのに合わせ、ヤクモは地を蹴った。
「……糸……縄、ですか」
通り過ぎる騎兵の一体に、白銀粒子で編んだ縄をくくりつけていたのだ。馬の移動に合わせて伸ばし続けていた縄を、このタイミングで縮める。
それによってヤクモの体は急速に馬側に引き寄せられることに。
目の前の地面にザクザクと刃が突き刺さっていく。
「準備が万全だったことの方が少ない。それでも僕らは勝ってきました――」
壁の外。暗闇の世界。常に不足する人と食料。体の芯まで凍えるような寒さ。
それでも、ヤクモとアサヒは戦い続け、勝ち続けてきた。
不利も窮地も当たり前。驚くほどのことではないし、準備が足りていなくても戦いはやってくると知っている。その上で、勝つために力を尽くすだけだ。
「――今日も同じだ」
「……そうはいきません」
アルマースがいかに優秀な《導燈者》だとはいえ、その精神力にも限度はある。
永遠にこれらの物量を操作・維持など出来るものか。
持久戦のみで勝つことは出来ないが、まったく無意味ということではない。
空中で姿勢を整え、疾走する馬の背に着地。騎士の首を刎ね、アルマースが馬に指示を出す前に別の騎兵へと飛び移る。これを繰り返す。何度も何度も繰り返す。
「嘘だろ……馬から馬へ飛び移ってる」「アルマースはなんで馬を止めないんだ！」「既に中央まで食い込まれてる！ ここで止めたら隊列がめちゃくちゃになるだろ！」「既にめちゃくちゃだろ！ それなら――」
剣が。
騎兵もろともヤクモを貫かんと迫っていた。
「凌ぎ切る」
『はいっ！』
赫焉刀を周囲に展開。
前方の空間を満たす剣と槍が、突撃を開始。
ヤクモはそれらを雪色夜切によって弾き、断ち切る。時に回避し、時に馬や騎兵を盾としながら動き続ける。四方八方から迫る戦意。残った騎士も下馬すると剣を抜いてこちらに迫ってくる。
これでいい。
確かに脅威だが、圧倒的物量を有効に活かせていない。
一瞬の隙も命取りの状況には違いないが、これならば対応出来る。
「えぇ、ですがそこに幻想上の生物が加わればどうなりましょう」
竜が。
大口を開けて、ヤクモの横を突く。
複数の騎士と武器を巻き込み、やつは――ヤクモを食らった。
否――ヤクモ自ら飛び込んだのだ。
「待ってたよ」
ヤクモは赫焉粒子を足場に、竜の口腔内へと駆ける。
ガキンッ！ とすぐ後ろで竜の歯が打ち鳴らされた。
生暖かい風が吹く。
「『十握』」
共に食われた赫焉刃の全てが粒子へと戻り、即座に雪色夜切本体に纏わりつく。
アヴァロンでも使った技だが、同行していないアルマース組はこれを知らない。
赫焉粒子の全てを集中し、巨大な刃とする。
厳密には、足場とする極少量は確保しているが、それ以外の全ては一振りの剣と化した。
巨大な蛇にでも丸呑みされたら、こんな光景を目にすることになるだろうか。
まるで肉の洞穴。
そこに刃を突き立て、押す。肉を裂く感触。幻想上の生物だろうが、体の中まで硬いということはあるまい。刃は刺さった。進む。一歩、一歩。赫焉粒子を足場に、前へ前へ。次第に、それは疾走と呼べる速度へと変わっていく。暴れまわる竜。上下左右さえ分からなくなるような感覚。視界は絶えず揺れ動く。それでも構わず、走る。走る。走り抜ける。
「敵が、どれだけ強かろうと――ッ！！」
「まさか……そんな……」
そんな声が聞こえたのは、竜が耐久限界を越え、崩壊した後のこと。
戦装束に身を包んだ最強の乙女は、竜を屠り天に立つその少年を仰ぎ見る。
ヤクモは『十握』を解除し、雪色夜切の切っ先を眼下のアルマースへと向けた。
『わたしと兄さんに断ち切れぬものはないと知りなさい！』
「本当に……本当に素晴らしいです、隊長。だからこそ、貴方が欲しい」
