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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイドリーム・デイズ

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29◇相手

 



 授業や自主訓練、任務などの日々が過ぎ、二週間が経過した。

 家族を傷つけた者達は魔力の追加徴収という形で罰を受けた。

 これ以上生活が逼迫すれば壁外行きは免れない。余程の愚か者でもなければ過ちは犯さないだろう。

 その上、あの日以降は『赤』の見回りもあると聞いた。

 兄妹も毎日顔を出していたが、数日目には家族みんなから逆に心配されてしまった。

 確かに、心配しすぎるあまり他が疎かになっては意味が無い。

「兄さん、知ってますか」

 昼休み。

 ラピスに教わった木陰は穴場で、あれ以来ほぼ毎日利用していた。

 食事を終えた頃になって、妹が言う。

「なにをだい?」

「今日ですよ、今日」

「今日……? あぁ、予選のトーナメント表が発表されるんだったね」

 予選開始は最速のもので一週間後だ。

「そんな軽い調子でいいんですか? そりゃあ、兄さんは最高の兄さんにして最高の剣士ですけれど、わたしは正直緊張しています」

「そりゃあ僕もだけど、変わらないだろう?」

「変わらない?」

「僕らが獲るのは一位なんだから、誰とあたるかを気にしてもあまり意味が無いよ」

 既に自分達を除く上位三十九組の名前や能力は頭に入れてある。

 ランク上は全員格上。

 だが、そんなことはとうに承知している。

「……さすが、わたしの兄さんです」

 いつものような褒め言葉。

 なのに、いつもとは違う響き。

「あ、あのっ」

 その違和感は、モカの声によって掴みきれずに霧散してしまう。

 緊張した面持ちの彼女を見て、ヤクモもアサヒも居住まいを正した。

 相手が真面目な話をする時は、こちらも真摯に聞く。家族の教え。

「わ、わたし、あの、今日はお二人にお話がありまして」

「どうしたのかな、そんな改まって」

 ぎゅうっと目を瞑ると、彼女は意を決して瞼と口を開く。

「わたし、スファレさまの《偽紅鏡グリマー》に採用していただきました」

 驚いた。

 でも同時に、妥当だ。

 モカ程の《偽紅鏡グリマー》は、スファレのような《導燈者イグナイター》でなければ真価を発揮出来ないだろう。

「おめでとう」

 ヤクモは祝福する。

「あの、でも、本当にいいのでしょうか。わたし、お二人には大変よくしていただいたのに、このタイミングでは、まるで……」

「まさに裏切りおっぱいですね。アタシ達の優勝を阻もうとライバルに寝返るとは」

「はわわ……決してそういう意図はっ」

 ふっ、とアサヒは笑う。

「えぇ、分かっています。おめでとう」

「アサヒさま……!」

「あなたがわたしと兄さんの愛の巣から消えてくれると思うと祝福の気持ちが湧いてくるんです。さらば無駄巨乳」

「……酷いですよぉ」

「それはそれとしてあなたの料理の腕は捨てがたいので、今後もその面ではお願いしたのですが」

「アサヒ。これからは二人で頑張ろう。モカさんに教わった技術を活かす時だよ」

「わたしはですね、自分の作ったもので兄さんに作り笑いをさせてしまうくらいならもう作らないと決めたのです。愛は美しいですが、明らかに不味いのに美味しいと言わせるなんて出来ません!」

 上達するという選択肢はないのだろうか。

「あ、あの。そのあたりはわたしもスファレ様と相談しまして。もし二人さえよろしければ、当面はそのままお世話になれればなと」

 パートナーはスファレだが、同居人はトオミネ兄妹ということか。

「そりゃあ、僕達は助かるけど」

「ちっ、兄さんとのドキドキ☆同棲生活の開始が遅れるのは残念ですが、あなたの料理は手放すに惜しいですからね」

 モカは表情をぱぁっと輝かせた。

「ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね」

 輝く笑顔を見ていると、ライバルになることが分かっていても応援したくなる。

 それでも相対すれば、勝つのは自分達だ。そう思わなければ。

「あらヤクモ、奇遇ね」

 ラピスが現れた。

「奇遇も何も、兄さんに逢いにきたんでしょう」

「そうね。訂正するわ。あらヤクモ、必然ね」

「そうなりますね……」

 反応に困るヤクモだった。

「どうしたんですか?」

「どうかしなければ、あなたに逢いにきてはいけないの? ならばわたしは、これから毎日、どうにかならなければならないわね。方法を考えているだけで、どうにかなっちゃいそう」

 頭がこんがらがる発言だった。

「大方、トーナメント表のことじゃあないんですか? 掲示は昼休みでしょう」

「正解よアサヒ。わたしの初戦は二十七位と。会長は一位と」

「一位……っ!? いきなり、ですか……」

 モカの顔が引き攣っている。頬がぴくぴくと震えていた。

「ちなみにクリソプレーズは三十八位に食い込んで、三十二位と戦うそうよ」

「地味な対戦カードですねぇ」

 兄妹が驚かないのは、ネフレン自身が報告にきたからだ。

 次は勝つとそう言われた。

 そこに以前のような悪意も害意も無かった。純粋な勝敗を求めての勝負。

 だから、笑顔で勝つのはこちらだと応じておいた。

「それで? もったいぶらずにわたし達の対戦相手を教えてくださいよ」

「分からない?」

 ヤクモには分かった。

 彼女との共通の知り合いで、名前を聞いていない人物が自分達の他にまだ一人残っている。

「ドルバイト先輩ですね?」

 ラピスはいつも通りの薄笑みを湛えたまま、えぇと頷く。

「四十位のあなた達の対戦相手は、七位の《無謬公》よ」

 誰が相手でも勝つ。

 だが、いきなり仲間とは。

「やりづらい?」

「いいえ、真剣勝負ですから」

「そうね。楽しみにしてるわ」

「ラピスさんの試合も」

「あなたが見ていてくれるというだけで、なんだか普段より頑張れる気が――アサヒ、邪魔をしないでもらえるかしら?」

 アサヒがヤクモとラピスの間に体を割り込んだのだ。

「わたしの目の黒いうちは兄さんに言い寄る女は許しません」

「……ヤマトの人間は年齢を重ねることで瞳の色が変わったりするの?」

「比喩です、比喩!」

 二人の口論が始まり、モカがオロオロしだす。

 ヤクモは思考を巡らせた。

 《無謬公》。

 彼は予選参加者の中でも、特にトオミネ兄妹と相性の悪い相手だった。




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