281◇対峙
領域守護者の中でも特に大きな功績を上げ、その強さによって『いずれ世界に夜明けを齎してくれる』と人々に希望を抱かせる。
そんな者達を《黎明騎士》と呼ぶ。
承認待ちであるヤクモ・アサヒペアを除けば世界でたった七組。
その一角を担うミヤビ=アカザは今、壁の外にいた。これから起こることを考え、巻き込まぬようにと都市から距離をとった。
相棒であり妹でもあるチヨは大太刀へと姿を変えている。
桃色の髪をした魔人、セレナは横に。
その足元にはもう一体、拘束された魔人が転がっている。
先日、弟子であるヤクモペアは人類領域《アヴァロン》へと赴いた。《黎明騎士》第一格アークトゥルス・ヴィヴィアンペアに招かれたのだ。
だがそこを《耀却夜行》なる組織が急襲。多くの死者が出た。その中にはアークトゥルスのパートナーだったヴィヴィアンも含まれる。
犠牲を出しつつも、捕まえたのがランタンという魔人だ。
なんと、《耀却夜行》は魔王直属の組織だという。
世界を夜で固定した張本人。
魔法の効力は本人が死ねば解ける。魔王さえ倒せば、世界には光が戻るのだ。
奴らは非常に結束が強い集団のようで、ランタンの取り調べを担当する我らが《カナン》まで仲間を取り戻しにくるのだとか。
セレナのその情報を信じ、ミヤビはここまでやってきたわけだ。
移動はセレナの『空間移動』を利用。
「ほんとに来んだろうな」
「うるさいよババア」
「あ?」
「なにさ」
『……姉さん、一々相手していてはキリがありません』
このセレナとかいう魔人、美しいモノが好きという魔人にしては特殊な価値観を持っている。大勢を殺し都市に甚大な被害を与えながらも殺されていないのは、有用だから。ヤクモに強い関心を持った彼女は、人類との取引に応じた。
当初は強硬に殺すべきだと主張していた者達も、今では静かになった。それくらい、彼女の力は使えるし、人類に貢献した。
ただ心変わりしたわけではない。
彼女は相変わらず、人の命なんてものに露程の価値も見出していない魔人という生き物なのだ。
美しいモノ好きとは言っても女性は興味の外らしく、ミヤビもババア呼ばわりだった。
苛立たないと言えば嘘になるが、妹の言葉は尤も。
一つ舌打ちを漏らし、黙って闇を見る。
「ねぇ、ババア」
斬っちまうぞクソ魔人という考えが浮かぶより先に、戦士としての自分が反応した。
「あぁ、やっと来なすった」
思わず唇が笑みの形に歪む。
「アカザ殿!」
『白』の制服を着た青年が現れた。
「何をお考えですか! 魔人を連れこのようなところに――」
「何のつもりだ?」
「それはこちらが言いたい。アカザ殿、いかに《黎明騎士》といえど――」
「あぁもう、面倒くせぇ」
ミヤビは大太刀――《千夜斬獲・日輪》で若者の胴を薙ぐ。
青年の身体は上下で真っ二つに切り裂かれ――なかった。
「あれ、オレ何か間違えたかな」
咄嗟に後退し、斬撃を躱したのだ。
青年の口調と雰囲気が変わり、その輪郭までも歪んでいく。
皮が剥がれるようにして現れたのは、黒髪黒瞳の青年。淡黄色の剣を握っている。
「アンタ、ほんと最近いいとこなしよね」
金髪の魔人だ。何故か全裸だった。黒い鞭を持っている。
「まだ責めるかな、エル」
「幾らでも責めてやるっての。見なさいよランタン縛られてるじゃない可哀想過ぎる全部アンタの所為よ後で殴るから」
「骨を折られないだけマシって思うことにするよ」
女が青年に鞭を振るう。青年がそれを軽く避ける。
「アンタのそういうところ、ほんとむかつくのよね」
「オレはオマエが嫌いじゃないけどね」
「やめて、鳥肌立つから」
「裸だからだろう。夜は冷える。ずっと夜だけど」
「アンタがキモすぎるからでしょ」
「いつまで喋ってやがる」
暗闇が灼熱される。
目を灼く程の業火が噴き上がり、くだらない会話に興じる敵を襲う。
が、その炎は急速に勢いを失い、やがて消えた。
「……相変わらず気が短いな、ミヤビ。チヨも大変だろう」
黒髪の青年――アカツキが苦笑している。彼の剣がミヤビの魔法を吸収したのだろう。ヤクモからの報告にもあった。防がれることは織り込み済み。実際に目で見たかったのと、とにかく会話を止めたかった。
「魔王の手先に成り下がるとはな、師匠が泣くぞ」
「手先じゃないよ。仲間だ」
「あたしとお前もだろう」
ミヤビとアカツキ、チヨと奴の幼馴染はかつて同じ者に師事していた。同門だ。
「うん。姉弟弟子のよしみで仲間を返してくれたら、これからもいい関係を築けると思う」
「寝ぼけたことを抜かすなよ。魔王を殺す為に磨いた腕で、魔王を守ってどうすんだ馬鹿野郎」
アカツキはずっと微笑んでいる。
「人間はみんな、太陽をもう一度見たがってる。かつてのオレもそうだった。けど、『みんな』はオレ達のことを人間だと思ってない。ヤマトに人権なんてないじゃないか。だから、オレは思ったんだ。太陽なんて絶対に見せてやらない。子供染みてるかな、でも本気だ。これは、復讐なんだよ」
「……お前、オウマはどうした」
彼の《偽紅鏡》は、ヤマトの少年だった。
「あはは、ミヤビ。決まっているだろう。死以外がオレとアイツを分かつことが出来るとでも? 死んだよ。ヤマトなんて助ける価値がないとさ。オレ達は、彼らを助ける為に戦ったのに」
『……っ』
チヨの動揺が伝わってくる。
《アヴァロン》のような例は非常に稀で、ほとんどの都市はヤマトを疎んじてる。《カナン》もそうであるし、離れ離れになった後にアカツキ達が辿り着いた都市でもそうだったのだろう。
そして彼は、パートナーを失った。おそらく、いや間違いなく、都市に見捨てられた所為で。
彼のやっていることは、八つ当たりだ。だがその気持ちは、ミヤビにも分かった。今の世界はヤマトに冷た過ぎる。
かつてミヤビも彼も、それを変える為に戦おうとした。
だが今、道を違え、敵同士として交差している。
「オマエには、きっと分からないだろうな。オマエは、たまたまヤマトに生まれただけの天才だ。殴られても反撃して相手を屈服せることが出来る。でもさ、普通のヤマトは弱いから、虐げられても逆らえないし、見捨てられたら死ぬんだ。ヤマトの為を思うなら、差別主義者を全員殺してくれよ」
アカツキはヤクモとアサヒに優しかったという。同胞への情は失っていない。ただ、普通の人間が彼らを見捨てたから。そちらが同胞ではないと見なすなら自分もそうしてやる、と考えを改めた。
「一度決めたことは曲げん。魔王は殺す。邪魔するならアカツキ、お前もだ」
「……格好いいなぁ、ミヤビ姉さんは。憧れてたよ。ほんとさ。姉さんが誰かに負けるなんて想像出来なかったし、負けてほしくないと思った。今も同じだ。だからみんな、オレにやらせてくれ」
一瞬だけ、アカツキは弟弟子に戻った。そしてすぐに、再び敵となる。
「殺せるわけ?」
エルと呼ばれていた魔人が問う。彼女の他にもう二人、魔人の姿があった。
「出来れば殺したくない。この人が死ぬと、ヤマトの人間は希望を失ってしまう」
「はぁ? アンタね、今の仲間はアタシらでしょう」
「分かってるさ」
アカツキは薄笑みを湛えたまま、ミヤビを見た。
「命を貰うよ、《黎き士》」




