274◇蠢動
その日、《カナン》を襲った魔獣達は妙だった。
数が膨大というわけではないのだが、普段は一塊になって突撃してくるところを、厚みを減らして幅を出しているような……。
その所為で『白』の各隊も必然的に広がらざるを得なくなっていた。
「なんだかこいつら、いつもと違くないか?」
ある《班》の前衛が、首を傾げながら四足獣タイプを魔法を『火』属性魔法で火炙りにする。
「散らばってるっていうか、やけに広がってる感じがするな。いつの間にか隣の《班》が見えなくなってる」
魔力防壁担当の青年が同意するように応じる。
「魔獣は魔獣でしょう。さっさと済ませましょう」
もう一人の前衛が、近づいてくる魔獣を『風』魔法の刃によって両断しようとした、その時だ。
「――な」
弾かれた。
「ははっ、魔力をケチったか? 魔獣の防壁に弾かれるなんてよ」
「まさか、そんなわけありません」
「いいから俺に任せておけって。ミスをカバーしてやるよ、仲間だから」
わざとらしい『火』の遣い手の言葉に、他の班員達は笑う。
「いやだから――」
「いいっていいって」
魔獣に火球が向かう。
またしても、弾かれる。
そしてようやく、その《班》から笑みが消える。
「二人して何の冗談だ? 面白くないぞ」
「……違う、有り得ない」
「ちゃんと魔力は込めました。なのに――」
魔獣の突進はついに、《班》を包むように広がっていた半球状の防壁を突き破る。
「あー……そろそろいいわよね」
目を疑う光景だった。
魔獣が走りながら徐々に姿を変え、人型になり、二足歩行となり、そして。
美しい、女性の姿になったのだ。
一糸纏わぬ姿の、金髪の麗人。妖しい美貌の女性は恥じらいもなく近づいてくる。
突然の出来事に、彼らは一瞬硬直してしまった。
それが命取りだった。
「――え?」
「あなたが『風』属性よね」
少年の心臓に、女性の腕が突き刺さっている。
「あ、え?」
たった一瞬で眼前まで距離を詰めた女性の美しさは、人間離れしていた。
それもその筈、というべきか。
女性の側頭部からは、角が生えていたのだ。
「ま、じん」
「その言葉嫌いなのよね。『人』が基準になっていて、どうしようもない傲慢さが滲み出ているでしょう?」
少年が最後に見たのは、女性の姿がぐにゃりと歪み、どういうわけか――自分の姿に変わったこと。
◇
それから数秒もしない内に、その《班》は全滅した。
「もういいわよ」
女性――少年の姿になっている――の合図と共に、虚空から出現するように五つの気配がふっと近くに感じられる。
「あぁ、これだな。ヤマト混じりのお嬢さんが、これと同じのを着ていた」
《導燈者》と《偽紅鏡》合わせて六人分の死体を見下ろしながら頷くのは――アカツキ。
既に負傷した腕は治癒されているが、心なしか反対側のそれよりも細い。治癒で筋力は戻らない、その所為だろう。
「そう、なら当たりね。まったく全部アンタの所為よ、このアタシに魔獣の姿をとらせるなんて」
「そう言うなよ。ランタンを助ける為だ」
「えぇその通り、ランタンが捕まってなきゃこんなことしないわ。いいわね覚えておきなさい、万が一ランタンが酷い目に遭っていたら、アンタの骨という骨を折ってやるからね」
「は? アカツキにそんな口利かないでよ」
「なによミミ、アンタとアカツキが任務失敗した挙げ句ランタン見捨てて逃げたのは事実でしょう? こっちはその尻拭いに駆り出されてるのよ? 感謝するならともかく突っかかってこないでくれるかしら?」
「なにおぅ!」
二人の口論が白熱する前に、アカツキは話を進める。
「上にいる青い奴らの目はともかく、地上の奴らが近づいてくるかもしれない」
「アンタに言われなくても分かってるわ。アンタ女やりなさいよ、面白そうだから」
「ご希望に応えたいのは山々だが、生憎と女の《導燈者》は転がってない」
「ちっ……《偽紅鏡》ならいるでしょほら、困らないでしょ」
「上手く擬態する必要があるだろ、なら敢えて逆を演じる利点はない」
「むかつく奴ね。まぁいいわ」
そう言って女性が魔法を発動すると、アカツキが『火』の遣い手の姿に、ミミがその《偽紅鏡》の姿へと変わる。
他の者達も、それぞれ死者の姿へと変身した。
「ミミ思うんだけど、きみがミミ達手伝ってくれてたらもっと楽に侵入出来たのに」
「アタシは他の任務があったの。それにアンタ達が失敗するなんて夢にも思わなくて」
「へぇ、信用してくれてたんだな」
戯けるアカツキに、キッと鋭い視線が飛んでくる。
「失敗されたけどね」
アカツキは肩を竦めるだけ。
「そろそろ魔獣退治も終わる頃だ。他の《班》と合流して、壁内に帰還しようじゃないか。ランタンを迎えに行こう」
「アンタが仕切るな」
そうして。
《カナン》は知らずの内に魔王の部下達を領域内に入れてしまうことになる。




