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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイブレイク・レイヴン/トライ

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269◇銘々(4)

 



 赤と白混じりの髪、橙色の瞳。周囲に冷めた印象を与える少女。

「……っ……、……」 

 そんなネイル=サードニクスは、かれこれ三十分以上も扉の前に立っていた。

 時折ノックの形に手が動くのだが、扉を叩く前に止まる。その繰り返し。

「お嬢様」

 自分の背後に控える影の薄い少年は、声に出してはいないが間違いなく呆れている。

 クリア。ネイルの《偽紅鏡グリマー》だ。

「分かってる。言わないで」

「よろしければ、私が代わりましょうか」

「この程度、自分で出来るわ。個人的な恩義への返報を部下任せするほど、サードニクスが腐っているとでも?」

 《エリュシオン》奪還作戦において、ネイルはヘマをした。敵に遅れをとり、壁の縁から落下。

 そこをユレーアイト=ジェイドに助けられた。

 一応感謝の言葉は述べたが、それだけは足りない。

 ということで、お礼の品を持って寮まで訪れたのである。

「さすがですお嬢様。このやり取りが三回目であることを除けば、《偽紅鏡グリマー》として主が誇らしくてなりません」

「馬鹿にしてるわよね?」

「まさか。この首輪を見て下さい。私はお嬢様に忠誠を誓った身、貴方の一存でどのようにでも出来る下等な存在であることは弁えております」

「そう、なら黙って見てなさい」

「御意」

 この少年、大げさに自分を卑下してみせるのだが、実際は卑屈なのではなく主従関係を楽しんでいる節がある。

 ネイルが冷たくあたるほど喜んでいるように見えるのは、果たして錯覚か否か。

「行くわ。ノックして渡して帰るだけ。あたしにかかれば造作もないことよ」

 そうなのだ。その筈なのだが、どうにも緊張する。何故だ。分からない。

 手が震える。上手く出来ない。

「くっ」

「もう少しです。あと少し。お嬢様なら必ずや成し遂げられると信じております。さぁお嬢様、手首をくいっとするだけです。出来ます、いけます、ほら」

「黙ってろって聞こえなかった?」

「申し訳ございません。命令一つ守れない愚図には仕置きが必要ですね。いかような罰でもよろこ……謹んで受け入れようと思います」

「死になさい」

「それだけは出来ません」

「なんでよ」

「《導燈者イグナイター》を独りには出来ません。私が邪魔であれば、新しい契約者を」

「……まだあんたを捨てる気はないわ」

「でしたら、仕置きは別に」

「そうね、向こう一週間罵らないであげる」

「…………………………」

 落ち込んだようだ。少し気が晴れる。

 再び扉に意識を向けた、その時。

 向こう側から扉が開けられた。

「!」

「なにやら騒がしいと思えば……君か」

 途端に顔が熱くなる。

 姉の真似なのか、長い翡翠の髪。だが向こうが凛としているとすれば、こちらは儚げだ。姉を馬鹿にされた時は烈火の如く怒るが、そうでない時は落ち着いた喋り方をする。

 ユレーアイト=ジェイド。

「どうしたんだ口をぱくぱくさせて」

「ぱくぱくなんてしてない」

「いや……まぁいいか。本戦の件か? 意外だな、もう少し冷めたタイプとばかり」

「なによ冷めたタイプって」

「自分は強いから相手が誰でも関係ないし興味ない、とでも考えていると思っていた」

「……」

 当たっていた。

 魔法を消せるネイルにとって、予選は敵なし。彼らが弱いのではない、ネイルが圧倒的なのだ。

 だが本戦はそう甘くないだろう。

「別に煽りに来たわけじゃないわよ」

「そうか。では他校の男子寮にどのような用向きで?」

 綻ぶような微笑。

「こ、これ!」

 早くなる鼓動に戸惑いつつ、ネイルは懐から二つ折りにされた紙を取り出し彼に押し付ける。

「これは……」

 小切手だった。

「あんたんとこは《偽紅鏡グリマー》の保護に必死になってるでしょ」

「権利向上だ」

 オブシディアンは『白』と『光』を創った。インディゴライトは『青』でサードニクスは『赤』。パパラチアは今の《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》の関係性を広めるきっかけとなった。

 五色大家などと言われるのはそれだけ大きな貢献があるから。

 ジェイド家は『風』魔法持ちを多く集め、都市内での運送にかかる時間を短縮し効率を劇的に向上させた。都市間移動の際は必ずジェイド家に雇われた《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》が必要とされるほど。

 領域守護者組織以外で二者を用いることが出来るのは、《翠の風》を名乗るジェイドのそれだけである。

 近年では優秀な領域守護者を多く輩出していることでも有名になっている。

 彼らの発展には常に『風』持ちの《偽紅鏡グリマー》の存在があったからか、ジェイドは他の家と異なり武器を下ではなく対等に見ている。それが昨今の《偽紅鏡グリマー》の権利向上に繋がっているのだろう。

 彼らは《偽紅鏡グリマー》が壁の外に捨てられぬよう、魔力税の代理負担を行っている。魔力や金銭による代理負担はだが、簡単ではない。賛同者達の寄付はどれだけあっても足りない状況。

「その足しにするといいわ、少ないけどね」

「……理由は?」

「礼よ。落ちるところを、抱きとめてくれたでしょう」

 少しずつ余裕が戻ってきた。自分らしく振る舞えている気がする。

「君はサードニクス家の者だろう」

 五色大家同士はライバルのようなもの、必然各家縁の者達も仲が悪い傾向にある。

「あんたに恩があるのは、あたしでしょう。これで貸し借りなしよ」

 大会であたる前に清算しておきたかったのだ。

 立ち去ろうとするネイルの背中に声が掛かる。

「ネイル」

「何よ、シスコン坊や」

「ありがとう、いい試合をしよう」

 柔和な笑み。

「……そうね」

 なんとかそう返し、帰路につく。

「お嬢様、風邪でも引かれたのですか? お顔が赤――」

「誰が喋っていいって言ったわけ?」

「~~~~っ! 申し訳ございません」

「嬉しそうな顔をするな」

 一回戦。

 《紅の瞳》学内ランク一位《抹消域》ネイル=サードニクス

 対

 《蒼の翼》学内ランク二位《狂飆》ユレーアイト=ジェイド




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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
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