２４２◇刀身
アークトゥルスに魔力防壁を展開されては面倒だ。
だから止める。
近づいたのは、確認したいことがあったから。
そう難しいことではなかったのだが、またしても邪魔が入った。
突風のような勢いで接近するヤクモ組。
彼自身も雪白の粒子を踏んで空を駆けることが出来る筈だが、あくまで速度重視で他人の『風』魔法の手を借りたようだ。
丁度アークトゥルス組とヤクモ組でアカツキを挟み込むような形。
アカツキはヤクモの進路を妨害するように盾状の魔力防壁を複数展開。
ヤクモにはそれを破壊する術があるが、足止めにはなる。
僅かに稼いだ時で、アークトゥルスの相手を済ませるつもりだった。
アークトゥルスに斬りかかる。
彼女が自身の剣で斬撃を受け止める。
その瞬間、魔力を放出するつもりだった。
アカツキは自分が踏んでいた魔力粒子を消し、わざと落下する。
直後、首があった位置を美しい白刃が通り過ぎた。
「……早いな」
減速せずノータイムで盾を破壊しない限り叶わない速度での到着。
見損ねたが、やってのけたらしい。
彼の身体には白い鎧。彼の周囲には白い刀と粒子が浮遊。
「仕方がない」
魔力粒子によって、浮遊する彼の『赫焉』を取り囲む。
こちらの消耗も激しいが、あちらも大きな戦力ダウンだ。
ただ、これはヤクモ自身には適用できない。
彼自身の反応速度であれば回避出来るだろう。
『魔力、溜まるよ』
時間が無い。
空中で体勢を立て直し、アークトゥルスに向かって魔力を放出する。
濁流のようなそれは、アカツキの落下によって下から上へ駆け上るような軌道で。
アークトゥルスに激突する寸前、かき消えた。
崩壊し、水滴のように舞う魔力の粒子。
「ヤクモ、お前……」
――綻びを斬ったのか。
いや、と否定する。
彼の技術を疑うつもりはないが、だからこそ有り得ない。
綻びの位置は調整してから魔力攻撃を放ったのだ。
『両断』、か。
しかしそれもおかしい。
纏ってきたのなら、刃から魔力を感じる筈。
背後に接近されるまで気づかないということは有り得ない。
ともかく彼のおかげで、アークトゥルスに時間を与えることになってしまった。
朽ちた魔力攻撃の中から、ヤクモが飛び出してくる。
『ほんと、ジャマなヤツ』
再び剣技で挑もうというのか。
彼は目先の勝利ではなく、最終的な勝利を見ている。
及ばないのだとしても、アークトゥルスに更なる時間を与えることは出来ると考えたのか。
アカツキはその刀を受け止めようとして――。
『ダメ！』
パートナーの言葉に、魔力粒子を蹴って大きく後退。
それは正しかった。
一瞬。
ほんの一瞬のこと。
彼の刀、その刀身が揺らぎ、膨大な魔力が感じられたのだ。
――そうか。
これまで彼の粒子は、魔力を感じない攻撃手段という認識だった。
だが同時に、魔力を感じさせない性質も持っているのだ。
雪白の粒子で完全に覆われると、魔力は存在するが感知出来ない状態になる。
非常に使い方が限定される性質だが、ヤクモはそれを見事に利用してみせた。
刀を鞘に収めるように、刀身を刀身で覆ったのだ。
極めて薄く、だが魔力が展開出来る程度の隙間が用意されたもの。
その隙間に展開されているのが、『両断』なのだろう。
粒子が刀に被さり、即座に刀身となる。
一瞬後、再び魔力を感じなくなる。
こうしておけば魔力を感じさせないだけでなく、無闇にものを断ち切ってしまうことも防げる。
必要な時に外側の刀身を消せばいいのだ。
ミミの言葉が無ければ、二度目の武器破壊を迎えるところだった。
彼はアカツキの性格だけではない、自身とアカツキの実力差まで戦術に組み込んだ。
対応出来るから対応する、という意識さえ利用した。
――あの少女にそんな魔力は残って……いや、魔石か。
だとすると面倒だ。
遠くからの『両断』であれば回避出来るが、そんな真似はしないだろう。
少女はこれから『両断』をヤクモの刃に纏わせる筈だ。
「……厄介だな」
