238◇流動
銀光が木箱の中心を貫通する。
『魔力反応、消えてない』
妹のアイリの言う通り、光は突き抜けたが敵はまだ生きている。
さすがに見えていない者の頭部を正確に狙うことは出来ないし、それ以外の負傷など魔人からしてみれば簡単に治癒可能なもの。
ただ、治るから傷つけられてもいい、ということはない。
実際木箱が蹴破られ、中から背の低い人影が出てくる。
真っ黒なローブ姿の……童女、だろうか。フードが僅かに隆起しているのは角の所為。魔人であることは確定だが、角が小さいように思えた。
「アカツキの奴め、私一人守れんのか」
そのアカツキも軽口を返しはしなかった。
ヤクモ組とグラヴェル組との戦いに夢中だ。
この童女が屍となった騎士とそのパートナー達を操っている張本人だろう。
忌々しげに目を細めているあたり、ローブでも太陽光は辛いらしい。
魔力炉の機能も低下しているが、それでも魔法は持続している。
理由は単純。
――魔石か。
アカツキのような人材がいるのだ、事前に高魔力の魔石を用意しておくことは難しくない。
それでも木箱から出たがらなかったのは、太陽の光がそれだけ魔人にとって害悪だということ。
あるいは今言ったように、アカツキへの信頼もあったのかもしれない。
「人間に守られる魔人がいるとはな」
「理解は求めんよ」
そこかしこで戦闘音が鳴っている。
死者と生者の戦い。
死者は意志無くかつての仲間に攻撃し、生者はかつての仲間相手に躊躇いを捨てられない。
そうこうしている間に死者が増え、そしてまた……という悪循環。
「強さというのもは絶対的ではない。だが人間も魔人も格付けが好きでたまらないからな、そこで愚かな間違いを犯す。魔力炉性能や搭載魔法、実績や力量で『強さ』が確定するという甚大な誤りを、無意識の内に抱えている」
「グリームフォーラーと言ったか、お喋り好きの集団みたいだな」
「皮肉は、最も程度の低いジョークだぞ。心の歪みを露呈させる行いだ」
「魔人にご指導いただけるとは、ありがたいね」
「……まぁいい」
ラブラドライトは考える。
土塊の上に乗らないのは簡単だ。
接近する必要がないから。
ラブラドライトは天才ではない。だからこそ、誰かの武器を複写する時には事前の観察を重んじる。
その点で大会や学舎は都合がよかった。試合で敵の戦い方に至るまで観戦することが出来る。
事前の情報収集を軽んじる者や蔑む者もいるが、ラブラドライトにはどうでもいいことだった。
勝つための準備を全力で行って何が悪い。
ただ、先程アカツキが言ったように、どれだけの鍛錬と情報収集を行おうと、所詮付け焼き刃。
大剣の扱いに優れているとも言えないし、銀光の扱いも天才的ではない。
そうと知りながら、その刃で戦うと決めた。
その刃で、才能の塊を斬ると。
それだけではない。敵だって。魔獣だろうが魔人だろうが。
複写する武器を切り替えない理由は、先程まで二つあった。
一つは前述の通り、観察不足。誰の何を複写するか、見定める時間も余裕もない。
失われた一つは、敵に魔法がバレていないことによる優位。
一度は必ず不意打ち出来るというのは強みだったが、これはアカツキに見抜かれてしまった。
「私が言いたいのは、こうだ。『強さ』は流動的なもの。状況や条件によって簡単に乱高下するもの。これを理解している者は思いの外少ないのだ。言葉の上はともかくとして、実感として理解している者はな。だからこそ、心構えも何も出来ていない」
彼女の言わんとしていることは理解出来た。
此処にいる騎士達は紛れもない強者だ。全員が全員天才ではないが、魔力炉性能も練度も高い。
連携もしっかりしていれば、武器の扱いに長ける者も《カナン》よりずっと多い。
それでもどんどん傷を負い、死んでいく。
何故か。彼が弱いから? 違う。
力を発揮出来ない状況だから、だ。
手がつけられない乱暴者がいたとして。それでも女子供は決して殴らないという決まりを持っているとする。
その場合、その乱暴者の強さは、女子供の前でだけは『低くなる』と言える。心が影響し、力の全てを発揮出来ないのだから。
強さが流動的というのは、大雑把に言えばそういうこと。
仲間を斬ることへの抵抗が、彼らの実力を殺している。
「貴様はどうかな」
胸を斜めに切り裂かれた騎士、首が折れて背中が側に傾いている騎士の遺体が立ち上がる。
そして魔力炉を活性化させ、ラブラドライトに向かってくる。
銀光対策で魔力防壁も展開済み。
ラブラドライトの出力では、貫けない高魔力の防壁。
『ラブ』
「分かっているさ、アイリ」
本当はとうに分かっていた。
ただ、嫌だっただけ。
「ランタンだったか、どうもありがとう」
「……何?」
怪訝そうな視線を向けてくるランタンに、微笑みを返す。
「お前のおかげで、自覚出来たよ」
ラブラドライトは、自分の強さを自分で低くしていた。
本当は次にどの武器を使えばいいか分かっていたのだ。
ただ、その人物と戦う為にその人物の武器を複写するのとも、打倒した敵の武器を使い続けるのとも、違う。
優れていると認めて複写するのは、頼ってしまうようで嫌だった。
そんな心の働きかけが、ラブラドライトを弱くしていたのだと認識出来た。
「光源――宵彩陽迎」
大剣が弾け、すぐさま――刀となる。
長く観察してきたもので、その魔法を知り、優れていると知っている武器。
本来なら、彼女と戦うまで複写したくなかった。
オブシディアンの血が流れる武器など。
その、些細なプライドを捨てる。
「貴様にはその武器、使いこなせないのでは――いや、そうか」
『両断』は使えないが、それで格が下がるような武器ではない。
だが、ラブラドライトの魔力炉性能はとても優れているとは言えない。
結果は先程までとそう変わらないのではと考えるのは自然。
だがランタンはすぐに気付いたようだ。
二体の屍騎士が、吹き飛ぶ。
その魔力防壁は砕け、その魔力炉は貫かれ、その身は遠くへ飛ばされる。
『風』魔法。
ここまでの威力を出すことはラブラドライトには不可能。
自分の魔力炉だけでは、だが。
「……アカツキが褒めるのも頷ける。自分の強さを『高くする』思考が出来ている」
自前の魔力で土塊内部の魔石を取り出したのだ。
そこにはアークトゥルスの魔力が収まっている。




