231◇東雲
「ヤマトってのは、あんまり血が混じらないんだ。単純に、今の世界で夜鴉とガキを作ろうって考える奴が少ないんだろうな。だから数少ない同胞で集まって子を為す。都市が出来てからかなりの時間が経ってるのに、いまだヤマトだけ、血が濃いままなのは面白いと思わないか」
青年は、まるで友人に語りかけるような穏やかな表情でヤクモを見ている。
アサヒと、ツキヒにも気付いたようだ。
「でも、たまに気まぐれを起こす人間がいる。欲だか愛だか、夜鴉と子供をこさえる人間がいる。オレや、そこの二人のお嬢さんがそうだ。聞いてみたかったんだ、そう言えば」
まるで、落ち着ける場所で話し合っているような空気だが、いまだ門の前。
「どちらが悲惨だ? 単に夜鴉に生まれるのと、夜鴉混じりに生まれるのでは、どちらがより苦しい?」
ペリノアやパーシヴァル、他の騎士達が動けないのは、一般人が大勢いるから。
明らかな異常事態だが、今ここで戦いを始めようものなら無関係の民が大勢巻き込まれてしまう。
「きみの言う通り、どう生まれるかで、味わう理不尽に差は出ると思う」
魔力炉性能に恵まれるかどうか。金持ちの家に生まれるかどうか。親に望まれているかどうか。
自分ではどうしようもない範囲のことで、苦しむことは沢山ある。
青年なりの、ヤクモの問いに対する答えなのだろう。
どうしてこんなことをするか。
とても嫌なことがあって、もうそんな目に遭わされないように。
完全に同じでなくとも、苦しみの一端以上はヤクモにも分かる。経験済みだ。
「でも、それが人を傷つけていい理由にはならない」
「そうなのか?」
不思議そうに、青年は首をかしげる。
「なるだろう。オレは、なると思う」
「僕は、そうは思わない」
「優しいんだな、お前。名前は? オレは、暁月。東雲暁月」
「夜雲。遠峰夜雲」
「雲繋がりだな」
「アカツキ、その騎士達は」
「ん? あぁさすがに不自然だよな。そうだ、死んでる」
ざわめきが広がる。下手に避難指示も出せない。それをきっかけに、アカツキが動き出すかもしれない。
「次はヤクモ、そっちが答える番だ」
「僕らはこの都市の人間じゃないよ」
「まぁ、そうだよな。どの都市か……は聞かないさ。答えたくないだろうから」
「僕も聞いていいかな。答えを半分、もらってないから」
「……あぁ、魔人といる理由か。納得してもらえるかは分からないが、魔人は別に対話不能な化物ってわけじゃあない。種族としては天敵で、価値観が根本から違うというだけだ。だが、ヤマトからすればそれは、他の人間もそうだろう?」
ヤマトを都市に置くことさえ嫌悪し、役立たずと壁の外へ捨てる。
自分達を死に近づけるという意味では、魔人も都市も同じかもしれない。
全てではないにしろ、そういうところはある。
「なら、話が合う相手と一緒にいるというだけだ。他都市旅行が許されるヤマトなんて聞いたことがないから、お前もそうなんじゃないか? 見出してくれる、誰かがいたんだろう」
ヤクモ達にとってのミヤビが、彼にとっては魔人の誰かだった?
彼は何か思いついたような声を出す。
「あぁ、そうだ。出方を決めかねている奴らに教えよう。こちらは別に、殺戮は望んでいない。だから壁を壊さず、手間をかけて入ったんだ。家にこもっていれば、見逃そう。逃げる背中は追わない。ただ、目的は達成する。邪魔をすれば排除する。それだけだ。湖の乙女は保護させてもらう」
「随分と勝手だな」
ペリノアの言葉に、アカツキはヤクモの時とは別人のように冷めた表情と声になる。
「それは人類共通だろう」
「君達は既にこちらの騎士を手に掛けている。《ヴァルハラ》でも何をしたか分かったものじゃあない」
パーシヴァルがキッと睨みつけるも、アカツキは視線さえ合わせない。
「協力を拒んだんだ。壁を破るか、数人殺すかを迫られたから後者を選んだに過ぎない。オレには空を飛ぶ力はないからな」
「ヤクモ」
ラブラドライトの呼び声。
「この男の言っていることは本当か?」
ヤクモに『看破』の魔法は無い。だがラブラドライトは判断を委ねてくれた。
ヤマトに友好的なこの青年は、果たして自分に嘘をついていたか。
「いいや」
「分かった」
銀光が閃く。
銀色の粒がアカツキの頭部めがけて放たれた。
「疑問に思ったことはあるか?」
だが。
腕の一振り。
ラブラドライト組の目にも留まらぬ早技に、アカツキは即応。
銀光を斬ったのだ。
「魔力防壁を破るには、そこに込められたものより大きな魔力が必要。武器化した《偽紅鏡》はだが、武器としての性質を破壊する魔法での損壊は除き、魔力量でダメージの度合いが変わりはしない。つまり《偽紅鏡》の武器化は、魔法とは異なる仕組みによるものなんだ」
今のヤクモなら、それが異能だと分かる。
そして、アカツキが何を言いたいのかも。
「魔法の性質にさえ気を配れば、一部の例外を除き、武器は壊れない。どれだけ速くとも、泥団子じゃあ剣は折れないというわけさ。見て、斬る。お前の魔法に対応するには、それで充分」
それの、どれだけ困難なことか。
彼は魔法使いとして優れているのではない。《偽紅鏡》の性質は利用したものの、単に剣の腕で銀光を破った。
――まずいッ!
「兄さ――」
アサヒの言葉よりも先に彼女を武器化。
「ん」
あと一瞬遅ければ、アカツキはラブラドライトを斬るために土塊から跳んだだろう。
いや、間に合ったのではない。彼はヤクモが動くことを察し、跳ぶのをやめたのだ。
白銀の刀と淡黄色の剣が交差する。
「美しいカタナだな。……ふよふよ浮いているのはなんだ。まさか……黒点化してるのか」
「君を、拘束する」
「同族のよしみで、殺しはしない? 優しいじゃないか」
「ヤマトだからじゃない」
「人間だから? 夜鴉に優しい都市で育ったのか? ……いや、そういう目じゃない。なら、どういう」
黒点化のことよりも、ヤクモの思考の方が気になるようだ。
「ペリノアさん!」
叫ぶ。
彼らの行動は迅速だった。
土塊の周囲を魔力防壁で覆い、一種の檻とする。
一般人の逃げる時間を稼ぐ為だ。
「打ち合わせしたわけでもないだろうに、良い連携だな。さっきの虹色男も、お前の言葉一つでオレを攻撃した。少しお前が羨ましいよ、ヤクモ」
操られている騎士の死体が、魔力を練っているのが分かる。防壁を破る為だろう。
「お前の優しさに応えよう。殺さないよう気をつけて、排除する」
優しげに、アカツキは微笑んだ。




