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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

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230/307

230◇風雲

 


 アップルパイを食べ終わった頃。

 婦人の家を後にしたあたりで、一人の騎士が急いだ様子で近づいてきた。

 魔力でペリノアとパーシヴァルを探知したのだろう。

「どうした」

 ペリノアの落ち着いた声に、息を切らしていた騎士はゆっくりと呼気を整えてから言う。

「《ヴァルハラ》より、マーハウス様を含む円卓の面々がご帰還です。《窓》の者が接近を確認しました」

 《窓》というのは、文脈から察するに『青』に相当する組織だろう。いや、役割かもしれない。

 壁の縁ではなく、《アヴァロン》は壁の中に人の出入りが可能な空間があるようだった。

「予定より早いな。アークトゥルス様には?」

「他の者が報告に向かっています」

「そうか。報告ご苦労」

「はっ」

 その時の騎士の表情に、ヤクモは引っかかりを覚えた。

「何か気になることがあったんですか?」

 思わず口に出してしまう。

 ヤクモとそう歳が変わらないだろう騎士は、その言葉にハッとしたようにこちらを見た。

「何故、そう思われたのですか?」

 アークトゥルスが他都市から客人を招いた、ということはもう知っているのだろう。素性に関する質問などは無い。

「表情が、少し気になって。報告するかどうか迷う程度の何かがあったのかなと」

「そうなの?」

 パーシヴァルが問うと、騎士は困ったような顔をした。

「このようなことを口にするのは、その……」

「いいんだよ。ここだけの秘密にしちゃう。ですよねペリノアさん」

 安心させるようにパーシヴァルが微笑み、ペリノアは短く頷く。

「あぁ。報告を」

「その……アイアンサイド様のご様子が、普段とは……」

 そこまで言って、騎士は言い淀む。

 だが二人にはそれで充分だったようだった。

「あっ、そうだね。彼が一緒に帰ってるなら、私達はとっくに気付いた筈だ」

 パーシヴァルが言うには、そのアイアンサイドも円卓の一角なのだが、少しばかり顕示欲が強いのだという。

 アークトゥルスとは逆で、魔力を誇示するように発する。

 だから、彼が帰還者の中に含まれるのであれば、都市の中にいても分かるに違いないのだとか。

「……奴の魔力は感じない」

 ペリノアが重々しく呟く。

「単に疲労しているという可能性は?」

 ラブラドライトの言葉は充分に有り得るものだったが、騎士達は首を横に振る。

「いやぁ、それが彼って見栄っ張りなんだよね。もちろん実力は充分なんだけど、格好つけが過ぎるというか。とにかく、疲れたくらいで大人しくはしないかな」

 苦笑しつつも、パーシヴァルの目は真剣だ。

 それもそうだろう。

 彼らの言葉通りなら、何か普通でないことが起きたということなのだから。

「ペリノアさん、ちょっと出迎えしてあげましょうよ。それで、『いつもの元気はどうしたの』ってからかってやるんです」

「付き合おう」

 冗談めかしてはいるが、空気は張り詰めている。

「えぇと君、悪いんだけど頼めるかな。モルガン様のところまで、モロノエとティロノエを迎えに行ってもらえるかい? 西門に来るように伝えてほしいんだ。至急(、、)ね」

 自分が感じ取った違和感をパーシヴァルが真剣に考えていると分かった騎士は、勢いよく返事したあとすぐさま駆け出した。

「あ、そうだ君達は、えぇと案内の途中で悪いんだけど……」

「案内してよ、西門はまだ見てない」

 ツキヒの言葉はつまり、自分達も付き合うということ。

「……意外だな、君がお節介を焼くとは。ヤクモのお人好しが移ったか?」

「きみは一々うざいんだよ。戻っても暇なんだから、ついていった方がマシってだけ。それに……」

 ちらりと、ヤクモとアサヒを見る。

 それに、どうせヤクモとアサヒはついていくだろうし。といったところか。

「そうですね、お邪魔でなければ僕らも行きます」

「何かあった時、パートナーのいない貴方達では対応出来ないかもしれない」

 ヤクモとラブラドライトも続く。

「う、うぅん……。これ以上他都市の子に迷惑を掛けるのは気が咎めるんだけど」

 パーシヴァルは躊躇っている。

「議論する時間が惜しい。客人方が望むのであれば、そのように」

「いいんですか? んん、じゃあお願いしようかな」

 一行は急ぎ西門へと向かった。

 アークトゥルスの時程ではないが、門の付近は賑わっていた。

 門が開き、巨大な土塊が『風』魔法で都市内に運ばれる。

 その上に何組かの騎士と、いくつかの木箱がのっていた。

 ――なんだ、これ。

 騎士達は生きている。魔力炉は稼働しているし、呼吸もしていれば、動いている。

 ただ、生者の気配がしない。

 こんなことは初めてだった。

 これではまるで、誰かが死体を生者に偽装しているみたいだ。 

「兄さん」

 妹がぎゅっと手を握ってくる。

 不安だから、というだけではない。戦いになるかもしれないと、即座に判断してのこと。

 ――木箱の中から生者の気配がする。

 それも、三つも。

「……ついたか」

 内側から、蓋が持ち上げられる。

 出てきた者を見て、ヤクモ達は一瞬、硬直してしまう。

 闇のように黒い髪(、、、、、、、、)をした、人間の青年。

 その瞳は赤く、魔人のよう。だが魔人との混血とも違う。

「起きろ、ミミ。目的地だ」

 木箱の一つを、ノックするように叩く青年。

 すると眠たげな声と共に、淡黄色の長髪を二つに分けて結った少女が出てくる。

「ふぁあ。うっ、眩しい……」

 こちらもまた、人間。

「おいランタン、出てこないつもりか……」

 黒髪の青年は違う木箱も叩いたが、そちらは反応なし。

 手が見えないくらい長い袖をした服の少女が、目をごしごししながらニヤァと笑う。

「意地悪なアカツキ。ランタンは魔人だから出てこれないよ。お目々チカチカしちゃうでしょ、こんなに太陽サンサンだったら、ね」

「……あぁ、日中だからか」

「夜ならこのままランタンにお任せ出来たのにね?」

「いや、彼女の役に立てる機会だ。ありがたいよ」

「むぅ」

「そうむくれるな」

 木箱から出た青年は、少女の頬を撫でる。少女は擽ったそうに目を細めた。

 集まった人々は、わけもわからず混乱している。

 ヤクモ達が動けずにいたのは、状況が分からないから。

 これが全員魔人なら、最悪の事態だがまだ動けただろう。

 しかしこれは。

「仕事をしよう」

「あとでご褒美ね?」

「ちゃんと出来たらな」

「出来るよ、ミミ達なら」

「あぁ。イグナイト(、、、、、)――レグホーン・テリトリー」

 淡い黄色の、剣。

 《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》。

 そして剣士は――ヤマトの血を継ぐ者。

 それが、魔人と一緒に都市に侵入してきた。

 円卓を冠するに相応しい騎士達を、生きた屍のようにしたのは魔人だろう。

 光があたらぬよう、木箱に潜んだままの魔人。

 外に残らなかったのはおそらく、近くでなければ騎士達の生を偽装出来ないから。

「これだけいるんだ。誰か知っているだろう」

 青年はそう言って都市の人々を見回す。

「湖の乙女、この都市に居るんだろう? いきなりで申し訳ないが、オレ達《耀却夜行(グリームフォーラー)》が保護しようと思う。抵抗も沈黙も自由だが、個人的には推奨しない。無駄だ……か……ら」

 青年の目が、ヤクモに留まる。

 これまで冷静だった青年が、驚いたように両目を見開いた。

「どうして《アヴァロン》にヤマト民族(お仲間)がいる?」

 呼応するように、ヤクモも声が出た。

「どうして人間が魔人と一緒に都市を襲っているんだ」





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