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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
デイドリーム・デイズ

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23/307

23◇綺麗

 



 ネフレンは一週間の謹慎となった。

 訓練生の身分であることが考慮された結果だが、入校初日に謹慎処分とはある意味で厳しい。

 兄妹の場合は班長でもあるスファレや他のメンバーが自分達も支持した作戦であると証言し、ネフレンと同じ《班》の人達が酌量を嘆願してくれたこともあり、禄――報酬――が僅かに減らされるだけとなった。

 助けられたからいいものの、訓練生の全員が英雄的に行動をしては問題。そういった前例を認めるわけにはいかない。

 表面上は罰しなければならないというのは、ヤクモにも分かる。

 二人で戦っていた時とはもう違うのだ。

 そんなことがあり、翌日。

「お昼休みですね、兄さん」

 座学の授業が終わり、教官が退室する。

 訓練生らも次々に立ち上がり、教室を後にしていた。

「そうだね」

 妹の声に応えつつ、ヤクモは落ち込んでいた。

 座学はあまりにも難しく、魔力操作や魔法関連の実技は散々だった。

 後者はともかく、座学の方は努力でどうにか出来る問題だ。

 今日から勉強の時間を増やそう……と誓うヤクモだった。

 相変わらずヤマト民族に対する風当たりは強かったが、ネフレンとの決闘があったからか聞こえよがしの陰口はほとんど無くなった。

 聞き咎められて決闘を申し込まれるのは嫌、ということかもしれない。

「おつかれさまです。あの、私、サンドイッチ作ってきたので、よろしければ……」

 一緒に授業を受けていたモカが控えめに会話に入ってくる。

 その目許は赤く腫れていた。

 余程心配だったのか、兄妹が帰宅した時には泣きながら迎えられたのだ。

「わたしも手伝ったんですよ。兄さんはわたしが作ったものを食べてくださいね」

「は、はいっ。そうなんです。アサヒさまにも手伝っていただいて」

 すすす、と視線を逸らすモカ。

 嫌な予感がする。

「どこで食べようか」 

 食堂を利用出来るのは《導燈者イグナイター》だけだ。

 《偽紅鏡グリマー》は各自自分で調理するという都合上、自室へ戻っていることだろう。

 そうしてもいいが、それではモカに申し訳がない気がする。

 外で食べることを前提に、あらかじめ用意してくれたのだろうから。

 教室を出て、ぼんやりと窓の外を眺めていると、声がした。

「あそこ、校庭の端に大樹が見えるでしょう。オススメよ。葉擦れの音が耳に心地いいの」

「あ、そうなんですね」

「よければ一緒にどう?」

「えぇ、是非……ん?」

 自分は誰と話しているのだろう。

 気づけば横にラピスがいた。

 瑠璃色の麗人にして学内ランク第九位の《導燈者イグナイター》だ。

 相棒を連れている様子は無い。

 おそらく弁当箱だろう、自分の髪と同じ色のランチクロスに包まれたそれを手に持っている。

「ラピス先輩」

「えぇ、あなたの予想通り自分の髪と瞳の色が大好きなラピス先輩よ」

「そんなことは思ってないです」

「そう。てっきり『自分と同じ色のランチクロスを使うとか自己愛ヤバすぎかよ』なんて思われているものだと」

 苦笑しつつ、首を横に振る。

「まさか、綺麗な色じゃないですか」

 ラピスは薄笑みを一度消し、真顔になった。

「わたし今、口説かれているのかしら」

「あ、いえ、すみません! 違うんです」

 慌てて誤解を解く。

 ヤクモは普段、家族に対して思ったことをそのまま言う。だから、家族以外の人に対するそれがどのように受け止められるかがまだよく分かっていなかった。

「違うのね。つまりわたしはあなたの何気ない一言を口説き文句と勘違いした愚かな女ということかしら。非常に申し訳なく思うわ。愚かな勘違い女でごめんなさい」

 ――や、やりづらい!

「そんな風には思っていないですから!」

「じゃあ、先程の発言の意図は何? よもや、純粋に美しいと感じたなどとは言わないでしょう」

「……えぇと、純粋に美しいと思っただけ、ですけど」

 ラピスはしばらく無表情で黙っていた。

 ヤマト民族に美を称えられるのは不愉快だったりするのだろうかとヒヤヒヤする。

「ということは、よ。あなたはわたしの髪も瞳も、美しいとそう思ったということ?」

「そう、ですね」

「それは先輩に対する社交辞令ではなく?」

「そういったものには疎くて」

 なにせ周囲に家族しかいなかった。ヤクモなりの敬意の表し方こそあれど、そこに嘘を吐いてまで褒めることは含まれない。

「生殖本能を刺激されるという意味合いは含まず?」

 真顔で言うものだから反応に困った。

 壁内では女性のこういった発言も普通なのだろうか。分からない。

「はい、含まずです」

 平静を装って答える。

「寒々しいとは思わないわけ?」

「寒々しい?」

 そんな風に、言われたことがあるのだろうか。

 ヤクモ達が、ただ黒い髪と瞳をしているだけ汚らわしいと言われたように。夜を連想させるからと、残飯を貪るからと、夜鴉などと蔑まれたように。

 ならばと、ヤクモは改めて、そして先程よりも気持ちを込めて言う。

「はい。男女も上下も関係なく、ただ綺麗な色だなと思います」

「そう。そうなのね。よくわかったわ」

 彼女は薄笑みを浮かべようとした、のだと思う。

 上手く表情の形成が出来なかったのか、唇がくにくにと歪むに留まる。

「変ね。一応説明しておくと、わたしは今最高の作り笑いと共に感謝の言葉を述べるつもりだったのよ」

「なるほど」

 頷いたものの、よく分からない。

 彼女は不思議そうに胸に手を当て、頬を触り、それから得心がいったのか、皿にした手に拳を落とす。

「理解したわ。わたしは表情を作るまでもなく、本心から喜んでいたようなの」

「はぁ……」

 ならば普通、自然と笑みが漏れるものではないだろうか。

「というわけで、ありがとう。ヤクモ、あなたの言葉はとても嬉しかったわ」

「いえ、どういたしまして」

「それでは気を取り直して、食事に行きましょう」

「あ、はい………………ん」

 何かおかしくないか?

「あれ、二人は?」

 モカはともかく、兄が女性と口を利いてこんなにも妹が介入してこなかったのは初めてだ。

 ラピスの独特の空気とインパクトに気圧され、そのことにさえ気が回らないなんて。

 いや、介入自体の是非はともかく、妹とモカが消えていることは大きな問題だ。

「あら、今頃気づいたの? あなたと会話するにあたって邪魔になりそうだったから席を外してもらったわ」

 ラピスが力無げに手を叩くと、それは現れた。

 青い服に、白いエプロン。訓練生の制服ではない。

 銀の長髪をなびかせ、頭には白いカチューシャ。

「うちのメイド兼《偽紅鏡グリマー》よ」

「イルミナと申します。ヤクモ様。(あるじ)の命とはいえ、貴方様の《偽紅鏡グリマー》を拘束したことを深くお詫び致します。何卒ご容赦を」

 イルミナの足元には鎖でぐるぐる巻きにされ、猿ぐつわを嵌められたアサヒとモカがいる。

 モカは涙目で、アサヒは怒りの表情を浮かべている。

「……ラピスさん」

「なにかしら、わたしを純粋に美しいと褒めてくれたヤクモ」

 ぴきっ、と妹の眉が動く。

 ……後で面倒なことになりそうだ。

「次からこんなこと、しないでください」

「そうね。あなたの大切な人間なのだものね。以後気をつけるわ。約束する。もし怒っているなら、出来る限りの方法で許しを乞おうと思う。とはいっても、今のわたしに渡せるものなんて……あ、パンツでいい?」

「要りません」

「そうよね。わたしとしたことが失言だったわ。あなたのことを何にも分かっていない、考えていない、無配慮な発言だったと認める」

「いえ……」

「だってそう、上下セットでなければ意味ないものね」

「そういう問題じゃないです」

 いよいよもって暴れだす寸前の妹を気にも掛けず、ラピスは神妙な顔をする。

「……ヤマトの男性がそうなのか、あなた個人がそうなのか、わたしには知る術がないけれど、どちらにしろわたしに二言は無いわ。えぇ、覚悟を決める。靴下を含めた三点セットを所望するならば、今すぐ全部脱いでお渡しするわ」

「………………」

「と、ここまで全て乙女のジョークなのだけど、いかがだったかしら?」

 ――いかがも何も、反応に困る以外の感想が無い!

「取り敢えず、ジョークでよかったです」

「そう。十年間温め続けてきて抱腹絶倒必至との確信を得た会心のジョークだったのに、あなたはそれを失笑ものだと評するわけね」

「……それもジョーク、ですよね?」

「さすがはヤクモね。その通りよ。ところで立ち話もなんだし、そろそろ食事に行かない?」

「あ、はい。……でもその前に、妹とモカさんを放してやってもらえますか?」




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