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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

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221/307

221◇早朝




 早朝。

 ヤクモは家の裏手で日課の鍛錬に勤しんでいた。

 頭の中では、アークトゥルスの話がぐるぐると巡っている。

 身体に染み込んだ動作は、意識が集中していなくとも普段と変わらず行われる。

「ヤクモ」

 声に振り返る。

 前髪の先から汗が伝い、地面に落ちる。

「おはよう、ラブ」

 立っていたのはラブラドライトだ。

「他都市でも鍛錬を欠かさないその真面目さが、君の地力を支えているのかな」

「身体ってのは現実的でさ、使わないでいると『要らない』と判断するんだ」

「あぁ、一度鍛えてついた筋力も、鍛錬を怠れば落ちると言うね」

「一日サボると、その遅れを取り戻すのに三日掛かるなんて言葉があってね。だから僕は、怖くてサボるなんて出来ないんだよ。才能は自分ではどうしようもないけど、意志は自分次第だ」

「なるほど」

 ラブラドライトは興味深そうに頷く。

 そんな彼は『光』の制服姿。その身体は衣装越しにも鍛えられているのが分かる。彼自身、鍛錬を怠るような人間ではない。既に済ませているのだろう。

 手拭い(タオル)で汗を拭いながら、ヤクモは尋ねる。

「……アークトゥルスさんのことかい?」

「分かってしまうかな」

 ラブラドライトが話しかけてくる時点で知れるというものだ。

 わざわざ早朝を選んだのも、他の者の目を気にしてのこと。

「君はどこまで聞いた?」

「彼女の目的を。君は?」

「現実を、少しばかり突きつけられた」

 ラブラドライトは自嘲するように斜め下に視線を落とす。

 彼とヤクモが聞いた話は、違うのかもしれない。

「現実?」

「あぁ、僕の目的は変わらないが、方法はもう少し考えなければならないと思わされたよ」

 彼が目指すのは、才無き者が捨てられない世界。

 《アヴァロン》はそれを実現している都市。

 だが、理想郷とはいかない。

 《カナン》が出来ていることで、《アヴァロン》には出来ていないこともあるのだから。

 世界が闇に閉ざされている中で、完全に正しい都市など存在しないのかもしれない。

 あるいは、太陽が在ったとて。

 だとすれば、どうすればいいのか。

「大会での優勝は」

「もちろん、譲るつもりはない。君の方はどうなんだ?」

「僕も、優勝の意志は変わらない」

 ラブラドライトが微かに笑ったように見えた。

「兄さーん」

 声が、上から。

 視線を家の二階に向けると、窓が開いていた。

 寝間着(パジャマ)姿の妹がひらひらと手を振っている。

「おはよう、アサヒ」

「おはようございます。今日も滴る汗がせくしーですね」

 目許を擦ってから、うっとりした表情で言う妹。

 いつも通りだ。

 理由は不明なのだが、その寝間着には頭巾(フード)が付いていた。夜用なのだから陽光避けというのも変な話だし、室内用なのだから防塵でもないだろう。用途が分からない。

 おまけに獣の耳のような突起が布で作られていて、求められる機能がまったく分からない。

「ファッションというのは機能性とは切り離して考えるべき、らしい。アイリが言っていた」

 ヤクモの疑問に気付いたのか、ラブラドライトがぼそりと言う。

「そこの虹色の人、『馴れ合うつもりはない』とかキメ顔で言ってた割にはだいぶ兄さんに話しかけてませんか?」

「話があっただけだ。馴れ合いとは違う」

「話とは?」

「君には関係のないことだ」

「兄さんに関係あるなら、わたしにも関係あると思うんですけど」

 やはり五色大家という認識があるのか、ラブラドライトのアサヒやツキヒに対する態度は冷たい。

 自分の行いと関係ないところで嫌われては、アサヒもツキヒもいい気分ではないだろう。

 彼らの関係は良好とはいえなかった。

 どうしたものかと考えていたその時。

 ――――ッ。

 三人はすぐに気づく。

「アサヒ、すぐにみんなを起こして下りてきてくれ」

「はい」

 アサヒの行動は迅速。

「ヤクモ、これは」

「あぁ」

 戦意が、こちらに近づいていた。

 二人も家の表へ向かう。

 昨日の三組に加え、更に二組の騎士が近づいてきていた。

 既に全員が《偽紅鏡グリマー》を武器化させている。

「人を訪ねるにしては、時間帯が早すぎる」

 珍しいことに、ラブラドライトが冗談を言う。

「王への謁見に抜剣するっていうのも、無礼どころじゃあないね」

 切迫した空気を茶化すような言葉は、物事を冷静に捉えるため。

 動揺や焦燥を、言葉で制するのだ。

 中心に立つ騎士が二人を見る。

 昨日はいなかった、二十代後半程の男性だ。

「《カナン》からの客人だね。申し訳ないが、ご帰還願おう。手配は済ませてある」

「いきなりやってきて、他都市からの客人に武器をちらつかせるのはどうなんだ」

「これは失礼した。だがどうか許してほしい、油断するわけにはいかないのだ」

 丁寧だが、断固とした態度。

 敵意は感じないが、最悪の事態は想像した動き。

「ふぁあ、何事だ」

 あくび混じりに出てきたのは、細長い謎の生き物型の抱きまくらを抱えたアークトゥルス。

 彼女に続き、アサヒ、グラヴェル組、アイリ、ヴィヴィアン、モルガンも出てくる。

「お目覚めですか、アークトゥルス様」

「貴様の所為でな、ペリノア。他の者も、なんだ殺気立ちおって」

「貴方は《アヴァロン》を守護する為に存在する」

「貴様らも同じだろう」

「えぇ、ですが貴方はその責を果たすおつもりがないようだ」

「……また水の話か。しつこい奴らだ」

「このまま日照時間が短くなり続ければ、いずれ騎士の戦う力も失われましょう」

「魔石は手に入れる」

「どのように?」

「…………」

「方策はないのでしょう。考えるべきは貴方も我らも同じです。せめて手立てが浮かぶまでの間、必要な手段を講じるべきだと申しているのです」

「それで謀反か。《騎士王》相手に、大した度胸だ」

「それだけ状況は逼迫しているのですよ、アークトゥルス様」

「湖を売り物にすることは成らぬ」

「ならば貴方は、《アヴァロン》が守護者に相応しくない」

 ペリノアと呼ばれた騎士がヤクモ達を見る。

「安心したまえ。君達は無事に《カナン》に送り届けると約束しよう。さぁ、こちらに」

 都市内のいざこざに客人を巻き込むつもりはない、ということか。

 帰るまで待てなかったということは、彼らにとってそれだけ状況は逼迫しているものなのだろう。

 ヤクモ達の答えは――。




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