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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

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218/307

218◇階段

 



 ヤクモは真夜中に目を覚ました。

 二段ベッド、というらしい。寝台の上に寝台を載せるという発想に、アサヒははしゃいでいた。

 いつもなら一緒に寝るとごねるところを、上を譲ると嬉しそうにぐっすり。

 食事は栄養も量感(ボリューム)も満点でこそあったが、豪華とは違った。そのあたりも、実にアークトゥルスらしい。作ったのはモルガンだが、《黎明騎士デイブレイカー》だからと高級志向に走らないあたりが彼女らしく思えたのだ。

 そういえばミヤビ達も質素な生活を好んでいたな、とヤクモは思い出した。

 デザートは乳と砂糖と卵で作ったという、柔らかく甘いものだった。ぷりん、というらしい。

 モルガンは有言実行で、アークトゥルスの分を真っ二つにしてそれぞれ兄妹の皿に乗せた。

 絶望顔からの泣き顔手前の表情にやられたのか、ヴィヴィアンがこっそり自分の分を分けてあげていた。

「…………」

 ヤクモはアサヒを起こさぬように、そっと寝台から足を下ろす。

 木板の軋む音一つ鳴らさずに部屋の外へ。

「ぅ」

 声。

 部屋の外に、アイリが立っていた。

 ちなみに女性陣はモルガンを始めとする住人らの寝巻きを借りている。モルガンの強い押しに乗せられた形だ。

 ヤクモとラブラドライトにまで華やかな意匠の服を着せようとしていたモルガンだが、それはなんとか辞退した。

 音もなく扉が開いたことに驚いたのか、アイリの腕が跳ねるように胸の前まで上げられる。 

 アサヒを起こさないことに集中し過ぎて、部屋の外のことを考えていなかった。

 目が合う。

 幸いというべきか、彼女が起き出した理由については察したついたので慌てずに済む。

 最初に思わず出たといった具合の声を除き、アイリは黙ってヤクモを見ている。

 ――えぇと、確かラブが言っていたな。

 彼女と話をするには、まずこちらが関心を示す必要がある。

 ヤクモは右手の人差し指を立て、それを自分の唇に当てた。

 ぴくっとアイリの眉が動き、それからゆっくりと顎が引かれる。

 自身もまた右手人差し指を唇に当てた。

「しぃ?」

 確認するように首を傾げる。

 ヤクモはこくこくと頷く。

 アイリもこくこくと頷いた。

 ゆっくりと扉を締め、手振りで階下を示す。

 ヤクモが歩き出すと、彼女は静かについてきた。

 いや、ぎぃい、ぎぃい、と足音を鳴らしてしまう。

 ヤクモが苦笑しながら振り向くと、アイリは困ったような顔で固まっている。

「あなたと同じところ踏んでるのに……」

 本気で不思議がっている様子だ。

 どこを踏むかも重要だが、どちらかといえば忍び足で肝心なのは体重移動だ。足を浮かす時は、水面から足を引く抜くように。踏む時は水面に足を差し込むように。そのどちらも、『水しぶき一つ立てない』イメージだろうか。

 彼女はまるで戦場でもう助からないことを悟った戦士のように言う。

「わたしのことは……置いて行って」

 ヤクモがアサヒにバレないように部屋を出た理由が分かっているのかいないのか、彼女はどうやらその意志を尊重してくれるようだ。

 だが、彼女も一階に降りる理由がある。

 ヤクモの都合で立ち往生させるのは申し訳ない。

 少年は考える。

 一瞬吹き出しそうになってしまったが、アイリに冗談を言っている様子は無い。

 相手が本気であるならば、本気で応えるべきだろう。

 ヤクモは引き返し、彼女に背中を向けて僅かに屈む。

「……!」

 背中で息を呑む音。

 自分を背負った状態で無音移動を維持するなんて無茶なのでは……という疑念が聞こえてくるような沈黙がしばらく続いたが。

「りょうかい」

 覚悟を決めたような声のあと、背中に彼女の体重が加わる。

 背中と、彼女の足を抱える腕に柔らかい感触。耳の裏あたりに、アイリの吐息が掛かった。

 ヤクモは滑るように動き出す。

 段差は難儀したが、なんとか一階まで降りることが出来た。

 居間に出る。

 彼女を下ろす。

「……ヤクモ、まさかシノビ? サムライかつシノビ?」

「そんなんじゃないよ」

「きみはこんな夜中に、僕の妹に何のようだい?」

 玄関から中に入ってきたラブラドライトが、訝しげにヤクモを見ている。

 そう。

 アイリはラブラドライトの不在に気づき、魔力反応から湖にいると知り、何をしているのか確認しに行こうとしていたのだ。

 そしてヤクモが起きた理由もそこに関係がある。

 ご丁寧にヤクモにだけ、一瞬限りの殺気が向けられたのだ。それだけで起きられるだろうとばかりに。

 差出人はラブラドライトではない。

 彼が先程まで話していた相手――アークトゥルスだ。

「ラブがいないから」

「あぁ、心配してくれたのか」

「また一人で泣いてるかと思って」

「……昔の話を持ち出すな」

「心配して見に行こうとした時に、ヤクモとばったり」

「タイミングが被ったわけだな。なるほど」

「そして、おんぶしてもらった」

「意味が分からないな?? 何がどうなって敵の背に身体を預けることになる?」

「ヤクモ、すごい上手だった」

「何がだ? いやおんぶか? おんぶが上手ってなんだ?」

 かつてない程にラブラドライトが困惑している。

 なんとなく、その態度だけで彼が妹を大事に思っているのが分かった。

 説明を求めるような視線がヤクモに向けられる。

 ヤクモは簡潔に説明。

「……まぁ、パートナーを部屋に置いて《騎士王》との話し合いに向かったのは僕も同じだ、アサヒを起こさないよう注意を払うきみの行動も気持ちも分かる。が、普通そこでおんぶに発展するだろうか」

 ラブラドライトもヤクモと同じ方法で起こされたとするなら、アークトゥルスは明確に個人を呼び出している。領域守護者としてではなく、ラブラドライトやヤクモといった一人の人間を。

 だからあくまで一人で抜け出そうとする気持ちは分かるということ。

「それは、うん、君の疑問は尤もだ」

 ただあの瞬間は、アイリの真剣さに同じ熱量で応えねばと思ってしまったのだ。

 妹を起こさないように階下まで行きたいというヤクモの気持ちを汲んで、自分が動かないことを選んだアイリを放っておけなかった。

「いや、責めているわけじゃあないんだ。どちらかと言えば驚いている。妹の……その、空気感は独特だろう? まさか合わせてくるとは。さすがの適応力……と言うべきかな」

「大げさだよ」

「それはそれとして」

 ラブラドライトが妹を庇うように立つ。

「あまり馴れ馴れしくしないでもらおう」

「……ラブ」

「いいや、アイリ。今そのことを話し合うつもりはない」

 彼の態度に刺々しさが戻る。無理やり纏うような敵意。

 兄の態度に、アイリは此処に来るまで幾度となく見せた悲しげな表情を浮かべる。

「それに、《騎士王》が待っているんじゃないか?」

 これ以上の交流は受け入れないとばかりに、話が断たれる。

「そうだね……おやすみ」

 ヤクモは二人の横を通り過ぎる。

「挨拶を交わすような仲じゃあない」

「おやすみ、ヤクモ」

「……アイリ」

「ラブ。アサヒを起こさないように戻ろう」

「アサヒ次第だな。この家の床板は軋む」

「ニンジャになるしかない」

「ニンジャ……?」

 小声で交わされる兄妹の会話に、ヤクモは笑みを浮かべながら夜の湖へと向かう。




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