表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/307

214◇管理

 



 風にはためいている。

 地面に突き立てられた二本の柱を、一本の縄が繋ぎ、その縄に濡れた衣類が干されていた。

 それが幾つも続き、風の向きに合わせて右や左に揺れていた。

「ふぅ」

 空になった籠を一度見下ろし、それから背を伸ばす女性がいた。片方の手は腰にあて、もう片方は額を拭っている。

 黄金の林檎から色をとったような、美しい金髪を編んでいる。

 前掛け(エプロン)越しにも分かる豊満な胸が、背を伸ばしたことで揺れた。

 妹に腕をつねられる。

 責めるように「今視線を奪われましたよね?」とこちらを見上げていた。

「帰ったぞ」

 湖畔の家屋に近づく中、アークトゥルスが女性に声を掛ける。

「あら、お帰りなさ――あーちゃん!?」

 女性が驚愕に目を見開く。

「うむ、洗濯ご苦労、モル――むぐっ」

 突風さながらだった。

 女性はすぐさま駆け出し、アークトゥルスを抱きしめたのだった。

 ぽろぽろと涙を流し、アークトゥルスに頬ずりする。

「無事でよかった~~。心配したんだから! あーちゃんはいつもいつもそうやって」

「ぐ、ぐるじっ……」

 ぺしぺしとアークトゥルスが女性の肩を叩く。

 顔が胸に埋まって息ができないようだ。

「あっ、ごめんなさい……!」

「毎度のことだが、貴様の抱擁ほど死を身近に感じることはないぞ」

 魔人や魔獣の群れと遭遇しても余裕の笑みを浮かべていたアークトゥルスが、苦しげに顔を赤くしている。

「うぅ……そんな風に言わなくても」

 しくしくと目許を押さえながら離れた女性は、次にヴィヴィアンに目を留めた。

「ヴィーちゃ――」

「結構です」

「結構です!?」

 抱きしめようと腕を広げたところで拒否され、傷ついたような顔をする女性。

「……あーちゃんって冗談じゃなくて、本当に愛称だったんですね」

 妹の言葉に、ヤクモも思い出す。

 ――『余のことはアークトゥルス様かあーちゃんとでも呼ぶがよい』。

 初めて逢った時、アークトゥルスはそう言っていた。

 あれは思いつきの戯れではなく、実際にそう呼ばれることがあったのだ。

「どうしていつも先に教えておいてくれないの?」

 子供みたいに頬を膨らませる女性に対し、アークトゥルスは冷静だ。

「余が帰ったと伝える為だけに人を走らせる必要はあるまい。無駄な手間だ」

 待っている誰かがいるなら、先んじて帰還の報を伝えるということも出来る筈だが、アークトゥルスはしなかった。住民が門に押し寄せたのはあくまで見張りが自発的にやったことで、それは此処まで届かなかったようだ。

「一秒でも早く知りたいという人の心を分かってほしいわ……!」

「人? 魔女でなく?」

「お姉ちゃん、大泣きするわよ?」

「悪かった、今のは余が悪かったから泣くな」

 中身が逆では? と思う光景だ。女性が涙し、童女が謝罪している。

「今日一緒に寝てくれたら許せるかも」

 ちらっと童女の顔を窺う女性。

「いや、それは」

「うぅ……しくしく……」

「分かった。分かったから泣き止んでくれ」

「あーちゃん……!」

 ぱぁっと顔を輝かせ、顔全体で笑う。

「……泣き落としですね」

 アサヒが少し呆れるように言う。

「アサヒもよくやるよね」

「お姉ちゃんはその道のプロだよ」

 兄と妹、立場は違えどアサヒの家族として同じ経験はしたことがある。

「ちょっと!? 二人共!? 妙なところで通じ合わないでください! わたしはそんなことしませんから」

「いやぁ、どうかな」

「此処にくるまでにツキヒが何度同じ手をくらったか……」

 アサヒは本気でショックを受けたようで、悲しげに俯いてしまう。

「ひ、ひどい……二人共わたしのことをそんな風に思ってたんですね……うぅ」

 しまった、とヤクモは思うが遅かった。

「……別に嫌いだとか言ってるわけじゃないし」

「じゃあツキヒはお姉ちゃんのことどう思ってるの?」

「そういうとこだよお姉ちゃん……」

 頼み事に限らず、普段は言えないようなことでもアサヒの悲しみが癒えるならばと、恥をおして口にしてしまう。

 ヤクモも経験があった。

「あらあーちゃん、そういえば後ろの方たちは? 見慣れない服装だけれど、お客様?」

 アークトゥルス組の帰りが余程嬉しかったのだろう、女性はようやくヤクモ達に気付いたようだ。

「あぁ、済まんが頼めるか? しばらく置くことにした」

「まぁ、そうなのね。もちろん歓迎よ!」

 女性は居住まいを正し、ヤクモ達に向かって一礼。

「申し遅れました、モルガンです。《アヴァロン》の……湖の、管理人? のようなものです」 

「管理者はモルを含めて九人だが、常駐しておるのはモルだけだ」

「他のみんなは忙しくって」

 洗濯物の量は、そういうことかと納得。一人分にしては多過ぎたのだ。

 ヤクモ達も名乗る。

「若い子ばかりね。あーちゃんがお客様を連れてくるのも珍しいし」

「面白そうだから連れてきただけだ」

「ふふ、なにそれ」

「あの、モルガンさんとアークトゥルスさんのご関係は?」

 ヤクモはつい尋ねた。

「あら、気になるかしら? やっぱり気になってしまうかしら? 話せば長いのだけど、私とあーちゃんの出逢いはそう――」

「医者と怪我人だ」

「簡潔にまとめないで!」

「医者? モルガンさんは医者なんですか?」

 失礼かもしれないが、そうは見えない。

「隠す必要もないから言うが、こやつは魔法使いなのだ。《偽紅鏡グリマー》を通さず魔法を扱える者。今の時代では珍しかろうよ」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版②発売中!(オーバーラップ文庫)◇
i651406


◇書籍版①発売中(オーバーラップ文庫)◇
i631014


↓他連載作↓

◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
i434845

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ