表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
オールドプロミス→ニュークローズ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

213/307

213◇湖畔

 



「これが《城》……」

 見上げるヤクモに、アークトゥルスが応える。

「本物の城とは比べるまでもないが、これが《アヴァロン》の《城》に相違ない」

 《カナン》の《タワー》は塔の亜種のようだったが、これは巨大な邸宅とでもいうべきものだった。

 とても全容を視界に収めることが出来ない。部屋数は優に二十を越えるだろう。光を取り込む為の窓がずらっと並ぶ様はいっそ壮観。

 外観は荘厳ではあるが豪奢ではなく、手入れはされているが金を掛けている感じは受けない。おそらく内部も同じだろう。

 アークトゥルスの言動を思えば、都市の中枢部だからといって不必要に資金を投じはしないだろう。

 アサヒなどは童女のように目を輝かせているが、ヤクモとラブラドライトは違和感を抱いた。

 ――今の言い方だとまるで、本物の城を知っているみたいだ。

 子供らしい姿も強者としての振る舞いも、どちらも嘘には見えない。

 それでもまだ、ヤクモはまだ彼女が掴めずにいた。

 ラブラドライトも同じようで、思案顔で顎先に指をあてがっている。

 その指の一本には、噛み跡が残っていた。

 広大な前庭に荷物を下ろした時点で、使節団の面々は離脱。

 そこからは徒歩で、アークトゥルスとヴィヴィアンの二人が先導する形で移動する。

 ついていくのはヤクモ組、グラヴェル組、ラブラドライト組の六名だけだ。

「あれ? お城には入らないんですか?」

「貴様があそこがよいというのなら、部屋を用意させよう。余が寝起きする場所は別にある」

「へぇ、王様なのに?」

 ツキヒの言葉に、アークトゥルスは自嘲するように唇を曲げる。

「名ばかりだ。正確には名誉騎士団長といったところか」

 ――名誉騎士団長……。

「王」

 ヴィヴィアンが悲しげな声を出す。

「まぁ、僕らも《黎明騎士デイブレイカー》が都市の実権を握っているだなんて思ってはいなかったけれどね。異名は異名だ」

「……あなた」

「よいのだヴィヴィアン。そやつの認識は間違っておらん。とはいえ、だ。支配こそしておらんが、それなりに都市運営には口出ししておるぞ」

「あぁ、誤解させたなら済まない。見ていたら分かるよ。ただ、この都市は王政を敷かれているわけではない、とそれだけの意図だったんだ」

「だそうだヴィヴィアン、許してやれ」

「王が仰るなら」

「仰るぞ」

「許しましょう」

「それは、どうも」

 城の敷地内は緑に溢れていた。

 手入れされた庭園の中を進んでいくと、やがて木々が生い茂る一角に。

「……林檎の木?」

 林檎が生っているので、その筈だ。

 だがおかしい。

 ヤクモの知る林檎に――金色のものはなかった。

「食い意地を出すなよ。不死になるどころか死にかねんからな」

 ぴくりとアサヒが反応する。

「不死……ツキヒ」

「ん、そっちはすぐ思い出せたよ」

 これまた姉妹が幼い頃に読んだ本のお話。

 不死になれる黄金の林檎を盗み出した悪者を、主人公が追いかけ林檎を取り戻す話。

「実物があるのは驚いたけど、不死ってのは冗談でしょ」

「試すのは勧めん、と言っておこう」

 ツキヒは微妙な顔になった。

 信じることは出来ないが、再度冗談なのだろうと確認することは躊躇われたのだろう。

 アークトゥルスが一瞬見せた表情は、まるで何か過去を思い起こしているようで。

 話題を掘り下げることは、さすがのツキヒでも二の足を踏むものだったようだ。

 木々の隙間を縫うように一行は進む。

「そういえばアークトゥルスさん、僕らをつれてきた理由はなんなんです?」

 二つある、とだけ聞いていた。

 もう到着したのだ、説明があってもいい頃合いだろう。

「まぁ待て。……ついたぞ」

 視界が開ける。

 陽光を、きらきらと反射していた。

 とても、とても大きな水たまり。

 いや、確かこういうのを――湖というのだったか。

「……きれい」

 と、誰かが呟いた。

 同感だった。

 コップに注がれれば、それは無駄には出来ずとも飲み水でしかない。

 だが、目の前に広がる水の集合は、そんな認識より前に美を心に訴えかけてくる。

「……何か投げ込んだら、女神が出てくるかな」

「それは泉じゃない? お姉ちゃんが飛び込んだら、金のお姉ちゃんと銀のお姉ちゃんももらえたりして。金の雪色夜切と銀の雪色夜切かな」

 ツキヒが言うと、アサヒは拗ねたような顔になる。

「ツキヒは金とか銀とかがいい?」

 ぐいっと顔を近づけてくる姉に、ツキヒは顔を逸しながら答える。

「……いや、白銀ので間に合ってるけど」

「うへへ」

 アサヒは嬉しそうだ。

 そしてヤクモに寓話の内容を簡潔に語り、同じ質問を投げかけてきた。

「いや……手を滑らせて雪色夜切を落とすようなことを、そもそもしないよ」

 アサヒは不意打ちを食らったように赤面し、上唇を下唇に被せながら上機嫌になる。

「……ちょっとおにーさん、前提を変えないでよ。お姉ちゃんが飛び込んだ場合の話だったじゃん」

「アサヒって泳げるのかな」

「泳げません」

「そうしたら、まず助けないと」

「だからそういう話じゃ……もういい」

 ツキヒはなんとなく面白くなさそうだ。

「ふふふ、武器を投げ入れる、という部分は面白いのぅ。なぁヴィヴィアン」

「左様で」

「懐かしい場面を思い出さんか?」

「はて、どうでしょうか」

 ヴィヴィアンの感情はよく窺えないが、アークトゥルスは愉快げだ。

「豊富な水資源を自慢したいのであれば大成功だな。他に僕達を連れてきた理由があるならば教えてくれないか」

 ラブラドライトが言う。

 確かに水は人が生きるのに不可欠。

 《カナン》も壁外に流れる川から水を引いている。

 そもそも人類領域はそのあたりを考慮して建設された筈だ。それでも長い時の流れで、水不足に陥る都市もあると聞く。

 だが見るに、この湖に枯れる気配はない。まるで泉のように、滾々と湧き出ているかのように。

「疲れたろう、今日は休め。大したもてなしは出来んがな」

「休む? ……なるほど」

 初めて見る大きな水たまりに目を奪われていたのは、ラブラドライトも同じらしかった。

 湖のほとりに建つ、木造の家屋を見落としていたのだから。

「我が家だ。少々うるさいが、それは許せ」

 ――うるさい?

 ヴィヴィアンは物静かだし、アークトゥルスも活発ではあるがうるさいという程ではない。

 ヤクモ達はこのあとすぐ、その言葉の意味を知ることになった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版②発売中!(オーバーラップ文庫)◇
i651406


◇書籍版①発売中(オーバーラップ文庫)◇
i631014


↓他連載作↓

◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
i434845

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ