206◇共通
アサヒを確認したツキヒは、ラブラドライトから視線を外した。
「あぁ、お姉ちゃん。待ちくたびれたよ」
「大丈夫だった? 酷いこと言われてない?」
「オブシディアンの血は穢れているだって。どーでもいいけど」
ツキヒは本当にどうでもよさそうだ。
どちらかというと、姉からの心配を擽ったそうにしている。
だがラブラドライトの方が違うようだった。
「……君もオブシディアンだな」
少年だ。不思議な色合いの髪をしている。基本は白く見えるのだが、光のあたり具合によって青にも緑にも黄色にも桃色にも、また白銀にも黄金にもなるのだ。
まるで蝶の羽か、そうでもなければ空に架かると言われる虹のようだ。
髪は伸びたら自分で切っているのか不揃いで、整えている様子もない。
目つきは鋭く、目の下には深い隈が刻まれていた。色合いは髪と同じ。
同年代の男と比べると比較的身長で劣るヤクモだが、ラブラドライトはそんなヤクモと同程度。
彼の《偽紅鏡》も髪色と瞳は同様だが、無表情な少女で髪も綺麗に手入れされている。
「わたしはトオミネです。遠峰の朝陽。妹にいちゃもんつけないでもらえます?」
「驚いたな。オブシディアンの人間でも他者を思い遣る心を持っているのか。それにしても素晴らしい善良さだ。君は不要と判断され、壁の外に捨てられたんだぞ。何故恨まない」
「恨んで何になるんですか?」
「恨みは感情だよ。生産性を意識して作り出すものではなく、不条理に対して無意識に生じるものだ。何にもならなくても、胸の内に生まれるものだ。君の心は何も訴えかけてはこなかったかい?」
ラブラドライトの言葉に、アサヒの表情が一瞬歪む。
「悲しかったですよ、とても。でも、捨てられたから逢えた人たちがいます。悲しみに暮れないで、恨みに囚われないで生きたから、妹とも再会出来た。あなたが何を憎んでるかわかりませんけど、それ何の役に立ってます? 少なくとも今、罪のない姉妹をいじめる原動力に使ってるようですけど、その為?」
「……自分の生家が何をしたかも知らずに、よく言えたものだな」
「知りませんよそんなの。先祖が悪いことしたら、わたしがあなたにへこへこしなきゃいけないんですか? そんな理屈が通るものですか。じゃああなたは自分の先祖のやってきたこと全て把握して生きてるんですか? きっと誰かしら悪いことしてますよね。その被害者の末裔探して謝罪しなくていいんですか?」
「ッ……」
「少なくともわたしにとってあなたは、妹に失礼なことを言った最悪の男の子です。それ以上でも以下でも以外でもない」
アサヒの言葉に、ラブラドライトは歯を軋ませる。
「……あぁ、君の言う通り、僕の考えはめちゃくちゃなんだろうな」
「……素直ですね」
「でも、それでも、僕は君達が許せない」
正しくないのだとしても、それを理解したところで止められないのだと。
「は? わけわかんないこと言うなよな。お姉ちゃん、下がって」
ツキヒがアサヒを庇うように前に出る。
ヤクモは更に、そんなツキヒの前に立った。
正面にラブラドライト。
「よろしくスワロウテイルくん。僕はヤクモ=トオミネだ」
ラブラドライト少年は訝しげにこちらを睨みつける。
「夜鴉か。哀れなものだな、ヤマト民族がオブシディアンの武器を使うとは」
「ツキヒに順位で呼ばれたことを憤っていたようだけれど、名乗った者を差別用語で呼ぶきみの行いをきみ自身はどう考えるのかな?」
「――――」
「それと、オブシディアンの武器じゃない。アサヒは僕の刀で、妹だ」
ラブラドライトの手を、彼の《偽紅鏡》が控えめに引く。
少年は一瞬だけ少女を振り返り、苦々しげに目許をひくつかせた。
「……あぁ、分かったよ。悪かった、ヤクモ=トオミネ。少々興奮していたんだ。謝罪と訂正を君に」
存外素直に引き下がるラブラドライトだったが、ヤクモは気づく。
「僕にだけかい?」
そう、彼が謝罪したのはヤクモに対してのみ。
「五色大家を名乗る恥知らず共の血脈に下げる頭はないね」
――五色大家に、何か恨みでもあるのか。
「アサヒもツキヒも名乗っていない」
「彼らの父は名乗っているし、姉妹はその血筋だろう」
「血筋と個人は分けて考えるべきだと僕は思うけど」
「君はそうなのだろうね。その考えを否定はしないから、僕の考えもどうか侵さないでくれ」
「そんなつもりはないよ。ただ、きみが謝罪すべき人が残っているというだけのことだ」
「君の理屈ではね。僕にそのつもりはない。ならどうする? 殴りつけて言うことをきかすかい?」
「そんなことはしない」
「なら話は終わりだ。互いの正しさが相違している状態で出来るのは争いと不干渉以外にはないのだから。いや、どちらかが間違っているのだとしても、引き下がらないならやはり同じだ」
「対話は?」
「そんなもの、言葉での争いじゃあないか。片側の正しさで片側を屈服させて『和解』などとほざく行いが、争いでなくてなんだと言うんだ」
互いの視線が交差する。
「うむ、揃いも揃いって青いな! 見ていて実に背中が痒くなる! もっとやれ!」
この中で一番見た目の幼いアークトゥルスが、楽しげに言う。
全員の視線がアークトゥルスに向く。
「ん? おいよせそんな熱い視線を送るな、さすがに照れる。……ウィンクくらいしてやった方が盛り上がるか?」
「王。それはどうか帰還後に」
「そうか? まぁあまりの破壊力に全員気絶しても困るものな」
「仰る通りにございます」
遠いという印象を受けたヴィヴィアンだが、アークトゥルスに対してだけは距離感が近い。間接的にだが人間味を感じられて、ヤクモはどこか安堵を覚えた。
「……相変わらずふざけた人だ。それより本当に戦ってくれるんだろうな」
ラブラドライトは意識的にヤクモ達を頭から追い出すように、頭を揺すって視線を切った。
童女はにぱっと明るく笑う。
「うん、後でね」
「その口調のブレはなんなんだ……」
「可愛かろ?」
「僕にそれを聞いて、好意的な意見が口から出てくるとでも思うのか?」
「我が王が一番可愛いです」
面倒くさそうなラブラドライトとは対照的に、ヴィヴィアンは断言。
「そうだろうそうだろう」
アークトゥルスは嬉しそうだ。
「あっちの四十位もくるの? なんで?」
ツキヒがぼそりと漏らす。
「アークトゥルスさんは何か思うところがあったみたいだよ。……彼、五色大家に恨みを抱いているようだったけれど」
「そういう輩は腐るほどいるよ。だからって八つ当たりされても困るけど」
「でも、《偽紅鏡》の子は悲しげな顔をしていました」
アサヒの言う通りだ。
ヤクモもそれが気になっていた。
ラブラドライトの態度も、単に嫌味なわけではない。
パートナーが止めれば冷静になろうと努め、誤りを指摘されればそれを認める。
復讐心に狂っているというより、何かをやり遂げるまで止まれないと自覚している。
複雑な事情がありそうだ。
好ましいとは言えないが、嫌悪感を持つのも難しい。
「……少し、だけ。ツキヒに、似てる」
これまで黙っていたグラヴェルが、聞き漏らしてしまいそうなか細い声で言った。
「はぁ? ツキヒあそこまで口……悪いけど! あそこまで態度……悪いけど! ~~お姉ちゃん!」
フォローを求めるような妹の視線に、アサヒは即座に応じる。
「大丈夫だよ、ツキヒが優しいってお姉ちゃん分かってるから」
「多分、グラヴェルが言いたいのは、『分かっていても止まれない』部分なんじゃないかな。ツキヒは……その、色々あってアサヒとすぐに仲の良い姉妹には戻れなかったろう?」
グラヴェルに視線を向けると、頷きが返ってくる。
ツキヒがそっぽを向いた。
「才能ゼロの男とイチャイチャしてるお姉ちゃんがちょっとむかついただけだし」
「……ツキヒ?」
「い、今はまぁ……お姉ちゃんを預けるだけのあれはあれかなというあれではあるけど」
ハッキリと言うのは抵抗があるらしい。姉思いの彼女を考えるに、パートナーを解消しろと言わないだけで認めてくれているのは充分分かるというものだが。
「では兄さんは、彼とも和解出来ると?」
「どうかな。ただ、悪意ある言葉を口にしたからといって、悪人とは限らない」
「それはまぁ、確かにそうですケド」
ツキヒもそうだし、ネフレンだって今は大切な友人だ。
「……少し、だけ。ヤクモにも、似てる」
グラヴェルの言葉に、アサヒとツキヒは首を傾げた。
「やめてください。兄さんとは似ても似つかないです!」
「この嘘くさいくらいの良い子ちゃんと、八つ当たり根暗四十位が? 順位以外の共通点なんてないよ」
「つ、ツキヒ? 兄さんの善良さは嘘くさくないよ?」
「そりゃお姉ちゃんにはそう見えるんだろうけど」
「ツキヒ?」
姉妹の『話し合い』が始まる中で、ヤクモは静かに考える。
確かに、ある意味では似ているかもしれない。
ラブラドライト組は、明らかに強さを求めている。《黎明騎士》に喧嘩を吹っかけてまで、他都市に赴いてまで、強くなろうという意志がある。
大会予選でも、勝利を強く求めていた。そして一位通過したのだ。
――証明したいものがあるんだ。
トルマリンは、魔法を持たないマイカが負い目を感じぬよう、もしくは彼女と組み続けられるようにか、魔力攻撃だけで勝てることを証明しようとした。
スペキュライトは、魔法の効果が六回限定になってしまった姉を見限った者達に強い怒りを抱き、姉は充分に優れた《偽紅鏡》なのだと証明しようとした。
ツキヒはかつての姉の言葉を嘘にしない為に、最強を証明しようとした。
ユークレースも、コスモクロアも、ラピスも、大会に参加する多くの者達に証明したいものがある。
その熱量に貴賤は無い。
そんな中、グラヴェルはヤクモとラブラドライトが似ているという。
もしかすると、それは――。
「置いていくぞ! 早く乗るのだ!」
見れば、昇降機が降りてきていた。順番も巡ってきたらしい。
アークトゥルスがぴょんぴょん跳ねている。




