201◇報告
帰還は順調に進み、問題なく完了した。
心なしか盛んになった隊員間の会話の中にはちょっとした諍いに発展するものが幾つかあったが、問題と言えばその程度。
ミヤビ組の未帰還が民衆に与える影響を危惧したタワーの意向で、《隊》の作戦自体が極秘扱いだった為、帰還は静かに行われた。
今回ヤクモ達が都市の奪還を成功させ、ミヤビも生存していたことで初めて、《カナン》の人々は作戦のことを知る。
ミヤビ組が先行して《エリュシオン》に向かい、《黎明騎士》条件を満たしたヤクモ組を隊長とした《班》がそれを追いかけた。
だがそこは既に特級相当魔人・カエシウスとその配下に占拠されていた。
ミヤビ組及びヤクモ隊は協力して討伐にあたり、《エリュシオン》解放に成功。
おそらく、このように編集・脚色された物語が発表される筈だ。
ヤクモは政治に疎いが、それでも必要な措置であることくらいは分かる。
《黎明騎士》は一度敗北し、この都市は脅されていて、プロを派遣するわけにもいかないから優秀な訓練生を派遣し、なんとかうまくいったなどと言えるわけがない。
向かい合わなければならない事実ならばまだしも、セレナ・クリードの襲撃からそう日が経っていない状況で民衆の不安を煽るのは得策ではなかった。
「なるほど、報告ありがとう。とても素晴らしい戦果ね」
タワーの会議室。各組織の司令や参謀が集まる中で、兄妹は報告を済ませていた。
『白』の司令アノーソが、綻ぶような笑いを見せる。
「廃棄領域の奪還……まさか叶うとは」「主無き城であれば可能と考えてはいたが、新たな勢力に占拠されていた状態から作戦を成功させたいうのは信じがたい」「虚偽ではありますまい。支援活動に際して住人への聴取、魔人の遺骸回収も行われるというのに」「その通りだ。だが気持ちは分かる。魔人の協力があったとはいえ、陽の光があるだけで魔人はこうも弱体化するものか」「あぁ、報告によれば討伐数は二十にものぼるというのだから驚嘆に値する」「近年に例を見ない戦果だ」
興奮冷めやらぬ様子で口々に声を上げる面々。
「みんなの言う通り、素晴らしい働きよ。一度奪われた都市を取り戻すことができるだなんて。あなたたちは証明した。人類は――奪われるばかりではないのだと」
「仲間の協力あってこそです」
「機会を設けて、彼らにも感謝しましょう。それと……魔人の実験による被害者たちだけれど」
「全員保護しています」
「ミヤビやあなたは、あくまで人として扱うつもりなのね?」
「人ですから」
「あなたの言葉はまっすぐね。……《エリュシオン》側とも相談しないといけないことだし、今は保留ということにしましょう」
今すぐここで全員を納得させることは出来ないだろう。彼らは角の生えた子どもたちを見てもいない。実感もわかない中で彼らの存在を認めさせるというのは難しい。
「はい」
了承したヤクモの思考が読めたのか、アノーソは擽るように笑う。
「急ぎ支援部隊を編成するわ」
「《ヴァルハラ》の奪還はどうなりますか」
「あぁ、言い忘れていたわね。その問題は解決したの」
「解決?」
兄妹の疑問の声が重なる。
アノーソはさらっと言ったが、とても重大なことだ。
「こちらも奪還は成功。とは言ってもあなたたちのような大きな戦いも無く魔獣を討伐しただけと聞いたけれど」
「待ってください……奪還? 一体誰がですか」
そもそもプロを派遣する余裕がないから訓練生を使ったのだ。その訓練生にしたって大会で本戦に駒を進めた者を中心に構成された言わば精鋭揃い。
《カナン》に《ヴァルハラ》へと回す戦力は――。
――まさか。
「《アヴァロン》の《騎士団》から報せがあったの。クリードの勢力が都市から消えたことで脱出を図った住人が《アヴァロン》まで辿り着いて知ったのだとか」
第四人類領域。《カナン》が把握する七つの残存都市が一つだ。
《黎明騎士》に格付けがされているのは、都市間の情報交換が成り立っているから。戦果報告が共有されているから、それを比べて《黎明騎士》に順位がつけられる。
《カナン》から行ける場所は、全てではないにしろ他の六都市も行ける。
地理的には確かに《ヴァルハラ》により近いのは《アヴァロン》なのだという。
《騎士団》というのは、《アヴァロン》における領域守護者組織。
「……じゃあ、《ヴァルハラ》の人たちは無事なんですね?」
「えぇ」
ヤクモは安堵の息を漏らしたが、会議室には渋い顔をしている者もいた。
「あぁ、気にしないでいいのよ。人類に都市が戻るのはいいことだもののね、あなたの反応が正しいの。けれど、ね……」
アノーソの言葉で理解する。
都市を奪還し、復興を援助する。
それは大きな『貸し』になるのだ。
上手く行けば二つの都市を取り戻したばかりか、そこに『貸し』を作れる筈だったところが、《アヴァロン》の介入によって《ヴァルハラ》が取り戻されてしまった。
そこを悔しく思う者もいる、ということか。
セレナはクリードの配下だったテルルから情報を抜き出した。それも役立つ筈だったが、無駄になってしまった、と。
それが人命よりも上位にあるとは思えなかった。
くだらないとさえ思うが、口にはしない。
「とにかく、《エリュシオン》奪還任務の遂行、ご苦労さま。正式な《黎明騎士》承認後、すぐに位階が上がるかもしれないわよ」
兄妹の《黎明騎士》承認がまだなのには理由があった。
各都市に共通する概念である《黎明騎士》は、それだけに一都市による勝手な任命は許可されていないのだ。
三つ以上の都市、三人以上の《黎明騎士》からの承認が得られて初めて正式に認められる。
単騎での特級魔人討伐は前提でしかない。
「ちょっと疑問なんですけど、三都市からの承認なんて得られますか? 一つは《カナン》だとして、後二つは厳しいのでは?」
アサヒの言いたいことは分かる。
ヤクモを認めてしまうと、一つの都市に三組の《黎明騎士》が在籍しているという事態になる。
一つの都市に象徴的な存在が複数配置されることを快く思わない者もいるだろう。
「アサヒの懸念は尤も。そのあたりの後押しとしても《ヴァルハラ》奪還をうちで出来ればよかったのだけどね。うちの戦力は過剰などではなくて、きちんと人類の未来の為に運用されていると示せた」
三組いる《黎明騎士》相当の戦力は自都市の守護にだけあてているのではなく、他都市奪還や支援に役立てているという事実は確かに、他を納得させる材料になりそうだった。
「戦果で言えば今回のは充分以上だけれど、《アヴァロン》は抱える《黎明騎士》が一組でありながら廃棄領域を取り戻したということだから、説得力は弱まってしまったかもしれないわね」
難度で言えば《エリュシオン》奪還が圧倒しているが、都市奪還の結果だけ見れば同じ。
「そうなると他都市は異議を唱える可能性が高いんじゃないですか?」
「えぇ、《リュウグウ》のように《黎明騎士》不在の都市からは不満の声が上がるかもしれない」
ヤクモ組を抜いて《黎明騎士》は七組。交流のある都市は七都市。
《カナン》に二組なので、《黎明騎士》を抱えていない都市も存在する。
《リュウグウ》は特殊な環境に建てられた都市で、魔人の襲撃を受けたことがないという。
それでも一騎当千の戦力がいてくれればと願うのは当たり前だろう。
「けれど気にすることはないわ。ヘリオドールは都市の守護に不可欠であるし、ミヤビ組は《エリュシオン》復興に協力中、ヤクモ組は他都市や太陽の奪還に意欲的。どの組も《カナン》に必要な人材よ。当然人類にもね」
アサヒは納得したのかしてないのか、唇をむにゅっと動かしたあとに黙ってしまう。
「少なくとも《騎士王》はあなたたちを認めるそうだから、三組からの承認は得られたわね」
《地神》ヘリオドール組、《黎き士》ミヤビ組、そして《アヴァロン》の《騎士王》。
既に承認を得たのか。
「神と士の次は王ですか。わたし達の登録名も変わるかもしれませんね、兄さん」
「どうだろうね」
その後も幾つか言葉を交わした後、兄妹は会議室を後にした。
予想していた《ヴァルハラ》奪還は無くなり、《隊》の者達は本戦に向けた訓練に専念することが出来るようになったのだ。
「……兄さん。大変なことに気付いてしまったのですが」
会議室を出た後。
昇降機でタワー一階へと降下中、妹が深刻そうな声を出す。
「どうしたんだい?」
「スファレ組を《エリュシオン》に置いてきましたよね」
「そうだね……あ」
「そうです。わたし達の美味しい食卓を維持していたおっぱいが……モカさんがいないのです!」
元々はネフレンの《偽紅鏡》だった彼女はヤクモ組の居候になり、今はスファレのパートナーになった。
その点は祝福も応援もしているのだが、彼女を欠くとヤクモ達の食事事情は彩りを失う。
二人は顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出した。
悩むべき問題が都市規模から一気に食生活まで縮小したのだ。それが出来る気の抜けた状況というのが、なんだか面白くて。
「頑張って作ろう。僕はこれでも上達したんだよ」
「わたしはそれを『美味しい美味しい』という役を果たします」
「ちゃんと手伝ってもらうよ」
「そんな殺生な……!」
二人はしばらく、兄妹水入らずの会話を楽しんだ。




