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18◇到達

 



『計算終了。不可能です、やっぱり諦めましょう。彼女は勇敢に戦いました。死は忘れません』

 妹の声は冷たい。

 それでもヤクモは足を止めなかった。

「くっ! あの訓練生はもう助からない! 想定よりも敵が多い! 後退しつつ光信号で救援を要請しろ!」

「もうしています!」

「《黎き士》を呼べ! 彼女は何をしているッ!」

「それが、西方もまた異常な大群に圧されているとのことで――」

「《蒼》の連中はどうした!」

「無理だと分かっているでしょう! あいつらはギリギリになるまで戦場には出ません!」

「あぁ、クソッ! 囲まれた!」

 ネフレンの《班》の人達だった。

 彼女を救うかどうか迷っている間に敵に囲まれてしまったらしい。

 魔力防壁は敵の侵入を魔力の限り防ぐが、それだけだ。

 今の彼らのように全方位を囲まれてしまえば、後は消耗戦。魔力が尽きた瞬間壁は崩れ、彼らは殺される。

『言わなくていいです』

 助けようの言葉を口にするより先に妹が言う。

囮々背葬(かかはいそう)

 こういった時の戦い方は楽だ。

 ヤクモは魔力に乏しく、アサヒは魔法が無い。

 それは欠点だが、一つだけ利点もある。

 無力故に、関知されにくいのだ。

 以前も似たようなことがあった。魔物が村の中へ侵入し、暴れ回った。少ない魔力でなんとか防壁を張った家族を獣は寄ってたかって喰い殺そうとしていた。

 その時は必死だったが、後になって気づいた。

 もうすぐ食べられる餌に夢中な獣は、あまりに――殺しやすい。

 以後、家族の何人かはその役を買って出てくれた。

 囮になり、魔力防壁を展開し、魔獣が食いつくのをなんとか堪える。

 そうすれば――このように。

「な、何が起きている!?」

「分かりません。ただ我々の魔法以外の何かによって次々と魔獣が――断たれている、のでしょうか」

 彼らの光はヤクモ達には届いていない。いきなり魔獣が斬られて血を噴いているように映っていることだろう。

『あーもうヤだヤだせっかくお風呂入ったというのになんで獣臭い血でドロドロのベトベトにならなければならないんですか理不尽です不愉快ですこうなっては兄さんにご褒美を要求する他ありません戦いの後にわたしの体を洗ってくださいじゃないとボイコットしますから!』

 魔獣を斬り裂きながら進む中で妹がまくしたてる。

「そうだね。体を洗うとかはあれだけど、ちゃんと労うよ。約束する」

『初夜権でいいですよ』

「コメントは差し控えるね」

 軽口を叩くだけの余裕さえあった。

 囲まれた四方の内の一方向、風紀委の《班》へと繋がる道を開き終わる。

「この一点を突破し他《班》と合流してください!」

 ヤクモはそれだけ伝え、ネフレンの向かった方向へと走る。

「ま、待て少年! 奴はもう助けられない!」

 班長らしき男が焦ったように言う。

『言ってますよー正論吐かれちゃってますよー』

「急いで逃げてください」

「少年!」

 背中から掛かる声も次第に小さくなる。

『あの日もそうでしたけど、最近魔獣の襲撃と数が増えてますね。雌狐の赴任と関係あるのか、大移動でもあったのか……どちらにしろうんざりです』

 あの日というのは師匠と初めて逢った日だろう。

 確かにここ最近、魔獣の動きが活発化しているように感じる。

身投(しんとう)

 何も無い空間に向かって飛び込む。前転の要領で転び、即座に立ち上がった。

 一瞬前までの位置を魔獣が通り過ぎる。

『中途半端に光を浴びた所為ですね。いつもより見えてないんじゃないですか、兄さん』

 光に慣れてしまった所為だ。再び闇に慣れるまで、夜は敵に利する。

 先程の魔獣は魔力防壁を切って突進してきた。ヤクモが同胞を狩る姿を見て学習したのかもしれない。獣とはいえ、その程度の知恵は回る。

「……頼りになる妹がいるから平気さ」

『そんなこと言ったって無駄――じゃないですけど! 嬉しいです! ちなみに囲まれてます』

「うん。さすがにこれだけ集まれば気づくよ」

 じりじりと、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 正面以外は同胞の肉体がある為、ヤクモが側面に回ることも封じている。

 魔力防壁もしっかり展開。

 感知能力に優れてはいるものの魔法は使えない様子の領域守護者。

 その狩り方としては、これ以上なく賢いやり方だ。

 ただ奴らは知らない。

 兄妹は十年もの間、魔物と戦い続けてきたのだ。

 この程度の窮地、何度も越えている。

八艘踏破はっそうとうは

 こちらの側からの突進。

 予想もしていなかったのだろう、一瞬戸惑うようにして動きが鈍る。

 その一瞬で、ヤクモは跳んだ。

 魔力防壁は、自分の攻撃は通し、敵に対しては壁となる。

 斬ることが出来ることからも、物理的な干渉が可能。

 そして魔力防壁は基本的に術者を中心にドーム状に展開される。

 魔獣が自分を護るように展開した程度の高さなら、そう。

 飛び越えられる。

 もちろんそれだけでは解決しない。

 魔獣は二重三重にヤクモを囲んでいた。

 だから、奔った。

 無色透明の魔力防壁、その天井と天井を駆けていく。

 奴らが魔力防壁を解くことを実行に移した時には、囲みを抜けていた。

『いつやっても爽快ですねー。敵が一匹も減ってない事実から目を逸らせば、ですけど』

 随分仲間から離れてしまった。

 振り返ることは出来ないが、天空に打ち上げられる光信号の輝きもだんだんと薄くなっている。

「……見つけた」

 魔獣の屍がそこかしこに転がっている。

 大した実力だ。ヤクモもそこは疑っていない。

 だが、どう見ても限界間近だった。

「アタシは……アタシは……!」

 ボロボロに傷つき、もはや魔力防壁も魔法も展開出来なくなった状態で、それでも彼女は戦っていた。

 残り少ない魔力を大剣に纏わせ、大盾で魔獣の突進をいなしている。

 目に見えるのは残り二頭。

 ヤクモを追ってくるだろう群れを考慮に入れなければ、だ。

 挟み撃ちを選んだ魔獣に、奥歯を噛むネフレン。

 その程度のことに、もはや抵抗出来ない程に弱ってしまっている。

「正面に集中!」

「!」

 彼女を背後から襲おうとしていた魔獣の魔力防壁を裂き、その頭部を斬り落とす。

 直後に彼女が盾を斜めにして軌道を逸した魔獣が、ヤクモの視界に入る。

 即座に魔力防壁の偏りを察知、刃を突き立てると共に消失。

 それを待っていたとばかりにネフレンが大剣を叩きつける。

 肉の潰れる音がして、魔獣が息絶えた。

 彼女は荒い呼吸のまま、有り得ないものを見る視線をこちらに向けた。

「アンタ……な、んで」

 有り得ないものが助けに来たというのに、即席の連携をこなせるあたりは、さすが元四十位と言うべきか。

 ヤクモは笑う。

「なんでって、助けに来たんだよ」




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