155◇皓々
戦闘音が、確かに聞こえた。
なんとか上体を起こしたルナの目に見えたのは、やはり戦いだった。
「……なんだよ、これ」
ヤクモは全身に大やけどを負っている。もう意志で動かすには限度があるのか、身体に纏わせた赫焉の粒子を操ることで無理やり動かしているようだった。
そうしながら、迫り来る魔力攻撃を破壊し、接近しては魔力防壁を斬り裂いている。
勝敗が決まっていないから、判定もない。
簡単な話。
だが理解に苦しむ。
戦いには、少なくとも対立する二つ以上の勢力が必要で。
自分が負けたから、それはもう無い筈なのに。
「……っ。ぅぁ、あァッ!」
グラヴェルだった。
これまで見たこともない必死の形相で、ヤクモに立ち向かっている。
《偽紅鏡》を展開するのは搭載されている魔法を利用する為。
魔力炉は《導燈者》の方のものを使用するのだから、魔力操作だけならば武器は要らない。魔力強化に武器が不要であるように。
だが、トルマリン戦がなによりも証明している。
魔力操作が彼ほどに優れていようとも、赫焉を操るヤクモには勝てないのだと。
それでもすぐに決着がついていないのは、ヤクモ自身がいつ意識を失ってもおかしくない状態だから。
実際、グラヴェルの三日月型、砲弾型の魔力攻撃は時折ヤクモに命中していた。
そのたびにヤクモはなんとか威力を逃しながら立ち上がる。赫焉の装甲が砕け散っても即座に再展開し、地面を転がっても即座に立ち上がる。
それは、戦いだった。勝負が成立していた。
ルナが放り投げた、負けだと判断した、もういいと諦めた。
そんな戦いは、終わっていなかった。
ヤクモもグラヴェルも必死。
終わったと考えていたのは、ルナだけだと言わんばかりに。
「ヴェル……きみ、なにやってんのさ」
いつも、戦うのは、考えるのはルナの役目だったのに。
彼女の魔力操作はトルマリンに迫るレベルのもの。
――練習してた? いつ?
グラヴェルはまだ治りきっていない右足から血を流しながら、それでも前だけを向いている。
その怪我も、ルナの所為だ。
最初から空を飛んで、広範囲に炎を撒き散らし続ければよかった。
だがルナは、近接でも姉よりも優秀なのだと示したくて。
たかがそんなことの為に、グラヴェルの身体に傷をつけた。
「もう、いいって言っただろ」
見ていられなくなり、ルナは言う。
グラヴェルの返事は簡潔。
「よくない」
「よく、ないって……」
「ツキヒは、負けない」
「負けたんだよ、見てたろ」
「負けるわけがない」
「負けたんだって!」
「負けないっ!」
こんなにも強く主人の言葉を否定するグラヴェルは、初めてだった。
グラヴェルは無表情なのだ。その変化が分かるのはルナだけ。
でも、今は違う。
彼女は苦しげに表情を歪め、泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「朝、誰よりも早く起きて! 夜、誰よりも遅く眠る! 起きている間はずっと訓練して、戦って! そんなツキヒが、負けていいわけがない!」
それは、理屈になっていなかった。
努力の量は関係ない。
大事なのは結果。
ルナ自身の言葉だ。思想だ。
なのに。
なのに、どうして。
グラヴェルの言葉に、胸が熱くなるのだろう。
心臓を鷲掴みにされて、揺さぶられるような衝撃を受けるのだろう。
「あなたは凄い、あなたは偉い、あなたは誰よりも頑張った。それを、人形が不出来な所為で、負けさせるなんて……そんなの」
「……なに、言ってんのさ」
どれだけ戦っていたのか。
これまでに使った分も合わせると、グラヴェルとて魔力炉に限界が迫っていてもおかしくない。
事実彼女は腹部を押さえ、脂汗を流していた。
ふらっと身体が揺らいだかと思うと、膝から崩れ落ちる。
「ヴェル……!」
咄嗟に駆け寄ろうとするが、立ち上がろうとした瞬間に転んでしまう。
武器の破壊による衝撃の内、肉体が感じる筈だったものは《導燈者》が負担する。だが精神的なダメージは《偽紅鏡》本人が負うのだ。頭からの指令が上手く身体に伝わらないのか、今のルナは歩くことさえままならない。
腕をついて身体を起こしたグラヴェルは、ヤクモを視界に捉えようと顔を上げる。
ヤクモの方も酷い姿だった。彼の纏う白い膜は彼の血で赤黒く染まっている。焦げた身体がひび割れて、中から血が漏れ出ているのだ。
アサヒとの同化現象による純白の毛髪も、黒く煤けている。
誰が予想しただろう。
予選の決勝が、今大会史上最も泥臭く血腥い戦いになるなどと。
「……ヴェル、もういい。もういいんだ」
さっきと逆だ。
今度はルナが這って彼女に近づこうとしている。
彼女はヤクモが見えているのか、その目は虚ろで。
「わたしが、もっと、頑張れば。わたしが、もっと、役に立てれば。わたしが、もっと、わたしが、もし、欠陥品で無かったなら。彼のように、あなたを、上手に、あなたの凄さを、みんなに示せるような、わたしが、人形でなく、もし、あなたに、パートナーと、認めてもらえ、るような、そんな、人間、だった、なら」
それは、ルナに向けての言葉ではない。
今まさに彼女を襲う、深い後悔。
それがうわ言のように漏れている。
「……ヴェル。なに、言ってんだよ。なにを、なにを、ばかみたいなこと」
人形を求めたのは自分だ。
――あれ?
ルナは疑問に思う。思って、すぐに答えを得てしまう。
彼女は感情が薄いだけで、無感情ではない。
彼女は関心を持ちづらいだけで、無関心ではない。
なら、どうして彼女は自分と一緒にいるのだろう。
――『あなたに、興味がある』
彼女にそう言ってもらえた時、本当は嬉しかった。
――『ツキヒ』
彼女がそう呼んでくれることが、本当は嬉しかった。
けれど表向きは存在しない名だ。捨てた名だ。だから叱って、怒って、もう呼ぶなと言う。
言いながら、内心怖かった。彼女が次からルナって呼んだらどうしよう、と。自分の名を呼ぶ者がいなくなることが、怖かったのだ。
ルナは彼女をヴェルと呼ぶ。これはグラヴェルでは長いという理由でルナが付けたのだ。
人を愛称で呼ぶこともそれまでなかったから、ヴェルと呼ぶことも本当はすごく躊躇った。
呼ぶ度に、彼女が嫌そうな顔をしていないか気になった。
――あぁ、そうか。
自分は学ばない愚か者だ。
「ツキヒ、わたしはあなたの名前が好き」
自分みたいな人間を好きになる人はいない。
「ツキヒ、わたしはあなたの本当の銘も好き」
誰もが自分を畏怖の視線で見た。
「ツキヒ、わたしはあなたの本当の髪の色も好き」
母と姉だけが特別だった。
「ツキヒ、わたしはあなたがわたしの心に気づいてくれるのが嬉しい」
自分が自分であるというだけで愛してくれる人を、ツキヒは失ってしまった。
「ツキヒ、わたしはあなたの願いならばどんなことでも叶えたい」
もう、二度とそんな存在は現れはしないのだと決めつけていた。
「勝つ、とあなたが言った。わたしは、人形だから。勝つ、よ。勝利を、あなたに、渡すから、だから……」
自分は嫌いなものに悪意を向け、好きなものには我儘に振る舞う。
傍目には、その違いが分からないだろう。
「わたしの全ては、あなたのもの。初めて逢った日に、身体を。今日までに、心を。明け渡した。捧げた。だからどうか、この先も、わたしを……捨てないでほしい」
ルナは自分を止めようとする者を容赦なく排除する。
弱い者を平然と見下す。
無能は嫌いだ。
あぁ、彼女はそれを知っているから。
考えてしまったのか?
ルナがグラヴェルを求めたのは、それまでの遣い手が無能だったからだ。
グラヴェルは、自分もまた無能と判ぜられることで無用とされると考えたのか。
馬鹿だと思う。
でも、当然だ。
自分はだって、昔から何も変わっていない。
「……なんだよ、それ。なんで、そこまで」
どこに興味を持っているのか、尋ねたことは無かった。
いつしか、彼女が自分についてくることが当たり前だと思うようになっていた。
「わたしは、変な人形、だから」
儚げに、顔に罅が入った人形みたいに、彼女は笑う。
グラヴェルのことを、心のない人形みたいだと嘲る者がいる。
そういった者達を、ルナは時に直接的に、必要とあればどのような手段を使ってでも黙らせた。
――ヴェルは人形だ。ルナのね。でも。
心は在る。その胸の内に在るのだし、しっかりと機能もする。
世界が退屈過ぎるから、彼女の表情はあまり動かないだけだ。
でも、しっかりと喜怒哀楽を感じられる。落ち込むこともあれば、拗ねることもある。
自分にはそれが分かる。
分かるのは、けれど、なんでなのか。
そんなの、理由は一つだ。
十年もずっと見ていたら分かる。
あぁ、そうだ。
自分は姉のことばかり考えていたが、姉のことしか考えていなかったわけではない。
ずっと近くにあった人間の感情くらいひと目で分かる。
「ヴェル」
やっと、彼女の前まで来る。
その手を伸ばし、彼女の頬を――つねった。
「ぅ」
彼女の虚ろな瞳に、僅かに光が戻る。
抗議の視線。
「きみさ、ばっかじゃないの」
「ツキ、ひ」
真っ向から、彼女の目を見る。
「捨てるわけないだろ。これは、ツキヒのお気に入りなんだ」
「――――~~っ」
今日は変な日だ。
人形の色んな表情が見られるなんて。
驚きとか、喜びとか、くしゃくしゃの泣き顔とか。
彼女は迷子みたいに不安そうな顔で、こちらを見た。
「でも……前に、ヤクモを、パートナーに、って」
「? あ! あぁ、もしかして、それをずっと気にしてたわけ?」
ネフレン戦の後でヤクモとそのような会話をした。
あれは姉に対する嫌がらせの意味合いが強い冗談だったのだが、グラヴェルは覚えていたらしい。
「……わたし、誰よりも、あなたの役に、だから」
「だから、さ。今更きみ以外と組むわけないだろ。ばかは嫌いだよ。分かったら、もうばかなことは言うなよな」
指を離して、ぺたんと彼女の頬を叩く。
自分の顔が燃えるように熱い。普段の自分なら絶対に言わないようなことを言っているからだ。
「……わかった。言わない」
子供みたいに、こくりと頷くグラヴェルを見て、ツキヒは笑う。
「ツキヒ」
「あぁ、うん。そうそう、ツキヒはツキヒだよ。なーにがルナだっての、もうどーでもいいや」
オブシディアン家の権力が必要だった。
姉を守る為に。
それはルナのアイデンティティにも変わってしまったが、一度負けたことで吹っ切れた。
母も姉もいないのに、あの家に何の価値があろう。
皆無だ。
姉も壁の内にいて、自分達で自分達の面倒を見られるというのなら、権力にしがみつく理由があるだろうか。
無い。
「うん。あなたはツキヒ。綺麗な黒い髪をした、わたしのご主人様」
「……この白い髪もばかみたいだな。後で染め直そう。でも今は」
「うん」
二人が会話出来ていた理由。
「……兄さん!」
武器化解除は主に三つの理由で起きる。
《導燈者》の意志。
武器が破壊される。
《導燈者》の意識が途切れる。
ツキヒは二つ目、ヤクモを襲ったのは三つ目だ。
とはいっても一瞬のこと。
砲弾型の魔力攻撃を腹部に受け、彼の身体が後ろに吹き飛ばされる。
彼は刃を床に突き刺すことで威力を減衰したが、止まったところで意識が一瞬飛んだ。
それによってアサヒが人間状態に戻り、咄嗟に兄を支えた。
「……大丈夫だよ、アサヒ。誓ったろう、二度と倒れないと」
「分かっているよ、夜雲くん。わたしだって誓ったでしょう。二度と折れないって」
それはどちらも比喩で、心のことを指しているのだろう。
彼らは不屈と不敗を、互いの魂に誓っている。
なんて熱く、重いのだろう。
「あのさ……お姉ちゃん」
グラヴェルに肩を貸す。まだ足が震えるが、そこは十年鍛えた身体、無理を聞いてくれた。
彼女を支えるようにして、立ち上がる。
「……ツキヒ?」
反抗的で高圧的だった妹が唐突にお姉ちゃんなどと呼べば、怪訝に思うのも当たり前。
だがこの際だ、言ってしまう。
「どうしてあの日、お父様にツキヒのことしか頼まなかったの?」
「――――」
「部屋の外で、さ。聞いてたよ。ねぇ、答えてよ。分からないんだ」
アサヒはしばらく黙っていたが、しばらくしてから躊躇いがちに口にした。
「そ、れは。だって、わたしは、お姉ちゃん、だから」
「違うよ。分からないのは、分からないのは、さ……どうして、お姉ちゃんがいなくても平気だって思ったのかってこと」
姉が目を見開く。
「喜ぶって、そう思った?」
乾いた笑い声を漏らすツキヒに、アサヒは慌てて弁明するように口を開く。
「ち、ちがっ。違うよツキヒ。わたしは、無理だった。絶対に、残れなかった。でも、ツキヒには可能性があった。だから」
母も姉も全て諦めていた。だがツキヒには諦めろと言わなかった。
でもツキヒは、母と姉にこそ、自分達を諦めないでほしかった。
「お姉ちゃんの所為で、ツキヒの人生は滅茶苦茶になったよ」
「…………」
「でも、お姉ちゃんは幸せそうでいいね」
「…………」
「嫌な妹とお別れして、優しいお兄ちゃんを手に入れたもんね」
それまで罪悪感に歪んでいた彼女の表情が、途端に怒りに染まった。
「嫌な妹なんかじゃない。訂正してよ」
変な話だ。
自己評価を、他者に否定されるなんて。
「お義兄様やお義姉様にいじめられている時、助けてくれたのは妹だよ。他の家の子に髪の色で悪く言われた時、言い返してくれたのは妹なんだ。勉強で分からないところであって家庭教師に笑われた時も、理解出来るまで教えてくれたのは妹だ。夜眠れない時には手を繋いでくれたし、花の冠だって作ってくれた。何も出来ない姉を、『あいつはだめだ』って諦めなかったのはツキヒとお母さんだけだった」
自分の記憶にないことも沢山あった。
あぁ、でも。
アサヒに言われることで、思い出す。
自分は無意識の内に、それらの記憶を心の奥底に封じていたのだろう。
本当に、心の底から自分が嫌いだったから。少しでも自分の善良さを肯定してしまえる記憶は邪魔だったのだ。
「それに……壁の外に捨てられてからも、無能な姉を諦めなかった」
「――――」
カァッと、顔が赤くなるのが分かる。
――バレてた!?
いや、そんな筈はない。
誰かが漏らしたのか、見抜いたのか。
とにかく、バレてしまった。
「そんなわたしの妹を、自慢の妹を、嫌な妹なんて言わないでほしい」
だめだ。
だめだ。
姉が嫌いだ。姉が嫌いだ。姉が嫌いだ。姉が大嫌いだ。
自分が苦しんでいる間に、他人を兄と呼び慕い幸せになっていたくせに。
ふらっと自分の人生に再び関わっては、さらっと自分が欲しがっていたものを与える。
大嫌いだ。
瞳から溢れそうなこれは、怒りとか、嫌悪とか、そういうものだ。
絶対そうだ。
「ツキヒ」
隣から、不服そうな声。
「わたしも、あなたを自慢のご主人様だと思っている」
「……なんだよ、急に」
「…………わたしでは、泣かないの」
「そもそも泣いてねーから」
ぶっきらぼうに否定するが、胸が温かくなるのを感じる。
「ツキヒ、あなたがわたしを嫌いでも。わたしはあなたが大好きだよ。昔も今も。でも、でもね」
「……分かってるよ。ツキヒは敵だ」
「それに、友達に酷いことをした。ちゃんと謝らないとだめだよ」
「説教かよ」
「説教だよ。お姉ちゃんだからね」
姉が、笑った。
困ったような、ではない。
悪戯っぽく、照れを滲ませた笑みだ。
「……ずっといなかったくせに」
「あなたが許してくれるなら、これからは一緒にいる」
「っ。許さなかったら?」
「うーん……許してくれるまで絡み続けるとか?」
「……どっちにしろ関わるつもりかよ」
「だめ?」
姉は変わった。
少し強引になった。
「これで負けたら、壁の外に逆戻りのくせに」
正確には、《黎明騎士》資格を持つ彼らは都市に貢献出来るとして残れるだろう。だがミヤビの実績をしても村落一つ分のヤマト民族を永住させられないのだ。新入りとなればなおさら。
ここで負ければ少なくとも家族は壁の内にいられなくなり、そうなれば彼らも壁の外へ行くだろう。家族を守る為に。
「戻らないよ。わたしの遣い手は世界一だから。ツキヒもグラヴェルさんも手を抜かないでね」
アサヒとツキヒが会話しているのは、それが話しておきたいことだからというのも大きいが、先程まで極限の状態で戦っていたパートナーを僅かばかりでも休ませる為というのが最大の理由だった。
血が流れ出ていくという負担を看過してまで呼吸を整える時間を稼ぐのは、お互い理解しているから。
保って、あと一合。
互いに一撃ずつしか放つことが出来ないという予感。
その一撃の為の精神力を練る為の会話。
「ばっかじゃないの? 一位はこっちなんだよ。言ったろ、壁の外に送り返してやるってさ」
互いに好戦的に笑う。
互いのパートナーも、二人の会話を聞いて笑いを溢していた。
「アサヒ」
「はい」
「ヴェル」
「うん」
「抜刀」「抜刀」
ヤクモとグラヴェルの声が重なる。
そして、互いに武器の銘を口にした。
「雪色夜切・赫焉」
「宵彩陽迎・皓皓」
雪白の粒子舞う中に輝く、純白の刀。
対するは。
「……黒点化、か」
ヤクモが苦々しく、それでいて祝福するような笑みを浮かべる。
黒点化が特級魔人戦、特に単騎での戦闘という状況に陥った時に限られるのは、おそらくそうでもなければ人が己と向き合えないからだろう。
死の淵で罪を悔いる罪人のようなものだ。
仲間を失い、孤立無援の状況。
そうなって初めて、人は己の弱さを認めることが出来る。相棒に対する想いを素直に自覚出来る。
そういった極限の状況、ある種の達観と諦観による精神的な変化こそが鍵。
ヤクモとアサヒはトルマリン戦における挫折によって、十年もひた隠しにして劣等感を互いに口にし、認め、それでも共に在ることを誓い合った。
大事なのは認めることだけではない。
自分の弱さを認めるだけの強さを持ち、その上で互いに互いを想っていること。
この世界における一般的な《導燈者》と《偽紅鏡》の関係を思えば、黒点化がいかに困難か分かる。
口で言ったところで、実践出来るようなものではないからだ。
人の心は難しい。
「……ツキヒ?」
グラヴェルが、グラヴェルの口を使って喋った。
『……なんだよ』
自分はただ、彼女に応えるだけ。
『操作』の魔法は使わない。そのような余裕など無いし、あっても使わないだろう。
『きみの全部はツキヒのもの。これはツキヒの判断だよ。ツキヒの人形、きみに貸したげる』
「……うん」
『大事にしろよなっ……。気に入ってるんだ、壊れたら困る』
「うん」
彼女は嬉しそうに何度も頷く。
正直、ツキヒも嬉しかった。
黒点化出来た。
それはつまり、グラヴェルの方もそれだけ自分を想ってくれているということだから。
雪色夜切と瓜二つの、黒い刀。
それが宵彩陽迎の真の姿。
自分に追加されたのは、赫焉のような形態変化の進化系ではなく、魔法だった。
――『両断』。
『はっ、最強のツキヒにぴったりの魔法じゃん』
本来、黒点化の利点はこういった破格の魔法獲得なのだ。
赫焉はやはり、《黒点群》の追加兵装として格落ちする能力だろう。
だが、見下そうとは思わない。
自分はそれに一度遅れを取ったのだから。
両断。
問答無用で真っ二つにする魔法。
ただし、『必中』と同じく何かに付与するタイプの魔法。
普段であれば、例えば風刃を作るなりしてそれに纏わせるだけで最強の魔法が出来上がってしまう。
なにせ、絶対に斬れるのだ。
だが最早、グラヴェルにはそんな余裕さえなかった。
というより、『両断』の必要魔力量を捻出するので精一杯なのだ。
違う魔法で戦うという選択肢もある。
「……《黒点群》としても、ツキヒの方が、上。わたしは、そう思う。そう、証明する」
だが、遣い手にその気はないようだった。
黒刀の刃のみが、白く光り輝く。
ヤクモは雪色夜切を右手に握っている。
左腕はだらりと垂れ下がっていた。赫焉で補強する様子はなく、その分の粒子を攻撃に回すつもりなのかもしれない。
「いざ、尋常に」
瞬間、同時に地を蹴る。
互いの一撃が交差し、勝者と敗者が生まれた。