151◇空中
ルナは初手から完璧だった。
炎による大規模魔法はヤクモ達が対応出来なければ勝利をもたらし、対応出来たところでのちのプレッシャーとなる。
なにせ、いつ炎が放たれるか分からないのだ。
兄妹はいつでも鎧を作れるよう、赫焉の粒子を近くに置いておかねばならない。
赫焉の最大の武器である自由度を大幅に制限したのだ、最初の一撃だけで。
「ちゃんばら大好きな夜鴉は知ってるかな、世の中には砲撃ってのがあるんだけど」
巨大な台座と筒とでも言うべきか。
土魔法で創られた砲台の穴は、ヤクモ達に向けられている。
轟音。
爆破……というより、火と風の組み合わせか。
まるで両者を結ぶものがあるかのように、鈍色の砲弾が真っ直ぐヤクモ達に迫る。
『破壊を』
回避は推奨出来ないということだろう。
砲弾がいつ爆ぜるとも限らないし、ネアのように『必中』でも付与されていたら面倒だ。
だが、頭部への衝撃によってヤクモの視界は揺らいでいた。
「……指示を」
『っ。承知』
幸いというべきか、このようなことも慣れている。平衡感覚は鍛えているし、ぼやけている視界はアサヒが補ってくれる。ヤクモの状況を把握したアサヒのアシストは的確だった。
『一歩圏内、身の丈は兄さんと同等、狙いは左胸部、合図と共に刺突を』
間合い、攻撃箇所を教える為のたとえ、技の種類。
『今です』
ヤクモはただ、行動するだけ。
放たれた突きは真っ直ぐに砲弾を貫き、綻びを突かれた砲弾は泥団子のように崩れて散った。
『! 身投!』
緊迫した妹の声に即応。
正面に向かって飛び込む。
直後、背後で爆発が起こった。
『攻撃の複製です! 兄さんが斬ることを前提に、時間差で背後に設置したようです!』
最初の一つは囮。ヤクモ達がそれに対応する間に後方へと砲弾を『複製』したのだ。
ことごとくヤクモ達の動きを先読みしている。
致命的な状況になっていないのは、今のところ読みが拮抗しているからか。
――それにしては手ぬるい。
彼女であればそこら中に爆発する砲弾を『複製』しておくことも出来た筈。
それをしなかったのは何故か。
別の狙いがあるか、他のことに集中していたか。
後者だ。
ルナは宙に浮いていた。
より凶悪な攻撃に仕上げるよりも、ヤクモから距離をとることを優先したのだ。
――なるほど。
「鴉だなんて言われてるけど、向こうはまだ飛べる分だけ自由だよね。きみらは違う。飛べない鳥が囀ってる。自分達はほんとは凄いんだ、認めておくれよって。やめてくれるかなほんと、虫酸が走るんだよそういうの。生まれ持ったもので限界は決まる。何も無い癖に、何になろうっていうんだ」
徐々に視界が元に戻っていく。
上空からこちらを見下ろすルナは、やはりどこか苦しげに映った。
「なら、きみはどうなんだ」
「あ?」
「生まれ持ったものに驕らず、弛まぬ努力で多彩な魔法を身に着けているきみは、何になりたいのかな」
「……きみには関係のない話だ」
「かもしれないね。じゃあ、アサヒには?」
「っ。関係ないね。関係あるわけないでしょ。ってゆーか、もういいんだって。きみと話してると苛々するばっかだ」
「あと一つ、きみの誤りを正そう」
「ルナは間違わない」
「僕らは飛べる。鳥のように自由ではないかもしれないけれど」
「ねぇ、詩なら自分の部屋で綴ってくれる? 痛いんですけど?」
再び紅焔が放たれる。
今度は上から下に、フィールド全体を満遍なく焼き尽くすように。
「千塵回廊」
白甲を再展開しつつ、ごく少量の余剰粒子を舞わせる。
『視界は閉ざされますが、わたしを信じてください』
「疑ったことなど無いよ」
『……ですね』
紅蓮の炎がフィールドを呑み込む。
◇
ルナの苛立ちは頂点に達していた。
――『なら、きみはどうなんだ』
ヤクモの言葉に酷く動揺している自分がいる。
自分が半生を鍛錬と戦いに捧げた理由は、もう無い。
どうなんだ?
そんなこと分かったら、こんな風に苛立ちはしない。
『ツキヒ』
「……喋りかけんな。人形の助けは要らないんだよ」
頭の中でパートナーに喋りかけられるというのは、集中を欠くことはあっても利点は無い。一人で戦えないという雑魚なら別の考えを持つこともあるかもしれないが、ルナには不要だった。
『彼らは終わってない』
「喋りかけんなって言ったでしょ」
『気をつけて』
「ヴェル、しつこ――ぃ」
炎の中から、それは飛び出してきた。
甲冑姿のサムライ。
時代錯誤にも程がある異装、常識無視の飛行。
「……違う。飛べるわけない」
羽ばたく翼も無いのだから。
『彼らは、跳んでいる』
グラヴェルの言う通りだった。
彼らは飛行しているのではない。跳躍しているのだ。
領域守護者であれば、並外れた魔力操作と身体能力によって『魔力を足場に跳ぶ』ということは出来る。
だが彼らの場合は肝心の魔力が無い。
かといって魂の魔力炉接続の痕跡も無し。なにせ魔力を感じない。
可能性は一つ。
「粒子を踏んでるのか」
彼らの足元を凝視すると、微かに白い何かが見える――ような気がした。
それくらいに極小の粒を足場に、彼は器用にも空を跳んでいるのだ。
これが初挑戦ではないだろう。彼らは天才ではない。
いずれ必要になるとして、練習していたのだ。
こちらが相手の欠点を突けば、あちらは欠点を克服してくる。
「……夜鴉が」
「それ、もう聞き飽きたよ」
「無様に跳びはねるってんなら、その足折ってあげるよ」