126◇一閃
ミヤビは模擬太陽の輝きを模した炎を灯していた。
それ以前は壁外で魔獣を焼き払った。
東の壁の穴からでも、師の炎の一端は見えた。
全方位の魔獣を炎で焼き尽くすというだけでも人間の限界を超えているというのに、彼女はそれを模擬太陽の落ちた中で行ったのだ。魔力炉の働かない中で。
その上、都市内の領域守護者全員を強化する為に太陽と同等の輝きを放つ炎を燃やした。
クリード戦にて篝火を使ったヤクモだから分かる。
世界を照らす太陽の真似事は、たとえ魔法でも容易くない。
師は間違いなく、既に限界以上の力を振り絞っている。
だというのに、そこから更に地上に下りてセレナを燃やした。
ヤクモ達が迷っているばかりに。
背後から刺されたセレナには見えないだろうが、ミヤビの顔色は見る側に悪かった。
炎の出力も目に見えて弱い。
セレナが抜けようともがけるくらいには。
《黎明騎士》は不可能を変えた者。
人と魔人の覆らぬ個体差を覆した者。
だが、世界の理からは抜け出せない。
体力が無限にならぬように、魔力炉も無限に魔力は生み出せない。
なのに。
「させっか、よッ!」
火勢が増す。
『……魂の魔力炉接続!?』
違う。
チヨの魂を削り取って魔力に変えているのではない。
それほどの規模ではない。
――生命維持に必要な体内魔力を魔法に変換している!?
ヤクモは魔力耐性が無い。魔力強化しようものなら肌が爛れる。
だが、ヤクモにも魔力はある。それでも内臓や血管はダメにならない。
この世界の人間にとって、魔力は血液や酸素と同等に不可欠なもの。
一説によると、体内に魔力が流れているおかげで人類は壁内での生活に堪えられるようになったのだとか。
壁の内という閉じた空間で莫大な人間を賄おうとすれば真っ先に問題になるのは――食料問題だろう。
だが都市内に置ける餓死者の割合は非常に低い。戦死者の数を大きく下回る。
魔力が栄養の吸収効率を上げているというのだ。
それ以外にも、人が生きていく中で必要とするものの欠乏を魔力が埋めているとしか思えない反応が見られるという。
これを、無意識の魔法と呼ぶ者もいるくらいだ。
人類は、魔力を生存に利用した。魔力を取り込んで進化した。
魔法の使用による疲労感とは魔力炉の酷使のみが原因ではなく、体内魔力の減少を危惧した人体の危険信号だと言う者もいる。
だとすれば、魔力耐性の低いヤマト民族は進化しきれずにいるのか。
ともかく、魔力とは必要不可欠なもの。
生命維持に欠かせぬもの。
最後の一滴まで魔法に変換するなど、自殺行為。
「師、匠」
目が。
師の目が、こちらを睨んでいる。
赫々と燃える士の瞳が叫んでいる。
ミヤビは死ぬつもりなのではない。
意志を示しているのだ。
――どうした、てめぇらの存在意義さえ忘れちまったのか?
そんな風に、こちらを叱りつけている。
かつて師に言われた言葉が脳裏をよぎった。
――『雪の色をしたお前らは、夜を切る為に立ち上がったんだろう?』
気づけば、足が動いていた。
『兄さん!?』
あぁ、そうだ。
何を馬鹿な考えをしてしまったのだ。
セレナを逃したとしよう。
何の保証が得られる?
無い。
それどころか、機嫌を悪くした彼女がこれまで以上に廃棄領域の人類を虐げるかもしれない。
いずれヤクモ達が救出作戦を実行した時に絶望させようと、皆殺しにする可能性だってある。
逃して得られるものは無いのだ。
この場でセレナを討伐すれば、少なくとも彼女による被害の拡大は防げる。
彼女の担当している都市の人々はどうなってしまうだろう。
同時に二つの都市は救えない?
だからなんだ。
ヤマトの子供が壁外で十年生き抜くのだって、本来は不可能事。
ヤマトの老人達が壁内で暮らしていくことだって、本来は不可能事。
才能の無いヤマトの兄妹が領域守護者になることも、学舎に入ることも、ランク保持者になることも、大会予選で勝ち抜くことも、魔人を討伐することも、不可能事。
なによりも、世界に燿を取り戻すなんて世迷い言も世迷い言。
とっておきの戯言にして不可能事だ。
それを現実にしようと動く自分達が、なにを尻込みする必要がある。
都市を二つ救うくらいの不可能、可能にせずして夜明けなど臨めるものか。
軋む身体で大地を駆ける。
「ヤ、グモ、ぐ、ぅぅぅう、ん?」
冥府から響くような、掠れて歪んだセレナの声。
『……あなたの思うままに揮ってください』
一度はヤクモの行動に驚愕したアサヒだったが、既に覚悟を決めたようだ。
ヤクモの選択がどのようなものだとしても、アサヒはそれを責めないだろう。
重荷を背負うことになろうと、迷わず半分持っていくだろう。
遠峰朝陽という少女は、そういう人間だ。
「きみを逃がすことは出来ない」
そうだ。そんなこと出来るものか。
「返してもらうよ」
――大地を、海を、太陽を、月と星々を、人間の自由を!
一つ残らず、取り戻す。
その為には――。
彼女の正面、魔力炉の収まる下腹部に刃を突き入れる。
刺突から刃をねじり、身体の外側に刃を向けた状態で寝かせた瞬間、切り裂いた。
「あ」
身体を再生しながらなんとかミヤビから逃れようとしていたセレナが、自分の身体を見下ろす。
「ぜ、れだ、の、ばげ?」
焦げた喉から震わされるは、己の敗北を疑うような声。
「あぁ、きみの負けだ。そしてこれは――僕達の勝利だ」
師が大太刀を引き抜く。
炎が消える。
セレナが倒れる。