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125◇微笑

 



 セレナは配下の魔人を殺し、その魔力炉分強化された。

 だが。

 逃げるならばすぐにすればいいものを、その場に立ったまま。

 全身の肌を晒した姿から、一瞬で衣服を作ってみせる。

 純白のスカート。

「きみとお揃いだねぇ、ヤクモくん」

 雪色夜切発動中のヤクモは同化現象で毛髪の色が純白に変わる。

 先程まで彼女が着ていた服は白ではなかった。

 わざと同じにしたのだ。

 歪んだ執着を示す為に。

 それから彼女はルナを見る。

「そういえば、きみは言ってたね。逃げるならそう言えって」

「はぁ? もしかして人間の忠告を聞いて『今から逃げます』とでも言うつもり?」

 さすがのルナも意味が分からないのか、怪訝そうな顔をした。

 セレナの状況は、逃走それ自体に関しては可能になっているが、継戦には向かない。

 ヘリオドール組、ヤクモ組、グラヴェル組、トルマリン組、スペキュライト組、ラピス組、ユークレース組。

 ここまでの戦力が集結してる中、時間経過は更なる増援の到着の可能性もあってセレナには不利。

 短期決戦を挑もうにも、奪った配下の魔力だけでは足りないだろう。

 同時に、仲間達の攻撃や対応は不意打ちだから成功したという部分も大きい。

 今彼女を攻撃していないのもその為だ。

 迂闊に浅い攻撃をすれば、逃げられる可能性がある。

「逃げる? やめてよ。きみ達が言うんだ。『どうか撤退して下さい』ってさ」

「木っ端微塵になって、脳みその再生に失敗しちゃったわけ?」

 ルナの冷めた物言いにも、セレナは余裕を持った笑みを崩さない。

「セレナのヤクモくんが、クリードくんを倒したねぇ。クリードくんはさ、部下をあまり持たない主義なんだよね。女の子を一人連れてるくらいで。あ、きみらが捕まえた子ね」

『あなたの兄さんではないんですけど……?』

 女の子とは、前回の襲撃でミヤビが捕縛した魔人のことを言っているのだろう。

 確か名はテルルといったか。

 彼女の迂遠な言い回しの真意にいち早く気づいたのは、《黎明騎士デイブレイカー》であるヘリオドールだった。

 次いで、トオミネ兄妹。

 ――まずいな。

「待て……反応の消えた特級指定が『クリード』、つまり《ヴァルハラ》の支配者であり、奴の唯一の配下が《カナン》にいるのなら」

 ふふふ、とセレナは笑う。

「賢いねぇヘリオドールくん。他の子にも分かるようにゆおっか? 廃棄領域には逃げ遅れた人間がたっくさんいてぇ、魔人の家畜をやってるの。でもさっき言ったように、少ない魔人でやりくりしてるところもある。人間って馬鹿だから、それだけだと反旗を翻すかもしれないよねぇ? 何故そんなことが起きないんだと思う?」

『……魔人は魔獣を操れる』

 そう。

 人を食う獣を多数監視に付けているのだ。

 魔人の命令によって操作されているとはいえ魔獣は魔獣、恐怖は変わらない。

 より明確に『逆らえば食われる』という恐怖を与え、人類を支配するのだ。

 クリードと戦ったヤクモは、彼が他の魔人のように人間を甚振る姿が想像出来ない。

 おそらく、彼は過酷な環境の中に在ってなお、立ち上がる人間を待っていたのだろう。

 その者と戦う為に。

 仲間達にも、次第にセレナの意図が読めてきたようだった。

「だんまりなんて寂しいなぁ。独り言みたいで恥ずかしいよぅ。でももう少し、ね。わかると思うけど、魔獣がいるからなんだぁ。あれれ? でもそうなると怖いね? 魔人の命令って、どれくらい残るんだろう? 魔法なんだとしたら、注いだ魔力の分までかなぁ? じゃあさ、クリードくんとテルルちゃん。魔人のいなくなった《ヴァルハラ》はどうなっちゃうかな?」

「――――」

 魔法が解ければ、魔獣は再び本能に突き動かされるだろう。

 すなわち、人類の捕食だ。

 《ヴァルハラ》で今もなお生きている人々が食われて死ぬ。

 それを回避する為には、至急救助に向かわなければならない。

 それでも。

 それだけならば、セレナを逃がす理由にはならない。

 問題はセレナの担当する廃棄領域が何処か分からないこと。

 そして、その廃棄領域にどれだけの魔人が残っているか把握する術がないことだ。

 言うまでもなく今回の襲撃によって《カナン》は甚大な被害を被った。

 都市そのものの破壊規模は幸い小さいが、魔人と遭遇した領域守護者がどれだけ命を落としたことか。

 住民の不安も相当なものだろう。

 模擬太陽稼働の備蓄魔力まで奪われてしまった。

 だから、無理なのだ。

 同時に二つの都市は(、、、、、、、、、)救えない(、、、、)

 《ヴァルハラ》はもう、救うしかない。

 そうしなければ罪なき人々が命を落とす。

 再び火を灯すことの出来るかもしれない都市を失うことにもなる。

 だが、セレナの抱える都市は。

 そこに住まう人々は。

 セレナが生還することで、少なくとも魔獣に食われて全滅する結末は避けることが出来るのだ。

「ちなみに今回、セレナの勢力は総出で遊びに来たんだよ。でもほら、魔力を探知してみて? 生き残っているのは、セレナだけ」

 遠すぎてヤクモには判断がつかないが、仲間の反応から真実と分かる。

 それは都市防衛が叶ったということで、本来ならば喜ぶべきことの筈。

 だというのに、セレナの言葉を受けてはとてもそのような気持ちにはなれない。

『……この女、これが言いたくて部下を殺したんですか』

 そして、これが言いたくて逃げなかったのだ。

「どうする? 命がけで戦っちゃう? いいよ、ほら、領域を守護しなよ。廃棄した領域なんてどーでもいいもんね? そこで助けを待ってる馬鹿な家畜なんて見捨てちゃっても構わないよね?」

 逃げるという行為は、彼女のプライドを酷く傷つけた筈。

 再びそれをしなければならない状況というのは、彼女にとって許されざる屈辱。

 だからせめて、こちらの気分をも台無しにしたいのだ。

 子供の腹いせのような感情も、魔人クラスの思考と行動力を以ってすればここまで醜悪で効果的なものになる。

「言っておくけど、捕まえても同じだよ? セレナは絶対に喋らないし、監禁されている間に魔獣への命令は切れちゃう。ここでセレナが帰るのを見送るしかない」

 戦いならば、どうとでもする。なんとかする。妹となら、それが出来る。

 なのに、セレナは遠く距離を隔たった、無実の人々の命でヤクモ達を脅している。

 動きようが無かった。

「あはは。あはははは。あ、そうだ。きみ達は何があってもセレナを見送るしかないんだから、欲しいもの持って帰っても構わないよねぇ? いっぱい部下殺されちゃったし、ここのイケメンくん達をお持ち帰りしちゃおっかなぁ?」

『……戯言を』

 ヤクモもトルマリンもスペキュライトもヘリオドールもテオも、かつて目をつけられた。

 断じて受け入れられない世迷い言だが、しかし逆らえば廃棄領域の人々がどうなるか……。

 恍惚に緩みかけたセレナの顔が――苦痛に歪んだ。

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」

 彼女の胸から大太刀が生えている。

 千夜斬獲・日輪の刃。

 ミヤビがセレナの背後に立ち、その胸に刃を突き立てたのだ。

「なっ――」

「魔人は殺す。後のこたぁ、その時に考えりゃあいいんだ」

「こ、の」

「燃え尽きな」

 セレナの身体が豪炎に包まれた。




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