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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)  作者: 御鷹穂積
ミッドナイト・レイヴン/エラー

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113◇赫焉

 



 クリードは戦慄した。

 何故自分は、こんなにも物事を考えていられる?

 とうに死んでいるか、危機を脱していなければおかしい。

 カタナがまだ、自分の頭部に届いていなかった。

 本能が死を予期した際に見られるという、主観時間の引き伸ばし。

 クリードは顔がゆっくりと引きつるのを感じた。

 死を予期?

 死の危機を感じたというのか。

 瀕死の剣士に? ヤマトの少年に?

 ――この、オレが。

「面白い」

 クリードは自身の足元に魔力を展開した。

 小さく、厚く、硬い足場。

 いかに彼であろうと、瞬時に破ることは出来ぬ魔力の塊。

 崩れた態勢を立て直す為に、足の踏み場を用意したというわけだ。

 跳ねるようにして刃を振り上げる。

 彼のカタナとぶつかる形。

幻刀(げんとう)

 剣戟音は生じなかった。

 左肩が付け根から断たれる。

 接触の一瞬のみカタナを非実在化し、即座に実体を持たせた。

 それによってクリードの振り上げは空振り、彼の振り下ろしだけがクリードを斬った。

 事前の動きによって位置が僅かに変わったことで、斬られたのが頭部ではなく左肩になったのは幸いというべきか。

クリードの再生速度は並の魔人の比ではない。喪失の自覚と同時に、再生はほぼ完了。

 ――どこまで読んでいる。何手先まで。

「もう……」

 まるでクリードの心を見透かすように、サムライは言う。

もう遅い(、、、、)

「――――」

 クリードには、その言葉で理解出来た。

 何を考えても、もう遅いと言いたいのだ。

 つまり、終わりまで視えていると宣言したも同然。

「貴様――」

篝火(かがりび)

 瞬間、クリードは目を灼かれるような光に襲われる。

 魔力炉が機能不全を起こし、腕の再生が一瞬止まる。

 目が見えず、魔力炉が働かず、事前に生成した体内魔力のみで戦わなければならない状況。

 人間であればそれは、暗闇に置かれた時に陥るもの。

 魔人であればそれは、太陽下に置かれた時に陥るもの。

 だが偽りの太陽は既に失われた。


 宙を舞う純白の粒子それ自体が、発光していた。


 それこそ、ミヤビの大太刀が極短い時間のみ展開出来る、太陽光を再現した輝きのようだった。

 雪の華の一つ一つが、まるで夜空に煌めく星々のように、それでいて失われた太陽のように光を放つ。

 どういうことだ。

 これはもはや、形態変化の域を逸脱している。

 武器に許された機能を越え、魔法に踏み込んでいる。

 ――よもや、ここまでの器だとは思わなんだ。

 一つ。かつて、人間は自在に魔法を使えた。もちろん適性のある者に限ってではあるが、自身で魔法を作ることさえ出来た。

 しかしいつしか人間はその技能、発想、感覚を失った。

 残ったのは《偽紅鏡グリマー》に搭載された魔法。人体実験により、遣い手が為にカスタマイズされた魔法はいびつな形で残った。遺伝子の中に刻み込まれたのだ。

 だが、それでもかつて、人間は自分で魔法を作ることが出来たのだ。

 今この瞬間の、ヤクモのように。

 だがヤクモには魔力がほとんど無い。

 そこで、もう一つ。

 かつて、《偽紅鏡グリマー》がまだ接続者と呼ばれていた時代。

 そもそも、彼ら彼女らは暗闇の中で戦い続ける為に生み出された。

 その機能とは、生命力を魔力に変換するというもの。

 精神が著しく疲弊し、確実に寿命を削るが、一時的に膨大な魔力を得られる。

 模擬太陽によって戦闘分の魔力が賄えるようになり、壁によってある程度の安全が確保されるようになってからは、必要性が低下して用いられなくなった機能。

 今の《導燈者イグナイター》はその機能の使い方さえ知らない者が大半だろう。

 ヤクモ=トオミネ。そして彼のパートナーである《偽紅鏡グリマー》。

 自分は、彼らをより強くしてしまったのだ。

 喪失や憤怒を力に変えられる人間がいる。戦闘の中で成長する人間がいる。

 特級魔人であるクリードを殺し切る為に必要なものは何かと彼は考え、師からの連想か太陽光を武器にすべきだと思い至った。

 だが彼には魔法が使えない。

 だが必要だと判断した。

 普通の人間ならば諦めるところ。賢い人間でも諦めるところ。

 才能がある人間である程、不可能と判じるべきところ。

 だというのに、彼はそれを作ることにした。

 才能が無い故に。能力が無い故に。

 常識に縛られずに済んだのだ。

 そして、《偽紅鏡グリマー》はそれに魂を懸けて応えた。

 ――オレとしたことが、なんと愚かなことを。

 クリードは悔いた。

 戦ったことをではない。ここまでの昂ぶりはいまだかつて感じたことが無かった。

 悔いたのは自分の愚かな聴き逃し(、、、、)

 ヤクモは最初、武器の銘を唱えたというのに。

 何故その時点で気づかなかった。

 ヤマト言葉とはいえ、悠久を生きるクリードは既に失われて久しいものまで含めて人類の言語を理解している。

 注意していれば、すぐに気付けた筈だ。

 雪色夜切。

 雪の色をし、夜を切る。

 だが《黒点群》と化したその武器の銘には、ある言葉が追加されていた。

赫焉(かくえん)、か」

 赤々と燃え上がる(、、、、、、、、)ように輝く(、、、、、)を意味する単語。

 あるいは、ミヤビの大魔法も同じなのかもしれない。

 千夜斬獲・日輪。あれはより直接的に、太陽の名を冠している。

 黒点化による進化は、特定の《導燈者イグナイター》による展開でしか機能しない。

 他者が展開しても、性能は進化前のものとなる。

 《導燈者イグナイター》と《偽紅鏡グリマー》。両者揃って初めて、最高の性能を発揮する。

 追加される銘はすなわち、遣い手と一体となったことによる存在の再定義の結果。

 武器の銘ではなく、戦士の銘というわけだ。

 雪の色をし、夜を切る為に存在するは、赤々と燃え上がるように輝く刀・粒子・戦士。

 彼らの魂は、その到達点を無意識に理解していたのだろう。

 ただこの少年のことだ、多用は出来まい。

 仲間を見捨てられず、父の喪失を苦しむ少年にとってみれば、パートナーの未来を削り取って起こす奇跡など、二度と縋りたくはないだろう。

 この戦法を目にする者は、世界で自分が最初で最後やも知れぬ。

 なればこそ。

 このような悦楽、すぐに終わらせるには惜しい。

 一瞬でも長く、浸っていたい。

 たとえ無数にして極小の太陽に身を灼かれようとも。




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