表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/307

101◇克己

 



 ロータス=パパラチアは笑いを堪えるのが大変だった。

 フィールドには今、自分しかいない。

 道具を人と数える馬鹿共に倣えば、もう一人か。

 つまり、ラピス組は来ていないわけだ。

 さすが父上。ロータスは誇らしかった。

 あと一分。試合開始時間に間に合わなければ、自動的に奴らの敗北となる。

 そして、倒れたイルミナを助ける者などいない。

 面倒なジェイド家の娘は追い払い、コスモクロアが戻ってきたタイミングではもう遅い。

 治療は間に合わないし、間に合ったとて万全には程遠い。

 昏睡から目覚めたてで現れようものなら、精神肉体のダメージから性能は著しく低下するだろう。

 どちらにしろ、自分は勝つ。

 勝つのだ。

 そしてイルミナとアサヒを手に入れ、準決勝で武器を持たないヤクモに勝つ。

 奴は試合に出れないだろうし、間に合わせの武器を見繕ったところで《黒点群》無しの夜鴉など恐れるに足りない。

 決勝の相手はオブシディアンになるだろう。

 不愉快だが、あの少女は別格だ。

 なにせ、五歳になる頃には『白』の真似事をしていたらしい。《導燈者イグナイター》には年齢の下限が設けられているが、それを権力で無視してまで戦場に出ていたとか。

 道具にして使用者。ロータスにとっては目の上のたんこぶのような存在だ。

 予選を準優勝という結果で勝ち抜き、本戦へ出場。悪くない結果だ。

 三十一位というのもこうなってはプラスに働くだろう。

 順位以上の実力を持っているのだと知らしめることが出来る。

 学舎がロータスの実力を軽く見ていたのだ。

 自分は強い。強いのだ。

「審判ッ! アウェイン氏は俺様との戦いを前に恐れをなしたようだ! 不戦敗を宣言するべきではないのか!」

 パパラチア家の嫡男の声に、審判が困ったような顔をする。

 正確にはまだ十数秒残っているからだろう。

「怖いんですか?」

 観客席から、声がした。

 夜鴉、ヤクモの声だ。

「はっ、俺様が何を恐れる? 時間の無駄を省くと恐怖したことになるのか?」

「いいえ、あなたは分かっているんです。ラピス達が間に合ったら自分は負けるのだと。卑劣な手段を行使してまで負けたら、もう言い訳出来ないでしょう。それが恐ろしいんだ」

 …………。

 一々癇に障る鴉だ。

「俺様は何もしていない。恐怖に竦んだ弱者の心の弱さにまで責任は取れんよ」

「そうですね。恐怖に竦んだあなたの心にも、誰も責任をとってはくれない」

 余裕の表情で言う少年。

 苛立ちが募る。

「貴様こそ恐れ慄け(たわ)けが! その醜い翼、すぐにもいで俺様の戦利品としてくれるわ」

(つばさ)を手にしても、あなたじゃ翔べませんよ」

「精々鳴いてろ、じきに地を這うことしか出来ぬ身体になる」


「起こり得ないわ。何故なら、わたし達が勝つから」


「――!?」

 ロータスは驚愕した。

 聞こえる筈の無い声。

 現れる筈の無い《偽紅鏡グリマー》も。

 ラピスとイルミナが、フィールドに入ってくる。

「な、貴様ら――」

「えぇ、わたしこそがパパラチア家の奸計に一度は心を折られた弱者こと、ラピスよ。そしてその被害者であるイルミナ。でもね、悪いけれどわたし達はもう孤独じゃあないようなの」

 イルミナを見る。

 立っている。顔色はまだ悪い。完治とは言えない。

 だが、誰かが治癒を施したのだ。

 ――一体誰が!

 ――パパラチア家に逆らう者など、そうそう見つかるわけが無い!

 ましてや、妾腹や夜鴉、格下の名家の子息子女などでは無理だ。

 ジェイドか? だとしたら、対応が迅速に過ぎる。

「妾腹にお似合いのカス共が助けてくれたとでも言うのか」

「ねぇ、ロータス」

「……あ?」

 ラピスは、憐れむようにこちらを見た。

 笑う。

「あなた、うるさいわ」

「――身の程というものを教え直してやるよ、淫売」

「驚いたわ。あなた、人に何かを教えられるほど物を知っているのね。とてもそうは見えないけれど」

「俺様の玩具だったくせに、ランクで上を行った程度のことで上下関係を忘れちまったのか、あ!?」

 昔からそうだった。

 存在を知った時から、ラピスは汚らわしいものだった。

 殴ってもよかったし、髪を引っ張っても、暴言を吐きつけても、泥まみれにしても、倉庫に閉じ込めても、服を奪っても、踏みつけにしても、ラピスは逆らえなかった。

 徹底的に分際というものを教えてやった。

 自分がいかに罪深い生命か、いかにその髪と瞳が醜いか、教え込んでやった。

 ロータスが拳を掲げただけで、ラピスの身体は竦んで硬直する。

 そうだ。この女は、その程度の。

 拳を握る。

 ラピスがぴくりと震えた。

「はっ、なぁ、おい。痛めつけられたいのか? 忘れたわけじゃあねぇだろう。その寒々しい髪と目を見てると苛々してくんだよなぁ。泥まみれにして、少しはマシにしねぇと」

 瞳に怯えが走る。

 ――諦めに染まれ。こちらの機嫌を窺うようにずっと笑ってやがれ。それがお前にお似合いの――。

凍てつけ(イグナイト)――セルリアン・コキュートス」

 奴の武器は面白かった。

 武器の種類は《偽紅鏡グリマー》の性質を反映し、その形態は《導燈者イグナイター》が決定する。

 鎖というのは、囚われたイルミナの心象であり、それを変えられないのはラピスの諦観の表れだ。

 変わらない。現れたものは鎖。

 だが、その先端に、刃のような突起が追加されていた。

 それは、何を指すのか。

「変えられないものはあるわ。例えば、過去とか。けど、もう分かってしまったの」

 震えは止まらない。でも、歩みもまた、止まらなかった。

 苛々する。

 その氷のような瞳の中で、燈が点いているように見えて。

「少なくとも目の前の現実は、変えられないものには含まれないって、教えてもらったから。だから、ロータス。わたし達はあなたに勝つわ」

「――笑えねぇことを()かすな」

 学内ランク第三十一位《爆焔》ロータス=パパラチア

 対

 学内ランク第九位《氷獄》ラピスラズリ=アウェイン

 開始。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版②発売中!(オーバーラップ文庫)◇
i651406


◇書籍版①発売中(オーバーラップ文庫)◇
i631014


↓他連載作↓

◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(書籍化&コミカライズ)◇
i434845

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ