実力テスト準備
昼食を済ませたレクス達3人は訓練棟の一室へとやって来た。
訓練棟は文字通り生徒達が訓練をするために作られた施設で、1階は施設を利用する際の受付や更衣室にシャワールームなどがある。
2階は30人ほどが同時に模擬戦をできる大部屋などがあり、階数が上がるごとに部屋が狭くなる代わりに部屋数が増えていく。そして最上階には室内訓練用の筋肉トレーニング器具などが所狭しと並べられている。
レクス達が借りたのは1人訓練用の一番狭い部屋なのだが、それでも3人が同時に入っても十分な広さがあった。この訓練棟は建物自体に物理的な衝撃や攻撃魔法を吸収する防護魔法がかけてあるらしいので、エリルが魔法の練習をするのにはもってこいだろう。
「使い方は凄くシンプルなんだけど、まずは指輪に付いている魔石に魔力を注いでみて。ああ、魔石はあっちの壁にでも向けてね」
「んと、魔石に魔力を……」
エリルが握りこぶしを作り魔石を壁の方へと向ける。レクスに言われたように魔力を注ぐと、青い輝きが魔石から放たれる。
「あとはそのまま魔石に注いだ魔力を撃ち出すようなイメージで、魔力を操作してみて」
「はい。魔力を……撃ち出すように……。わわわわっ!」
エリルの右手人差し指にはめられていた指輪から突如として水の塊が飛び出す。バスケットボールより一回りほど大きなその水の塊は、弾丸のように高速で射出されると一直線に飛んで行き、壁に当たって水飛沫をあげる。まさしくウォーターバレットの魔法だ。
「ふわあぁっ! 見えますか!? あそこで吸収されてる魔法、私の魔力なんですよ!」
「お、おう」
壁に当たったウォーターバレットの水が床に吸収されていくのを見ていると、エリルが大はしゃぎで自慢してきた。よほど嬉しかったらしい。
「魔法具の利点は魔力さえ注げば詠唱をしなくても良いところかな。そのおかげで慣れると連射なんてこともできるし。その分魔力消費も多くなるけど、エリルは魔力が高いみたいだからそれも問題ないだろうし」
「そうなりますと、やはり魔法の連続使用の特訓ですか?」
リーシアの疑問にレクスは首を横に振る。
「いや、エリルには呪文を唱えて魔法を発動させる訓練をしてもらおうと思って」
「えっ? 詠唱しなくても発動できるのに、わざわざ詠唱をするんですか?」
「魔法具を使っての魔法の行使には詠唱は意味ありませんよね?」
「だからあえて詠唱をするんだよ。とりあえず1回、実際にやってみようか。今度は右手の手の平を壁に向けて構えてくれるかな」
「よくわかりませんけど、わかりました」
エリルは不思議そうな顔をしながらもレクスの指示通りに手の平を壁に向ける。
「まずはさっきと同じ要領で魔石に魔力を注いで」
「はい」
エリルが頷くと同時に、再び魔石から青い輝きが放たれた。
「そのまま魔石に注いだ魔力を手の平の前に持って行くイメージでコントロールできるかな?」
「や、やってみます」
エリルが真剣な表情をして意識を集中させると魔石から放たれていた輝きが徐々に失われ、今度はエリルの手の平の表面が青い光の放ち出す。
「うわっ! うわわわわ! 私の手から魔法が!」
「落ち着いて。それはあくまで魔石に注いだ魔力を移動させただけだから。今度は手の平に移した魔力でウォーターバレットの水弾を作るイメージをしてみて」
「は、はい!」
エリルの手の平の輝きが淡い光へと変わるのに合わせて、水の塊が作られていく。そしてその水の塊は先程指輪から放たれた水弾と同じ大きさまで膨らんだ。
「よし、あとは掛け声に合わせてそれを射出だ」
「はい! ウォーターバレット!」
エリルの掛け声と同時に水弾が発射される。それは先程と同じように高速で一直線に飛んで行き、壁に当たって水飛沫をあげる。威力も同じだったようだ。
「で、出来ました! 今のは本当に魔法を使ったっぽく見えました!」
「うん、魔力コントロールは問題なく出来るみたいだね。もう1回同じのをやってみてもらえるかな? 今度は魔石に注いだ魔力をそのまま手の平に持って行く感じで。あと水弾を作る際にウォーターバレットの呪文を詠唱してみて欲しいんだけど、出来そう?」
「大丈夫です、やってみます!」
エリルがテンション高く手を構え指輪に魔力を注ぐ。しかし先程までと違い、魔石はほんの少し淡く輝くだけですぐにエリルの手の平が輝きだす。魔力が高いだけあって魔力コントロールも上手なようだ。
「水の力のもとに! 弾丸となりて敵を撃ち砕け! ウォーターバレット!」
それにしてもこの少女、ノリノリである。三度目の水弾も壁に当たって水飛沫をあげると、そのまま床に吸収されていった。
「今の見ました!? ほんとに魔法を使っているみたいでしたよ! というか今ならこの指輪がなくても魔法が使える気がします!」
「ああ、うん。別に試してみてもいいけど?」
「そうですね、やってみます! 水の力のもとに、弾丸となりて敵を撃ち砕け! ウォーターバレット!」
しかし何も起こらなかった。テンション高く手を突き出したポーズのままエリルが固まる。
「…………。やっぱり指輪がないと使えませんでした!」
「うん、知ってた。同じ魔法具を使い続けるとその魔法を習得できたって実例はあるらしいけど、さすがに3回じゃ無理だろうね」
「使い続ければ魔法を習得できるかもしれないんですか? なら私、毎日魔力が尽きるまで撃ちまくります!」
ハイテンションが復活したエリルが指輪をはめて水弾を撃ちまくる。一連の光景を見ていたリーシアが何かに気付いたように手を打った。
「なるほど、カモフラージュですか」
「ああ、気付いた? さすがだね」
「えっ、カモフラージュって何がですか?」
エリルが水弾を撃つのを止めて聞いてくる。
「エリルが魔法具を使う際に呪文を詠唱したり、手の平から魔法を出すことによって、普通の魔法使いに見えるように偽装しようかなって」
「なるほど。偽装するのはわかりましたけど、何か意味があるんですか?」
「あるよ。そうだな……、じゃあ今から例え話をするから頭の中でイメージしてみて」
「はい」
エリルは戦闘中で敵と対峙していた。敵は近接戦闘が得意でエリルのことを魔法使いだと思っているようだ。そうすると敵はエリルに魔法を使われる前に倒すべく距離を詰めようとする。そうはさせまいとエリルが呪文を詠唱し、魔法を放つ。敵はその魔法を避けると一気に間合いを詰めてきた。今からでは詠唱も間に合わない。敵は勝ったと確信し武器を振り上げる。エリルは相手が油断したその瞬間を狙って、ここぞとばかりに詠唱もせずにそのまま指輪の力を使う――。
「どうなると思う?」
「レクスさんが水弾で吹っ飛んでいきました!」
「人を勝手に脳内エネミーにするのは止めてくれないかな?」
もしかしてエリルに敵と思われているのだろうか。ちょっとへこんだ。
「まぁそれは置いておいて。つまり普通の魔法使いだと相手に思わせて、油断させたりするための戦略みたいなものかな」
「凄くカッコイイと思います!」
目をキラキラと輝かせていた。予想していた返答とは少し違ったが、意味は伝わったので良しとしよう。
「それなら今日は、魔法具を使っていないように見せる練習をしようか。ついでに時間があれば魔法の速射の練習もしたいとこだけど」
「わかりました、頑張ります!」
それから夕方まで特訓をしたおかげで、なんとかそれっぽく見えるようにはなった。
明けて翌日の日曜日。朝からリーシアがレクスの部屋を訪ねて来ていた。正確に言うと昼から集合の予定だったのに朝からやって来た。
「少しでも長くレクスさんと一緒に居たかったので」
「あっはい」
リーシアの格好は私服でも制服でもなく戦闘服だ。チューブトップに胸当て、ホットパンツに前垂れといかにも弓兵らしい身軽な格好だが、あちこちにアクセサリーのごとく護石やアミュレットの類が取り付けてあるので防御力はかなり高そうだ。
武器は持ってきていないのかと思ったら、肩から下げている中型サイズのショルダーバッグタイプの収納バッグに弓と矢筒が仕舞ってあった。
収納バッグは収納ボックスと同じ魔法が使われている魔道具だが、こちらは携帯性を上げた代わりに積載量が減っている場合がほとんどだ。
お値段もかなり高いが行商人や冒険者には必需品となっており、収納ボックス以上に様々なサイズや見た目がある。
中でもリーシアが下げているショルダーバッグタイプの物はお洒落にも気を使う若い女性冒険者以外にも一般の女性などの間でも大人気であり、大きい街になると専門店があるほどだ。
「レクスさんはいつも以上に軽装なんですね」
「フィールドが森林らしいし、鎧は持ってきていないしね」
カスタマイズされているとはいえ、レクスの持っている鎧はグラヴィアス王国騎士団と同じデザインの物だ。
見る者が見れば騎士団関係者と思われるかもしれないし、カスタマイズされた鎧だとわかれば身分までバレてしまうかもしれない。そういった理由から鎧は城に置いてきたでレクスの装備は非常にシンプルである。
普段着のシャツとズボンに薄手のダウンベスト。腰には口広のウェストポーチタイプの収納バッグ。あとは肩から下げたベルトや腰のベルトに投射用の小型ナイフが数本付けれるようになっていた。
「今回はとりあえずこの装備で行くけど、せめて軽鎧ぐらいは買っておくべきかなぁ」
「そうですね。レクスさんは回避型ですけど、急所は守るに越したことはないかと」
リーシアと一緒に軽鎧カタログなどを見ていると、昼前にミリスがやって来た。
ミリスの作ってくれた昼食を食べた後で、ミリスにも防具について意見を聞いてみることにした。
「それでしたら私が着用しているこのメイド服はいかがでございましょう? これはタイリーン帝国特務機関でも採用されている高度な防護魔法が付与されていますので、街で売っているような鎧などよりよほど頑丈にできております」
「うん、待ってください。俺がメイド服を着るってところからしておかしくないですかね?」
「レクスさんのメイド服姿ですか……。似合ってて素敵だと思いますわ!」
「変なこと想像しないでくれないかな? メイド服が似合うと言われて喜ぶような趣味はないからね」
もうやだこの主従。人に勝手に女装趣味を植え付けないでいただきたい。
「ですがそうでございますね、確かに旦那様が今お召しになられている服では戦闘服とはとても言えません……。それですと学園の制服の方がまだ安全なのではないでしょうか。あの制服にもそれなりの防護魔法が付与されておりますので、鉄鎧程度の防御力はあるはずです」
「う~ん、それは知ってますけど制服のままだと冒険者っぽくないのと、あと動き難いっていうのがあるんですよね」
「前者はともかく、後者はたしかに問題でございますね」
やはり今日にでも防具屋を覗いてみるべきかと考えたところで玄関のチャイムが鳴った。エリルが来たのだろうかとレクスが腰を上げたときにはすでにミリスが玄関のドアを開いていた。メイド恐るべし。
「ようこそお越しくださいました」
「ふわわわ、レクスさんがメイド服を着ています! やっぱりそっちの趣味があったんですね!」
「やっぱりって何? エリルって俺をそんな風に思ってるの? あと、あきらかに顔が別人だよね」
「うわわわわ! レクスさんが2人います!」
「うん、とりあえず一度落ち着こうか」
玄関で騒ぐと近隣住民の迷惑になるかもしれないのでエリルを部屋に招き入れ、そこで改めてミリスに自己紹介をしてもらった。
「リーシア様付きのメイドとしてメティーナ家で奉公をさせていただいております、ミリスと申します。以後お見知りおきを」
「は、はい。エリルクム・デュートバレスです。リーシアさんにはお世話になってます。よろしくお願いします」
エリルが戸惑いつつもペコペコと頭を下げていた。学園内にメイドを連れて歩いている貴族はたまに見かけられるが、話をすることはほぼないからだろう。
余談だが寮内においては従者は好きな人数を連れていても構わない。ただし校舎内や訓練施設においては従者は1人までと定められており、授業中の教室内などへの立ち入りは固く禁じられている。
また、学内クエストなどにおいて従者の介入が認められた場合には成績やポイントが大きく減算、もしくはゼロとなる場合があるので、有事の際以外、従者は手出ししないのが慣わしとなっている。
「リーシアさんって貴族さんだったんですね。気品があるのでなんとなくそうなんじゃないかと思ってましたけど」
「あら、ありがとうございます」
「あれ? でもそうなると婚約者のレクスさんも貴族さんなんですか?」
「あくまで候補だからね。それよりも俺が貴族に見える?」
「全然見えません!」
即答で全否定された。昨日の昼ぐらいからエリルの言葉に遠慮がなくなってきているのだが、これは仲間と認められたからこそ心を許して軽口を叩いているだけだと思うことにした。
そうでもしないと貴族として見られないのは嬉しいはずなのに、またへこみそうである。
「あー、なんていうか……親同士が昔から交流があって、それで勝手に婚約者候補にされた感じかな。だから俺は貴族じゃないよ」
嘘は言っていない。リーシアは不服そうにしていたが話の腰を折らないためか何も言ってこなかった。
「なるほど、そうだったんですね」
「うん。それよりもエリル、さっきから気になってたんだけどそれが戦闘服なの?」
「はい、そうですけど。ヘンですか?」
「いや、よく似合ってるとは思うけど……」
エリルの格好はレクスよりもシンプルである。フード付きのワンピースのような服にショルダーポシェットタイプの収納バッグを下げているだけだ。フードを被れば魔法使いっぽく見えなくもないだろうが、この服は何か防護魔法がかけられているのだろうか。
「これは……、また随分と珍しい魔法が付与されているようですね」
鑑定スキルを持つミリスが、エリルの着ている服をしげしげと眺める。
「そうなんですか?」
「はい、どうやら装備者の魔力値に応じて防御力が変化する術式のようです。当然、魔力が高い者が身に着ければそれだけ強固な服となります」
「ということはエリルさんの魔力総量からして、この中で一番防御力が高いのはエリルさんということになりそうですね」
ミリスの説明にリーシアが感心したような声を出す。
なんてこった。おめかしして街に遊びに来た村娘みたいな格好のエリルが、実際には王族やその関係者が装備している物よりも上等な物を装備していた。チートとは卑怯な。
「これ、お母さんの形見の服なんです」
「エリルのお母さんってまだ存命だよね? お下がりって言ってあげよう?」
我が身可愛さに娘を差し出すような母親ではあるが、勝手に殺すのは良くない。
しかし服のサイズが少し小さいように思えていたが、それなら納得がいった。エリルの母親は小人族だと言っていたので、只人族とのハーフである娘よりも更に小柄なのかもしれない。
「その服って丈がちょっと短いように思えるけど大丈夫なの? ただでさえよく転ぶのに」
「よく転ぶっていうのは心外ですが心配にはおよびません。下はスパッツを穿いてます」
そう言ってエリルが服のスカート部分を捲ると、そこには確かに紺色のスパッツを穿いていた。しかしなんだろう、ちゃんとスパッツは穿いているのだが女の子が自分でスカートをたくし上げている姿に妙な背徳感というか――。
「…………レクスさん」
「はい、なんでもないです!」
エリルのスパッツをガン見していたら、背後からリーシアに底冷えのするような声で名前を呼ばれ我に返った。エリルは不思議そうな顔をして服を下ろす。
「ところでミリスさん、この服の防護魔法って本人の魔力で変わるって言ってましたけど、戦闘中に魔法を使ったら防御力が下がるってことですか?」
「そうなります」
「ということは戦闘が長引いたり連戦になるほどピンチになりやすいっていうデメリットがあるのか。ちなみに魔力が下がると服が破けるとかいった機能は?」
「ありません。ただし防御力が下がれば布の服と同等になるので、敵の攻撃で破けてしまうことはあるかもしれません」
どうやら防御力が下がるだけでそれ以外は問題ないらしい。それはざんね……いや、安心だ。しかし戦闘中に服が徐々に破れるのはやはり男のロマン――。
「レクスさん。後でお話が」
「なんでもないです、すみませんでした!」
部屋の気温が更に下がった気がする。春なのに寒気が止まらないほどだ。
「あー、こほん。それでエリルの武器は? 杖か何か持ってきたの?」
「あうっ、武器なんですが、そのぉ……」
エリルはバツの悪そうな顔をしてポシェットを床に置くと、両手を突っ込んで1本の鉄剣を引っ張りだす。それはエリルが模擬戦で使っていた訓練用の剣とほぼ同じサイズの物だった。
「なんでまたこれを?」
「えーっと、これはですね。入学式の日にレクスさんに手伝ってもらったクエストでポイントが貯まったので、その日に学内武器屋さんで買った物なんです。今年は選択授業を剣術コースにしたので剣を持ってないとダメかと思いまして……」
つまり、まだよくわかっていない内に適当に買ってしまった武器のようだ。
「一昨年は魔法使い志望だったんだよね?」
「一昨年はワンドを使ってましたが、去年、街の武器屋さんで売ってしまいました」
「ですよねー。聞くまでもなく杖とかあればそっちを持ってきてたよね」
さすがにこれは何とかした方が良さそうだ。いくら指輪があれば魔法は使えるとはいえ、武器を持っていないとカモフラージュ作戦がバレる確率が格段に上がってしまう。
「ちなみにこの剣って使ったことは?」
「無いです。買うだけ買ってポシェットに仕舞ってました」
「未使用品か。返品とかできないか今から聞きに行ってみようか」
「はう、すみませんです」
「いや、元々は明日の実力テストに備えて装備チェックをするために集まってもらったんだから、全然問題ないよ」
エリルの持ってきた剣を手に取り鞘から少しだけ出して刀身を見てみる。刃渡りは40センチ以上ありそうで、幅は広い。厚めに打ってあるので頑丈さも問題ないように思える。
「どうかされたんですか?」
「いや、中々良い品だと思って。これ結構な値段がするんじゃ?」
リーシアの質問に剣を鞘に収めながら答え、そのままエリルへと視線を向ける。
「学内武器屋さんで買ったの学割りが利いてますけど、18万バルシでした」
「18万? 確かに街の武器屋で買うより安いだろうけど……。なんて言うか、エリルってお金持ってるんだね」
学内クエストがどれだけ稼げるのかはまだわからないが、18万という金額はただの学生がポンと即金で払えるようなモノではないと思うのだが。
「いえ、それは全額ポイントで払いました。私って筆記テストの成績は良いんですけど、筆記テストは上位10名まで賞金として学内ポイントが貰えるんです」
「ってことはエリルって筆記テストは10位以内常連の成績なの?」
「今のところ全部1位です」
「「 は? 」」
レクスとリーシアの驚きの声が重なった。ミリスも声にこそ出さなかったが、かなり驚いた表情をしている。
「全部1位って入学してから2年間?」
「はい、記憶力とかはかなり良い方なので」
「それはまた……。この学園じゃなくて普通の学校に通っていれば行く行くは王宮で官職にでも就けれたのでは……」
リレットスノア学園は騎士や冒険者の育成を主としているが、筆記試験を軽んじている訳ではない。冒険者なら知識は助けとなり、騎士になるには教養も必要だからだ。普通の教育機関よりは多少は学問のレベルが低いのは否めないが、それでも毎回1位というのは驚異的である。
「お母さんにも文官になれば良いと言われましたけど、私は別に文官には興味なかったので」
「まぁ俺も王宮勤めはイヤだなって思うけど。ちなみに筆記試験で1位を取るとどれくらいポイントが貰えるの?」
「中間や期末、あと学年末みたいにテストの種類によって変わるんですけど、1位は大体2万から3万は貰えます」
筆記テストは2ヶ月に1度ぐらい行われるはずなので、年間で最低でも12万ポイントだ。そこに学内クエスト分のポイントを加算すれば18万はいけそうだ。
「あの、エリルさんって2年留年してるのですよね? 筆記試験の成績だけでは進級はできないのですか?」
「いくら筆記試験で毎回1位を取れても、ゴブリンどころか野生のイノシシ1匹も狩れないようでは進級させれないと言われまして……」
リーシアの質問にエリルがしょんぼりと肩を落として答える。それはそうだろう、何せ本人は冒険者志望なのにそれではまず生き残れない。
「あっ! でも、お二人のおかげで今年こそは進級できる気がしてるんです。だから明日の実力テストも頑張ります!」
「まだ始まったばかりで進級の話はちょっと気が早いけど、その意気だと思うよ」
「そうですね。ではまずは明日のテストに備えて、武器を新調しに参りましょうか」
「はい!」
エリルが嬉しそうに駆け出し、レクスとリーシアが笑いながらその後を追って歩き出した。
「旦那様、エリルクム様の剣をお忘れでございます」
「すみません、助かりました」
ミリスが居なければ大事な物を忘れたまま出掛けるところだった。