実力テスト対策会議
「この用紙にメンバー全員の組と名前を書いて、パーティーリーダーには名前の横の、この空白部分にチェックを入れて提出するように」
「リーダーのチェックが入ってなかったらどうなるんですか?」
「そのときは一番上に書かれてる生徒が自動的にリーダーになる」
「ここのパーティー名が未記入だった場合は?」
「パーティー名が未記入だとリーダーの苗字がパーティー名になるぞ」
「なるほど、わかりました」
説明をしてくれたオスカーからパーティー申請の用紙を受け取り空いてる簡易テーブルへと移動する。
レクスはテーブルの上にあったペンで自分の名前を記入すると、それをリーシアに渡した。リーシアも自分の名前を記入すると今度はエリルにそれを渡し、エリルは背伸びをしながら名前を記入する。
「パーティー名はどうしようか?」
「わたくしはレクスさんにお任せします」
「私もお任せします」
エリルから用紙を受け取り、リーダーのチェックを入れつつ2人に聞いてみたが、案はないようだ。
「俺もパーティー名とか思いつかないから、このまま未記入でも良いかな?」
「未記入でもリーダーの苗字が使われるだけですし、それならそれでよろしいかと」
「はい、なんでも大丈夫です」
それならウチのパーティー名はデュートバレスパーティーになるのだろうか。エリル本人が良いと言っているので問題ないだろう。
「ふぁっ!? どうして私の苗字が使われるんですか!?」
レクスの呟きが聞こえたのかエリルが驚いた顔で用紙をひったくる。
「えっ? だって未記入だとリーダーの苗字が使われるって、さっきから散々言ってるし……?」
「あああっ、なんだか勝手に私がリーダーにされています! リーダーはレクスさんじゃないんですか!?」
「いやぁ、エリルをリーダーにした方が面白いかなって」
「どんな理由ですか!?」
なんというかエリルはリアクションが激しいので弄ると楽しいのだ。やはりイジメてオーラでも出ているのではなかろうか。
「それにさっき、なんでもって」
「言いましたけど、私の苗字が使われるのは嫌です!」
「う~ん、じゃあエリルがパーティー名を考えてくれたらそれにするってことで」
「わ、わかりました。ちょっとだけ時間をください」
エリルはよほど苗字をパーティー名にされるのが嫌なのか、用紙と睨めっこをしながら熟考している。
「リーダーを変更しろとは言ってこなかったですね」
「気付いてないんじゃないのかな」
リーシアが小声で話しかけてくる。エリルに聞こえないように言うあたり、リーシアもこの状況を楽しんでいるのだろう。
しばらくウンウン唸っていたエリルだったが、不意に何か閃いたらしく用紙にパーティー名を記入する。
「これでどうですか?」
「『銀の幾星花』? 銀色のリズリなんて聞いたことないし良いね」
「ええ、お伽噺に出てきそうで素敵ですね」
自分の付けた名前を褒められて嬉しかったのか、エリルが「むふーっ」と得意気な顔をする。
リズリはこの世界では一般的な花である。多年生植物で繁殖力も強く、既存の四大大陸全てでその姿が確認されている。
そしてこのリズリの一番の特徴が年に1度、暖かい時期になると咲かせる小さな花だ。詳しいメカニズムは解明されていないが花の色が数十種類にも及び、一説によると咲いた場所ごとに色が異なると言われているくらいだ。
しかしいくら多彩とはいえ通常は赤、黄、青、紫、白などで、珍しいものになると緑や黒といった具合である。銀色のリズリなど、それこそリーシアの言うようにお伽噺にしか存在しないのではなかろうか。
ちなみにレクスとリーシアは知らなかったが、このリズリの花にはもう一つ都市伝説のような俗説がある。
リズリは多年生植物で繁殖力が強いため毟っても毟っても何度でも生えてきて、しかも花の色は数十種類にも及ぶ。故に自分の髪の毛と同じ色のリズリを食べれば――ただの花なので不味くてとても食えた物ではないが――薄毛の悩みが解消されるとまことしなやかに囁かれていのだ。
パーティー名に銀の幾星花と名付けたエリルの髪の色も銀色だったのは偶然なのか、そしてエリルがリズリの俗説を知っていたのかどうかは定かではない。
「記入も終わったし、提出しようか」
「そうですね」
「あれ? パーティー名を付けるより何か大事なことを忘れているような……?」
エリルから用紙を受け取り、教師のところへ戻る。エリルは首を傾げながらも素直に付いて来た。先程説明をしてくれたオスカーのところがまた空いていたので用紙を提出する。
「書けたのでお願いします」
「よし、なら全員生徒カードを出してくれ」
生徒カードは生徒各自の名前と顔写真が表面に記載された合成金属の板である。手の平サイズの長方形で厚さは3ミリほど。右上の端に紐やチェーンなどを通すための小さい穴が開いている。
このカードに特定の魔道具を使うと、成績や学内ポイントなどを記録したり読み込んだりすることができるようになっており、学園内にいる間は必ず携帯するように言われている。
ただし破損や紛失をした場合は再発行に面倒な手続きが必要なため、取り扱いに注意するようにとも言われている。
更にこのカードのシステムは元々は冒険者ギルドで使用されているものであるため、街の冒険者ギルドなどで提示すればギルドカードの代わりになる非常に便利な代物でもある。
レクス達3人から生徒カードを受け取ったオスカーが、申請用紙に書かれている名前とカードに書かれている名前を照合する。
「パーティー名、銀の幾星花。メンバーは1組のレクス・ディアス、9組のリーシア・メティーナ、2組のエリルクム・デュートバレスの3名。リーダーはデュートバレスで問題ないな?」
「あぁーっ、忘れてました! 私がリーダーになったままじゃないですか! 待ってください先生、問題ありむぐぅっ!?」
「大丈夫です、問題ないです」
「はい、問題ありません」
「むぐっ!? ふががむ、んーむーふがっ!」
エリルの発言はレクスとリーシアに口を塞がれ、途中で止められた。3人の行動を見てオスカーは呆れたような顔をしたが、生徒同士のじゃれ合いと判断したようだ。
オスカーはテーブルの上に置いてあったコード付きの平たいガラスの板ような魔道具の上に3人の生徒カードを並べる。エリルのカードが一番上に置いてあるのはリーダーだからだろうか。
そのままオスカーがパーティー名を音声で入力すると、板の魔道具から少しだけ淡い光が浮かぶ。光はすぐに収まり、オスカーは3枚のカードを手に取って確認する。
「よし、登録できたぞ。後でこのルールブックを全員で読むように。それじゃ今日はこれでお終いだ、お疲れ様。立場上、特定のパーティーにだけ肩入れはできないが、お前達には期待してるぞ」
「はい、ありがとうございます」
あまり面識はないのになぜかオスカーからの評価は高いようだ。
ルールブック3冊と一緒に受け取った生徒カードを確認してみると、名前の上にパーティー名が記載されていた。これは確かにパーティー名に自分の苗字が使われたら恥ずかしいかもしれない。
「あああぁ……、私が本当にリーダーになってますぅ……」
エリルにカードを渡すと、この世の終わりみたいな顔をされた。大袈裟なと思いつつどこで見分けるのだろうかと見てみたら、エリルのカードは名前の横に星マークが付いていた。
「大丈夫だって、リーダーなんて形だけのものだし。面倒臭そうなことは全部エリルに押し付けるつもりだけど」
「レクスさん意地悪です! 最初に会ったときの印象で騙されました!」
騙されるほうが悪いんですよ。(※音声は変えてあります)
「いや、これはエリルのことを仲間と認めたからこそ、心を許して軽口を叩いてるだけだよ」
「えっ、そう……なんですか? んー……、そういうことなら許してあげます」
ちょろすぎて少しだけエリルの将来が心配になった。
「レクスさん、ここで話し込んでも周りの迷惑になりますし、とりあえず移動しませんか?」
「ああ、それもそうだね。それならまずは……、購買部かな」
朝食を食べていないのでお腹が減っていた。
「2組のエリルクム・デュートバレスです。エリルって呼んでください。一応、前衛なんですけど、その……、ものすっごく弱いです……」
「リーシア・メティーナです。わたくしのことも名前で呼んでくださいね。クラスは9組で弓が得意です。一応いくつかの魔法や、初級だけですけど治癒魔法も使えます」
時刻は10時を少し過ぎたぐらいだ。朝食には遅いが昼食にはまだ早いので、購買部でそれぞれ軽く食料を調達してからレクスの寮部屋へと向かっていた。そして今更ながらエリルとリーシアはお互いに自己紹介をしていなかったので、道すがら挨拶を交わしていた。
「リーシアっていつの間に治癒魔法なんて覚えたの?」
「そういえばまだレクスさんにも言っていませんでしたね。先月習得できたのですけど、まだ覚えたばかりなので無いよりマシ程度のものだと思ってください」
「いや、それでも凄いよ。って、どうかした?」
リーシアに関心していると、エリルが不思議そうにこちらを見ていた。
「いえ、レクスさんとリーシアさんはどういったご関係なのかと思いまして」
「あ、あー……。まぁなんと言うか……」
「夫婦ですよ」
「ご夫婦だったんですか! 初めての共同作業はモンスター入刀ですか!?」
婚約者と言うのかと思っていたら、それすらスッ飛ばして夫婦と言い出した。あとエリルのツッコミは混乱しているからなのだろうか。
「うん、違うから。昔から家族同士で付き合いがある……、まぁ幼馴染みたいなものかな?」
「レクスさん、婚約者が抜けてますよ」
「こんにゃくはしてるんですね!」
こんにゃくするってなんだ。低カロリーダイエットのことなのだろうか。
「あくまで候補だから。ついでに親が勝手に決めたことだからね」
「…………ふぅ、レクスさんは相変わらずつれないですね。やはりここは無理やりにでも既成事実を……」
「リーシア、そういうのはせめて本人に聞こえないように言ってね?」
「あわわわ、お、大人の会話です!」
リーシアがよからぬことを企むかもしれないので今後はよりいっそう注意をしておこう。
そうこう話をしている間に寮が見えてきた。それと同時に何か思い出したらしいリーシアが「あっ」と小さく声を上げた。
「どうかしたの?」
「ああいえ、このままレクスさんのお部屋にお邪魔してもよろしいのですか?」
「えっ、今更? 別に問題ないと思うけど?」
「そうですか。それならわたくしも気にしないことにします」
エリルと揃って首を傾げる。周りでも寮部屋でミーティングをすることにしたらしい1年生達が、男女関係なく寮に入って行っているのに何を気にする必要があるのだろうか。
レクスは2人を連れて寮部屋へ帰ってくると玄関扉を開けて中に入る。
「散らかっていますが、どうぞ」
「えっ、リーシアがそれ言うの?」
「あはは、お邪魔します」
我が家のように振る舞うリーシアにエリルが苦笑いを浮かべる。靴を脱いで玄関に上がり、台所と部屋を仕切っている引き戸を開けたところでレクスが動きを止めた。
「うげっ!」
「どうかしまし、ふわっ!?」
レクスの横からエリルが部屋の中を覗くと、そこには脱ぎ散らかされた女性用の学園の制服一式と下着が転がっていた。
「レ、レクスさんって女の人の服も着るんですね。でも大丈夫です、趣味は人それぞれですから!」
酷い誤解をされた。女装癖は無いのでちゃんと説明をしないといけない。
「待って違うから、あれはリーシアの制服だから」
「えっ、リーシアさんがレクスさんの部屋で着替えたんですか?」
「はい、昨夜は遅くまで起きていたせいで2人揃って寝坊してしまいまして。自分の部屋に帰る時間もなかったので、予備の制服をこちらに置いておいて正解でした」
「ふ、ふふ、ふた、2人揃って徹夜したせいで寝坊しちゃったですか!?」
さらに誤解が深まった。しかもダメな方向に。
「いや、それも違うから。話すと長くなるけどエリルが想像しているようなことは何もなかったから」
「な、ナニとか想像してませんし! レクスさんセクハラです!」
エリルが顔を真っ赤にして否定する。想像しとるやんけ。
「ですから先程、このままお邪魔しても良いのかお聞きしましたのに。今朝は脱いだ制服を片付ける時間もありませんでしたから、散らかってますとも申し上げたのです」
「そういうことはもっとちゃんと教えてくれないかな? あと制服はともかく下着は早く片付けて」
「レクスさんがご所望なら洗わずに――」
「いりません」
リーシアに部屋を片付けてもらっている間になんとかエリルの誤解を解いた。たぶん解けただろう。
ようやく人心地ついたのでテーブルを3人で囲む。レクスは購買部で買ってきたパンを、リーシアはサンドイッチを食べる。
「エリルは食べないの? 何か買ってきてるけど」
「私はケーキが美味しそうだったから買ってきたんですけど、つい買いすぎちゃったので後でお二人も一緒にどうかなと思いまして」
エリルがケーキの入った白い箱をテーブルの上に置く。本人は美味しそうだったから買いすぎたと言っているが、もしかしてボッチだったところに仲間ができたのが嬉しくてお祝いのつもりで買ったのではなかろうか。指摘しないけど。
「それならせっかくだしご相伴にあずかろうかな。あー、でも今はパン食べてるから後でかな」
「そうですね、ミーティグが終わった後で頂いてもよろしいですか?」
「はい!」
「そうなるとケーキだし冷蔵庫に入れて冷やしておいた方がいいかもね。エリル、悪いけど冷蔵庫に入れておいてくれないかな?」
「ええっと、冷蔵庫開けちゃっても良いんですか?」
「うん、構わないよ。どうせ引っ越してきたばかりで飲み物ぐらいしかまだ入ってないし」
わかりましたとエリルが席を立ち、ケーキの入った箱を持って台所の方へ行く。冷蔵庫の開く音がし、ほんの少し間があってからエリルの素っ頓狂な声が響いた。
「ふぁっ!?」
リーシアと顔を見合わせる。何をそんなに驚いているのだろうかと台所まで行くと、エリルが冷蔵庫を開けてしゃがみ込んだまま固まっていた。
そのまま近付いてみるとエリルは冷蔵庫で見つけたらしい栄養ドリンクを震える両手で握り締め、そのラベルに書かれている文字を凝視していた。
その栄養ドリンクは初日にリーシアが買ってきていたモノだったが、処分するのにも困ったのでそのまま放置していたやつだった。
どう声を掛けるべきか悩んでいたら固まっていたエリルが我に返り、レクスが側にいることに気付いた。すると普段の動きからは想像もできないほど俊敏な動きでドリンクを元あった場所に戻すと、勢いよく冷蔵庫を閉じる。
「みっみみみ、見てません! 知りません! 気になりません! 私は夜の22時になると眠くなるので朝までとか無理です!」
バッチリ見てるじゃないかと思ったが、せっかく解いた誤解をまた解かないといけないのかと思い、ツッコむ気力すらなかった。
「学内ポイントというのはお金の代わりという認識でよろしいのでしょうか?」
「はい、そうです。学園内の施設限定でしか使えませんけど、1ポイント=1バルシとして使用することができます。ポイントの入手は主に試験での賞金としてとか、先生や各施設の職員さんから受けられる学内クエストをクリアすることで支払われたりします」
3人でルールブックを読みながらのミーティング中に、リーシアがエリルに質問を投げかける。先程からミーティングというよりは学園や試験のわからないことをエリルに質問しているだけになっているが、聞かれた本人は嬉しそうに答えてくれた。
「ここに書いてある、重症者にはペナルティが課せられるっていうのは、具体的にはどうなるの?」
「えっとですね、例えば幻影で生み出されたオークに右腕を棍棒で殴られたとします。幻影なので当然ダメージはありませんが、もしそれが本物のオークと棍棒だったなら骨折とかしちゃいますよね? そのような場合は重症を負ったとみなされて、クエスト終了まで右腕は使えないように魔法で麻痺させられます」
「なるほどね。体の一部が麻痺した状態だと満足に戦闘もできないだろうし、これも気を付けないといけないね」
重傷者のペナルティはヒーラーでも回復できないみたいだ。さらに重症者が出た場合、死亡者ほどではないが大きく減点されるようだ。
「一通り読んでみたけど、とくに問題はなさそうだね」
「そうですね、ほとんどが先生が説明されていた内容そのままですし」
「基本的なところは毎年一緒みたいです。でもフィールド環境が毎年違うので、攻略方法はその年毎に違いますけど」
「参考までに去年はどんな内容だったの?」
「去年は砂漠でオアシスを見つけるという内容でした。私は開始20分でアリ地獄に落ちて死亡しましたけど」
「ええー……、じゃあ一昨年は?」
「一昨年は雪山でスノーウルフの討伐でした。私は開始10分で転んだ拍子にエリア範囲外まで傾斜を滑り落ちて死亡扱いになりましたけど」
「わかった、今回は開始30分後にトラップの落とし穴に落ちて死亡とかにならないように気をつけた方が良さそうだね」
言ってて実際にありえそうな気がしたのでアラームでもセットしておいた方が良いかもしれない。
「トラップもそうですが、モンスターとの戦闘になったらどうしますか? ルールブックに書かれている出現予定モンスターを見る限りでは苦戦するような相手はいなさそうですが、モンスターの数までは書かれていません。もし乱戦になった場合はわたくしとレクスさんの2人ではエリルさんを守りきれるかどうかまでは」
「あう、役立たずですみません……」
リーシアが表情を曇らせ、エリルも縮こまって肩を落とした。
「ああ、ごめん。言い忘れてたけど、そのことについて対策は考えてあるんだ。俺の部屋でミーティングにしたのもその話があったからだし」
「あら、さすがレクスさんですね」
「対策ですか?」
レクスは部屋の隅に置いてある宝箱型の収納ボックスを開けると、体を突っ込むようにして中を漁る。本当は昨日の時点で思いついていたので帰ったら探しておこうと思っていたのだが、リーシアの乱入によりその暇がなかったのだ。
「んー、確か持ってきたはずなんだけどなぁ。小さい物だからどこにいったのか。………………おっ、あったあった!」
5分ほど収納ボックスを引っ掻き回してようやく探し物を見つける。それは銀でできたリングに青色の宝石が埋め込まれた小さな指輪だ。ボックスの蓋を閉じてテーブルの元いた位置に戻るとエリルの前にその指輪を置いた。
「これはエリルにあげるよ」
「えええっ、指輪ですか!?」
「あらあらレクスさんったら。わたくしには指輪なんてくださらないのにエリルさんにはプレゼントするだなんてどういうことなのでしょうか。うふふふふふふ」
「待ってリーシア! ちゃんと説明するから、待って! それは魔法具で、更に言うとプレゼントというより返すって方が正しいから!」
「……ああなるほど、護身用の魔法具ですか。それなら良いでしょう」
レクスの言葉にリーシアは納得がいったような表情をする。逆にエリルは聞き慣れない単語に意味が余計にわからなくなったようだ。
「魔法具ってなんですか? あと返すって、私はこの指輪を見るのも初めてですけど」
「魔法具は魔道具と似てるけどちょっと違うモノかな」
例えばこの寮部屋にも置いてある冷蔵庫、あれも魔道具である。冷蔵庫は冷気の魔力が込められた魔石を取り付けることにより庫内を一定の温度に保つ魔道具だ。
魔石さえ用意できれば老若男女問わずに誰でも使えたり、魔石の魔力が続く限り稼動できるのが魔道具である。
魔法具は使用者が魔石に直接魔力を込めて使うモノである。発動する効果はその魔石に付与された魔法であることが多く、魔力さえ込めることができれば誰でも使うことができる。
ただし魔法具は欠点が多い。魔道具は道具そのものにいくつもの機能を持たせたり、同じ魔石を複数使うことにより効果そのものを大きく上げたり、違う魔石を複数使うことで別の効果を生み出すこともできるが、魔法具は付与された1種類の魔法しか発動できない。
さらに自身が習得した魔法を使う場合であれば、詠唱したり魔力を高める触媒を用いることで消費魔力を抑えることができたり、魔力を多めに込めることで魔法の威力そのものを上げることもできるのだが、魔法具を使っての魔法の行使には消費する魔力が一定で威力も同じなのである。
昔は魔法具は一般的に使われていたモノらしいのだが、魔道具の発明とその利便性により今では魔法具そのものを知らない者も増えているのだとか。
「つまり……、これがあれば私も魔法を使えるってことですか?」
レクスの説明を聞いたエリルが瞳を輝かせて指輪を手に取る。
「魔力を消費して魔法を発動させるわけだし、まぁ魔法を使ってるのと一緒かな」
「おおおーっ、凄いです! それで、この指輪はどんな魔法が使えるんですか?」
「その指輪の魔石に付与されている魔法は水系初級魔法の『ウォーターバレット』だよ。あとで訓練場に移動してから詳しい取り扱い方とか説明するから」
「はい、わかりました! そっか、これがあれば私も一人前の魔法使いに……。えへ、えへへへ……。あ、そうだ、キメポーズとキメ台詞の練習も久しぶりにやっておかないと」
指輪をうっとりと見つめながらとても嬉しそうにしている。キメポーズの練習とか言い出してちょっと引くレベルだ。
「それでレクスさん、エリルさんに指輪を返すとは?」
「ああ、実はその指輪って俺が師匠から貰った物なんだよ」
「えっ、これってお父さんの形見の品なんですか?」
勝手に殺さないであげて欲しい。そもそもロベルトが死んで一番困るのはエリルのはずなのだが。
「師匠が遺跡を探索していて見つけた指輪だって言ってたかな。でもサイズが小さすぎて指に入らないからって子供だった俺にくれたんだけど、俺も今となっては使えなくなったから仕舞ったまますっかり忘れてたよ」
「うぐっ、確かに私の指にならピッタリです」
エリルが右手の人差し指に指輪をはめて複雑そうな顔をする。魔法が使えるようになるのは嬉しいが、子供サイズと聞いて悔しいのだろう。
あとは何も問題なさそうだったので、午後からはエリルの魔法具の練習をするということにしてミーティングは終了した。