はじめの第一歩
入学から3日目。
その日も朝から昨日と同じ訓練場へ各々移動するようにと言われた。
ただし前日と違い、決められた模擬戦などはなく自主的に訓練や模擬戦をするようにと指示が出された。
それと申請をすれば他の訓練場へ行って、弓術や魔法を選んだ生徒の訓練の様子を見ても良いらしい。
どうやら近々パーティーを組んでの実力テストが開催されるらしく、訓練場に残って自分の実力を周りにアピールするか、他の訓練場でスカウトする生徒を見繕うために設けられた期間のようだ。
「そこっ!」
「くっ! …………ま、まいった」
剣を弾かれ、喉元に切っ先を突きつけられた男が悔しそうに片膝をつく。
相手の降参の意志を確認したレクスは剣を収めて軽く礼をする。
せっかくだし少しだけ他の訓練場を見学に行こうかと思っていたレクスだったが、見知らぬ生徒から模擬戦を申し込まれてしまった。
断る理由もなかったので模擬戦を引き受け、1戦終えてみるといつの間にか模擬戦の順番待ちの列が出来ていた。
挑んできた7人全員に勝てたが、さすがに疲れてしまった。少し休憩をしようと思っていたら同じく模擬戦を挑まれていたラディバートがやってきた。
「おう、そっちも終わったか」
「いま終わったとこだよ。さすがに連戦は疲れたかな」
「ま、有名税ってやつだな」
そう言ってラディバートが楽しそうに笑う。
「俺達、有名なの? 入学したばかりなのに」
「昨日の模擬戦で派手にやっちまったからな。少し噂になってるらしい」
「どうりで視線を感じると思ったよ」
訓練場の観客席になっている部分にチラホラと生徒の姿が見える。どうやら他の訓練場からの見学者みたいだが、こちらを見ている生徒が結構いた。
注目を浴びると身バレする可能性もあるので、あまり目立ちたくはなかったのだがすでに手遅れのようだ。
もしかしてリーシアが覗きに来てたりするんじゃなかろうかと観客席を窺ってみたが、どうやら杞憂だったようだ。
ただ、リーシアを探していて非常にイヤなモノを発見してしまった。
エリルが転んでいたのだ。
別にあのそそっかしい少女なら転んでも不思議ではない。その転んでいるエリルの周りに居る6人ほどの生徒が笑っていたのだ。
エリルの近くに居た女生徒が何か話かけると、エリルは起き上がり剣を持ってその女生徒に向かって走る。
女生徒はエリルの剣を軽々と避けると、エリルに足を引っ掛けて転ばした。するとまた周りの生徒が楽しそうに笑う。
周りに座って笑っていた男子生徒が「あんまやりすぎるなよー」とか「がんばれー、そんなんじゃまた留年しちゃうぞー」などと言いながら嘲笑う。
「おい、レクス。いきなりどうした?」
「えっ? あ、ああ……、アレ」
隣にいたラディバートが声をかけてくると、レクスはなんとか感情を押し殺して目線で伝える。
レクスの視線の先を追ったラディバートはしばらくして、「ああ……」と応えた。
「止めるべきだと思う?」
「難しいところだな。一応、模擬戦としての体裁は整えてある。だから教師も何も言わないんだろ」
「だよね。それに……、冒険者を目指すならあれくらいは日常茶飯事だし」
エリルが目指しているのが文官や研究者ならすぐにでも止めに入ったかもしれない。
だが彼女が目指しているのは冒険者だ。力を持たない冒険者が他の冒険者に絡まれるのはよくあることなのだ。この程度のことなど自分で解決できなければ、この先もやっていけないだろう。
「ま、仮にもデュートバレス家の令嬢だ、あれ以上のイジメには発展しないだろ。なんせあのチビっ子の親父は各国の王様と繋がりがあるくらいだしな。いろんな国の王族がバックに付いてるようなもんだ」
「ああ……。そう、だね……」
だからこそ妬みの対象になることもあるのではと思ったが、口には出さなかった。
「……オレは他の訓練場を見てくるけど、一緒にくるか?」
「……いや、そういう気分じゃないから止めておくよ」
「そっか。んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「ああ、行ってらっしゃい。胸が大きくてチョロそうな子がいたらチェックしといて」
「オレは尻尾を見るのに忙しいから、それは自分でやってくれ」
ラディバートが肩を竦めながら歩き去るのを見届けてから、訓練場に端に移動して壁に背を預けるようにもたれかかる。まだ軽口を叩ける程度には冷静らしい。
それから数人の生徒に模擬戦を挑まれたが気分が悪いからと全て断った。
しばらくして昨日エリルと模擬戦をしていた猫耳を筆頭に、2組の生徒らしき女の子数人が模擬戦をしていたエリルに近付いて行く。他の訓練所を見に行こうと誘っているようだ。
最初は迷う素振りを見せたエリルだったが、そもそも模擬戦にも訓練にもなっていないとわかっていたのだろう、結局はその女の子達と一緒に訓練所を出て行った。
エリルを囲んでいた6名の生徒達は愉快そうにそれを見届けてから、ダラダラと訓練を開始する。
レクスはただ黙って最後までその光景を見ていた。
昼休みは廊下に出たところでリーシアに捕まった。
ミリスが作ったという弁当を食べたがあまり味がせず、リーシアに何かあったのかと聞かれたが適当にはぐらかしておいた。
午後からは雑学の授業と称し、担任がパーティーを組む際の注意点や構成のコツ、陣形や役割分担の重要性を説明していたがほとんど頭に入ってこなかった。
入学から4日目。
昨日と全く同じ指示が出た。自主的に訓練や模擬戦をしたり、他の訓練場の様子を見に行って良いらしい。
昨日と変わった点といえば、レクスが全ての模擬戦を断ってエリルの様子を見ていることと、そのエリルを囲んでいる生徒の数が2倍ほどに増えていることだろうか。
女の子1人を10人以上で囲んでいるその様子に嫌悪感を滲ませている生徒もいるが、いかんせん数が多いのと教師が何も言わないので誰も関わろうとはしない。
エリルは何度も転ばされて体操服は汚れ、身体中に擦り傷を作っていた。
それでも泣かまいと歯を食いしばってエリルがまた立ち上がると、さっきまで笑っていた連中の数人が面白くなさそうな顔をする。
「なんだ、レクス。オマエずっとアレを見てたのか?」
「ん? ああ、ちょっと気になるからさ……」
近付いてきたラディバートが呆れたように声をかけてくる。
自分でもどうしてここまで気にしているのかわからなかったが、気になるのだから仕方が無い。
そこまで気にするぐらいなら一言止めるように言えば早いのかもしれないが、レクスとしてはあまり目立つような真似はしたくない。
いくら王都から離れているとはいえ、ここはグラヴィアス王国領内。もし自分が王子だとバレたら、いろいろと面倒なことになりそうなのだ。
それにエリルも何度も必死になって立ち上がるくらいなら、あんな連中放っておいて素振りや筋トレでもしていた方がよっぽど有意義ではないのかと思う。
そもそも父親を探すのが目的なら、わざわざエリルが冒険者にならなくても十分なのだ。
「おいおい、そろそろ諦めたらどうだ? お前みたいな何の力も持ってないくせに、親の七光りだけでやっていけるほどこの学園は甘くないぜ。また留年して恥の上塗りをするぐらいなら、さっさと家に帰った方が学費もかからなくて良いんじゃないか?」
「ひっでー! ほんとのこと言ってやるなよー!」
「どうせその子、学費なんて免除されてるんでしょ。だからわざと留年してずっとここに住むつもりなんじゃないのー?」
エリルと模擬戦、と称したイジメをしていた男がからかうように言うと、周りにいたヤツらも男の言葉に同調し大笑いをする。
「それ……、去年も……、一昨年も同じようなこと、言われました」
それまで黙って好き勝手に言われていたエリルが初めて口を開いた。
「私は、自分の意志でこの学園に通っているんです。お父さんの威光があるからって、この学園に通ってるんじゃありません。それに、学園から特別な待遇をしてもらってもいませんし、そんなもの、いりません」
半ベソをかいて、多少涙声になりながらも一言一言に意思を込めて、ハッキリと言葉を紡ぐ。
「私は、自分の意志で冒険者になりたいんです。冒険者になってお父さんを探しに行くんです。……私やお母さんを放り出してまでする冒険が、そんなに凄くて、素敵なことなのか……、自分で確かめるんです!」
エリルの啖呵に数人が気圧されたように身を引く。
(ああそうか、エリルは俺とよく似ているんだ。だからこんなにも気になって仕方が無いのか……)
エリルは呪いのために父親を探しに行きたいと言った。きっとそれも嘘ではないのだろう。
でも本当は父親のことが心配で仕方ないのだ。口では嫌いだと言っていたが、本当は父親のことが大好きで、そしてその背中を一番近くで見ていたからこそ冒険者というものに憧れているのだ。
レクスは王子という立場がイヤだった。王位継承なんてしたくなかった。勝手に結婚相手を決められたのに腹が立った。だからこそ自分のことは自分で決めると、父親に反発した。
ただ意地っ張りなだけだ。それも相当の意地っ張りだ、レクスもエリルも。
意固地になって、盲目的になって、それでも――ただ純粋に冒険者に憧れている。
「ふん、ならこの俺様が冒険者になれるように稽古を付けてやるよ。遠慮せずにどんどんかかって来いよ」
エリルと対峙していた男が武器も構えずに、面倒くさそうに挑発する。
エリルは一昨年は1年間かけて初級魔法の一つも習得できなかったと言った。去年は弓の練習をしたが的に向かって矢を射ることすらできなかったと言った。だから今年は剣術を選んだとも言った。
それは彼女なりの努力だ。手を替え品を替え、どうすれば自分が強くなれるのか必死で探している。
もう幾度となく転ばされているのに怯むことなく、気合を入れるために声を上げながら武器を手に必死で走る。
ただ、その速度はあまりにも遅かった。昨日今日初めて剣を持ったような人間、それも小柄な女の子の振るう武器が、武術の修行をしたことがある相手に当たるわけがないのだ。
あっさりと攻撃を避けた男がまたエリルを転ばそうと背後に回りつつ足をかけようとする。だがエリルもさすがに学習したのか、その足を回避してその場に踏み止まった。
しかし、そのことが対戦相手の男の癪に障ったのだろう。
男は振り返ろうとしたエリルの背中を思いっきり蹴飛ばした。
ろくに受身も取れずに、エリルが勢いよく地面に叩き付けられる。
その光景に静まり返る訓練場内で舌打ちの音がやけにハッキリと聞こえたが、それはレクスのものだったのかラディバートのものだったのか、それとも別の第三者かはたまた複数人が同時にしたのか。
「ああ、悪ぃな! あまりにもお前の気迫が凄かったから思わず本気だしちまったぜ!」
「おいおーい、大人げねーぞー! 子供を蹴るとか鬼畜かよー!」
「あははははは! ひっどーい! マジありえなーい!」
エリルを蹴った男と、その周りで取り囲んでいたヤツらの耳障りな嘲笑が響きわたる。
「…………、ふっ……、ふぐっ……。うっ…………っ!」
顔を上げたエリルの頬に擦り傷が出来て、血が滲んでいた。
目に涙を湛え、嗚咽を漏らし、それでも泣かないと必死に歯を食いしばり、小さな拳を握り締めていた。
ああ……、これは違うな……と思った。
ロベルト師匠が話して聞かせてくれた冒険者という存在は、聞いているだけでドキドキしたりワクワクするような憧れの存在だった。
前人未到の場所を歩き、未知の魔物と死闘を繰り広げ、数多のお宝と名誉を手に入れる。そんな子供心に夢と希望を与えてくれた存在だ。
自分は何をするためにこの学園に来たのだろうか。こんな光景を見るために城を飛び出してまでこの学園に来たのだろうか。
違う。何にも縛られず、どこまでも自由に羽ばたける冒険者になりたくてこの学園に来たのだ。
目の前で今にも泣き出しそうな女の子がいるのに、それを黙って眺めるためにこの学園に来たのではない。
目立つと王子とバレてしまうかもしれない?
何を馬鹿なことを。王子とか王位継承とかが嫌で城を飛び出したのに、まだそんな事を気にしているのか。自分を王子という立場に縛りつけているのは、自分自身じゃないか。
遠い昔のあの日、師匠が自分に大きな手を差し伸べて助けてくれた。
なら今度は、自分がこの手を誰かに差し伸べる番だ。それが師匠の娘だというのなら今すぐに駆けつけないでどうするんだ。
国とか王子とか知ったことか。そんなのクソっくらえだ。
自分の生きたいように生きると決めたんだ。
今、このときから。ここから始めよう。
冒険者としての、第一歩を。
「お? 止めるのか?」
黙って歩き出したレクスの後ろを追いかけるように歩きながら、ラディバートが問いかける。
「いや、止めないよ。楽しそうだから俺も混ぜてもらおうかなって」
「ふはっ! そっかそっか! なるほど、止めずに混ざるのか。それは面白そうだ! んじゃオレも一緒に混ぜてもらうとするか」
ラディバートがレクスの横に並び、二人で大笑いをしている集団に近付いて行く。
エリルが近付いてくるレクスに気付いて顔を歪ませると、頬から一筋の涙が零れた。
あえて何も言わずにその横を通り過ぎると、笑っていた集団がようやくこちらに気付いたらしく耳障りな声が止まる。
「楽しそうなことしてるね。俺達も混ぜてくれないかな?」
エリルを庇うように立ち塞がると、レクスは笑いながら話しかける。
「お、おう。混ぜろって模擬戦にか?」
「ああそうだ。オレ達にも稽古を付けてくれよ。こんだけ集まってるんだから良いだろ?」
ラディバートの言葉にその場にいた全員が困惑顔を浮かべて周りを窺う。恐らくこちらの実力を知っているのだろう。座っていた男の1人がおずおずと卑屈な声を上げる。
「い、いやー、でもほら、人数多いから模擬戦するにも時間かかるし。俺は遠慮したいかなーって」
「なんなら全員で同時にかかってきても良いからさ。それとも何かな、キミ達は年下の女の子相手じゃないと模擬戦もできないのかな?」
ラディバートが楽しそうに口笛を吹くと同時に、エリルを取り囲んでいた連中が顔に怒りを滲ませる。それなりにプライドはあるようだ。
「てめぇら、ちっとはデキるみてぇだけどあんま調子に乗るなよ」
「アンタが全員でかかって来いって言ったんだからね、今更取り消すんじゃないわよ」
立ち上がり、武器を構えたのは10人。エリルを蹴った男を合わせれば合計で11人だ。
「おい、チビっ子。そこ邪魔だから離れてろ」
「えっ? あ、はい!」
ラディバートの言葉にエリルが慌てて離れて行く。
レクスとラディバートさらに歩を進め集団の中央へと進んだ。
「11人だと半分に割れないなぁ」
「それならオレが6人やっちまっても良いか?」
「どうせなら勝負する? 先に6人目をやった方が勝ちで、負けた方は後で学食で奢りで」
「くはははは! そりゃ良いな、のったぜ!」
元々はエリルを囲んでいた11人が射殺すような目をしながらレクス達を包囲した。
教師も騒ぎに気付いてこちらを見ていたが、何も言ってこないので問題はないのだろう。
「おーい、誰か! 模擬戦をするから開始の合図をやってくれ!」
ラディバートがこちらの様子を見ていた生徒達に声を掛けると、2組の猫耳が挙手した。
「はいはーい!! それならアタイがやりまーす! 皆さん、準備は良いですねー? それじゃいきますよー。…………試合……、開始!」
猫耳が手に持ったナイフ2本を打ち付ける。
小気味の良い金属音が響き渡ると同時に、先手必勝とばかりに槍を持った男が突っ込んでくる。
2連撃で繰り出された刺突を回避して、そのまま左手で槍の太刀打ち部分を掴んで引き寄せバランスを崩す。隙だらけになった男の懐に肉迫すると右手に持った剣で全力で腹を撃つ。
刃の潰してある剣とはいえ尖った鉄の棒で殴られればその衝撃は凄まじく、男は腹を抑えて蹲った。
(まずは1人)
わずかに隙のできたレクスに好機とばかりに片手斧を持った男が迫り、勢いよく振り下ろす。
その攻撃を剣の腹で受け流すと同時に左手で相手の顎先を掌打し、怯んだ隙を逃さずに剣で殴打する。
(これで2人)
そのまま勢いを殺さずに近くにいた女生徒に狙いを付ける。
女生徒の方も逆手に持ったナイフを構えて応戦の姿勢をとっているが、腰が完全に引けている。もしかしたら斥候で戦闘は得意ではないのかもしれない。
普段のレクスであればフェミニストを気取って見逃したかもしれないが、今は女が相手でも手加減する気はなかった。
ナイフを叩き落し、ガラ空きとなった胴を容赦無く剣で薙いで沈める。
その直後、死角から別の女生徒が剣で切りかかってきたが気配を全く隠せておらず、その不意打ちを左手で相手の手首を掴んで受け止める。動きの止まった女生徒の鳩尾に剣の柄を叩き込んでから、背負い投げの要領で背中から地面に叩き付けた。
(これで、4)
素早く状況を確認すると、元から心配などしていなかったがラディバートの方も問題ないようだ。
と、少し離れて戦況を見ていた男と目があった。
エリルを蹴飛ばした男だ。どうやらラディバートも気を使って残しておいてくれたらしい。
「ふんっ、さすがに言うだけのことはあるな。だがまぁ、この俺様にはその妙ちくりんな格闘術は効かねえぜ」
そう言って男が正眼に両手剣を構える。年の頃は二十歳ぐらいで高身長に筋骨隆々。私服で街を歩いていたら学生というよりチンピラに見られるんじゃないかという風貌だ。これは確かに拳だとダメージは与えられそうにない。
レクスでさえ威圧感を感じるほどなのにエリルはよくこれに立ち向かっていったなと関心すると同時に、その体格差がありながらエリルを蹴飛ばしたのかと怒りも湧いてくる。
「のんびりしてたらラディに先を越されそうだし、悪いけど手加減しないよ」
「ぬかせっ!」
駆けるレクスの頭上から男の両手剣が振り下ろされる。
それを右に跳んで回避すると、男はそのまま剣の軌道を左薙ぎに変えレクスを追撃する。
(速いっ!)
大剣とは思えぬ攻撃速度に舌を巻く。かなり鍛えてあるようだ。
だがそれは、あくまで学生レベルでの話だ。王国の騎士団に混ざって訓練をしていたレクスは、この男よりも数段強い相手とばかりと戦っていた。
特に王子相手でも容赦無く打ちのめしてくる騎士団長の剣に比べれば、こんなもの子供の児戯に等しい。
男の剣をギリギリのタイミングでしゃがんで躱すと、立ち上がりに合わせて下段から切り上げるように剣を振るう。
その攻撃は剣の腹で受け止められので、間髪入れずに空いていた胴を狙うがこれもガードされた。
ならばと今度はそのまま男の喉元目掛けて突きを繰り出すが、これは体を捻って躱された。
相手の体裁きに関心しつつも、休む間を与えずに少しずつ攻撃速度を上げていく。お前など片手で十分だと言わんばかりに。
胴、肩、脛、咽喉、膝、腕、頭と手当り次第に狙う、その一撃一撃がどれも急所狙いで必殺の威力だ。
流れるようなレクスの連撃に男は後退しながらなんとか凌いでいたが、ついには壁際に追いやられてしまった。
「ぐぅっ、この野郎!」
追い詰められ冷静さを失った男のやぶれかぶれ一撃に合わせて、鳩尾にカウンターで突きを見舞う。
「ぐぼぅっ!」
堪らず両手で鳩尾を押さえ、前のめりになった男の鼻っ柱目掛け全力で回し蹴りを叩き込んだ。
鼻血を撒き散らして崩れ落ちる男を尻目に戦況を見ると、丁度ラディバートも5人目を倒したところだった。
最後の1人となった男に迫ると、悲鳴のような声を上げながら曲刀を振り回して襲い掛かられた。
「う、うわぁああぁあああぁーーー! がはぁっ!」
真正面から曲刀を弾き飛ばしトドメを刺そうとしたところで逃げられ、ちょうど逃げた方にいたラディバートに一撃で沈められた。
それと同時に開始の合図をしてくれた猫耳が3回連続でナイフを打ち付け、ゴングのように鳴らした。
「よっしゃ! 6人目を倒したから勝負はオレの勝ちだな!」
「は……? え、ええー? ちょっと待って、なんか納得いかないんだけど?」
「さっさとトドメを刺さねえから逃げられるんだぜ。そんじゃ模擬戦も終わったし、後は任せた」
ラディバートは話は終わりだと言わんばかりに、手をヒラヒラさせながらどこかに行ってしまう。
倒れた11人の生徒に、教師の指示で救護班として控えていたヒーラー志望の生徒達が駆け寄り、治癒魔法をかけている。
エリルの方を見ると自分のせいでこの惨状が起こったと思っているのか、口をアワアワさせながら治癒魔法をかけられていた。
「エリル、ちょっと着いてきて」
「えっ!? ふわわ、ま、待ってください!」
治療が終わったタイミングで話かけ、返事を待たずに歩き出すとエリルがトテトテと着いてくる。
かなり注目を浴びていたが気にせず訓練場の端の方まで歩いて行き、壁に併設されてある武器倉庫の中へ入った。
訓練用の多種多様な武器が並ぶ倉庫の中を順番に見ていくレクスに、エリルが不思議そうに問いかける。
「何を探してるんですか?」
「んー、軽いやつをね」
よく使われる片手剣や槍といった武器は授業開始時に纏めて武器倉庫の入口へと運び出されている。
ただしそれらは一般の武器屋などで出回っているサイズの物ばかりなので、レクスはもっとサイズが小さく軽そうな武器を探していく。
「おっ、これとか良いんじゃないかな?」
「それって小太刀……でしたっけ?」
倉庫の一角の木箱の中に十数本の小太刀が乱雑に入れてあった。
その中から刃渡り40センチほどの小振りな1本を取り出し、エリルに手渡して素振りをしてみるように言う。
「それなら問題みたいだね」
「はい、こっちの剣と比べて刃も細いので重くないです。こういう武器もあったんですね」
「よし、じゃあ今日のところはそれを使って訓練してみようか」
「訓練……ですか?」
訓練場内の隅っこの人が居ない場所に陣取り、エリルと3メートルほど離れて向き合う。
ついでにレクスも小回りの利きそうな小太刀に持ち替えてみた。
「それじゃあ、まずは1回打ち込んできて」
「は、はい! わかりました!」
「遠慮せずに全力で大丈夫だから」
「では……、行きます!」
エリルが小太刀を両手で持って走ってくる。やはり足は遅いが先程までの速度とは雲泥の差だ。
近くまで走ってくると、そのまま勢いを殺さずに上段から振り下ろすように小太刀を振るう。
エリルも自分の攻撃が当たらないとわかっているのだろう、指示した通り全力で撃ってきたその一撃をレクスは自身の持つ小太刀で受け止める。
「あー、そんな気がしてたけどやっぱりそうか。エリル、攻撃するときに目を瞑っちゃダメだ」
「はう……。実はその、つい無意識で……」
「なら意識して目を開けるようにしないと。あと走るときも目線を固定して」
「わ、わかりました!」
再度エリルが走ってきて、小太刀を振るう。今度は止めるまで連続で攻撃するように指示してあったので2撃、3撃と受け止める。
そしてエリルが4撃目を入れようと振りかぶったところでバランスを崩してすっ転んだ。
「ふぎゃんっ!」
そういえば一昨日も自分から転んでクラスメイトの猫耳に心配されてたなと思い出す。
「だ、大丈夫?」
「らいじょうぶれす……」
顔面から盛大にいったので心配になったが、血は出ていないので大丈夫そうだ。鼻は真っ赤になってるが。
もしかしてさっきイジメられてたときも数回は自分で勝手に転んでいたんじゃなかろうかと思ったが、気にしないことにした。
本人が続けたいと言うので訓練を再開するが、その後も度々転んでは地面と熱いベーゼを交わしていた。
これ周りから見たらさっきのヤツらと同じことしてるように見られるんじゃ?と思ったが、本人が真剣な顔をしていたので大丈夫だろう。大丈夫だと思う。
しばらく訓練をしていると教師から終了の合図がかかった。いつの間にか他の訓練場を見学に行っていた生徒達も帰ってきていて、午前の授業は終わりらしい。
「あれ、もう昼休みか。それじゃ武器を片付けようか」
「あの! レクスさんに聞きたいことがあるんですけど!」
「ん? 何かな?」
「どうしてレクスさんはさっき助けてくれたりとか、こうやって剣術を教えてくれたりするんですか?」
師匠の娘さんだから、というものあるだろう。でもなんだかそれだけでは無い気がする。
エリルが真面目な顔をしていたので、茶化さずに思ってることをそのまま伝えることにした。
「ん~、上手く言えないんだけど……、そうだな、自己満足のため……かな?」
「自己満足……ですか?」
そう、これはただの自己満足だ。
王子という足枷を外して自分が誰かの為になることをしたとか、誰かの為に行動したという充足感が欲しいだけだ。
自分は強いんだと周りに誇示するために、エリルをダシにして暴れたかっただけなのかもしれない。
自己中心的な最低野郎だと自分でも思う。
ただ、例えそうだったとしても――。
「うん、ただ単に自分がやりたいと思ったことを勝手にやっただけ。それで何かをやったつもりになって、喜んでいるんだよ。だからエリルも助けてもらったとか思って、感謝する必要なんてないからさ」
レクスの言葉にエリルは一瞬だけ悲しそうに目を伏せたが、すぐに顔をあげた。
「いえ、それでも私はレクスさんに凄く感謝しています。本当に、ありがとうございました!」
初めて見たエリルの笑顔は土と汗で汚れていたけれど、それでも純粋に、彼女らしく真っ直ぐに感謝の気持ちを伝えてきてくれて――。
自分のしたことは間違っていなかったと、ハッキリ言える気がした。