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夢見る星の銀花の大地  作者: らいん
第1章
3/21

はじめての学生寮

 学園敷地内の北西部、そこには大きさや高さなどの違いはあるが、同じような見た目の寮が38棟も建っていた。

 リレットスノア学園は1クラスが45人前後で、1学年は9クラス。それが5学年なので生徒総数は2000人にも及ぶ。寮は全室1人部屋で、ほぼ全ての生徒が寮に住むのだからこの規模の寮が必要なのだろう。


 ただ、これらの寮にもそれぞれグレードによる違いがある。

 料金の安い寮は1部屋ごとの面積が狭く、お金に余裕がない、もしくは家に負担をかけたくない生徒が利用している場合が多い。

 料金の高い寮は1部屋ごとの面積が広く、貴族や富豪の子息、学費が免除されている特待生などに利用される。

 レクスは一番料金の安い部屋でいいかと最初は考えていたのだが、寮の間取りをそれぞれ見ていたときに、中間の料金の部屋が理想の間取りをしていたのでそこを借りることにした。


「話には聞いていたけど、これはまた壮観な眺めだなぁ……」

「ええ本当に。わたくしも昨日初めて見た際には暫く立ちつくしてしまいましたわ」


 レクスが立ち連なる建物を前にして思わず呟いた言葉に、同じく建物を見上げながらリーシアが同意する。


「大きい建築物には王都で慣れてるけど、さすがにこれだけ似た建物が並んでいると間違えそうだな……」

「いま歩いているこの中央の通り道の右側は男子寮で、左側は女子寮と分かれているようです。それだけは間違えないように注意してくださいね」

「なるほどね、肝に銘じておくよ」


 女子寮も男子禁制ではないらしいが、用もないのに間違えて女子寮に入ってしまったら不審者扱いされてしまうかもしれない。絶対にそれだけは避けたほうがよさそうだ。

 ちなみに寮が近付いてくると人が増えてきたのでリーシアには腕を開放してもらった。本人は不服そうにしていたが、初日から目立ちたくないのでこればかりは仕方がない。

 しばらくリーシアと一緒に中央通りを歩いていて、ふと気付いた。


「ところでこれ、寮の並びって料金が高い所ほど手前になってる?」

「ええ、そのようですね。多分ですけど、学園までの歩く距離の関係ではないかと」

「ああー、一番奥だと結構距離があるみたいだしね」

「学内の移動は馬車も禁止ですし、貴族階級に配慮しているのでしょう」


 せめて少しでも貴族は歩かなくても良いようにと配慮、もとい面倒事を回避した結果の配置なのだろう。


「あれ? でもそうなるとリーシアって貴族用の寮に住んでないの? もういくつかの通り過ぎたけど」

「え? わたくしは没落貴族設定なので上から2番目のグレードの部屋にいたしましたよ。ちょうど今通りすぎたあの建物の403号室です。いつでも遊びにきてくださいね」

「ああ、うん。つまりナチュラルに俺の部屋まで着いて来る気だったのね……」


 レクスは足を止めてリーシアが住むことになる寮を見ながら呆れた声をだす。


「ご迷惑でしたか?」


 うん、迷惑です。と言うのはさすがに可哀想だったのでオブラートに包んで帰ってもらうことにした。


「いやさ、今日は明日からに備えて早めに休もうかなって思ってるんだけど」

「まぁ! それは気が利かずに申し訳ございませんでした。それではわたくしは部屋に戻りますね」

「えっ? あー、うん、悪いね」


 リーシアの素直な返事に、珍しくゴネなかったなと一安心する。


「シャワーを浴びて、準備が整いましたらすぐにそちらへ向かいますので」

「やけに簡単に引き下がるなと思ったらそう解釈するの!? その準備は必要ないから!」

「そんな……、シャワーを浴びなくて良いだなんて。今日は少し汗をかいてしまっていますがレクスさんはそういった趣味がおありなんですね……。でも大丈夫です。レクスさんにどんな変態チックな性癖があろうと、わたくしは受け入れてみせますから!」


 リーシアはショックを受けたように少しよろめくが、すぐに決意を秘めたような表情でそう宣言した。

 そしてその宣言を聞いてレクスがまた頭が頭痛で痛くなってきたと頭を抑える。


「ゆっくり、1人で、寝たいから、今日は、帰ってくれないかな?」

「せっかく久しぶりにお会いできましたのに……。もう少し一緒に居てはダメですか?」


 一語ずつ区切ってはっきりと告げると、さすがにリーシアも観念したのか今度は情に訴えかけるように悲しげな表情でレクスの顔を覗き込んでくる。


「同じ学園に通うんだから、これからはいつでも会える距離じゃないか」


 会うとは言ってないけど、とレクスは心の中で付け加える。


「それもそう……ですわね」

「なんなら今日の埋め合わせとして、今度暇ができたときに街で買い物とかに付き合うからさ」

「まぁ! それは本当ですか!」

「うん、ほんとほんと。ちゃんと約束するから」


 いつ暇ができるかはわからないけど、とレクスは心の中で付け加える。


「わかりました、そういうことでしたら今日はこのまま帰ることにいたします」

「ん、それじゃまた明日」

「はい、それではレクスさん、ごきげんよう」


 リーシアが一礼して寮へ帰って行くのを見届けてから、レクスも自身の寮へと足を向けた。




「すみません、本日からお世話になるレクス・ディアスです」


 寮に着いて、入口のすぐ横にある寮長室に向かってそう声を掛けた。

 すぐに短い返事が聞こえたのでそのまま少し待っていると、中からボサボサの髪に無精ヒゲを生やした30歳を少し過ぎたぐらいの男が出てきた。


「おー、待たせたなー、新入生。名前はレクス・ディアスって言ったか」

「はい」

「えーっと、オマエさんの部屋は……、202号室だな。そんじゃ鍵をって、ありゃ? 1本しかないぞ?」


 寮長の言葉に思い当たる節があったレクスはすぐに納得した。


「もしかしてその部屋の鍵、昨日1本売りませんでした?」

「んん……? あー……、あーあーあーっ! そうだったそうだった、忘れてた! ってことはなんだ、昨日の別嬪さんの旦那がオマエさんか! 羨ましいヤツめ、この!この!」


 つまり目の前でニヤニヤと笑いながら小突いてきてるこの男が、金に目が眩んでリーシアに鍵を売った張本人らしい。無性に殴りたい。


「いや、彼女とはそういう関係じゃないので鍵を売られて非常に困ってるんですけど」

「ん? そうだったのか? ああー……、まぁいいじゃねーか! 命の危険がある訳でもねーし、いまさら金返せって言われても困るしな!」


 命の危険がありそうだから困っているのだが、言っても理解してもらえなさそうだ。

 しかもこの男、賄賂を貰って鍵を渡したことを隠す気もないらしい。


(これは学園長に報告して……、ああダメだ。学園長は俺の王位継承とリーシアとの婚姻にも賛成派だから、むしろボーナスとか与えそうだ……)


「ほら、これがオマエさんの部屋の鍵だ。予備は昨日のお嬢ちゃんが持ってるから、もしその鍵を紛失したらあの子に言ってくれ。寮の細かいルールはこっちの冊子に書いてある。わからないことがあったらオレじゃなくて寮の先輩の誰かに聞いた方が早いぞ。そんじゃ、あとは好きにやってくれ」


 レクスに鍵と冊子を渡すと、言いたいことだけ一方的に喋って寮長は奥へと引っ込んで行く。


(このままここに立ってても仕方ないし、とりあえず部屋に行ってみようか……)


 ため息を一つ吐いてから自身の部屋としてあてがわれた202号室を目指す。


(とりあえずこの鍵は絶対に無くさないようにして、あとはなんとかしてリーシアから鍵を回収しないと……)


 ついでに、もし王位を継ぐことになったらさっきの男はクビにしよう、と決意しつつ階段を登る。

 2階に上がると階段のすぐ隣が201号室となっており、そのまま廊下を奥まで進むと206号室まであるようだ。


(1フロアが6部屋で2階から8階が寮部屋になってるはずだから、この寮は最大で42人が寝泊りすることになるのか)


 などと計算しながら202号室の鍵を開けて、中へと入る。

 入ってすぐのところに靴を脱いで置くスペースがあった。屋内に土足禁止なのは王都では珍しい形式だが、レクスはむしろこの形式の方が好きなので、土足禁止がこの寮を選んだ決め手であった。

 早速、靴を脱いで部屋に上がるとまずは左手に台所がある。コンロは置いてあるが調理器具が何もないので鍋などは買ってくる必要があるだろう。


「あれ? 備え付けの冷蔵庫の魔石がすでにセットしてある。リーシアが昨日買ってきたのかな?」


 リーシアはあれで気が利く子だ。何か飲み物でも冷やしてくれているのだろうと思いながら、1人暮らし用の中型サイズの冷蔵庫を開けた。

 『朝までギンギン!絶倫ドリンク』と黒のラベルに赤字でデカデカと書かれた栄養ドリンクの小瓶が1ダース冷やしてあった。無言で1本手に取り観察してみると、滋養強壮、オットセイ、すっぽん、マムシなどの文字が躍っている。

 そのままドリンクを元に戻すと冷蔵庫のドアを閉じて、今度は台所のさらに奥にあるドアを開ける。


「ここはトイレか。風呂は1階にある大浴場を使って、洗濯も1階に置いてある洗濯機は自由に使って良いんだっけ」


 トイレの確認を済ませると、玄関まで戻ってくる。玄関扉のすぐ正面に引き戸があり、そこから先が実際の生活空間になっている。

 曇りガラスのはめ込まれた引き戸をガラガラと音を立てて開けると、10畳ほどの広さのワンルームとなっていた。

 家具は予め送っておいたベッド、テーブル、クローゼット、本棚、収納ボックスがすでに設置してあり、リーシアの言っていたように荷解きもすでに終わっているようだ。


「う~ん。鎧とか大きな武器は持ってきてないから、ちょっと広すぎるかも。家具を増やすにしても最長で5年で出て行くなら勿体無いかもだしなぁ……」


 ボヤきつつ部屋着に着替えようとクローゼットを開ける。

 あきらかに自分の物ではない女性用の服が大量に仕舞ってあった。それだけならまだしも、女性用の下着も大量に仕舞ってある。

 今度リーシアに引き取りに来てもらおうと思いつつ、見なかったことにした。




「…………ん? 少し寝ちゃってたか」


 ベッドで少し横になっていたらいつの間にか寝てしまっていたらしく、時刻は18時を過ぎていた。起き上がって背伸びをしていると腹の虫が盛大に鳴った。


「あー、そういえば朝から何も食べてないや。貴族寮以外だと自炊するか学食とか街に出て食べないといけないんだっけ」


 とりあえず何か食べに行こうかと準備をしていて不意に思い出した。


「そういえば先にお隣さんに挨拶しておかないと」


 引越しの基本である近隣への挨拶をすっかり忘れていた。

 部屋には基本的に魔法により防音の処理が施されているはずなので騒音で迷惑をかけることはないが、やはり隣の住人に挨拶をしておくのが礼儀というものだろう。


「引越しソバなんて買ってないし、何か手土産になるものでもないかな~」


 そう言いながらレクスは宝箱の形をした収納ボックスの蓋を開ける。

 収納ボックスは一家に一箱と言われるぐらいポピュラーな魔道具で、魔法により箱の中が亜空間になっていて、見た目の数倍以上に物を仕舞える代物である。

 積載量は魔法をかける際に込められた魔力量で変わるらしく、見た目は普通の箱やレクスのお気に入りの宝箱型など様々なタイプがある。


「おっ、これなんか贈り物の定番だし良いかも」


 レクスは収納ボックスの中に乱雑に詰め込まれていた物の中から一つの小箱を取り出すと、それを片手に外へと出る。最初寮に来たときから気付いていたが、どうやら203号室は空き部屋で誰も住んでいないようだ。

 そのまま201号室の前へと移動すると玄関扉の横にあるインターホンを押す。

 1分ほど待っても誰も出てこないので留守だったのかと思っていたら、ドアが開いて中から獅子型の獣人族(アニム)が顔を出した。

 しかし獣人族といえば只人族(ヒューム)によく似た外見に、それぞれの動物型の特徴である耳や手や尻尾が生えていたりするのが普通であるのに、隣に住むこの男は獅子の血が濃く出すぎたのかワーライオンに近いような見た目をしている。

 ただでさえ獅子型の獣人族というのは珍しいので、気の弱い人間ならモンスターと勘違いしてしまうのではないだろうか。


「誰だ、オメェ?」


 見た目の割りに、流暢な言葉でお隣さんが喋った。やはりただの獅子型の獣人族のようだ。


「初めまして。本日から隣の202号室に越してきました、新入生のレクス・ディアスと申します。これからお世話になります、よろしくお願いします!」


 モンスターでないのなら別に警戒をする必要もないので、レクスは姿勢を正して挨拶した。


「お、おう。オメェが隣に越してきたヤツだったのか……」


 だというのに、なぜか先方にむちゃくちゃ警戒されていた。


「あの、何かおかしなことでもありました?」

「いやよ、昨日オメェの部屋に新入生の女が入って行くのを見かけてだな。まぁなんだ、入学前から寮に女連れ込むとかどんなチャラ男が越して来たのかと思ってたら案外普通そうなヤツだし、オレのこの顔見てもビビらねぇしでちょっと意外でな」


 ま た あ の 女 か !


「すみません、誤解されてるみたいですけど、あの女はただのストーカーで昨日は自分の留守中に不法侵入されただけです」

「マジかよ、ストーカーに付き纏われてるとか大丈夫なのか、オメェ?」

「一応、昔から知ってるやつなので付き纏われること以外に大きな被害はないので、今のところ問題はありません」

「お、おう。そうか。なら良いが何か困ったことあったら言えよ、相談に乗るぞ。ああ、オレは3年のヴェルガー・クラングだ、よろしくな」

「ありがとうございます、ヴェルガー先輩。よろしくお願いします」


 誤解も解けたし、先輩とも打ち解けたし、ある意味リーシアのお手柄なんじゃなかろうか少しだけ思った。


「あっとそうだ、これつまらない物ですけど、よろしければどうぞ」

「おおっ、なんか気ぃ使ってもらって悪ぃな! んで、これ何が入ってるんだ?」


 レクスの差し出した手土産を嬉しそうに受け取りながらヴェルガーが尋ねる。


「入浴剤の詰め合わせセットです」

「この寮、共同風呂じゃねーか!」


 しまった、忘れてたと思ったが今更後にも退けない。ゴリ押ししよう。


「そこはほら、桶に湯を張って足湯にするとか直接体にかければ使えるんじゃないかと」

「お、おお……そうか? なら今日晩にでも試してみるか」


 ちゃんと使ってくれるらしい。ちょろ……ではなくて、良い先輩だ。


「それよりレクス、飯はもう食ったか?」

「いえ、さっきまで疲れて寝てたので今からです」

「そうか、んなら一緒に学食行くか? 引越し祝いに奢ってやるぞ」

「マジすか! ゴチになります!」


 訂正、凄く良い先輩だった。

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