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夢見る星の銀花の大地  作者: らいん
第1章
2/21

クラスメイトとお姫様

 入学式はつつがなく終了した。


 教室に戻ってくるとクラスメイトが順番に名前や特技などの自己紹介していく。性別どころか種族や年齢までてんでバラバラなので見ているだけでも面白かったが、全員が無難な自己紹介しかしないのが少し残念だった。


「レクス・ディアス。只人族(ヒューム)で冒険者を目指してます。特技は剣術です」


 あまり目立って素性がバレるのはよろしくないので、レクスもとりあえず無難な自己紹介で済ませた。

 全員の自己紹介が終わったがクラスに知った顔はいなかった。といっても生徒で元からの知り合いは1人しかおらず、先程知り合いになったエリルも講堂前で別れたばかりだ。


「それでは~、この後は各種測定をして本日は終了となりますのじゃ。皆の衆、着いて来てくれなされ」


 自己紹介が終わって少しすると、担任の老教師の後に着いてクラス一同で移動する。バルバスと名乗ったこの老人、足腰はしっかりとしているがなぜかプルプルと小刻みに震えている。

 いきなりポックリと逝ったりしないだろうかと少し心配になるが、漂わせている魔力がかなりのものなのでさすがは学園教師といったところか。




「魔力は……、うん、やっぱりゼロか」


 魔力測定の結果が新しく記載された用紙を見ると、魔力ゼロとなっていた。この結果は最初からわかりきっていたことなので別段問題はない。

 他にも身長、体重、反射神経や握力などの身体的能力をはじめ、魔力抵抗、魔眼や刻印の有無などの魔力的要素を一通り調べられた。


 全ての診断が終わってレクスは自分の情報が記載された用紙を確認してみたが、特に大きな変化はなかった。

 魔力はゼロだが魔力抵抗値が高いことを除けばほぼ全てが平均的で、まさに器用貧乏といわれる只人族そのままを表したような数値だ。


「おーい、そこの只人族の、え~っと、レ、レウス……だったか? 結果はどうだー?」


 少し離れた場所にクラスメイトと思わしき男子生徒数人がたむろしていた。

 名前を間違われはしたが声を掛けてきたのはレクスの前の席に座っていた竜人族(ドラクル)で名前はラディバートだったか。随分と気さくな性格のようだ。

 竜人族は見た目は基本的には只人族と変わらない場合が多いが頭には角が生え、尻の辺りにトカゲのような尻尾、手足の先は竜のように細く鋭く、体の所々に鱗が生えているのが特徴的だ。

 レウスじゃなくてレクスだ、と言いながら声を掛けてきた一団に近付く。


「レクスだったか、悪ぃ悪ぃ。んで、結果はどうよ?」

「可もなく不可もなくってところかな」


 そう言ってレクスが見えるように用紙を広げると、その場に居た全員が食い入るように覗き込む。

 今後、実技や実習でパーティーやペアをクラスメイトと組むこともあるかもしれないので、そのときに少しでも良い相手と組めるように情報は少しでも多い方がいいのだろう。


「ほー。魔力ゼロってのは珍しいけど、魔法抵抗が高いから実質プラスマイナスもゼロだな」

「剣士志望だからある意味プラスだと思ってるけどね。そういうキミらは?」

「ん、オレも普通だな」


 そう言って見せてくれたラディバートの診断結果は筋力は高いが魔力が低いといった竜人族らしい数値だ。

 他のクラスメイト達の結果も見せてもらったが1人を除いて残りはほぼ種族通りといった数値か。

 もっとも実力を隠すためにわざと低い数値になるように調整している可能性もあるので、あまり鵜呑みにするべきではないのだが。

 この中で唯一種族通りではない数値だったのは、熊型の獣人族(アニム)で身の丈2メートル近いベアードという名前の男だった。


「ボクは司祭を目指してるんだ。幸いにも魔力が高くて光魔法も得意だから」

「司祭になりたいならこの学園じゃなくて、教会の総本山が運営してる学校に通ったほうが良いんじゃないの?」

「あの学校はシスター志望の女の子ばかりでガードが固い。でもこの学園ならビキニアーマーを着た女の子とかいると思った」

「わかる」


 妙なところで意気投合してしまったが、聖職者志望がそれでいいのかと内心思った。もちろんそんな無粋なツッコミはしなかったが。




 測定が全て終わった者は教室に戻って待機しているようにと言われた。その指示に従い、教室に戻って先程のクラスメイト達と雑談をしていると、後からやってきた担任に1学年全員の測定が終わったので本日はここまでと告げられた。


「おい、レクス。このあと暇か? 皆で街を見に行こうって話になってるんだが」


 帰ろうと席を立ったところで横からラディバートに声を掛けられた。そちらを見るとラディバートの他にクラスメイトの男子生徒が4人も一緒だ。もうここまで打ち解けているのはラディバートの性格故か。


「あー、ごめん。俺はまだ寮に行ったことがなくてさ。寮長とかへの挨拶とか部屋の片付けとかしないといけないから」

「そっか、ならしゃーないな」

「うん、また今度誘ってよ」


 別れの挨拶をすると、ラディバートはそのまま別の生徒に声を掛ける。去り際に聞こえた会話から街の冒険者ギルドや武器屋を見に行くみたいだったので、荷解きは明日でも良かったかもと少し後悔した。


(でも早いとこ荷解きも終わらせておかないと、それはそれで面倒だしなぁ……)


 寮への荷物の搬入は入学式の5日前からすることができる。

 貴族にもなると家の従者などが前もって荷物を搬入させていたりするが、レクスは平民と身分を偽って入学しているので全て自分でやらないといけない。

 入寮自体は入学式の前日からできたので、気の早い者は昨日の内に入寮して荷解きも終わらせているようだが、レクスは街の宿屋に泊まることにも興味があったので昨夜は宿を利用していた。



「レイ……、ではなくて、レクス様!」


 とりあえず寮の部屋を見てみようと教室棟から外に出た瞬間に横から声を掛けられた。おそらくレクスが出てくるのを待っていたのだろう。

 聞き覚えのある声がした方へ恐る恐る顔を向けると、予想通りの人物がそこに立っていた。


「ア……。あー……、リーシア……だったっけ?」

「はい、今はリーシアと名乗っております。お久しぶりです、レクス様」


 リーシアが丁寧にお辞儀をするのに合わせて輝くような金髪がサラリと揺れる。

 この少女の本名は、アリシア・メイティス・ブレアスタ・タイリーンという。グラヴィアス王国の西に位置するタイリーン帝国の第三王女でレクスとは旧知の仲である。

 その隣国のお姫様がなぜこの学園の制服を着てこんな場所にいるのかというと、レクスが「俺、学園に通うことにしたからしばらく会えなくなるよー、あははー」というような内容の手紙を送ったところ、速達で「わたくしもその学園に通うことにします」という返事が届いたからだ。

 余計なこと言わなきゃ良かったと後悔もしたが、黙っていたらそれはそれでもっと後悔することになりそうだったので仕方が無い。


 レクスは周りに人目がないことを確認すると、声を潜めてリーシアに話しかける。


「とりあえず、久しぶり。リーシアは貴族身分で入学してきたんだっけ?」

「ええ、メティーナ家という没落貴族をでっち上げて、そこの令嬢ということになりました。最初はメスブタ家にしようかと思ったのですが、周りに反対されてしまって……」

「うん、そりゃ反対されるよね。反対されなかったらそっちの方が驚くよ」

「なぜでしょう……。リーシア・メティーナだとちょっと呼びにくいので、リーシア・メスブタの方が語呂も良いと思うのですが……」

「そういう問題じゃないからね」


 ダメだこの子、相変わらず一般常識が欠けているとレクスは頭を抱える。


「でも逆から読めばメス豚リーシアになってレクス様は興奮するのでは?」

「しないよ!? そんな性癖ないよ! あと意味わかってんじゃん! 尚更止めてよ!」

「ふふふ、レクス様は相変わらず、わたくしに突っ込むのがお上手ですね」

「下ネタ!?」


 お姫様がそんなこと言っちゃいけません、と叫びそうになって慌てて口を噤む。周りに人影はないが、叫んだりしたらさすがに誰かに聞かれる可能性がある。

 もうさっさと用件を聞いて、お引取り願うことにしよう。


「それでこんな所で何をって言いたいところだけど、やっぱり俺を待ってたんだよね……?」

「はい、本当は教室までお迎えに行きたかったのですが、レクス様のクラスがわからなかったのでここでお待ちしておりました。無事にお会いできて良かったですわ」


 こっちは会いたくなかったです、とは口が裂けても言えなかった。まだ死にたくは無いのだ。


「その前に、そのレクス様って呼ぶのはやめてくれない?」

「なぜですか?」

「いや、リーシアって貴族身分だけど俺は平民身分にしてるから。そう呼ばれるのは何かと面倒そうだし」

「そうですか……。わたくしとしてもレクス様にご迷惑をおかけするのは本意ではありませんし、それでは旦那様とお呼びすることにします」

「もっと迷惑がかかるわ! 俺が言ってるのは様付けを止めろって意味だから!」

「もう! 婚約者なのですから照れなくてもいいじゃありませんか」

「違う、婚約者候補だ」


 そう、このリーシアはレクスの婚約者候補の1人である。

 とは言っても、この婚約者というのも親同士によって勝手に決められていたのでレクスは納得していないのだ。


「レクス様はわたくしが婚約者ではご不満ですか?」

「だから、リーシアに不満はないんだけどさ……」


 この目の前の少女が婚約者だということに――全く無いと言えば嘘になるが――不満は無いのだ。

 理由はよくわからないが自分のことを慕ってくれているのは素直に嬉しい。少々愛情過多で重いときもあるが。

 森人族(エルフ)のクォーターであるおかげか顔は文句なく美人であるが、胸のボリュームは少々もの足りないが貧乳もいける口なので問題ない。でもどちらかといえば巨乳派である。

 性格もお淑やかで気心の知れた仲なので一緒に居て安らぐ。でも怒らせたときはやたら恐いので言動に注意する必要がある。


(……あれ? よく考えたら不満の方が多くない?)


 不満はあるがこの際目を瞑ろう。何せ一番問題なのはリーシアが隣国の姫だという点である。

 彼女は例えるなら人参だ。そして馬である自分の目の前にぶら下げられた餌だとレクスは思っている。

 欲求を抑えきれずに食べてしまったら最後、あとは馬車馬として死ぬまで決められた道を歩かなくてはいけなくなる。

 そして更にタチの悪いことにこの人参、自分から積極的に食べられようとしてくるのだ。


「ふぅ……、相変わらずレクス様は頑固ですね。一体いつになったらわたくしに手を出してくれるのでしょうか……」

「頑固なのはお互い様だよ。あとその様を付けて呼ぶの禁止ね」

「でも昔からの習慣でそう呼ぶのに慣れてしまっていますし、今更変えろと言われましてもすぐには……」

「前から思ってたけど様付けで呼ぶのはなんだか距離感があるっていうか、さん付けや君付けや呼び捨ての方が恋人っぽく見えたりするよね」

「今後はレクスさんとお呼びすることにします」


 即決だった。昔からの習慣はどうした。


「いやうん。それで良いんだけどさ……。それはそうと、わざわざここで待ってたってことは何か用事があるんだよね?」

「はい、せっかくですからレクスさんと街へ遊びに行きたいなと思いまして」


 どうやら遊びのお誘いらしい。それぐらいなら別に付き合っても構わないのだが、先程クラスメイト達に誘われたときと同じ理由で断ることにした。


「あー、ごめん。昨日は街の宿に興味があったからそっちに泊まってさ。まだ寮の荷解きが終わってないんだ」

「なるほど、それで昨日は寮にいらっしゃらなかったのですね。でも大丈夫です、荷解きならわたくしが済ませておきましたから」

「うん? 今なんて言った?」


 荷解きはすでにリーシアが終わらせたという幻聴が聞こえた。


「ですから、荷解きならわたくしが昨日済ませておきましたわ。夫のお世話をするのが妻の役目ですものね」


 どうやら幻聴ではなかったらしい。しかも婚約者から妻にグレードアップしている。


「……荷解きしたのって俺の寮部屋だよね?」

「もちろんです」

「男子寮だけど?」

「女人禁制ではございませんでしたよ」

「鍵は?」

「寮長さんにお金を渡……コホン。誠意をもってお願いしたら快く合鍵をくださいました」

「賄賂? 今、賄賂を渡したって言ったよね?」

「いいえ、誠意を見せただけです」


 あかん、頭が痛くなってきたとレクスは頭を抑える。


「まぁ! 頭痛が痛くなってきたですか! もしかして入学式の疲れが? それはいけません、お部屋に帰ってお休みしましょう。案内しますわ」

「自分の部屋に帰るのに人に案内されるのっておかしくない?」


 寮棟がある場所には行ったことがないので案内してもらえると助かるのだが、いまいち釈然としない。

 どうしたものかと少し逡巡しているレクスの左腕に、リーシアが抱きつくようにして右腕を絡める。


「では、参りましょうか」

「……リーシアさんや、はしたないですぞ」


 腕にとても柔らかいモノがあたっている。むしろわざとあてられている。小ぶりと思っていたが十分に育っているようだ。ありがとうございます。


「少しくらい良いではありませんか、せっかくここでは姫として振舞う必要もないのですし」

「少しじゃない気もするけど、その気持ちは良くわかるなぁ」


 レクスとしても王子として振舞う必要のない生活に憧れていたのだ。ある意味これも憧れのシチュエーションの一つではあったのだが。


(リーシアは人参、リーシアは人参。食べちゃダメだ、食べたら王位継承確定、だから食べちゃダメなんだ。なんだか柔らかくて良い匂いしてるけどこれは人参だ。柔らかいけど人参。柔らかい人参……。柔らかい……。ほんと柔らかいな生殺しかちくしょうめ!)


 脳内で天使と悪魔が激しい攻防を繰り広げていた。天使が若干おしている。頑張れ天使。と思ったら天使は「もうそこの建物の陰に引っ張り込んでヤッちゃえよ」とか主張している。どうなっているのだろう、自分の理性。

 悪魔はまだマトモなのか「ちゃんと家に帰ってから押し倒した方が思う存分ヤれるだろ」と主張している。いや、結局はどっちもダメじゃないか。


「わたくしは天使でも悪魔でも、どちらが勝っても構いませんよ?」

「ナチュラルに人の脳内葛藤を視ないでくれないかな」


 上機嫌のリーシアに引っ張られ、若干前屈みなりながら寮へ向けて歩き出した。

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