3人目(?)来る
定期的に更新できるように、しばらくの間は1話が短めになります。
リレットスノア学園第3野外訓練場に、生徒達の掛け声と剣戟の音が響いていた。
「てえええええい!」
エリルが気合とともに上段から振り下ろした小太刀を、レクスは右手に持った片手剣で受け止める。
レクス達1年生の入学から1ヶ月ほどが経ち、エリルも多少は剣の扱いに慣れてきたようだがまだまだ隙だらけだ。
次いで繰り出された右から左へと薙ぐような攻撃を体を反らして回避すると、左手で軽くデコピンをする。
「きゃん!」
「また大振りな攻撃ばかりになってるよ。エリルは体格が小さいんだから、そこを活かして立ちまわらないと」
「む~……。そう言われてもですね、私は手が短いので攻撃を当てようと思ったら手を伸ばすしかないんですけど」
エリルが額を擦りながら恨みがましそうにレクスを見る。
今は選択授業の真っ最中で、レクスは同じ剣術コースを選んでいたエリルに剣術の指導していた。
選択授業は体育と同じように3クラス合同で行われ、1組は2組と3組が一緒である。体育とクラス分けが違うのはより多くの生徒と交流できるようにとのことらしい。
授業内容は教師の実技指導の下に基礎訓練をしたり、1対1や複数人入り乱れての模擬戦が行われることがある。そして今日は生徒同士で自由に訓練をする半ば自習のような日だった。
エリルは生粋の剣士ではなく魔法剣士というていなのだが、授業では魔法を使わない立ち回りの訓練ばかりしている。
これは以前のスライムのように魔法が効かない相手や、魔力が尽きたときのために剣だけで戦えるようになってもらいたいからなのだが、どうにも上手くいかない。
頭を使って考えるのは得意なようだが、体を動かすことはてんでダメなようだ。
「レクス君、留年姫との訓練は終わりかい? なら今度は僕にも指導してくれないかな? 出来れば手取り足取りで」
エリルが疲れてきたようなので少し休憩しようかと思っていたら、ナルシスが待ってましたとばかりに近付いてきた。彼はクラスが3組なので、選択授業はレクスと合同なのである。
「ナルシスさん! 何度も言いましたけど、私のことを留年姫って呼ばないでください!」
「ふふん。留年姫って呼ばれるのが悔しかったら進級してみることだ。そうしたらちゃんと元留年姫って呼んであげよう」
「結局、留年姫って呼んでるじゃないですか! もう良いです! レクスさんは私と訓練中なんですから、あっち行ってください!」
「そうやってキミはいつもいつも僕のレクス君を独り占めにして……! 今日こそは僕が訓練の相手をしてもらおうと思っていたのに!」
レクスがどうしようかと迷う暇もなくエリルとナルシスの睨み合いが始まった。最近は選択授業の度に見る光景である。
先月のヴェーラの騒動の後、ナルシスはレクスとエリルに実力テストでの非礼を詫び、2人は自分の命の恩人だと感謝の言葉を述べた。更に、今回の件で自分の実力不足を実感したので今後は心を入れ替えて一から修行に励む、と言って全てが丸く収まった。
かと思っていたのだが、どうやらそうはいかなかったようだ。
選択授業で自由にペアを組むことになった際に、レクスとエリルはいつも一緒にペアを組んでいた。
実力テスト以降、リーシアを含めた3人でいつも一緒に行動をしているし、固定パーティーを組んでいるのだからどちらから言い出さずとも自然な流れでそうなる。
しかしナルシスにはそれが面白くないらしい。嫉妬しているのだ。それもレクスにではなくエリルに。
初めのうちはエリルに恩があるのでナルシスも遠慮していたようなのだが、日増しに遠慮がなくなってきている。やはり性格は簡単には変わらないようだ。
そしてエリルはエリルで、彼女にしては珍しくナルシスに対しては強気に出る。選択授業中は特にだ。
さすがにこの展開はレクスにとって予想外である。
「おー、レクス。相変わらずモテモテだな」
「ラディが言うと本気で嫌味にしか聞こえないんだけど」
口論になった2人にどうしたものかと思っていると、相変わらず女子にチヤホヤされているラディバートもこちらへとやってきた。
2人の人間に自分の取り合いをされるようなシチュエーションにはちょっと憧れていた時期もあったが、実際に目の前でやられると面倒でしかない。しかも片方は男だし。
「ラディも休憩?」
「ああ。さっきまでナルシスと模擬戦をしていたから暇になっちまってな」
ラディバートが軽く肩を竦める。ナルシスもわざわざこちらに来ないで、そのまま模擬戦をしててくれれば良いのに。
「しかし、今日は全体的に気が抜けてるヤツが多いみたいだな。気持ちはわからないでもないが」
そう言ってラディバートが周りを見回すのでレクスも周囲を観察してみるが、確かに皆どこかソワソワとした様子で訓練に身が入ってないようだ。
「明日から7連休だしね。ラディはどこか出掛けるの?」
明日から土日や祝日が重なったおかげでリレットスノア学園は7日間も連続で休みとなる。7連休ともなれば泊りがけでのクエストも受注できるし、ある程度の距離ならば帰省することだってできるという正にゴールデンな1週間である。
そのせいか生徒達は朝からどこか浮ついており、話題ももっぱら連休中の過ごし方についてだ。教師も気を抜きすぎないようにと注意をしているが、最初から半ば諦めている。
「オレはパーティーメンバーと一緒に西のタイリーン帝国領まで遠征だな。ウチのメンバーの1人の里帰りに着いて行く感じなんだが」
「へぇ~、ラディは遠征か」
「レクスは何か予定があるのか?」
「うん、俺は――」
「レクス君、連休の話かい!? それならもし良ければ僕の実家に遊びに来きてくれないだろうか? 父が先月の件について、レクス君に直接会ってお礼が言いたいって言ってるんだ」
エリルと口論をしていたはずのナルシスが急に会話に混ざってきた。先月の件についてはナルシスの父からすでに十分すぎるほどの謝礼を貰ってしまったので、これ以上感謝されるのは勘弁してもらいたい。
「ふっふーん。残念でしたー! レクスさんはすでに連休中は私と一緒に旅行に出掛けることに決まっているんです。ナルシスさんはアントンさんでも連れて勝手に里帰りでもしててください」
「おのれ、留年姫め! それならレクス君を賭けて僕と模擬戦で勝負しろ! もし僕が負ければ、潔く身を引こうじゃないか!」
「良いですよ、受けて立ちます。ですが譲歩するのはこちらなので、ハンデとして私の代わりにラディバートさんが戦います」
「なっ!? それは卑怯すぎないか!?」
なぜかレクスを賭けてナルシスとラディバートが戦うことになった。イヤすぎる。
「あれ? 俺の意志は?」
「それよりもオレまで巻き込まないでくれねぇか……」
レクスとラディバートが揃って呆れていると、エリルがスススッとラディバートの横に移動して、ボソリと呟く。
「ラディバートさんが勝った暁には、ミーニャさんが尻尾をブラッシング中の写真をプレゼントします」
「悪ぃ、ナルシス。ちょっと本気でいかせてもらうわ」
「本気で卑怯すぎないか!?」
レクスが気付かなかっただけで、エリルもこの1ヶ月の間に逞しく成長していたようだ。ダメな方向にだけど。
放課後、レクスの寮部屋にエリルとリーシアがやって来てミーティングを行っていた。これも最近ではお馴染みとなりつつある光景である。
「という感じで、レクスさんを狙っていた不届き者にはきっちりとお灸を据えておきました」
「さすがですわ、エリルさん」
ラディバートの奮戦をさも自分がやったかのように自慢するエリルをリーシアが褒めていた。
どうやらリーシアもレクスにやたらとベタベタしたがるナルシスを警戒しているようだ。レクスにそっちの趣味は皆無なのに。
「話が終わったのなら、そろそろ本題に移っても良いかな?」
レクスが頃合を見計らってテーブルの上に地図を広げる。今日集まっているのは明日からの連休の目的地を決定するためだ。せっかくの7連休なので、どこか離れた街へ遊びに行くことにしたのだが、まだ肝心の目的地が決まっていない。
「俺としてはやっぱり東に向かうのが良いと思うんだけど」
「東は私の実家がある方なので、旅行って気分じゃないです。北はどうですか?」
「北は王都があるから絶対にイヤだ。それなら西に」
「西ですとすぐにタイリーン領ですので、わたくしが里帰りみたいになってしまいます。レクスさんが王城まで来てお父様達に挨拶したいのでしたら歓迎いたしますけど」
「うん、やっぱり東にしよう」
もう何度も同じやり取りをしているのだが、相変わらず話は平行線のままだ。
「だから東は私がイヤです。残ってる南はダメなんですか? いっそのこと、ベルネア聖王国に行ってみたりとか」
「う~ん、ベルネアか~……」
エリルの提案にレクスが気まずそうに頭を掻く。まだ1ヶ月しか付き合いのないエリルですら、レクスの内心の焦りのようなものが手に取るようにわかった。
「えっ、ベルネアに何かあるんですか?」
「いや……、あるというより、むしろあったというか……。前にちょっとしたトラブルを起こしちゃってね。ああでも、ベルネアの王都まで行かなければ平気……かな?」
レクスの歯切れの悪い返答にエリルは余計に首を傾げる。リーシアは何か知っている様子だが、突っ込んで聞いてもいいのだろうかと思っていたら、玄関ドアのチャイムが鳴った。
同時にそれまでリーシアの後ろで黙って控えていたミリスが一瞬にして玄関へと移動してドアを開ける。転移スキルでも使ったのかというほどの早さだ。
「あれ? 誰が来たんだろう?」
主にこの部屋を訪ねてくるのはエリルとリーシアである。しかしその2人は目の前に座っている。
あと訪ねてくるといえばクラスメイトの誰かか、ナルシスとアントンのペア、もしくはお隣さんのヴェルガーぐらいなものだろうか。
「噂をすれば影がさすということですね。レクスさん、厄介なお客様がお越しになったようですよ」
「えっ? 厄介な客?」
レクスも玄関に向かおうと腰を上げたところでリーシアが困ったように眉根を寄せる。森人族のクォーターで聴力に優れるリーシアには玄関での話し声が聞こえるようだ。
しかしリーシアが厄介なお客などと評する人物にほとんど心当たりがない。もしかしてレクスの家の関係者でも訪ねてきたのだろうか。
やがてドタバタと廊下を歩く音とミリスが控えめに静止する声が聞こえたが、廊下は短いのですぐ1人の少女が部屋の入口から顔を出し、レクスとバッチリと目が合った。
「見つけたわよ、レイクス!」
「うげええっ!?」
燃えるような赤い髪に勝気な瞳。歳や身長はレクスより少し下ぐらいのその少女は豪華な純白のドレスを纏って部屋の出入り口に仁王立ちし、レクスに向けて指を突き出す。
「アンタのせいでアタシは今、大変なことになってるのよ! だから責任を取って結婚してもらうわ!」
3人いるレクスの婚約者候補の内の1人で、ベルネア聖王国第一王女のシェルミー・ベルゼネア・リ・エルドールは高らかにそう宣言した。