エリルの目標
「『貴族狩り』ですか?」
「はい。まだ各国の国王や上層部の間でしか知られていませんが、数年ほど前から貴族誘拐事件が起こるようになりました」
ヴェーラと森で戦闘をした翌日、レクスは学園長室に呼び出されて事情聴取を受けていた。
あの後、リーシアより少し遅れて到着したミリスの必死の説得(背後からリーシアをど突いて気絶させた)により、なんとかレクスは一命を取り留めた。
状況を理解したミリスにより、エリルの介助が終わったところで学園長が教師を数名連れて駆けつけ、ナルシスとアントンとついでにレクスも病院へと運ばれた。
そして一夜明け、学園長に昨日の事の顛末を話したところで先程の不穏な単語が出てきた。
「誘拐された貴族の爵位や権力に一貫性はありませんが、魔力や力が強く、戦闘に長けた男性ばかりが狙われています。誘拐されても身代金などの要求は一切なく、犯人の正体や目的は不明。と、今まではされてきました」
「つまりヴェーラが所属していると言っていた『龍の息吹』が数年前から貴族狩りと呼ばれる誘拐事件を起こしていた組織と?」
「まず間違いないでしょう。龍の息吹はうろ覚えですが邪龍信仰の邪教徒集団だったはずです。表立って目立つようなことはしていないので危険視はされていませんでしたが、裏で暗躍していたようですね」
裏で暗躍していた割りにはヴェーラは聞いてもいないことをペラペラと喋ってくれたが、相当口が軽いのだろうか。さすが自称最弱である。
「【銀花の大地】っていうのは何なんですか?」
「それについては私も聞いたことがありませんね。ですが、邪教徒が貴族を誘拐してまで求めているということは善くないモノに違いないでしょう。龍の息吹と合わせて各国に通達して、警戒と調査を進めておきます」
「信じてもらえますかね?」
「それについてはレクスさんが証言者なので問題ないでしょう」
レクスがというより、グラヴィアス王国第一王子という肩書きがであろう。
「誘拐された人達って、誰も帰ってきてないんですか?」
「はい。今のところ全員が消息不明です。最初に誘拐されたと思われるのは4年前で、グラヴィアス王国のオルドウィン男爵家の長男です。それから年々と被害報告が増えてきてしまっています」
どうやらレクスが思っていたよりも事態は深刻なようだ。にも関わらず自分に一言もそのような話がされていないのがかなり腹が立つ。今度家に帰ったら腹いせに親父の秘蔵の写真集をこっそり頂くことにしよう。
「わかりました。俺の方でも情報を集めてみますので、また何かあったら教えてください」
「そうですね、今後はレクスさんにも情報提供が必要でしょう。なにせ、レクスさんは龍の息吹に目を付けられた可能性もありますから、十分に注意してください。今のところ誘拐されているのは貴族の男性だけですが、それ以外の人物が今後は狙われるようになる可能性はありますので」
「あー、ヴェーラには思いっきり恨まれてるでしょうね……」
逆恨みのようなものだが、警戒は必要だろう。
「それにしても彼女はかなりの力を隠していたみたいですね。まさか封印を解除した状態のレクスさんにあそこまでの怪我を負わせて、しかもリーシアさんまで倒されるとは……」
学園長が昨日の惨状を思い出してタメ息を吐く。レクスに怪我を負わせたのはリーシアで、そのリーシアを気絶させたのはミリスなのだが、全部ヴェーラに責任を擦り付けた。その方が何かと都合が良いからである。
「それほどの敵だったということで今回は封印を解除したことについては不問とするようにお兄様にも進言しておきますが、なるべくその力は使わないようにしてくださいね。何せ、その力の副作用については未知数なのですから」
「今のところ体に問題は起きたりしてませんが、人命が関わってくるような事態以外では使わないと約束します」
「そのようにしてください。剣についての調査も少しずつですが進んでいますので」
レクスとしては封印を解除している間しか魔法が使えないこと以外にデメリットを感じたことはなく、剣の性能はそれに見合う以上に強力無比なのでこのままでも問題ないのだが、周りはそうは見てくれない。
本人にはわからないのだが、なんでも封印解除中にレクスから放たれる魔力は異質な気配を感じるらしい。
「あとは……、そうでした。大事なことを言い忘れていました。レクスさんが討伐したモチモチスライムですが、あれは素材として学園で引き取らせていただきますね」
「モチモチスライム?」
「あの黒いスライムです。本来は人に張り付いて拘束攻撃をしてくる厄介なスライムなのですが、素材としては接着剤の代わりに使われるんですよ」
拘束攻撃が得意であのサイズとなればかなりの脅威だ。おそらくヴェーラはレクスのように魅了が効かない相手を無理やり連れ去る目的で購入したのだろう。
「まだ回収と査定の途中ですが、あれだけのサイズとなれば10万バルシぐらいになるのではないでしょうか」
「えっ、そんなにするんですか」
死んでバラバラになった状態でそれだけの値がつくということは、ヴェーラはいくらであれを買ったのだろうか。これは本気で恨まれているかもしれない。
「それと学園生を誘拐していた犯人を暴いて撃退した報酬として、成績も加点しておきますね。明日にでも事務所で受け取ってください」
10万バルシに成績の加点。鎧購入の頭金が手に入り、卒業まで1歩前進である。
しかしこれは――。
「あの、お願いがあるんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「素材の代金と成績なんですけど、俺とエリルとナルシスとアントン、あとついでにリーシアで5等分にしてもらえませんか?」
討伐したモンスターの素材は基本的に倒した者が権利を得る。しかしあのスライムは即席ではあったがナルシスとアントンも含めた4人パーティーで討伐したようなものだ。
そして成績についてはレクスよりもエリルの功績の方が大きいだろう。
リーシアも含めて5等分なのは、直ぐに駆けつけてくれたという感謝の気持ちもあるが、ナルシスとアントンには2人が気絶した直後にリーシアが来てくれてヴェーラを撃退したという説明になっているのでその方が都合が良い。
「わかりました。ではそのように手配をしておきますね」
学園長が微笑みながらレクスの提案を受け入れる。そういう子供の成長を見守るような視線は気恥ずかしいので止めていただきたい。
学園長室を出たレクスは教室棟の屋上を目指していた。
今朝、玄関ポストの中にエリルからの手紙が入っていて、学園長との話が終わったら来て欲しいと書かれていたからだ。
日曜日の人気のない学園の屋上に呼び出すとか、これはやはり告白とかいうやつなのだろうか。それとも昨日の粗相の責任を取れと、恋人とかすっ飛ばして結婚を迫られるのだろうか。
さすがに口封じのための殺害や脅迫はしてこないと思うので、やはり告白の可能性が濃厚だろう。
エリルは可愛いし、性格は多少ヘンなところもあるが許容範囲内だ。家柄に何の柵もないし、何よりあの小柄な体格には不釣合いなほど豊満な胸は非常に素晴らしい。
問題があるとすれば結婚するまでに呪いのことを何とかしないといけないのと、こっそり交際していてリーシアにバレたら今度こそ殺される危険性があることだろうか。
どちらも大問題な気はしたが目先の欲に目が眩み、緊張と期待を込めつつ屋上へと続くドアを開ける。
エリルは屋上の隅にあるベンチに腰掛けて待っていた。と、思いきや突然顔を伏せて握りこぶしでガンガンとベンチを叩き出した。奇行に走るのはいつものことだが、今度は一体何があったのだろうか。
「え~っと、待たせちゃったかな?」
「ふわわっ! レクスひゃん!」
顔を真っ赤にして、ガチガチに緊張した様子のエリルが慌ててベンチから立ち上がる。どうやら恥ずかしさのあまりベンチに八つ当たりをして気を紛らわせていたようだ。
これはやはり愛の告白で間違いなさそうだし、ついに自分にも恋人ができてしまうのか。
「と、とちゅっ! 突然呼び出してしまって、ごめんなさいです!」
「いや、気にしてないから平気だよ」
「じ、実はっ! レクスさんに、お、お話! そう、お話がありまして!」
「う、うん。なんだろう?」
エリルが気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸を繰り返す。その様子を見ていてレクスまで緊張してきた。
「あ、あのですね!」
「うん」
「前から言おうと思ってたんですけど!」
元々エリルに好かれていて、昨日の一件でついに告白する気になったのだろうか。そうだとすれば、ある意味ヴェーラにも感謝しなければならない。
「わ、私……。私……っ! 他の魔法具も欲しいんですけど、どうやったら手に入るんですか!?」
「ありがとう、嬉しいよ!」
「はい?」
「あれ?」
2人揃って首を傾げた。
「えっ、魔法具? 指輪以外の魔法具が欲しいってこと?」
「あ、はい。そうです。前々からこの指輪だけじゃなくて他の魔法具も欲しいって思ってたんです。昨日もウォーターバレットじゃスライムを倒せませんでしたし、もっと他の魔法も使えるようになりたいんです」
「なるほど。確かにエリルは魔力も多いし、その指輪も使いこなせているから他の魔法具を持っていても大丈夫だとは思うけど……」
魔法具はその存在が忘れかけられているだけあって、市場に出回ることは少ない。
古い遺跡などではまだ見つかることもあるのだが、魔法具を知らない者からすればただの装飾品にしか見えないので、そのまま売られてしまうことがあるそうだ。
さらにヴェーラが使っていたような危険な魔法具になると国に回収されて封印されてしまう場合もある。
「じゃあこの指輪以外の魔法具って手に入らないんですか?」
「いや、探せば売ってる店もあるだろうけどかなり高いと思うよ。その指輪みたいに子供サイズの初級魔法が付与されているのでも20万バルシぐらいはしたと思うけど」
「これ、そんなにお高い物だったんですか!?」
むしろかなり安い部類である。使用者が限定されないネックレスなどで中級魔法でも付与されていれば、その数十倍以上の値段が付くこともあるはずだ。
「遺跡に潜って自分で見つけるのも手だけど、そんな簡単には見つからない上にどんな魔法が付与されているのか実際に使ってみるまでわからないって欠点があるし」
魔法具を手に入れて喜んで使ってみたら自爆魔法だったという事例があるそうだ。ヘタな罠よりよほど危険すぎる。
「そもそも遺跡に潜れるだけの力があれば、魔法具なんて求めてないと思うんですけど……」
「それもそうだよね。う~ん……、あとは自分で作るとか?」
「えっ、魔法具って作れるんですか?」
「うん、作れるよ。その指輪だって昔の人が作った物だし。ただ、付与魔術と錬金術の2つを勉強しないといけないから、もの凄く大変だと思うけど」
どちらも専用の道具などを用いてアイテムを作ったり、道具そのものに効果を追加するモノなので、魔法の使えないエリルでも問題はないが高度な専門知識が必要になる。
魔法具を作るとなるとかなり勉強が必要となるだろう。それも2種類のである。
「いえ、大丈夫です。私、勉強は得意ですし、自分で作れるかもしれないのならやってみたいと思います」
「そっか。それなら俺も応援するよ。そうだ、付与魔術の入門書なら俺が持ってるから後で貸すよ」
「はい、ありがとうございます!」
あとはレクスの特待生資格があれば学園の専用施設を借りることもできるはずだ。エリルだけでは借りれないので付き添う必要もあるが、放課後に女の子と2人っきりでお勉強とかむしろご褒美である。
「ところでエリルに聞きたいんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「今はいつも通りだけど、なんでさっきはあんな挙動不審だったの?」
あんな態度を取るから思わず勘違いしたじゃないかと思っていたら、エリルの顔が何かを思い出したかのように顔が茹で上がっていく。
「き、昨日、あんな姿を見られて恥ずかしいからに決まってるじゃないですか! レクスさんが気にしてないみたいだからようやく忘れかけてたのに、思い出させないでください!」
「あっはい、すみません。しかし、そういうことだったのか。俺はエリルが思わせぶりな態度を取るからてっきり……」
「てっきり、何でしょう?」
突然リーシアの声が耳元で聞こえた。慌てて振り向くと満面の笑顔を浮かべたリーシアが佇んでいた。
「い、いや、何でもないです。ところでリーシアさんは、いつからそこにおられましたのでしょうか?」
「わたくしはお話のお邪魔にならないようにと、最初から向かいのベンチに座っていましたよ。ねぇ、エリルさん」
「はい、リーシアさんでしたらずっとそこにいましたけど?」
まさかリーシアに気付かないほど浮かれていたとは。
「えっと、昨日のことなんだけど……」
「はい、ミリスから聞きました。なんでもヴェーラさんが誘拐犯で、なんとかレクスさんが撃退したものの、去り際に魅了を掛けられて操られていたそうですね」
「えっ!? あ、うん。そうそう! あれは操られてたから、俺の意志じゃなかったんだ!」
どうやらミリスが上手いこと誤魔化してくれたようだ。エリルは恥ずかしいのでさっさと忘れたいのか、何も言ってこない。
「そうですか、わかりました。なら今回はそういうことにしておいてあげますけど、次はありませんからね?」
思いっきりバレてる。しかしエリルの反応から大体の事情を察して、追求せずに見逃してくれるようだ。
「あの~……。そういえば私も昨日のことでレクスさんに確認したいことがあったんですけど……」
あとでリーシアのご機嫌をたっぷりと取っておこうと画策していると、エリルがおずおずと手をあげる。目がどこか泳いでいて、最初とは違う意味でやたらと緊張しているようだ。
昨日のことで聞きたいことと言われれば、やはり剣のことだろう。エリルになら当たり障りのない程度のことなら話しても大丈夫だとは思うが。
「昨日、レクスさんが使っていた剣なんですけど……。あれって初代グラヴィアス国王が使っていた双聖剣ですよね? 今朝、校門前にある銅像で確認したんですけど、瓜二つでした」
「ぶへっ!」
思わず変な声が出た。そういえばエリルは初代国王の物語が好きだし、銅像が携えてる剣をしっかりと見たことがあっても不思議ではない。
「初代国王様と顔が似てて、国王様の使ってた双聖剣を持っていて、レクスって名前から推測すると……。その……、もしかしてグラヴィアス王国第一王子のレイクス様……、なんですか?」
「結構あっさりとバレてしまいましたね」
どうやって誤魔化そうかと考えていたらリーシアがあっさりと肯定した。これは腹を括るしかないだろう。
「ひやああっ!? やっぱりそうだったんですか! レイクス様とは露知らず、今までご無礼の数々を!」
「次、俺のことをレイクス様って呼んだら、エリルのこともデュートバレスさんって呼ぶから」
「ああああっ! それはなんかすっごく他人行儀でショックです!」
エリルが心底イヤそうな顔をする。わかってもらえて何よりである。
「いろいろ事情はあるんだけどさ、俺は王子ってのがイヤで身分を隠してこの学園に通うことにしたんだ。だから今まで通りに接してくれないかな? じゃないとパーティーも解散せざるを得なくなるけど」
「うっ。わ、わかりました……。レイ、いえ、レクスさんがそう言うんでしたら、そうします」
エリルはまだ戸惑っている様子だが、またすぐにいつも通りになるだろう。
「えっと……、でもそうなるとレクスさんの婚約者さんであるリーシアさんは……」
「タイリーン帝国の第三王女のアリシアです。でもわたくしのことも今まで通り、リーシアとして接してくださいね」
「やっぱりお姫様なんですね……。あ、でもリーシアさんはレクスさんと違って普段からお姫様みたいな雰囲気で、あまり違和感ないので大丈夫です」
相変わらず失礼なロリ巨乳である。普段は王子っぽくないと言われているので喜ぶべきところだが。
「さて、話も終わったしそろそろ帰ろうか。お昼食べたらまた森に採取に行きたいし」
これ以上、余計な事を聞かれたり説明することになっても面倒なので、さっさと話を打ち切ってしまう。
すると今度はリーシアが首を傾げた。
「そういえば聞きそびれていたのですけど、なぜお二人は昨日は南西の森にいたのですか? 今の時期だと南西の森は薬草ぐらいしか生えていないので、素材を採取するなら南東の森ですよね?」
「えっ?」
「えっ?」
昨日は思っていたよりも人が少ないと感じていたが、採取する場所を間違えていたのだろうか。
「それ初耳なんだけど、そうなの?」
「はい。昨日、冒険者ギルドで貰った紙に今の時期は南東の森と書かれてましたよ」
「私はレクスさんが迷わず南西に向かったので、何か考えがあるんだろうと思ってたんですけど」
「…………いやほら。そのおかげでヴェーラの悪事を止めることができたし、結果オーライってことで」
レクスがガックリと肩を落としながら出入り口に向かって歩き出し、リーシアも苦笑いを浮かべて着いて行く。
「あのっ、レクスさん!」
「ん?」
レクスが足を止めて振り返った。
「あ、あの……。私、その……。えっと、そうです! 頑張って勉強して、レクスさんのお役に立てるようになりますから! だからその、そのときは……。い、いえ、これからもよろしくお願いします!」
「いや、エリルのことは今でも頼りにしてるよ。だから、こちらこそよろしく」
「あ……、はい!」
レクスとリーシアが再び揃って歩き出す。
いつか、リーシアのようにレクスの隣に堂々と立てるようになったら、そのときこそ今日言えなかった言葉を伝えよう。
その決意と想いを胸に秘め、エリルはレクスの隣に並んで歩き出した。
1章終了です。
次は閑話を1つ挟むか、このまま2章を開始するかまだ悩み中です