実力テスト後半
昼食を終え、次のチェックポイントである遺跡を目指して出発する。地図を見ると遺跡までは多少曲がりくねってはいるが、一本道のようだ。
林道を進むとやはり散発的にモンスターの襲撃がある。ゴブリンが少数で襲ってきたときはエリルに任せ、数が多いときやクローエイプが出たときなどはレクスとリーシアも加勢した。
「ん? あれは何だろう?」
先頭を歩いていたレクスが立ち止まり、斜め前方を指差す。
大きな藪の向こう側で子供のゴブリンが円を描くように逃げ惑い、それを大型のイノシシがひたすら追い掛け回していた。どちらも幻影魔法で造られた生物のようだが喧嘩でもしているのだろうか。
「どうしますか?」
リーリアが矢を取り出しながら聞いてくる。
「放置でもいいけど、あとで後ろから来られても面倒だしね。どっちに当ててもいいけど出来ればイノシシ優先で」
「わかりました。ではイノシシを狙ってみます」
リーシアはゆっくりと弓を引き絞り狙いを定めると、一呼吸分の間をおいて矢を放つ。真っ直ぐに飛んだ矢はイノシシの頭に見事に命中し消滅させた。
ゴブリンは自分を追いかけていた存在が突然消えたことに驚いたような反応をしたが、すぐにリーシアが撃った矢がイノシシを倒したとわかったのか嬉しそうな顔でこちらを見る。そしてそのままこちらに手を振りながら駆けて来て、目の前の大きな藪を乗り越える。
「うわぁ! ゴブリンが出てきました! 水の力のもとに、弾丸となりて敵を撃ち砕け! ウォーターバレット!」
エリルの放った水弾が嬉しそうに飛び出してきた子供ゴブリンに命中し、そのまま消滅させた。
ゴブリンの恩返しイベントでもあるのだろうかと、ちょっとだけ期待していたのだが。
「もしかしてエリルって、藪の向こうが見えてなかった?」
「えっ? はい、急にゴブリンが飛び出してきて驚きましたけど、なんだったんですか、アレ」
「なんだったんだろうねぇ」
「なんだったのでしょうね」
どうやらエリルは身長が足らずに、藪の向こうので起きていたことが見えていなかったようだ。なんだったのかと聞かれても、レクスとリーシアも答えがわからないので3人で揃って首を傾げた。
特に大きなトラップもなく遺跡へと辿り着いた。どうやら遺跡は地下迷宮になっているらしく、外観は比較的小さな建物だ。石造りの一軒家のような建築物の中心にポッカリと穴が開き、地下へ降りる階段が見えている。
遺跡から少し離れた場所には湖の横にあったのと同じようなトイレがあったが、誰も催していなかったのでこちらは利用しなかった。
「ちょっと薄暗いけど、灯りは必要ないかな」
「それは助かりましたね。わたくしはライトの魔法は長時間は維持できませんし、松明だと片手が塞がってしまいますものね」
「リーシアさんってライトや治癒魔法が使えるということは、光属性体質なんですか?」
この世界の人間は生まれながらにして親和性の高い属性を持っている。そしてその親和性の高い属性のことを属性体質と呼んだりもする。
例えば火属性体質の人は、生まれながらにして火に強い。火と水の魔法を火属性体質の人が撃った場合、火の魔法は普通よりも威力が増すが、逆に水魔法は威力が下がる。
魔法を受けた場合も、火属性の魔法なら当たっても通常よりダメージが少なかったり火傷などになりにくかったりするが、水魔法が当たると通常よりもダメージが増えてしまう。
属性体質によって消費魔力や取得できる魔法も大きく左右されたりするので、魔法職にとっては重要なファクターだ。
また、人によっては2つ以上の属性を持って生まれてくる場合もあったり、両親と違う属性を持っていたり、はたまた双子が別々の属性だったりする場合もあるので、遺伝などは関係ないと言われている。
「いえ、光魔法はいくつか使えますが、わたくしは闇属性体質なんですよ」
「へぇ~、そうなんですね。リーシアさんは光っぽいのに闇属性だなんてちょっと意外です」
「えっ」
「えっ」
リーシアが光だとかこのロリ巨乳は何を言っているのだろう。むしろ病み属性と書けばこれ以上似合う属性はないというのに。
「レクスさん、何か?」
「イエ、ナンデモナイデス。ゴメンナサイ」
口に出していないのにとてつもないプレッシャーだ。
「レクスさんは何属性なんですか?」
エリルが話のついでのような感じでレクスに属性を聞いた。
「俺は雷だよ。といっても魔力はゼロだからあまり関係ないけど」
「え? 魔力ゼロなんですか?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「初耳ですけど、それならおかしくないですか?」
エリルが不思議そうに首を傾げる。別におかしな真似をしたつもりはないのだが。
「だってお父さんからこの指輪を貰ったんですよね? 魔力ゼロなら使えないので意味がないじゃないですか」
鋭いなさすが天才少女するどい。
「あー……。それについては話すと長くなるんだけど、俺も昔はそこそこの魔力を持っててさ。でも前に事故みたいなので魔力がゼロになる体質になって」
「あっ、すみません。変なこと聞いちゃって……」
「いや、別に全然気にしてないから良いよ。そもそも俺、剣士だし」
事故で魔力を失ったと聞いてエリルが申し訳なさそうにする。
しかし魔力ゼロを気にしていないのは本当だ。魔力感知式の魔道具が反応しなくて不便なことはあるが、そういう魔道具も数は少ない。
「エリルさんは何属性なんでしょう? 魔力が多いので複数持っていたりするのですか?」
リーシアがフォローするようにエリルに質問すると、エリルが少しだけ残念そうな顔をする。
「私、無属性なんですよ……」
「無属性は無属性で何かと便利だと俺は思うけど」
「それはちゃんと魔法が使えてればの話ですよぉ」
属性体質を持たない無属性も別段珍しいことではない。どの属性に対しても優劣がないので、得意属性の特化型を目指さないのであれば魔法使いなどには一番向いている。
一部の学者の間では、無属性は無という1つの属性であるという説もある。実際、収納バッグなどにかけられている魔法は属性を持たない魔法であったり、今レクス達が居る亜空間フィールドも大元は属性のない魔法で造った空間の上に、土魔法や木魔法などで構築されている。
「ちなみにエリルはもし属性を持ってたなら、何属性が良かったの?」
「それなら私は火か光が良かったです。英雄といえば燃える闘魂か、悪を浄化する光ですから!」
「お、おう。せやね……」
どちらもエリルには全然似合っていない気がする。どれかと言えばエリルは風属性あたりが似合いそうだ。子供は風の子と言うぐらいだし。
「さて、すっかり話し込んじゃったけど、そろそろ遺跡の攻略を開始しようか」
「そうですね。まだ時間はありますけど、お話は帰ってからでも出来ますものね」
「はい。あと少しですし、頑張りましょう!」
時間はまだまだ余裕があるが、いつまでも遺跡前で雑談していても仕方がないので中へと降りて行く。
階段は30段ほどで終わり、そこからは石で補強された地下道が真っ直ぐに奥へと続いていた。
「光源はないけど、遺跡自体が明かりを発しているのかな? これなら戦闘にも支障はなさそうだね」
「でもこういう遺跡って足元とか壁にトラップのスイッチがある場合があるんですよね。薄暗いと気付かずに踏んじゃいそうです」
「そうですね。戦闘中もなるべく動きを抑えた方が良さそうです」
壁には手を付かないようにし、足元に注意しながら歩いて行く。
少し進んだ所で通路の先に砂山が置いてあった。高さ1メートルほどに盛ってある砂が4つ。あからさまに怪しい。
「エリル、あの砂に水弾を当ててみて」
「はい、わかりました」
エリルのウォーターバレットの魔法が一番手前にあった砂山に命中すると、砂は四方八方に飛び散りながら光の粒子となって消えていく。幻影魔法で造られた魔物を倒したときと同じ反応だ。
1つの砂山が消滅すると同時に残りの3つの砂が蠢いて変形しだした。
「土人形か」
砂山は3つとも身長1メートル50センチほどの人間のような形に変化した。手足はひょろりと細長く頭部には目と口のような窪みがある。
土人形は元となるモンスターが存在せず、魔法によって作られた傀儡である。術者の命令を魔力が尽きるまで忠実にこなすので、術者が優秀であるほど脅威となりうる存在だ。
ちなみに土人形は幻影魔法で生み出されたものではないので、幻影モンスター特有の影がかかったような処理と、頭の上の赤い球体がない。バレバレではあったが、もしそのまま進んでいれば周りを取り囲まれていたのだろう。
「再生能力は低いみたいですけど、わたくしは武器の相性が悪いですね」
「テスト用に弱く設定してあるんだろうね。まぁ、これくらいなら俺とエリルでも余裕だから、リーシアは休んでて良いよ」
土人形は込められた魔力が尽きるまで何度でも再生する。魔力は時間と共に減っていくが、再生する場合にも消費される。つまりハンマーなどで叩いて潰せば再生に必要な魔力が多くなるので簡単に倒すことができるが、弓などで穴を開けるのでは効率が悪い。
レクスは剣の腹で叩いたり頭や手足の付け根部分を切り、エリルはウォーターバレットの魔法で攻撃する。どちらも土系には相性があまりよくないが、苦戦することもなく倒すことができた。
「エリル、魔力はあとどれぐらい残ってる?」
「さっき休憩を入れてそこそこ回復しましたし、まだ7割ぐらいは残ってますよ」
「それだけ残ってるなら十分いけそうだね」
魔力は枯渇しても命に別状はないが、疲労感として術者にのしかかってくる。回復するには空気中のマナを取り込むか、睡眠や食事といった通常の疲労を取り除くような行為によって体内で作り出すことができる。
どうやらエリルは魔力総量が多いうえに回復速度も早いようだ。もし普通に魔法が使えていたのなら、かなり高位の使い手になれていたのではなかろうか。
200メートルほど歩いた所で正面に壁が見えてきた。左右へと続く通路も見えるので丁字路になっているようだ。
トラップを警戒しつつ進んで来たがそれらしいモノは見当たらず、敵も入口付近にいた土人形しか出てきていないのでいささか拍子抜けだ。
「あっ、壁に張り紙がありますよ!」
エリルがレクスの横をすり抜けてタタタッと正面の壁に近付く。
「ちょっ、エリル。遺跡内で走ったら――」
カチッという音がした。エリルの足元からである。
3人が「あっ」と思った瞬間、エリルの頭上すれすれを高速で光る矢が通過し、レクスの二の腕の辺りを掠めてそのまま通路の向こうへと飛んで行った。
「い、今のは魔法の矢でしたね」
目の良いリーシアも矢は視認できたようだがレクス同様に反応はできなかったようで、顔を引き攣らせている。
背の低いエリルだからこそ当たらなかったが、普通の人なら心臓や喉元に近い高さである。当たれば間違いなく即死級の凶悪なトラップだ。
しかも設置されている位置から考えて、トラップやモンスターが遺跡内で出現せずに気が緩むタイミングを狙っている。見事に引っかかったエリルも悪いが、学園長は本当に意地が悪い。
エリルが1歩後ずさり、ヘナヘナと腰が抜けたようにしゃがみ込む。
いくら幻影魔法とはいえ、今のはレクスですら肝が冷えたのだ。頭上を矢が通りすぎたエリルはかなり恐かったのだろう。また漏らしてなければいいが。
「エリル、大丈夫?」
「わ……、わ……、私の…………、髪の毛が……」
「は? 髪の毛?」
「今ので……髪の毛が……、抜けました……」
よく見るとエリルがしゃがみ込んでいる目の前に、5本の銀髪が落ちていた。
いくら幻影魔法といえど、ダメージがゼロということはない。痛みを感じないと知らない内に攻撃を受けていることがあるし、いつどこで攻撃を受けたのか学習できないからだ。
先程の魔法矢も、人体に当たっても爪楊枝で軽く刺された程度のダメージしかなかったであろうが、それでも髪の毛にとっては千切れてしまう程の威力だったようだ。
「そんな……。マイケル、リンダ、ショウヘイ、レイクス、アリサ……。5本も同時に殺られるだなんて……」
もしかしてこの子、髪の毛1本1本に名前でも付けているのだろうか。そもそも判別できているのだろうか。あと自国の王子と同じ名前を髪の毛に付けるのは止めていただきたい。
「エリルさん、お怪我はありませんでしたか?」
「は、はい……。でも、私を庇ったこの子達が……」
エリルが沈痛な面持ちで地面に落ちた髪の毛を見つめる。別にエリルを庇ったのではなく、魔法矢が掠ったせいなのだが、ツッコんではダメなのだろうか。
「この子達はエリルさんの頭部を守るという大事な使命を果たしました。主を守って散っていったこの子達のためにも、エリルさんは立ち上がって前を向いて歩かないといけないのです」
「うううぅ……、リーシアさん……。わ、わかりました。私、こんな所で挫けません! この子達のためにも、絶対にこの遺跡を踏破してみせます!」
「ええ、その意気ですよ!」
なんだろう、この茶番。本人達はもの凄く真剣な顔をしているのだが、こんなときどんな顔をすれば良いのかわからない。
「あ、せっかくなのでこの1本はわたくしが保管しておきますね」
リーシアが地面から1本の髪の毛を回収する。よく見たらレイクスって名付けられてたやつである。そんなの欲しがるんじゃありません。
エリルがしゃがみ込んでいた辺りの地面を観察してみると、あきらかに1つだけ周りのとは違う色の床石が敷いてあった。おそらくコレがスイッチになっていたのだろう。
地面をしっかりと確認しつつ、丁字路の正面まで歩いて行き張り紙を確認する。
『矢が出ます』とだけ書いてあった。張り紙の下にある小さい穴から先程の矢が発射されたのだろう。
「酷い嫌がらせです!」
エリルが張り紙を引っ剥がし、グシャグシャに丸めて八つ当たりをしていた。
丁字路の左の通路を見てみると、地面にはいくつもの砂山があり、天井にはコウモリモンスターのジャイアントバットが複数ぶら下がっている。範囲内に入ると襲ってきそうだ。
次に右の通路を見てみると、モンスターの影はないが足元の地面が不自然にカラフルで、左右の壁に丸い穴がいくつも開いている。どう見てもトラップが仕掛けられているようだ。
「これはつまり左の道はモンスターだらけで、右の道はトラップだらけってことかな」
「そう判断できますね。とはいえ今までも散々騙されてきましたから、そう思わせているだけの可能性がありますが」
「私は左が良いと思います!」
まだ怒りが収まっていないのか、珍しくエリルが鼻息も荒く主張した。
「ウチは斥候がいないし左の方が無難だよね。ただ、足元と壁への警戒は各自怠らないように」
「はい! もうトラップになんて引っかかってあげません!」
「わたくしは戦闘ではあまりお役に立てなさそうなので、トラップがないかを注意しておきますね」
左側の通路に入った途端に砂山が蠢き、ジャイアントバットが羽ばたいた。
「全力で行きます!」
エリルが無詠唱で指輪から水弾を連射する。どうせ知能は無いに等しい敵なので偽装する必要がないので問題ないだろう。
採点のために監視している教師にはエリルが魔法具を使っているのがバレてしまうだろうが、教師には生徒の能力などについては守秘義務が生じるのでこちらも問題ない。
そもそも長年教師をしているような人間には、エリルがたった数日で魔法を使いこなしているのは不自然に映っているだろうし、先ほど湖でも無詠唱で水弾を出しているのでとっくにバレていたかもしれないが。
「これはマイケルの分!」
エリルが3連射で水弾を放ち、こちらに飛んで来ていた2匹のジャイアントバットを撃ち落とした。
「これはリンダの分!」
続いて4連射された水弾が、人型に変形したばかりの土人形を纏めて薙ぎ払った。
「これはショウヘイの分!」
エリルの放つ水弾でモンスターが次々とその数を減らしていく。
どうやら髪の毛が抜けたら戦闘力が上がるらしい。試しにもう5本ほど引き抜いてみようかと思ったが、水弾の矛先がこちらに向くだけなので止めておいた。
「そしてこれが、アリサの分です!」
レイクスの分が飛ばされた。解せぬ。
1匹のジャイアントバットが水弾を躱してエリルに迫るが、レクスに一刀のもとに切り伏せられた。
どうやらそれが目に見える範囲に居た最後のモンスターだったらしく、エリルの水弾も止まった。
「お二人とも、あそこを見てください」
リーシアの指差す先に不自然な空間があった。警戒しつつ進んでみると、壁際の床石が一枚だけ乾いているのだ。地面はエリルの水弾でびしょ濡れになっているのにも関わらず。
「トラップのスイッチみたいだけど、魔法で保護されているようだね。戦闘の流れ弾とかが当たっても平気なようにかな」
「それと土人形が踏んでも発動しないように、魔力的要素を弾いているのではないかと」
「つまり私のウォーターバレットを床に撃ちながら進めば、トラップは回避できるということですか?」
「少なくともこれと同じように保護されているやつはすぐにわかるね。魔力は持ちそう?」
「まだ半分以上残ってるので大丈夫です!」
そこからはエリルの独壇場だった。
まず水弾で床に水を蒔いてトラップを浮き彫りにする。数は少ないがやはり壁際にいくつか仕掛けてあったので非常に効果的だった。
土人形やジャイアントバットが襲い掛かってきたが、水を蒔くついでのような感じで葬られる。中には水弾を躱すジャイアントバットもいたが、それらはレクスによって処理された。
森林の探索がメインであるためか、遺跡内部はそれほど広くはなかった。
いくつか行き止まりはあったが、数回通路を曲がっただけで最初の丁字路で分岐していた通路と合流したような場所に出た。
いま歩いてきた水浸しの通路の正面にはカラフルな道が続き、その合流地点と思われる場所の壁には、いかにもボス部屋といったような扉があった。
トラップが仕掛けられていないか確認しようと軽く手で触れると、重たい音を響かせながら扉が自動で開いていく。
扉の先は短い通路があり、その通路の向こうは大きな広間になっていた。
「また面倒なのがいるね」
「あれがルールブックにボスモンスターとだけ書かれていた、モンスターでしょうね」
広間の中央に1体のモンスターが居た。土人形とよく似た人型のモンスターだ。
ただその身長は2メートルを優に超え、手足は短く太く、胴体もガッシリとしている。土で出来たマッドゴーレムだ。
マッドゴーレムの後ろには奥へと続く扉が見えるが、多分このボスモンスターを倒さないと開かない仕掛けなのだろう。
「エリル、アレも1人でやってみる?」
「えええっ!? さすがにアレは無理です!」
「うん、だよね。そこまで無謀になってなくて安心したよ」
ゴーレムタイプのモンスターを倒すには、人間でいう喉元の少し下辺りに付いているコアを破壊するのが一番手っ取り早い。
コアの硬さは固体差はあるが、エリルの持つ蒼銀の剣なら比較的楽に破壊できるだろう。ただしエリルの身長ではコアまで刃が届かないし、技量も足りていない。
「仕方がない、俺がやるよ」
レクスが今持っている武器は鋼製の剣である。いくら硬いとはいえ、マッドゴーレムのコアなら刃毀れはしても折れたりはしないだろう。
「いえ、レクスさん。ここはわたくしが。今日はあまりお役に立てていませんし」
レクスが広間に入ろうとしたところでリーシアから待ったがかかった。
「そう? リーシアがやってくれるのならお願いしようかな」
「はい。お任せください」
「えっ? でもリーシアさんの武器って……」
弓矢である。鏃はレクスと同じ鋼だが、普通はゴーレムのコアを破壊できない。そう、普通なら。
「ふふっ、大丈夫ですよ。危ないので離れていてくださいね」
リーシアが何の気負いもなく広間へ入ると、侵入者を感知したマッドゴーレムが戦闘態勢をとる。
弓に矢をつがえ、ゆっくり引き絞りながらリーシアが詠唱した。
「闇の礎のもとに、武器に集いて漆黒に染まれ。ダークネスアーツ」
リーシアが唱えたのは闇属性を武器に付与する魔法だ。ただ普通なら弓矢全体に付与されるはずの闇属性魔力をリーシアはただ1点、鏃の先端へと集中させる。
始めは小さな黒点のような魔力が鏃の先端で徐々に大きくなり、黒く渦巻く球体へと膨れ上がる。
魔力の余波が暴風となって通路と部屋に吹き荒び、近くに立っているだけで吹き飛ばされそうだ。
知能の低いマッドゴーレムですら危険と判断したのか、コア守るように両手をクロスさせて身構えた。
「奈落へ堕ちなさい」
リーシアが静かに告げて、矢を放った。
一条の漆黒の闇となって飛んだ矢の先端がゴーレムの腕に当たった瞬間、遺跡全体に轟くような轟音と震動が周辺一帯を支配した。
「ひにゃああああああああああっ!?」
あまりの衝撃にエリルが耳を塞いで蹲る。
しばらくして揺れが収まり、恐る恐ると顔を上げたエリルの目に飛び込んできたのは、コアどころか上半身が消滅したゴーレムだった。
「な、ななな、なんですか今の!? 普通は付与魔法であんなことになりませんよね!?」
「基本は付与魔法ですけど、ちょっと魔力の流れに手を加えてブラックホールのようなモノを生み出す魔法に改変したんですよ。わたくしのオリジナル魔法です」
「ブラックホール!? しかもオリジナル魔法なんですか!」
オリジナル魔法はそのままの意味で、使用者本人が魔法の改変などをして独自に作り上げた魔法だ。
普通はオリジナル魔法ともなれば詠唱する呪文にも手を加えるのだが、リーシアは元となった魔法の呪文のまま詠唱している。これはオリジナル魔法と悟らせないための策としてレクスが入れ知恵したのだが、ここまで別物だとあまり意味はなかったような気がする。
「威力は高いのですけど、発動までに時間がかかるのが難点なんですよ。ゴーレムみたいに動きの遅い相手にはうってつけですけど」
「ふ、ふえぇ……。凄すぎますぅ……」
エリルは度肝を抜かれつつも感服したようだが、実際には遺跡が崩落しないようにと加減をして撃ったようである。それでいてあの破壊力なのだから恐ろしい。
マッドゴーレムの残骸が光の粒子となって消えると同時に、広間の奥にあった扉が自動で開いていく。
開いた扉の中は小部屋となっていて、そこには湖にあったのと全く同じ初代グラヴィアス国王の石像が設置されていた。
小部屋に入り、レクスが石像に触れると学園長の声と思われる録音音声がどこからともなく再生された。
『クエスト達成おめでとうございます。石像の台座部分に浮かぶ魔方陣に触れると学園に帰還できます。準備が整いましたら帰還してください。まだ追加ミッションが終わってない場合は、制限時間内はこのまま続けていただいても構いませんが、この後で死亡した場合でも成績は減点されますので注意してください。お疲れ様でした』
音声が終了すると同時に台座に魔方陣が浮かび上がった。
「俺達はキノコの納品も終わってるし、このまますぐに帰還で良さそうだね」
「もし忘れ物などをして帰還した場合はどうなるのでしょう?」
「先生に言えば亜空間が閉じた後でも拾い上げてくれますけど、かなり手間がかかるらしくてもの凄い怒られるみたいです」
「うへぇ、それはやだなぁ」
再度、忘れ物や問題がないかしっかり確認してから、3人で頷き合う。
「よし、それじゃあ帰ろうか」
「ええ」
「はい!」
パーティー名・銀の幾星花。
クリアタイム・4時間53分17秒。
死者、重傷者ともに無し。追加ミッションの納品あり。
10万字突破しました。
いつも読んでくださり、ありがとうございます