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夢見る星の銀花の大地  作者: らいん
第1章
11/21

実力テスト開始

 入学から7日目。実力テスト当日である。

 朝の9時半までにレクスの家に集合して全員で学園に向かう手筈にしていたのだが、その日もリーシアは集合時間よりかなり前からやってきた。しかもまだ寝ていたのに合鍵で勝手に部屋のドアを開けて侵入された。コワイ。


 予定より30分早い9時になるとガチガチに緊張した様子のエリルがやってきた。昨日までは平気そうにしていたのに今朝になって急に緊張してきたらしい。時間には余裕があるので、まずは緊張を解しておいた方が良さそうだ。


「リーシア、頼んでた剣は?」

「ちゃんと仕上がってますよ。はい、どうぞ」

「うわぁ、ありがとうございます!」


 リーシアが蒼銀の剣をエリルに渡す。昨日、購入する際に魔宝石を外されて穴が開いていた部分に水色の宝石がはめ込まれていた。


「丁度良い大きさのブルートパーズがありまして、エリルさんにも指輪の属性的にもピッタリだと思ってそれにしました」

「魔宝石じゃなくて、本物の宝石なんですね。結構大きいですけどほんとにタダで貰っちゃっても良いんですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。こう言ってはなんですけど、ただ大きいだけで安物の宝石ですので。実際、身につけることもありませんでしたし」

「そ、そういうことでしたら……」


 普通の宝石と聞いてエリルがビビっていた。実際には宝石よりも魔宝石の方が高値が付くことが圧倒的に多いのだが、女の子の心情としては宝石の方が価値があるように感じるらしい。どちらも見た目は変わらないのに。


「これが私の新しい武器…………。にへ……、にへへ…………。ほら見てください! ちょっと刀身が透けているでしょう? これってガラスや水晶じゃなくて蒼銀製なんですよ!」

「うん、知ってる。危ないから抜き身で振り回さないで。しかも室内だし」


 つい先程まで緊張でガチガチに固まっていたのにすっかり上機嫌になり、うっとりと刀身を見つめていた。ちょっと、……いや、かなり危ない人に見える。


「よほど嬉しいのでしょうね。ああ、エリルさん、刃を舐めるときは間違えて舌を切らないようにしてくださいね? 死んでしまいますから」

「緊張してテストに支障が出るのよりはよっぽどマシだけど、そこはさすがに舐めないように言ってくれない?」


 今更ながらこのパーティーで大丈夫なのかと不安になってきた。




 学園の地下には6つの大部屋があり、1部屋毎に1台の超大型魔道装置が設置してある。この装置は主に実技試験などに使われる亜空間フィールドを造り、学園と繋げるための物だ。6つある装置の内の5つは各学年ごとに使用され、残る1つは予備となっている。

 地下への入口は学内に9ヶ所あり、レクス達は寮から一番近い入り口から地下へと降りた。6つの部屋と地下の出入り口9ヶ所は全て地下通路で繋がっているため、どこからでも目的の部屋へと辿りつけるのだ。


 地下通路を歩いていると直前まで準備していたのか、はたまた学食で朝食を食べていたのか、別の通路からパーティーと思われる一団が出てきては同じ方向へと歩き出す。

 試験会場となっている部屋に近付くにつれその数は増えていき、部屋の入口付近ではパーティーメンバーと待ち合わせをしていると思わしき生徒達でごった返していた。

 試験会場の中に入るとそこは地下室と思えないほどの広大な空間が広がっており、その奥にこれまた見上げるほど大きな魔道装置が鎮座している。


「先日の学園説明のときも少しだけ見ましたが、改めてこうして近づいて見てみると本当に大きな装置ですね」

「グラヴィアス王国内で一番大きい魔道具だからね。しかも同じ物があと5つあるらしいし」


 一体どれだけ金をかけているんだと、自国のことだけに少しだけ心配になった。


「あ、ミーニャさんです」


 さすがにエリルはもう見慣れているのか、特に驚いた様子もなく試験会場内の方を見回していた。


「知り合いでもいたの?」

「はい、同じクラスのお友達です。あそこに居る猫型獣人族(アニム)さんです」


 エリルの指差す先に、何度か見かけた2組の猫耳がいた。どうやらミーニャという名前のようだ。

 ミーニャはパーティーメンバーと一緒に、テスト開始の順番待ちの列の最後尾に並んでいた。レクス達もその後ろに並ぶ。


「おはよう。ラディ、ベアード」

「おっす。奇遇だな」

「レクス君、おはよう」


 レクスはクラスメイトの2人と挨拶を交わす。この2人はミーニャと同じパーティーだ。その横ではエリルがミーニャと挨拶をしていた。


「なんだ、レクス達は3人パーティーなのか。自信あるんだな」

「いやさ、それがどうも最近、俺に関して変な噂が流れてるみたいでさ。中々パーティーを組んでくれる人がいなくて」


 噂を流した張本人は横にいるが、そういうことにしておく。こういうのは少しずつ誤解を解いていくしかないのだ。


「ほーん、そうなのか。オレはその噂とやらを聞いたことねぇが、オマエも大変だなぁ」

「うん、本当にね……」


 そのままリーシアを――婚約者とは言わせずに幼馴染と――紹介した。

 ラディバートはレクス達3人の格好を観察して、訝しげな顔をする。


「しっかしオマエら、随分と軽装なんだな。リーシアは弓兵だから身軽なのはまだわかるが、レクスとチビっ子のそれは普段着じゃないのか?」

「ちょっと事情があって鎧は家に置いてきたからね。森林なら身軽の方がいいだろうし問題ないよ。あと、エリルの服もこう見えて魔法衣だから」

「チビっ子じゃないもん……。小人族(ポックル)だから仕方ないんだもん……」


 なにやらエリルがチビっ子という言葉にショックを受けてへこんでいる。前にもそう呼ばれていたのに。


「ほーん、そうなのか」

「むしろラディの格好は動き難そうに見えるんだけど。得物も大きいし取り回しは大丈夫なの?」


 ラディバートは鎖帷子の上から羽織袴のような服を着て、背中には大振りの刀を背負っている。森林など歩いているだけで木の枝などに服を引っ掛けそうな格好だが、これはサムライとかいうのを意識しているのだろうか。


「ああ、オレは元々が密林の出身だからな。慣れてるから全然問題ないぜ」

「へぇ~。ということはラディって別大陸から来たんだ」

「おう、ガルデオン大陸の南の密林の中に小さい村があってな。生まれも育ちもその村だ」

「俺は国外に出たことがあまりないから、ちょっと羨ましいな」


 ガルデオン大陸のことにも興味があったので聞いてみようかと思ったところで、ラディバート達のパーティーが呼ばれた。順番がきたようだ。


「おっと、この話はまた今度だな。そんじゃお先に」

「うん、気をつけて」


 ラディバート一行が魔道装置によってテスト用の亜空間フィールドに飛ぶと、すぐにレクス達が呼ばれた。


「次のパーティーは前へ」


 メガネをかけた中年の女性教師に促され、リーダーであるエリルを先頭に魔道装置の前まで歩いていく。


「メンバーは3人ですね?」

「はい」

「この封筒の中に試験用空間のマップと、クエストの内容が書かれた紙が入っています。向こうに着いてから読んでください」

「はい、わかりました」


 エリルが封筒を受け取ると、魔道装置の横に座っていた白衣を着た男が手元のパネルを操作する。すると装置の正面に取り付けられていた3メートル四方の白い壁に森林の風景が映し出される。

 そのままエリルを先頭に3人で白い壁があった場所を通りすぎると、次の瞬間には森林の中の少し拓けた場所に立っていた。どうやら無事に転移したようだ。


「ここが亜空間フィールドですか。全て魔法で作られているはずですけど……。本物の花にしか見えませんね」


 リーシアがしゃがみ込み、近くにあった花を撫でる。


「しかも平等に審査をするためにパーティーの数だけ同じフィールドを発生させて、そこに飛ばすっていうんだから凄いよね」


 今回の実力テストでは1パーティーごとに1つの亜空間フィールドが用意され、トラップや地形は全てが同じ造りになっている。

 いずれは1つの巨大な亜空間フィールドで1年生全員どころか、全校生徒が同時に参加するイベントなどもあるらしいが、規模が全く想像できない。


「とりあえず封筒の中身を見てみますか?」

「あ、そうだね。まずはチェックポイントの場所がわからないとどうしようもないしね」


 エリルが封筒から2枚の紙を取り出して広げる。

 片方の紙は地図で、紙の中央下側に初期位置と書かれたバツ印があった。初期位置から北西に向かった先に1と書かれたマル印が、北東に向かった先には2と書かれたマル印があり、この2つがチェックポイントなのだろう。

 それらの3ヶ所は道で繋がっているらしく、地図上には三角形のような模様ができている。直線距離で見た場合は北西の1の方が近いようである。


 もう片方の紙には一番上に大きく指令書と書いてあり、その下に『地図に標されている1の遺跡内と、2の湖にあるチェックポイントに7時間以内に到達せよ』と書いてあった。

 更にその下には『追加ミッション:どちらかのチェックポイントにてベニズダケを5本納品せよ』と書いてあり、また更にその下に『ベニズダケの納品は任意です。達成すれば成績と学内ポイントが加算されます。ただし1本でも違う種類のキノコが混ざっていた場合は成績と学内ポイントが減算されます』と注意書きがしてある。


「この追加ミッションのベニズダケの納品って間違えてたときのデメリットが大きいね。よほど自信がある場合じゃないとやらない方がいいかも」

「少し前の午後の講義で担任の先生がキノコの種類を説明していましたけど、あれはこういった意図があったんですね」

「講義は聞いてたけど、どれも似たような見た目と名前だったし、ほとんど覚えていないなぁ……」


 このようなミッションを用意するということは、わざと間違えやすいようにしてある可能性も高いだろう。


「あの、私はベニズダケなら見ればわかると思いますよ」

「わかるの?」

「はい、よく食べてますから」


 なるほど、それなら見ればわかるかもしれない。

 しかしベニズダケはグラヴィアス王国の特産品ではなく、キノコの類などはむしろ森林が国土の半分近くを占めるタイリーン帝国の方が豊富だろう。にも関わらずエリルはベニズダケを常食しているのだろうか。


「ベニズダケってスープの具材とかでよく入ってはいるけど、そんなに好きなの?」

「味は普通だと思います。でもベニズダケの一番の特徴は、低カロリーなのに良質なタンパク質と亜鉛を多く含んでいるとこなんです。髪にとっても良い食材なんですよ」

「あっはい」


 とても納得のいく説明だった。しかしエリルが好んでキノコを食べるのはタンパク質と亜鉛を摂取するためらしい。なるほど。機会があれば自家製のキノコをご馳走してあげるとしよう。


「レクスさん。考えが顔に出てますよ?」

「違います! やましいことはこれっぽっちも考えていません!」


 リーシアに肩を掴まれた痛みで正気に戻った。早く話を戻した方が身のためだ。


「じゃあベニズダケのことは問題ないとして、とりあえず先に北東の湖を目指そうか」

「北西の遺跡の方が近いですけど、先に北東を目指すんですか?」


 レクスがマップ北東の2のマル印を指差すと、エリルが不思議そうな顔をする。


「指令書には遺跡()と書かれていますから、多分、こちらを先に行ってしまうと遺跡に潜った後で、また外に出てこないといけなくなるのではないかと」

「なるほど! 引っ掛け問題だったんですね!」


 リーシアの説明を聞いて、エリルも納得したようだ。


「わざわざ近い方に1って書いてあるから誘導してるんだろうね。まぁ中には気付いててあえて先に遺跡に行くパーティーがあるかもしれないけど、俺達は湖から行ったほうが良いんじゃないかなって」

「わたくしは異論はありませんよ」

「はい、私もそれで大丈夫です」

「よし。じゃあそれでって、うわっ!」


 突然レクスが驚いたように後ろに飛びすさる。


「どうしましたって、ヤダ、虫が!」

「しまったなぁ、森林で季節が夏だから蚊がいるみたいだ」


 魔法で造られた空間であるはずなのに小さな虫までいるとは無駄に凝っている。ここまで再現されているのなら刺されれば痒くなる魔法とか付与されてそうだ。

 剣士である自分ならまだしも弓兵や魔法使いは集中を乱されそうである。特にリーシアは露出が多い服装なので大変そうだ。


「私、虫除けスプレーなら持ってますよ。ちょっと待ってください」


 エリルがポシェットからスプレーを取り出し、リーシアの肌に噴射する。


「ありがとうございます。エリルさんは用意がいいんですね」

「いえ、私って体温が高いせいでよく噛まれるんですよ。だからいつも持ち歩いているんです」


 お子様体温か。と思ったがわざわざ口に出すことはしなかった。

 虫対策を終えると早速移動を開始することにした。隊列は先頭に前衛のレクス、次に中衛のエリル、最後尾に後衛のリーシアの順で並ぶ。

 地図はそのままエリルに持っていてもらうことにした。ルールブックによると地図を所持していた生徒が万が一死亡扱いになった場合でも、地図は重要アイテムなので強制退去には巻き込まれないらしい。


 林道を進みだして5分もしない内にレクスが歩みを止め、余所見をしていたエリルがその背中に思いっきりぶつかる。


「わぷっ!」

「さっそく出てきたみたいだね。右側のあの茂み奥に、数は……3かな」

「当たるかわかりませんけど、狙撃してみましょうか」


 リーシアが矢筒から矢を1本抜き取り、レクスが示した茂みに向かって放つ。風切り音を残して飛んだ矢は茂みの奥へと吸い込まれ、小さな悲鳴が上がった。


「グギャ! グギャギャ!」

「どうやら1匹は仕留めたようですね」

「ゴブリンです!」


 茂みの中から2つ影が飛び出してきた。エリルの言う通りゴブリンだ。

 ただその2匹は普通のゴブリンと違い、手に持ったナイフや着ている服を含めて全体的に影がかかったように黒ずんでいて、更に頭の上には直径10センチほどの赤い球体が浮かんでいる。それは魔法で造られた幻影である証として、通常の魔物と区別できるように加工されたモノだ。


「あの、レクスさん! ここは私に任せてもらえませんか?」

「えっ、1人で戦うってこと?」

「はい! ゴブリン2匹ぐらいなら私1人で倒してみせます」


 エリルの突然の申し出に少しだけ迷ったが任せてみることにした。この状況ならエリルの戦闘訓練にうってつけだと思ったからだ。


「何かあったらフォローはするから無理はしないように」

「はい!」

「リーシアはいつでも狙撃できるようにしておいて」

「ええ、お任せください」


 レクスが後ろに下がると、エリルが前に出て剣を抜く。レクスが持てば少し大きめの短剣程度の剣も、エリルが持つとその体格のせいで普通の片手剣のように見える。

 しかしエリルの格好はフード付きのワンピースのような服なので、格好だけなら魔法使いである。それでいてスカートの丈部分は妙に短かく扇情的で、しかも胸の部分は服を盛大に押し上げてこれでもかと自己主張をしている。

 一つ一つで見れば普通だったかもしれないが、それらが合わさると傍から見ていて非常にアンバランスに感じる。なんというか、コーヒーを頼んだら茶請けとして梅干しと高級メロンも一緒に出されたような気分である。


 余計な事を考えている間に戦闘が始まり、2匹のゴブリンが愚直にも真っ向からこちらに駆けてきた。


「行きます! 水の力のもとに、弾丸となりて敵を撃ち砕け! ウォーターバレット!」

「ゲギャアァ!」


 エリルが右手で持った剣の切っ先を右側のゴブリンに向け詠唱をすると、剣先より生まれた水弾がゴブリンに命中して吹っ飛ばす。今のは本当に魔法剣士っぽく見えたが、いつの間にそんな練習をしたのだろうか。

 水弾が命中したゴブリンは地面に叩き付けられると、そのまま光の粒子となり消滅した。死体が残らないのも幻影魔法の特徴である。

 もう1匹のゴブリンには魔法の詠唱が間に合わないと判断したのだろう、エリルは剣を両手で持ち直すとそのまま駆け出し――。


「みぎゃっ!」


 盛大に足元の小石に躓いてすっ転んだ。こけた拍子にスカート部分が捲くれ上がってスパッツが丸出しである。

 そしてエリルの手からすっぽ抜けた剣は宙を舞い、間近に迫っていたゴブリンの喉元に突き刺さり消滅させた。さすが蒼銀製、切れ味もバツグンなようだ。


「あああああっ! 私のザッハトルテちゃんが!」


 エリルはガバッと体を起こすと、スパッツ丸出しのまま四つん這いで目の前に転がった剣へと這い寄る。誘ってんのか、このアマ。


「えっ、その剣ってザッハトルテって銘なの?」

「はい、そうですよ。昨日家に帰ってから50個ぐらい候補を考えて、その中から選びました」

「エリルさんらしい、良い銘ですね」


 確かに武器っぽい名称ではあるが、元はチョコレートケーキの名前である。女の子の感性は理解できそうにない。


「何はともあれ、エリルさんだけでもゴブリンを倒すことができましたね。安心しました」

「最後のアレはラッキーヒットみたいなものだったけど、まぁ普通に戦ってても倒せただろうね」


 魔法具や武器性能に頼っての勝利の気もするが、装備を使いこなすのも強さである。


「そ、そうでした。私もついにゴブリンを倒すことが出来ました。これもお二人から貰った装備のおかげです!」


 指輪はともかく剣についてはあげたのではなく、元々エリルが買っていた剣を別の剣に交換しただけである。リーシアは剣に付けた宝石をあげてはいるが。



 エリルも自信が付いたようなので進行を再開する。

 散発的にゴブリンや一角タヌキや大ネズミといった下級モンスターが襲ってきたが、そのほとんどをエリルが1人で倒した。無理やり戦わせたのではなく、本人が訓練も兼ねて戦いたいと前に出たがるので任せた結果である。

 戦闘をしつつ20分は歩いた所で林道が左右に分かれていた。そしてその分かれ道には木で出来た矢印看板が立ててあり、右方向には『落とし穴なし』、左方向には『落とし穴あり』と書かれてある。


「どう思う?」

「う~ん……、さすがにこれは引っ掛けなのか本当なのか判断し辛いですね」

「地図だと右は遠回りで左は近道になってるみたいです」


 右は遠回りルートだから安全になっているとも考えられるが、それで油断させている可能性もある。


「あっ! 良い方法を思いつきました!」

「うん? どんな方法?」

「どっちの道も通らずに、このまま真っ直ぐ森を突き抜ければ良いんです!」


 エリルが名案とばかりに指で矢印看板の奥を指し示す。地図によるとそこは森になっているらしく、左右に分かれた道はその森を取り囲むように続いている。


「あー…………。うん。なるほど、その手があったか。じゃあ真っ直ぐ突っ切ろうか」

「はい!」

「あっ、その前にちょっと待って」

「はい?」


 意気揚々と歩き出したエリルを止めると、レクスは細いロープをウェストポーチから取り出す。

 エリルの腰にロープの端をきつく巻きつけると、リーシアに頼んでそのロープの反対側の端を自身の手首にきつめに巻いてもらう。


「うん。準備も出来たし行こうか」

「えっ。何ですか? このロープ」

「念のための保険かな。さ、エリルは先頭をよろしく」

「はぁ……?」


 エリルはわけがわからないという表情で歩きだす。レクスとリーシアはロープをしっかりと握り締めて、エリルから少し距離を開けて歩いた。

 どうやらこの森の中にはモンスターは配置されていないのか、すんなりと進むことができた。


「そういえばキノコが生えてるのを見かけてないね。いやまぁ、この森の中にはさすがに生えてないかもしれないけど」

「そうでした、ベニズダケも探さないといけないんでした。でもなんでこの森の中には生えてないかもしれないってわきゃああああっ、ぐべぇっ!」


 会話の途中で突然エリルの踏んだ地面が消えた。そのままポッカリと空いた穴へとエリルが吸い込まれたところでレクスとリーシアがロープを掴んで踏ん張ると、エリルが落ちた穴の中からカエルが潰れたような呻き声が聞こえた。


「おおおおぉっ、お腹が! お、お腹、苦し、締まって、くりゅうぇっ!」

「エリルー! 今引っ張り上げるから、荷物を落とさないようにねー!」


 穴に向かって大声で叫ぶと、リーシアと一緒に勢いよくロープを引っ張る。


「ひにゃあああああっ! うええええっ、おぉ、お腹、があぁ……、死ぬかと思い、まひたぁ……」


 穴の横で地面に跪いて肩で息をするエリルに慎重に近付いて行く。


「エリル、大丈夫……じゃなさそうだね」

「全っ然大丈夫じゃないです! お腹が締まって死ぬところでした!」

「ごめんごめん、防御力の高いその服なら平気かと思ってたんだけど、物理的に締まる分にはダメージがあるんだね」

「そのようですね、勉強になりました」


 勢いよく起き上がったエリルが抗議するも、レクスとリーシアは揃って頷きながら感心しているだけである。

 いつか絶対に仕返ししてやるとエリルが決意を固める横で、レクスはそっと落とし穴を覗き込む。直径も深さも3メートルもない小さな穴で、底にはドクロマークが描いてあった。おそらく落ちたら死亡扱いということなのだろう。


「というか、お二人は森の中に落とし穴があるってわかってたんですか!?」

「そりゃあね、マップとあの看板を見ただけであからさまに怪しいし。モンスターがいないのとキノコが生えてないのを見てから確信したけど」

「どうして分かれ道の所で教えてくれなかったんですか!」

「いえ、エリルさんはお約束が好きなんだと思いまして」

「この人達、優しいのか鬼畜なのかわかりません!」


 さすがに調子に乗りすぎたかと反省する。普段ならツッコミを入れて止めてくれるはずのリーシアまで悪ノリしたため余計にやりすぎたかもしれない。


「予想通り落とし穴はありましたけどウチは斥候もいませんし、今からでも引き返しますか?」

「いや、距離的にはもう半分近く進んじゃってるだろうし、このままエリルを先頭に突っ切った方が良いんじゃないかな?」

「良くないです! また落とし穴があってお腹を締められたら、今度こそ吐きますよ!?」


 エリルがもの凄い剣幕で迫ってきた。軽くトラウマになったのだろうか。


「ああいや、さすがに踏み抜いて進めなんて言わないよ。歩くのが遅くなっても構わないから、1歩ずつ落とし穴がないか確かめていけば大丈夫じゃないかな。さっきは踏んだ右足の地面は消えたけど、左足の地面は残ったままで前のめりになるように落ちてたし」

「そうですね、もしバランスを崩しても落ちる前に私達が後ろから引っ張れば大丈夫でしょうし。それとエリルさんもお腹ではなく手にロープを巻き直して、両手でロープを握っていれば万が一落ちても先程のように苦しくなることはないんじゃないかと」

「むぅ……。確かにそれなら良いですけど……。最初からその方法を提示してくれなかったのが納得いかないです。後で絶対に仕返しします」



 エリルをなんとか宥めすかして森を抜けた。途中で更に3つの落とし穴があったが、作戦が功を奏して穴に落ちることはなく、なんとか踏み止まった。

 地図によるとそろそろチェックポイントの一つである湖が見えてくるはずだ。森を抜けるのに少々手間取ったが、まだ開始から2時間も経っていないので結構ハイペースなのではないだろうか。


「あら? お二人とも、お待ちください」


 再び林道を進み出したところでリーシアから静止の声が掛かり、レクスとエリルは後ろを振り向く。


「見てください。あれってベニズダケじゃありませんでしたっけ?」


 リーシアの指差す先には木の根元に生えた3本のキノコがあった。どれも大きさは10センチほどで柄は薄茶色で太く、傘は半球型でほんのりと赤みがかっている。なんというか、遠目だと男のアレに見えなくもない。


「ほんとです! ベニズダケです!」


 女性陣が嬉しそうに木に駆け寄ると、そのままキノコをもぎ取る。その光景に少しだけ股がヒュンとなった。


「あっと、待ってください。これ、よく見たらベニズダケじゃないです」

「えっ? そうなのですか?」

「はい、傘の裏の色が白いのはベニズダケ改です。ベニズダケなら赤いはずです」

「そう……でしたっけ? 白がベニズダケで赤はベニズダケ改二ではありませんでしたか?」


 どうやら傘の裏の色で種類が違うらしい。それはいいとしても改とか改二ってなんだ。もうちょっとわかりやすい名前で区別できなかったのだろうか。


「えっ。…………私は赤がベニズダケだった気がするんですけど。レクスさんは何色だったか憶えてますか?」

「ええー……、どうだったかなぁ……?」


 確かに担任のバルバスが色のこと言っていた記憶はある。しかしあのときはキノコの見た目のインパクトが強すぎて話半分に聞いてしまっていた。もしかしたらそういう意図もあったのだろうか。


「う~ん……。俺もリーシアと同じで白の気がするけど……。でも筆記試験1位のエリルの方が正しい気はするなぁ」

「ええっ、レクスさんも白だと思うんですか? なんだかお二人が白だと言っていると私も白だった気が……。いえ、白でも赤でもなく黄色?」


 筆記1位のエリルがゲシュタルト崩壊していた。


「困りましたね。わたくしも見ればわかると思っていましたけど、色は少し曖昧でした……」

「とりあえず湖に向かいながら、それぞれの色を5本ずつ集めようか。もしかしたら途中で思い出すかもしれないし」

「はい、わかりました」


 キノコを採取しながら歩いた結果、湖に着く頃には各色5本ずつ集まった。傘の裏の色が白、赤、黄、桃の4色が5本ずつで計20本である。

 キノコが集まったときにエリルに色について何か思い出せたか聞いてみたところ「ピンク色のなんてありましたっけ?」と、首を傾げられた。

 追加ミッションは詰んだかもしれない。

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