【メイちゃんのチョコ】は誰の手に(『獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!』番外編)
今年のバレンタインのリクエストは?と。
皆様のご意見を窺った結果、メイちゃんのチョコ争奪戦、というご意見がありまして。
小林なりにそのネタで書いてみたら何故かこうなりました。うん、何故か。
ちょっと展開が変化球過ぎたかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
そこは、神々によって創造された世界。
魔物が闊歩し、不思議な奇跡が起きる。
そんな世界の片隅に、メイちゃんという女の子がいた。
羊の獣人の、真っ白な女の子が――
彼女は前世の記憶を持っていた。
こことは違う、だけどこの世界の辿る運命をRPGゲームという形で記した世界の記憶を。
生まれ変わった彼女は、どんな未来を辿るのだろう?
どんな女の子になって、どんな大人になるのだろう?
本人は、
「メイちゃん、強くなるのー!(そしてゲーム主人公達のストーカーになる!)」
なんて言っているけれど。
そんな、しっかりと具体的な将来を見据えて鍛錬を積んでいた彼女でも。
この世界の辿る運命を前世のゲーム記憶で知っている、彼女でも。
自分では予想できなかった未来がある。
彼女自身が、『ゲーム』の登場人物ではなかったが故に。
自分で自分自身の未来は、誰にも見ることが出来なかったが故に。
故に、メイちゃん自身の人生設計からはすっ飛んだ方向に。
発展してしまった、未来がある。
そしてそれは……関わった人達の予測を、大きく超えて。
メイちゃんの住まうアルジェント伯爵領アカペラの街を、遥かに超えて。
飛び火に次ぐ飛び火の結果、影響は伝播し波及して。
大陸全土にまで、一気に蔓延した。
自分自身でも知らない間に、少女の影響力は大陸を……世界を覆う。
だけど彼女は思うのだ。
これって、私じゃなくってロキシーちゃんの手腕だよね?――と。
始まりは、算盤。
そこから広がって、とどめに――『カードゲーム』で世界の人々の心はがっちり掴まれた。
ここまで大事になるとは、誰も思っていなかったというのに。
そして。
商会が起こし、独占する『カードゲーム業界』は、1つの岐路を迎えることとなる。
全国――というか某支配者層――よりの熱い要望を受けて。
複数の団体からの協賛の申し出という、製作者側にとっては思いがけない猛プッシュまで受けて。
メイちゃんの変名である『アメジスト・セージ』を代表に据える商会の本拠地、アカペラの街にて。
この世界初の、試み。
『カードゲーム』のバトル――その公式大会が開催されようとしていた。
「め、めうぅー……本当に、本当にそんなに沢山の参加者さんが来るのかなぁ?」
事の発端……そもそも『カードゲーム』という未知の娯楽をこの世界に齎した羊娘が呻いている。
正式な規約の制定や大会の開催における様々な雑事や準備に駆り出され、ぐったりと机に懐いたまま。
ぐりぐりと額を机に擦りつけながら、ちらりと上目に見やる先。
そこには彼女のビジネスパートナー……商会の事実上のトップであるロクシアーヌちゃんが燃えていた。
やや不安そうにしながらも、それでも自分を奮い立たせて燃えていた。
「大丈夫ですわ、メイファリナさん! 何しろ大会の開催を希望する御声を下さった方々だけで充分に最低限のボーダーはクリアできる数ですもの」
「本当? でも全員が来れるとは限らないよねぇ……なんで大会してほしいって要望がこんなに来たんだろ。メイ、半分は悪戯な気がする」
「悪戯でここまで手のかかることをされては堪りませんわ。人数が足りなければ、その分商会の者を投入するだけです。大会の準備は確かに大変ですが……開催するに十分な恩恵があると踏んでのことですから。これを期に定期的に開催をする流れが作られれば、先々に回収できる利益と販促効果は量り知れませんわ!」
「ロキシーちゃんが燃えてるー……めらめらだよぅ。でも取らぬ狸の皮算用にならないように気を付けてね」
「幸い、ご領主様も商会の方々も乗り気でしたし。現時点で最低限の元はとってあります。どちらも人の集まるイベントは大歓迎だと」
大会の集客効果を見込んで、バトル会場の特設ステージ周辺のみならず、主だった広場や大通りにも出店や屋台を臨時で増やす心算のようですよ、と。
街を挙げての一大イベント化した計画書を眺め、忙殺される2人は思った。
流石は商業で発展した街――機を見るに敏い。
「……カードに関連したグッズの、紛い物が出回らない様に目を光らせる必要がありますね」
「ロキシーちゃんってば、そのくらい大目に見ても良いんじゃない? まあ、堂々と海賊版だのパチもんだの蔓延るのは問題だけど」
「海賊? パチ? よくわかりませんが、このカード関連に関してはメイファリナさんにあらゆる権利が帰属します。わざわざ目を溢して儲けを他に譲ってやるなど問題外です。私達に正式に許可を取り、話を纏めての行為ならともかく……無断で売るのは、後々つけ込まれる隙を残す三流の仕事。それも私達を子供の回すままごと商会だと舐めた上での事です。義理を通せない商売人をのさばらせては、ますますつけ上がるだけです」
「あ、うん、そうだね……メイ、商売のことに関しては全面的にロキシーちゃんにお任せするから! その辺の対処も、ロキシーちゃんの好きにしちゃってください……」
メイも前世の記憶だよりにズルした感じだから、こうも堂々と権利を主張するっていうのは……ちょっと心苦しいんだけどなぁ、と。
内心ではそう思いながらも、商売の世界はどうやら最初にやったもん勝ちらしい。
最初にやり始めて、その権利をがっちり掴んで離さない。無断パクリは殲滅一択。
そんな心意気で、ロキシーちゃんは紛い物の取り締まりにもいつも以上に力を入れていた。
この世界、情報の流通はほぼ人力である。
一応、大会の開催に関しては商業組合の情報網を使って前から各地に宣伝してはいたが。
それでも情報がどこまで行きわたったか、どの程度人々の間に浸透したかを調べる術はない。
カードゲームの知名度すら、どの程度の規模に達しているのかメイちゃんは知らなかった。
ロキシーちゃんは大体のところを掴んでいそうだが、刻一刻と状況が変わる世界のこと、その情報がどの程度正しいのか、いつまで正しいのかは誰にも断言出来などしない。
それにこの世界は、決して平和ではない。
人里を一歩出れば方々から魔物がコンニチハし、取り締まる人の手が足りないせいで夜盗や山賊が蔓延っている。
どれだけ旅慣れても、絶対に家に帰れる保証はどこにもない。
戦う力がなければたちまち呑まれて命を落とす。
それが、この世界のこの時代の、遠出というものだ。
だからこそ、大会に参加する為に遙々遠方から旅してくる愛好家さん達がどれだけいるのか不明瞭なのだが。
それでも十分いける、開催するだけの価値があると、ロキシーちゃんには勝算があるらしい。
「アカペラは交易の街――大陸各地から多くの商人が集まる、河川貿易の要。これだけ大きな大会が開かれる程、流行っている。流行る要素がある。そう思わせることが出来れば、今まで『アメジスト・セージ』のカードに関心のなかった商人も、カードを中心に私達の商品を仕入れて遠くへ運んでくれるはずです」
「そうして『アメジスト・セージ』の商会名がますます売れる、と。……メイちゃん、今の規模でも全然構わないんだけどなあ。預金額、見る度に凄いことになってるし。ロキシーちゃんのお陰で」
「上昇志向のない商人など、即座に食われますよ。メイファリナさん。せっかくメイファリナさんが拓いて下さった商機ですもの。初の大会、折しも日付はバレンタイン最中……抱き合わせ効果も付加してばんばん売上を伸ばしますよ!」
「ロキシーちゃんが頼もしい! 頼もし過ぎてメイ怖い!」
初の大会とあって、力の入ったこのバトル。
期間は12~14日の3日間、初日には街の中8か所に分けられた特設会場で予選を行い、ふるい落とし。
2日目には予選を勝ち抜いた8名が決戦を繰り広げ。
最終日に準決勝と決勝を行い、そのまま表彰式へと流れ込む。
また、大会の前夜祭を兼ねた登録日が11日に設けられ、実質イベントの期間は4日。
事前登録など不可能なので、大会に参加したい者は登録受付にて参加申し込みをする必要があった。
登録日にはカードバトルの概要を説明する意味も込めて、アメジスト・セージ商会から選りすぐられた『戦士』達が模擬試合を各ステージで公開するらしい。
それを見て興味を持った者が試しに参加してみようかな、と思わせられることも見越し――というか、狙い――大会の本部テントや受付会場では初心者用から上級者向けまで幅広い展開でカードのセット販売が行われていた。
中にはバレンタインにかこつけ……イベント期間限定の、バレンタインパックなるものがさり気なく陳列されている。
その中身が、実はバレンタイン限定で特別に作られたイベント用のカードだとは……買わねばきっとわかるまい。
今まで行商人任せで普及したこともあり、どこか曖昧だった公式ルールを改めて設定し直して。
それとは別にバレンタイン限定で設定された特殊ルール。
バレンタイン期間限定の技や効果、恋愛絡みの設定を持つカードに限り基礎能力の上昇等々……。
またプレイヤーの独創性によるオリジナル技もバレンタインというイベントの趣旨に合致していれば有効と認める……という混沌が待ち受ける決定が公表され。
今まで同じようなパターンやルールに縛られた技で思考を固定されつつあった全国の愛好者さん達は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
――え? 自分で必殺技とか作って良いの? ねえ良いの???
バレンタインという縛りはあるモノの……是、と頭に浸透した瞬間。
プレイヤーの皆さんは、全身が滾るような熱意で沸騰するのを感じた。
燃えた。燃え滾った。
妄s……もとい、想像力の解禁だ。
商魂に燃えるロキシーちゃんと同じくらい、燃え盛った。
そして、こんな素敵な大会には。
勿論のこと、御褒美が必要だ。
本戦まで勝ち進むことが出来た8名には、『アメジスト・セージ』商会の商品券と既製品の義理チョコが渡されるのだが。
入賞者……3位までに入った者には、更に豪華な賞品と賞金が用意されている。
豪華な賞品、それは。
優勝賞品
・大会限定 超レアカード【天災少女の本命チョコ】
・大会限定 レアカード【天災少女の贈答用チョコ】
・アメジスト・セージ商会の新作スイーツ【ザッハトルテ】(アメジスト・セージお手製)
準優勝賞品
・大会限定 レアカード【天災少女の贈答用チョコ】
・アメジスト・セージ商会の新作フレーバーチョコ15個セット(アメジスト・セージお手製)
3位賞品
・大会限定 レアカード【天災少女の贈答用チョコ】
・厳選カカオ栽培セット植木鉢付
「大会限定の、超レアカード……噂では、世界で1枚きりしか発行しないと聞く。この大会を逃せば、もう二度と手に入らない」
「殿下、そろそろ船室に入られては。夜風に当たり過ぎては風邪を引かれますぞ」
「大会、楽しみにしていらしたのでしょう? 体調を崩しては、十全に戦うことも叶いますまい」
「近衛騎士団長、宮廷魔術師長。付き合わせて悪いね……だけど私は決めた。あの月に誓う! 僕は必ず、初の公式大会優勝者の栄冠を手にしてみせると……!!」
「殿下、御立派です。御立派ですが……某も負けませぬ!」
「ええ。そう簡単に優勝できると思われないことです。……何しろ私もいますからね? それに、各地から集まるだろう猛者達も」
「く……っ確かに、容易いことではないだろう。2年前に競技人口を増やそうと思ってカードの初心者用厳選セットを贈った、隣国の王子も開催に合わせてアカペラの街を目指していると聞く。優勝を手にするのは1人、だけど競争相手はあまりに多い……」
「この船だけで、30名はいますからね。参加希望者が」
「希望者が多すぎて船団を組むかという話になりましたからなぁ……王城内で独自に予選を行い、絞りましたが」
「王城予選で敗退した、父上(国王)と母上(王妃)の、大臣達の無念も背負っているんだ。それを思うとますます負けられない……近衛騎士団長、宮廷魔術師長、どうか私に付き合ってくれ。アカペラの街に到着するまでの間……互いに腕を競って研鑽することとしよう!」
「望むところです、殿下!」
「ふ……負け越している分、取り戻させていただきますよ。殿下!」
「ねえ、聞いた? スペード」
「ああ、聞いたぜ。大会の優勝賞品、メイちゃんの手作りスペシャルチョコだ!」
「探りを入れたところ、今年も僕やスペードのチョコは汎用型感謝チョコ。明らかな本命用チョコを誰に贈る気かと思っていたけど……大会の賞品用だったとはね」
「こうしちゃいられねえー……他にも狙ってる奴、きっといるぜ」
「今年はアドルフにまで、僕らと同じチョコをやる予定だって聞くし」
「……去年、騒ぎすぎたな」
「騒ぎ過ぎたね。主にアドルフと馬鹿犬が」
「っアドルフがチョコよこせって山賊して来るのが悪ぃんだよ!」
「でもそれで大騒ぎして、メイちゃんが喧嘩になるなら平等に……なんて言い出したんだよ。家族以外でチョコを貰えるの、僕らの特権だったのにさ」
「くっそ、アドルフの奴……! どうせあいつも狙ってるんだぜ、メイちゃんの本命チョコ!!」
「カードじゃなくて、現品の方ね」
「絶対、絶対誰にも負けるか! カードゲーム上等! 俺らもカードの試作段階から関わってきたんだ! 勝ち上がって、メイちゃんのチョコは俺がもらう!!」
「僕だよ」
「……いや、俺がもらう」
「僕だよ」
「…………なあ、ミヒャルト?」
「なんだい、馬鹿犬」
「なんでお前……カードの間に剃刀挟んでんの?」
「ふふふ?」
「…………………………反則負けだけはすんなよ? 俺ら運営側寄りなんだから」
「大丈夫だよ? 僕の腕を見縊らないでもらえる?」
「それってカードゲームの腕前か? 純粋にゲームの腕前なんだよな!?」
「あっはは」
「ゲームの腕のことだって言えよ、ミヒャルトぉぉおおおおおおおっ」
「――リューク」
「はい、ラムセス師匠。真剣な顔でどうしたんですか? 商業組合の掲示板に、何か大事なことでも書いてあったんですか」
「アカペラの街だ、リューク。至急、アルジェント伯爵領のアカペラの街へ急ぐぞ」
「えっ!? でも僕ら、明日から隣国に向かうって……」
「エステラ達にも伝えて来るんだ。予定地は変更、11日までにアカペラの街に何としても辿り着くぞ」
「じゅ、11日!? え、ちょっと無理があるんじゃ……」
「駿馬を借りて急げばギリギリ間に合うだろう……っ」
「師匠、本当にどうしたの!!?」
「説明は……後だ!」
「し、師匠ーー!? …………行っちゃった。あっちは貸馬屋か。本気だ、師匠。……けど、アカペラの街に何があるんだろうか」
(………………アカペラの街……『あの子』が、いる街?)
様々な者が、それぞれの楽しみと目的を持って臨む、第1回目の公式大会。
後に『アメジスト杯』と名を変えて、長く楽しまれ続けるのだが……この大会が定期開催になるのか、否か。
現時点では誰も、確たることを語れはしなかった。
本当は小林にカードバトルを書けるだけの能力があれば良かったのですが……
小林にはカードゲームに関する知識が皆無でして……試合の情景やカードに関するあれこれを書けそうになく。
中途半端なところで終わっていますが、この後の試合運びや勝敗の行方はどうぞ皆様の自由にご想像下さい。
あ、ちなみにメイちゃんの住んでいる国の、王様のお城は多分この時点で世界一カードゲームの競技人口密度が高いと思われます。主にゲームにドはまりした王子様の功績で。
一体どんな布教の仕方をしたのでしょうね?