7話
「本当にありがとうね。道中気をつけて」
そう言ってライリさんは私を撫でる。朝食を済ませ、私が旅に出るので、家族総出で見送ってくれている。
「私より、ジャンを気にしてあげた方がいいよ」
ニッコリ笑って本心を言ってあげるとジャンは目を見開き、ライリさんは本当に可笑しそうに笑った。
「クスクス……そうね。アルくんの方がジャンよりよっぽど頼りになりそうだわ」
「坊主……お前なぁ……」
「お父さん、残念だけど。事実よ」
「レナ!お前まで!」
娘にも見放されてしまったようだ。半日話しただけだが、レナは何か思ったらしい。これまでのようにお父さん至上主義では無くなってしまったようだ。ジャン……可哀想に。
「これ、ちょっとだけど持って行って。この村で作ってる干し芋っていうの。日持ちするのよ」
「ありがとうございます」
干し芋かぁ……。あれはさつまいもだったっけ……?じゃがいもが人参の味がする世界なのだ。期待はすまい。お礼に村に結界を張ってあげましょう。ジャンが役に立たなくても安心ですよ?
「気をつけてよね!」
「ん、ありがとう」
レナの見送りの言葉に胸も暖かくなるってもんだ。レナの妹、ライの方は結局全然話が出来なかった。人見知りが激しいのだろう。今も父の足にがっちりしがみつき、隠れて見ている。その姿はむしろご褒美です。可愛いは正義なのだよ。世界は変わっても正義は勝つ。
「それじゃあお世話になりました」
「お世話になったのはジャンの方だけど……気をつけてね」
「おう!またいつでも来いよ!」
「頑張ってよね!」
おおう。暖かいな、この家族は。最後にライを見てみると、控えめに手を振ってくれていた。
な ん だ 天 使 か。
くそぅ最後にデレるなんて高等技術をその幼さで身につけるとはけしからん!手を振って返してあげるが、完全に私の顔はデレデレしていることだろう。レナから冷たい視線を浴びた。
……それもご褒美だよ!
そうして私はトリエステに向かった。
ちなみに干し芋は懐かしい味がして、ちゃんと『干し芋』だった。嬉しい誤算だった。ただ、色は何故か凄いオレンジだったが。おかしいな、干し柿に見えるよ。きっと気のせいだね。
さて、やってきましたトリエステ!いやぁやっぱり街というだけあって活気に溢れています。店があちこちに展開し、人々が溢れている。ザ・都会。門を入るとき、要件を確認されたが、冒険者になりたくて田舎から出てきたと言えば入れてくれた。……そんな警備で大丈夫か?まぁ私的にはすごく助かるんだけど。
そういう人間は多いらしい。王都という所はもっと厳重な検査がされるようだが、この街は商人も多く、比較的簡単に入り込めるらしい。その代わり、ゴロツキが出やすいそうなのだが、その分警備隊が常にウロついているという話だ。
それにしても人多いな!敵察知「オーブルサーチ」が大変な事になっておる!範囲を狭めて、自分に向かう敵意や悪意だけに範囲を設定するか。設定し直すと、敵察知「オーブルサーチ」には全く反応が無くなった。ふぅ、これで敵意や悪意に反応出来て安心!凄い便利だなこの補助魔法。
街は中世のヨーロッパ風なので外国旅行に来たみたいで楽しい。
キョロキョロしているとおっちゃんに声を掛けられる。
「なんだい坊主、お上りさんかい?」
「え、うん。そうだけど」
「そうかいそうかい。楽しんでいきな。でも細い路地は入っちゃいけねぇ。ゴロツキ共に狙われちまうからな」
なんて親切なんでしょう。完全なる田舎者丸出し状態の私を心配してくれるとは!
ここのゴロツキの戦闘能力が如何程か分からんが、気をつけるか。いや、逆に強さを測るために突っ込むのも一興。
「……坊主。変なこと考えてねぇか?」
「いえいえ、そんな事は」
このおっちゃん感いいな!
「いるんだよなぁ。坊主みたいに田舎から出てきて強さを測るやつ。大抵村で最強の名を持ったヤツらでさ。やめときな、ゴロツキ共の中にはBランクのやつだっているんだ。坊主にゃ勝てやしねぇよ」
はい、Aランクの人間を倒したことありました。……Bなら弱いな。別に戦うこともないか。
「見たところ剣持ってるし冒険者目指してるんだろ?目を付けられたら最後だ。一生追ってくるぜ。悪いことはいわねぇ。やめとけ。大人しく薬草でもむしっとけ」
追ってくるなら殺すがな。面倒だし。治安も良くなるだろうさ。まぁ今のところ殺る気はないけどさ。
「ありがとー!おっちゃん!気を付けるな!」
「おう、まぁ基本楽しめや」
そう言っておっちゃんと離れる。なんか親切なおっちゃんだったな。基本は観光地だから、楽しめばいいらしいし。観光地って何を名物にしているか、といえば。食事らしい。珍しい料理が出ていて、大変美味らしい。
他の国には育てられない植物もあり、ここでしか味わえない逸品もあると言われている。
主にサトウキビ。甘いものが良くでていて、辺りには甘い匂いがしてきている。その他にも新鮮な魚や異世界の人間が広めたとさせている料理も見逃せないという。
と、街のホールにある掲示板に書かれている。
ふむ、異世界料理。これは期待せざるを得ない。やっぱり異世界人というのは来た事があるんだなぁ。そっか、勇者も異世界召喚だもんな。彼らが広める事だってあるな。同じ世界だったとしたら嬉しいなー。日本料理食べたい。
と、食事の前にギルドを探そう。図書館とかも探したいな。薬草採取とかだと本物見たほうが分かり易いし。お金も出来た方が心に余裕も出来るだろう。掲示板の案内図でギルドを探すと、街の入口にほど近い所にあった。
入口近くって事はやはり利用する人が多いんだろう。掲示板とそう離れてもいないので簡単に行ける。
掲示板がある方向に行くと、迷うことなくギルドがあった。他の家に比べ、随分と大きい。看板もデカデカと掲げており、盾と剣二本が交差しているデザインの絵が書いてある。とってもわかり易い。お上りさんでもすぐ分かる!ワクワクしつつギルドに入る。
中はむさ苦しいおっさんで溢れかえっている。暑い。なんかすごい熱気だ。室内はざわざわ騒がしく、防具や武器の金属音が凄いうるさい。チラホラと筋肉のおっさんではない、魔術師の装いの根暗な人物も見かける。
でも基本筋肉のおっさんだった。
しかし私は屈しない!ラグビーの試合に参加したこともある猛者なのだ。これくらいはなんともない。剣道部の防具だって滅茶苦茶臭いしな。
そんな考えを巡らせつつカウンターに足を運ぶ。
「おいおい坊ちゃんよぉ。まさかお前冒険者になる訳じゃねぇよなぁ?」
おや?
「その生白くて細っこい腕で何しようってんだぁ?」
おやおや?
「ギャハハ!小せぇくせに何きどってんだァ?」
なんというか……お約束?
「やめとけよぉ怖がって言葉もでねぇみたいだぜぇ?」
三人組の男で、二人は剣士、一人は魔術師だった。最初の二つのセリフは大きい方のゴリマッチョのハゲ剣士。
ギャハハ!と下品な笑いをしているのが顔に大きな傷のあるデブの剣士。
諌めつつ貶めようとしているのは黒いローブで痩せこけたガリガリの魔術師だった。
索敵にこの三名が引っかかり、現在私に突っかかってきている。
なんていうか、定番過ぎてどう対応していいのやら。ここは主人公があっさりとゴロツキを倒してしまい、恨まれて後で仕返しを目論見、それすらも跳ね返すというパターン?
いやいや正義のヒーローが助けてくれるのが一番助かるんだよね。で、助けた人もろとも狙われる。で、また正義のヒーローが助け出してくれるという。ヒロインみたいな役。
いやいやそれとも下手に出てヘッピリ野郎になるか。これだけはナイな。面倒臭ぇ。そんなのやるならぶっ殺す。
ヒロイン役になりたいけれど…辺りを見回す限りなさそうだ。楽しそうな娯楽に皆ニヤつきながら見ている。
……どうすっかなぁ……。
「やめろ」
私が云々唸りながら考えていると、セリフとは裏腹にとっっっっっても気弱そうな声が聞こえる。
その声の主と思しき青年が私の前に現れる。ものすっっっっっごい不安なのは私だけかい?
後ろ姿だけだが、完全に相手に怯えている様子だ。足がガクガク震えてしまっている。……ダメだコリャァ。
「よぉ!へっぴりヘンリー!なんの用ダァ?」
ハゲに言われビクッと肩を震わせている。へっぴりヘンリーとか。明らかに格下って事か。嫌だねぇ、世知辛い世の中だよ。この世界には魔物からの脅威もあるってのにお暇なこって。
「し、仕置なら僕だけでいいだろ。この子は関係ないんだから、許してあげてよ」
「ギャハハ!へっぴりヘンリー!随分と偉くなったんだなぁ?」
バシッとデブに叩かれてあっさりと私の目の前から退場。ぐっと痛そうに声を出している。顔は茶色の長い前髪で見えない。
「おいおい、こいつヘンリーの弟じゃないのかぁ?」
「ギャハハ!本当だ!髪の色が同じだ!」
ガリとデブが可笑しそうに私に目を向ける。ん、兄弟か。兄のクラウドは明るい茶色なので違うだろう。まぁ違うと知ってて言ってるんだろうけど。ヘンリーは倒れた後もガクガク震えている。
恐らく『弱そう』という理由だけでなく、『へっぴりヘンリーと同じ髪色』も絡まれた原因の一つなのだろう。
ヘンリーは申し訳なさで顔を青ざめさせ……いや、顔は見えないから予想なんだけど。合っていると思う。
「見ろよ。顔まで軟弱だぜ!」
「ギャハハ!本当だ!よく似ていやがる!」
うるせえ豚だな。飛べねぇ豚はただの豚なんだぞ?おめぇ飛べんのか?お?
ザッ
私と三人組の間に入って来たのは制服らしい服を纏った騎士のような人物だった。
「警備兵だ!ずらかるぜ!」
鶴の……いや、ハゲの一声で三人は散った。
「済まない。最近ギルドが荒れていてな。怪我はなかったか?」
そう警備兵の青年は私に向き直った。
「私はありませんが、そこの彼の方が怪我してそうですよ」
警備兵はチラとそちらに向き、ヘンリーが倒れているのに気づいたようだ。大丈夫か?と抱き起こし、怪我がないかまた聞いているようだ。ブンブン首を横に振っているので大丈夫だろう。
「あの、大丈夫?」
心配気に尋ねて来たのは大人しそうなお姉さんだった。白シャツにスカート、上から紺の上着を羽織っている。胸の辺りにギルドの看板のデザインが入っているのでおそらくギルド関係者だろう。
「大丈夫ですよーあっちの彼に助けてもらったので」
そうヘラリと笑うと一瞬ホッとしたような顔をしたが、また顔を引き締めた。
「ごめんなさい。あなた目を付けられちゃったみたいだわ。あの人たちはこの街でも割と有名な集団なの。かなり強いし、仲間もかなりの数がいるのよ」
ほほう。結構やばい感じなのか。でも。
「どうしてあなたが謝るんです?」
「止められなかったのはギルドの責任でもあり、ここの治安維持隊の責任でもあるからよ。……ごめんなさいね」
「あなたたちに謝られる事なんてありませんよ?」
「え?」
お姉さんはきょとんとした顔をしている。私はニッと笑ってあげる。
「あなたたちは今きちんと己がなすべき仕事をしていました。そのおかげで私は怪我もしませんでした。警備兵が駆けつける時間も迅速でした。私が礼を言う事はあっても謝罪されるような事はしていません。助けて頂いてありがとうございます」
そういって礼を言って頭を下げる。それでもお姉さんは困惑していた。
「でも、目を付けられたのは事実だわ……」
「そ、それは僕のせいなんです!」
会話に入ってきたのはヘンリーだった。
「そ、その子……僕と同じ髪の色で、その。僕、弱くて、いつも殴られてばっかで……ご、ごめんなさい」
ちょっとしどろもどろになりつつも謝罪をしてくる。とても良い子だ。
「いや、私こそごめん。タイミングが悪かったみたいでさ」
「そんな事は!」
私の謝罪にヘンリーは慌てて否定する。いやぁ正直ヘンリーは欠片も悪くないんだけど。
「随分としっかりとした子のようだな。彼らにも物怖じしていない様子だった」
と警備兵の青年。
「ええ、早くあのパーティー達の集団を潰せるといいですわね」
……うん、お姉さん何気に怖いですね。でも、その意見に大賛成ですよ私は。ヘンリーみたいな子が他にもきっといるはずだ。
「ああ、あの、新規で冒険者になろうと思ってるんですが。どこで登録出来ますか?」
私がそう聞くと警備兵、お姉さん、ヘンリー共にビックリしたような顔をされた。え、何?
「おい、坊主。今の状況分かってねえだろ?サッサとこの街から出てったほうが得策だ」
「そうよ、来たばっかりなんでしょう?冒険者よりも先に逃げた方がいいわ」
「そ、そうだよ。君まであいつらの被害に遭うなんてダメだよっ」
「やだなぁ、ここの名物を食べ尽くすまで出る気はないよ。その為にまずは冒険者になってお金を稼がないと」
そうなのだ。ここはご飯が美味しいらしいのだ。実は私はあまり食事を必要としてない。魔力をエネルギーに変換し、胃を満たす事も簡単だ。……だがな?日本人として大量の『美味しい物』を知っている身としてはそれは耐えられんのだ!
スイーツ!肉!飯!必須!ここに来る道中も肉を焼いて食べた。けど、調味料がなくてすぐ飽きたんだよ!察して欲しい!せめて材料をここで揃えるまではなるべく長旅はしたくないのだ。
私のセリフに感動を覚えたのか三人共頭を抱えてしまっている。
「頭が良いと思ったら予想外に馬鹿だった……」
おい警備兵さん聞こえてますよ?
「いい?近づいて来たら絶対絶対すぐに逃げるのよ?」
お姉さんはギルドの説明をした後しっかり念押ししてきた。
「はい。分かってますよ」
「本当に分かってるのっ!?」
「分かってますよ~あ、いい匂いするよね。これなんの匂い?」
ギルドにふわりと漂う香ばしい香りに思わず意識が持っていかれる。その様子にお姉さん、ことシルエラさんは眉間に皺を寄せる。
「聞・い・て・る・の!?」
「ひい!?」
お姉さんの迫力にヘンリーの方がビビッている。
「ああ、すいませんって。聞いてますとも」
そういいつつ美味しそうな簡易の食事を持っている冒険者に目が行ってしまう。マズイな、お腹は魔力で満たしてるけど満たされないものがある!
「あ、アルくん……ちゃんと聞こう?ね?」
ビビッたヘンリーは私を説得にかかる。
「もー聞いてるってばー。でもさ、逃げるってどうやって?見つかったら最後、追いかけられない?」
「そ、それはそうなんだけど……」
お姉さんはちょっと言葉につまる。相手は『リーザック』主にこの五名のパーティーがメインの集団で、リーザック率いる他四名は揃ってBランク、他にも仲間は百名を越しており、それぞれパーティーにBランクの強者がいるのだ。新米冒険者が逃げたって勝ち目なんてない。……普通ならな。
「やー自己防衛って素敵な言葉だよね」
「あんた、あいつらに勝てると思ってんの?やめなさいよ!逃げなさい!」
ドンドンヤツらを潰そうぜ?私ならきっと出来る!降りかかった火の粉は振り払います。暴力で。いやぁ前世でもすぐに手を出す暴れん坊でしたからね。流石に人殺しはしていないよ?日本は刑罰というものがあってだな。
自己防衛でも殺しちゃうと多少経歴に傷が付いちゃうわけですよ。しかも情報社会でしょ?隠してもバレちゃうんですよね。
ただまぁ罪になるから殺さないって訳じゃない。殺すような大悪党なんて私の前に居なかったってだけ。
ただ、前世でもっとも憎い存在は自分自身だったんで、他者に向かうことは無かったんだけど。治安も良い街だったもんなぁ。主に喧嘩の仲裁で手を出してたし。
それにしてもこの世界の人間の命は軽いのだ。『リーザック』達はたくさんの人達に迷惑をかけているようだった。何人かの若い女性が強姦の被害にあったり、子供達を攫って奴隷にしたり、逆らった男を殺したり。
なんでこいつら罰さないの?と思うがどれも証拠がなくて公には逮捕出来ないというのだ。
だが、明らかに『リーザック』達で間違いはないらしく、上の者も歯噛みしているそうだ。
そんな奴ら、生きてる価値ないよね?
人の事をなんだと思ってるんだろうね?
それならいっそ殺しても皆文句ないよね?
私が内心ほくそ笑んでいると、シルエラさんは大きく溜息をつく。
「あんたねぇ……」
完全に呆れている。今の私はとても好戦的な目をしている事だろう。止めたって無駄ですよ?奴らだって殺る覚悟があるなら殺られる覚悟があるはずだ。奴らがいなくなれば街の治安も凄く良くなる事だろう。
街の治安維持の為、なんて聞こえは良いが。単なる殺戮になる事請け合い。実に魔王らしいんじゃない?ミトラスがとっても喜びそうだよ。あれ?私実は影響受けてる?……いや、あいつらは悪だし。ヘンリーや警備兵を殺そうだなんて欠片も思っちゃいない。大丈夫大丈夫。
「や、やめようよ。勝てっこないよぅ。け、警備兵だって押し負ける時があるんだよっ?」
んー数とか暴力性の差で負けちゃうのかな。訓練はされてるはずだよね?警備兵。もしかすると、警備兵の妻とか人質にしたり?……わー!すっごくありえそうで困るー!
いや、困らないな、実に殺しやすいわ。
「あ、とりあえず今Fだし、一つ上のEランクの依頼見せて下さい」
「あ、アルくぅん……」
私が全く聞く気がないので完全に涙声になってしまっている。きっと今目に涙が溜まっているに違いない。今日対峙したのは『リーザック』の中でも格下らしい。名前はなんだっけ?まぁいっか。ハゲ・デブ・ガリで。
格下に用はねぇ!
「全く……Eだと、これね。さらに初心者だと薬草採取を経験しないとダメね」
「ん、そうですか。分かりました。えーと、ヨモギ・イタドリ・センブリ……」
日本でも聞いた事ある名前だが、実際の形がそれと合っているかどうかは分からない。干し芋は干し柿みたいな色と形だったしな。図書館で調べるか。
「これ分からないんで、図書館とかあります?」
「え?分かんないの?凄く簡単な野草なのよ?」
ほほう……この世界では常識の代物か。
「いやぁ……特殊な家庭環境でしたもので」
「……どこでも生えてる野草も分かんないなんて、どんな家庭環境なのよソレ」
魔王城はなんていうかここら近辺に生えているような草はなかったからなぁ。なんていうか全体的に黒かったし。
「あ、あの僕分かるよ。教えてあげようか……?」
ふむ?すっごい助かるかも。調べたとしても似た野草もあるかもしれないからな。違うの採ってきても困るんだよね。
「あ、僕と行動してたら狙われちゃうよね。ご、ごめ」
「お願いするよ」
私が返事をしないので否定と思ったのか、慌てて謝ろうとしたので、お願いすることにした。ついでに護衛も出来るしね。
「え、う、うん。分かった。頑張る……ね?」
「そうねぇヘンリーくんもEランクだからパーティーとしても問題ないわね。ただ、狙われやすくなるけど」
お姉さんの最後の脅しにヘンリーの方がビクリと震える。
「ふっ、ヘンリーはこのナイトが守って見せますよ?」
ドンと胸を張ってそう主張するが、シルエラさんはより一層不安になったのだった。
ヘンリーと共にギルドを出る頃には夕方になっていた。
「あー……宿探してなかったなぁ……」
うっかりしていた。まぁ泊まらなくても問題なく寝れるんだけど、ベットの方が良いに決まってる。それに、宿に泊まるならそれぞれの相場も見ておくべきだろうし。まぁそれは明日でも良いか。どっかそこら辺の木にでも登って……。ああそうだ。ご飯って一食いくらなんだろ?
現在銀三枚。銅十枚以内とかだといいな。それだと結構食べられるし。そういうのも見ないとなぁ。つらつらとそんな事を考えているとヘンリーから声がかかった。
「宿……ないの?」
「え?うん。だから野宿っすな」
「ええ!危ないよ!イレデデル達も彷徨いてるんだよ!」
誰?それ?ハゲかデブかガリのことだったような……まぁどうでもいいけど。
「ふっ、平気平気。私は割と逞しいよ?」
「……あの、良かったら僕の家に泊まっていきなよ。危ないから」
おや、なんとお優しい。お慈悲感謝っすわ。まぁヘンリー守れるし近くの方が良い決まってる。
「えーと……有り難いけど。いいの?」
「勿論!……アルくんが狙われたのは僕のせいでもあるんだし」
ヘンリーはシュンとしてしまった。ヘンリーのせいでは絶対ないと思うんだけどなぁ……。しょんぼりしている姿は何だか子犬のようで構いたくなってしまう。相変わらず長い前髪で顔は見えないが、感情があからさまに前に出てくるのはある意味才能だ。顔が見えないのに分かるなんてすげぇ。
しかし、どんな顔してんのかちょっと気になるな。でも顔に消えない傷とかトラウマあったらヘンリーを傷付けそうだ。
「ご飯ってどこ?」
急な話の変換に戸惑いつつもヘンリーは返事をしてくれる。
「へ?え、えと……夕方の食堂はガラが悪いの多いから。やめた方が……」
「え!ご飯抜き?冗談!」
これ以上抜いてられるか!昼からずっと食べてないのに!良い匂いがする環境でご飯抜きがどれほど苦痛だったか!
そんな風に憤慨していたらクスクスっとヘンリーが笑った。おや、笑えるのか。笑った顔見たいなぁ。
「ふふふ……アルくんって本当に緊張感ないよね。イレデデル達に目を付けられたっていうのに」
「んーそんな事よりご飯が大事かなー……」
「そんな事なんだ……」
神妙な顔つきをして(予想)ヘンリーは呟く。大事だよご飯は。腹が減っては殺戮は出来ないっていうじゃない。くそーこんな事になるんだったらギルドに行く前にご飯行くんだったなー。
「あ、あの。家でご飯作るから……食べる?」
「食べる!」
即答でしたとも。
ヘンリーは小さな家に住んでいた。私が母と二人で過ごしていた位狭い家だ。部屋一つと、台所。これだけだ。トイレはどこかでの簡易トイレで済ましたり、茂みで行う。まぁ異世界だからこんなもんかと思っていたが、ヘンリーによると、下水道は家庭に割と普及しているようだった。
ヘンリーの場合、お金が極端に無かったのでつけられなかったようだ。ふむ、異世界人が突貫工事でもしたかな。そういえば街でもあんまりそういう匂いはしなかったな。
ありがとう名も知らぬ異世界人!とっても感謝しています!
ヘンリーは台所に向かってカチャカチャと夕食の支度を仕出す。
「あれ、両親は?」
ヘンリーの身長は私より頭半分だけ出ているくらいで、まだ幼い。
「あ……イレデデルの仲間、みたいな奴に、殺されちゃって……あ、イレデデルっていうのはさっきの3人組でね。イレデデルはその時いなかったんだけど、後の2人が別の仲間を連れて来てて……」
うん……。なんとも暗い雰囲気が家を満たす。それにしてもあいつらクズだな。もう殺っていいよね?ね?うぜぇなあいつら。なんなんだチクチョウ!人の命なんだと思ってやがる!
「そっか。私も母さんは誰かに殺されて。父さんと兄さんも今捜索中なんだよね」
「えっ」
私がヘンリーの古傷を抉ったんだ。私の方も答えねばなるまい。
「え、えと。ごめん僕ばっかり辛いんじゃなかったんだね……アルくんって明るいから……てっきり」
「いや、こっちこそ嫌な事聞いてごめん」
「そ、そんな。いいよ別に」
ヘンリーは慌てて顔を振っている。
「……うん。僕も頑張らなくちゃなぁ……」
と、そう呟いていた。
ヤンキーに絡まれました。