6話
「もう行っちまうのかい?」
そう言って名残惜しそうに私を見送るシェスティさん。シェスティさんの旦那は早くに亡くなっており、息子も魔物に食い殺されたらしく、昨日は遅くまでシェスティさんと話し込んでしまっていた。お金の常識なんて便利な事も教えて貰った。貴族の家にいたから常識が外れているかも、と相談したら喜々として説明してくれた。通貨の単位は銅、銀、金、白金とあり、100ごとに単位が変わる。私が魔王城から掠め取ったのは銀貨3枚。それなりに暮らせるが、色々あるのですぐになくなってしまうだろう。
「短い間ですが、貴重なお話も聞かせて貰って……大変お世話になりました。ありがとうございます」
そう言って頭を下げる。お礼と言ってはなんだが、村に魔物が入ってこれない結界を張っておいた。念入りなので、五年は持つかと。それ以上持つかもしれないけれど、試したことがないので分からない。とりあえず五年は安心して眠れますよ。
「いいんだよ、私も、息子が帰ってきたみたいに嬉しかったからさ。またいつでもおいでよ」
ちょっと顔を赤らめて照れているようだった。一泊だけだったが、とてもお世話になった。
「ありがとうございます。機会があれば、また是非」
そう言って私は南にある街、トリエステを目指した。
旅は順調だった。前世でもサバイバルをした事があるため、野宿なんかも余裕。むしろ前世の頃より格段に快適だった。喉が乾けば水魔法。狩りは補助魔法で動きも良くてナイフで一瞬。焼くのは火魔法。生活魔法くらいなら使っても問題あるまい。敵察知「オーブルサーチ」で敵への対処もバッチリ。昔は熊に怯える事もあったからなぁ……。
トリエステはあの村からは歩いて歩いて一週間は掛かるみたいだった。私の場合もっと速く行けるのだが、ちょっとこっちの世界の動物とかもしっかり見ておきたいので同じだけかかるだろう。
なんというか、今すっごく楽しい。異世界満喫中だ。見たこともない動物(おそらく魔物)が襲いかかってきたりするのだ。それに対処出来るだけの体力と力があるってのも楽しんで居られる所以だ。これで全く対処出来ないなら死ぬんだろう。でも、まぁ対処が出来るような人物だからこそ誘拐されたりしたんだけれど。
全くの無力ならあの村からずっと出れずに、魔物に襲われて死んでいたりするのだろう。そう思うと、逆に魔王として生まれた事に感謝すらしてしまう。魔王だからこそ母が死んだんだから、不謹慎だけれど。
四日程歩いた所で、敵察知「オーブルサーチ」で人の反応があった。見ると人一人に魔物五匹。危険な状態だと後味が悪いので一応見に行ってみる。
「うわぁあああ!寄るな!くそ!」
見ると、茶色の髪の青年が剣を振り回して魔物と戦っていた。姿は傷だらけで、相当危険な状態だと分かる。見ているそばから魔物が青年の息の根を止めようと襲いかかる。
「わぁあああああああああ!」
青年は次にくる衝撃に備え、また死を覚悟し、目を瞑った。が、衝撃はいつまで経っても訪れない。
「……?」
不審に思ってそろそろと目を開けると、魔物はすべて剣で斬り殺されていた。辺りには血の匂いがしている。良く解らないが助かったということだけは理解したらしい。
「あれ?自分がやったのか?未知なる力の発現?」
「ふっ」
「おわぁ!」
なんかアホな事を言っていたので思わず笑ってしまった。笑い声で気付いたのか、大変驚いてらっしゃる。その反応が面白くてくつくつと笑っていると、青年は状況を理解したらしい。
「お、ぼ、坊主が全部やったのか……?」
半ば信じられない様子のようだ。ん~異世界事情は良く分からんけど七歳ってのはこんだけ戦えるのだろうか?まぁ今更だ。取り合えず無邪気な少年でも演じましょうか。
「そうだよ。冒険者目指してるんだ!」
ぐっと親指を立てて自慢げに将来の希望を話す。嘘は言っていない。今から冒険者ギルドに登録しに行くのだから。
「おお、そうか。なるほどな。こんだけ強けりゃ将来有望だな!」
青年も私と同じように親指を立てて話す。なかなかノリの良い青年だな。
「村でも一番強かったんだ!」
村どころか世界破壊出来ます。魔王っす。
「そうかそうか……ああ、この先のトリエステに向かってんのか。冒険者ギルドあるもんな、あそこ」
「そうだよ~」
「そうだ、その前に俺の村に寄っていかねぇか?命を助けてもらったお礼もしたいし」
おおー良い人だな。でも今は目的あるし。
「でも今トリエステ優先かな」
「…………いやぁほら、ここらの魔物って強くて……」
……なるほど、護衛か。なんで対処出来ない所まで入り込んでいるんだコイツはドジっ子なのか。私がじっとりと眺めていると気まずいのか視線を逸らす。
「今日は嫁の誕生日で……大きい獲物でも捕まえて喜ばそうとしてたんだ……」
「それで死んでしまったら元も子もないね。最悪の誕生日になっちゃうところだったね」
「ううっ言い返せない!」
なるほど気持ちは分かるが嫁の気持ちも読んであげろ。……前世の嫌な記憶が蘇ってしまう。ワクワクしながら家で待つあの日の事を。嫁さんは彼が帰ってくるのをずっとずっと待ち続ける。その後の死の知らせ。あれはキツい。正直この青年のしている事は彼女を苦しめる結果になってしまう所だった。助けて本当に良かった。ったく、やるなら出来る範囲の場所でやれよな。
「で、まだ獲物取れてないから手伝って欲しい」
……なんて図々しい人なんだろう。
私は彼の傷を癒してあげ、狩りをする事になった。青年の名前はジャン。24歳で二人の子供がいて、主に狩りをしているそうだ。村は100名近くしか住んでいない。魔物がよく出てくるらしい。その村に出てくる魔物はジャンでも対応することが出来るらしく、村ではそれなりに腕利きらしい。
あの魔物で殺されそうになる人が腕利き……。ま、まぁ村の中でだけだから。私は自分の力の具合が世界に比べるとどれほどのものかちょっと不安になってきた。
私達は、猪を捕らえた。
「すっげーな。マジで強いな坊主」
「アルだよ。坊主言うな」
私は見た目少年なので、「アルリリア」からアルという名前にしておいた。
名前を伝えてもジャンは「坊主、坊主」と言ってくる。失礼な男だな。
「俺の娘も七歳なんだが、嫁にどうだ?」
「……冒険者でさいきょーになる予定だから。今は遠慮しとく」
七歳に何をオススメしているのだ。そもそもその娘の好みだってあるだろうし。あ、そもそも私は女でした。失念していた。自分の性別失念するってどうなんだろう。ま、いっか。断ったが、ジャンの方も特にその返しに不満はないらしい。まぁ七歳相手だもんな。精神年齢は二十三歳ですがね。そうなるとまだジャンは私より年上なんだな。そう考えるとこの幼い行動をしている青年が心配になってくる。
大丈夫なのか、お前。
「見えてきたぞ。あそこだ」
彼が指差す先に小さな村が見えてきた。
「お帰り!お父さん!」
ジャンの家に着くなりそう言って走り寄って来るのは私と同じ年齢であろう娘だった。私より少しだけ小柄で、つり目で気の強そうな子だった。
気の強そうな割にボフッと父に抱きつき甘えているのでより一層可愛らしく思えてしまう。
「おかえりあなた、あら?その子は?」
ついで出てきたのは妻で、娘とよく似た雰囲気を持った女性と、その隣には三歳程の幼女だった。
「ああ、魔物に襲われている所を助けてもら……ひっご、ごめ!」
ジャンが最後まで言う前に事態を察したらしい妻が物凄い勢いで夫を睨みつけている。なるほど、理解した。普段からジャンは今日みたいに軽率な行動を取っているのだろう。その度に妻である彼女が睨みを効かせて抑えているのだろう。今ジャンが生きているのは彼女のおかげという面があるのではないだろうか?
「ったくあなたは小さい時から変わらないんだから!……ああ、ごめんなさいね?助けてもらったみたいでなんてお礼を言ったらいいのか……」
憤慨を抑えて妻は私に向き直り、改めてお礼を述べる。
「ジャンは昔から『ああ』なのよ。注意しても次の日には忘れるし……それにしても僕は小さいのに随分と強いのね?」
「おお!なんか冒険者目指してるって言っててギルドのあるトリエステに向かってるそうだよ」
「そう、それの邪魔をしたのね……」
落ち込んでいたはずのジャンは既に忘れたように嬉々として会話に入ってきた。聞いた内容に妻はさらに怒りが込み上げてきたようだった。ゴゴゴと音が出そうだ。またマズイ事を言ったと思ったらしいジャンは顔を青くさせて押し黙った。奥様、頼りになります。妻というか保護者っぽいですけど。
「ふっ、いいよ。ついでに狩りの手助けもしたけど。ほい、猪ですよ」
妻のご機嫌に追い討ちを掛ける事実を放っておく。ブチっと妻は切れて完全に説教モードに入る。私そっちのけで付け入る隙なんてない。そうだろう、助けるのは良いが流石に狩りの手伝いまでは我慢なるまい。ついでに護衛で子供を連れ回すその精神。かなり強く説教して矯正しないといつかその行動で良からぬ事も起こってしまうだろう。頑張れ奥さん。
でもその年齢で、もう手遅れ感が否めないけどな。
「あんたみたいな弱っちい奴がお父さん助けたの?」
そう言って私に話しかけてきたのはさっきジャンに飛びついていた少女だった。強気そうだと見た目だけの判断はしていたが、実際も気が強い物言いに思わず笑みが溢れてしまう。『見た目通りの性格の少女』キタ!みたいな。
「何笑ってんのよ!本当はあんたが助けて貰ったんでしょう?私と同じ位の年齢に見えるし。お父さんより強いなんてありえない!」
ああくそ、なんだこの可愛い生き物は。「お父さん至上主義!」だな。これは溺愛もしたくなります。ジャンは子供っぽいので子供の支持も得やすいのだろう。お父さんは強いんだから、あんたみたいな軟弱者認めないわ!
とか、言ってくれないだろうか?
「ふん!否定しないのね!やっぱり嘘なんじゃない。そうだと思った!」
ふむ、可愛らしいけれど。可愛いのが許されるのは子供までだ。この性格をこじらせたまま大人になるのは拙いなぁ。流石に妻が教育的指導すると思うから、部外者は口は挟むまい。奥さん、大変ですなぁ……子供が三人いると。勿論ジャンも「子供」の数に入れてますが何か?反論は認めない。
しかし、お父さんは家族に愛されているようだ。実に羨ましい限りである。
………………
「嵐が怖いの。早く、早く戻ってきてよ!」
外は昼なのに薄暗く、とても不気味だった。実際さっきまでは怖くて怯えていた。しかし、『悪戯』を思い浮かべた途端に心に余裕が生まれ、恐怖心は和らいだ。普段から『良い子』な自分の我が儘に両親は戸惑うに違いない。
そう思っていたのだが、返事は喜々として帰ってきた。
「分かったわ!すぐ戻るからじっとしててね!」
「分かった!待ってろ!」
母と父は待ってましたとばかりに返事をし、電話が切れる。私はちょっと首を捻った。今までこんな風に途中で仕事を放り出す両親を見たことがなかった。何故あんなに嬉しそうに仕事を放棄するのか、ちょっと理解が出来ない。
しかし、両親の事は嫌いではない。いつも孤独の家の中に両親が帰ってくる。そう思うと期待で胸がドキドキとしてしまう。恐怖なんてもう欠片も残っていなかった。
ただ待った。
ガタガタ……ゴオォ……
嵐はまだ収まっていない。外は凄い雨で相変わらず薄暗い。けれどなんだかさっきよりも暗いなんて感じなかった。
ただ両親の帰還に胸を躍らせ待った。
カチカチカチカチ…………
嵐が収まった収まった頃には夜になっていた。両親は帰って来ない。待っても待っても帰って来ない。ただ辺りはすごく静かで、自分だけが世界に取り残されたような感覚に陥る。時計の音だけが私をここに留めてくれていた。相変わらず胸はドキドキとしていた。
でもそれは期待ではなかった。すごく嫌な感じ。今までこんな感覚味わったこともない。
カチカチカチカチカチカチカチカチ…………
ただただ時計の音が無情な時間の経過を教えてくれる。夜なのに灯りも付けずにリビングに居座る。ドキドキして一向に眠ることなんて出来ない。ソファーに背を預け片膝を立ててクッションを抱きしめ目を瞑っている。
両親は帰って来ない。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…………
ずっと同じ姿勢のまま座っていると、瞼に明かりが差し込んでくる。朝だった。愕然とする。なんで。父さんと母さんは?帰って来てないよね?ずっと起きてた。ずっと秒針の音を聞いていた。
……なんで帰ってこないの?
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
「お父さん、お母さん!?」
そう言って飛び跳ねるように玄関を目指す。
……待って。その玄関は開けないで。やめてよ……やめて……やめてくれ!
―――――もうそんな思いはたくさんだ!!
………………
ガバッと布団から目覚める。ドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。嫌な汗が全身を濡らしており、ぐっしょりとして気持ち悪い。
―――酷い悪夢だった。
久しぶりに見る夢。何度見ても慣れない。前世はたまに見ていたが、今世でも見ることになるとは。ずっと見ていないから、てっきりもう見ないのかと淡い期待を抱いていたのだが。その夢は私への罪。悪意なんてなかった。でもそんなのは関係ない。命を奪ったのだ。
その命は二度と取り返すことは出来ない。
辺りはまだ暗闇に包まれており、夜明けまでは時間がある。今日はジャンの家に泊めてもらっている。ジャンの家には客間は無い。よって子供組三人で寝ることになった。
両隣に幼女と少女が眠っている。起こしてしまわなかった事にホッと胸を撫で下ろす。私は布団と共に自動洗浄で汗をさっと洗う。そしてそろそろと起こさないように布団から抜け出した。
部屋の隅に置いてあった剣を取る。壁際に座り、壁に背を預け片膝を立てて剣を抱きしめる。私は未だにあの出来事を引きずっているらしい。随分と女々しい事だ。いや、女なんだから別に女々しくてもいいんだっけ?……まぁいいか。
完全にトラウマだ。PTSDだっけ?心的障害か。まぁ自業自得な出来事なんだけど。それがより一層忘れられない所以なんだけどね。……親友は私のせいではないと言ってくれていたけれど。少し手が震えているのをなんとか押さえ込む。
窓の隙間から月の淡い光が漏れている。窓、と言っても木枠で木の板を持ち上げる形のものだ。ちょっと欠けているので、そこから光が漏れている。そちらにチラリと目を向けると、少女、レナの顔は月の光で照らされていた。
レナは幸せそうに眠っている。むにゃ、と言って寝返りを打ち、顔は見れなくなってしまう。しかし、頬が緩み、穏やかな気持ちを取り戻すことが出来た。
剣を抱きしめた状態のまま、私は目を瞑り、再び眠りに落ちる。
人の気配がするので目覚める。すると朝になっていた。横を見るとボンヤリとした状態のレナが私を見ていた。
「なに、あんた寝てないの……?」
目を擦りながらそう尋ねてくる。私が布団ではなく壁で座っている為そう思ったんだろう。
「いや、寝てたよ。旅してる間はずっとこういう寝方してるから。こっちの方が寝やすくて」
実際、四日程の旅の間はずっとこんな状態で寝ていた。眠りが浅いので気配だけで起きることが出来る。しかしそれは寝る所が無い場合だ。今回は布団があるにも関わらずこの状態で寝た。原因は悪夢。前世でも悪夢を見た日は朝までこの状態で眠る事があった。だからこの体制で寝るのは結構慣れたもんだ。まぁそんな事情は知らんだろうからもっともらしい理由を言っておくけど。
「そう……不憫ね」
七歳の少女に可哀想な人扱いされるとは。なんてこった。この体勢でも眠れるし、敵察知対策的にも便利な寝方なのだけど。……ふむ、不憫なのか、この寝方。嗚呼、そういえば今の私の年齢は七歳だっけ。
七歳の子供が座って寝ないと落ち着けない状態。……うん、不憫だ。
「ふっ、心配してくれてありがとう」
レナはお父さん至上主義だが、心根はとても優しいのだ。自分と同じ年齢の子供がそういう状況なのは、何か思うところがあるらしい。思わずニヤけてしまうのも仕方ない。
「な!ば……馬鹿ね!別に心配なんてしてないわよ!お気の毒って事よ!馬鹿にしてるの!馬鹿じゃないのっ!」
レナは顔を一気に赤くさせて言い訳をしている。もう眠気はふっとんだようだ。馬鹿馬鹿と私を罵って来るが、悪意なんて感じない。単なる照れ隠しだった。とっても微笑ましい事だ。
「そういうことにしておいてあげるよ」
そう言って出て行くと、扉の向こう側からムキー!という声が聞こえていた。なんとも……和んでしまう。
ニヤついた顔のまま台所に行くと、妻ライリが朝ごはんの支度をしようという所だった。昨日猪を狩ったのでその肉を使うのだろう。村の人間にも分けてあげていた。その肉を持って睨んでいた。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
「なんで肉を睨んでるんだ?」
「ああ……昨日のジャンの失礼を思い出してしまって」
なるほど、肉を見ただけでもイラつくようだ。
「本当に昨日はありがとうね。ジャンがいないと男手がなくなって困る所だったし、感謝してるの」
そういって彼女は優しく微笑み、私の頭を撫でる。……んー撫でられるのはちょっと二十三歳の精神的にちょっと厳しいなー。しかも子供扱い。いや、まぁ嬉しいからいいけど。見た目的にも問題ないし。
「レナに手を出しても良かったのよ?」
とんでもない事を言うので吹き出してしまった。
「ゴフッ……ゲホゲホ……なにいってんだ!子供相手に!」
「あら?その割には意味がちゃぁんと分かってるみたいね?」
「いやいや、そういう問題でもないよ?」
ライリさんはクスクスと笑いながら私を撫で続けている。私は睨む位しか反撃出来ない。まぁ背が低いので上目遣いになってしまう上に、咽ているので全く効き目はなさそうだったが。
「お母さん!何言ってるのよ!」
顔を真っ赤にさせたレナがやってきていた。どこから聞いていたのだろう。まぁ察するに「手を出す」云々からだと思うが。
「クスクス……レナもアルくんの事好きでしょ?」
「嫌いよ!」
「照れてるのね」
「照れてない!」
母は強し。ライリさんに押されている。レナが涙目になってきている。最初こそレナは私を嫌っていたが、父ジャンと交えて話をしているうちに仲良くなっていたのだ。ジャンを助けた事を疑った事もちゃんと謝ってくれていた。
「さて、朝ごはん出来るまでの間裏の畑に水やってきてね。勿論アルくんとふ・た・り・で」
ふふふー!と極上の笑顔でレナに用事を言いつける。拒否権なんてないよ?と目が言っている。従うしかないようだ。
「べ、別にあんたなんて、す、すすす好きじゃないんだからっ」
ツンデレキタ―――!
畑で水を撒いている間、ずっと人形のようにガクガクとしており、挙句にツンデレ定番の一言。本当に有難う有難うございます。ご褒美ですね、分かります。
「うんうん、分かってるよ」
「その顔全然わかってない!」
おや、顔に出てた?いやぁ好かれるのは単純に嬉しいものだよ。七歳だし、とても微笑ましいワンシーンだ。和む。思わず顔がニヤけてしまう。
言っている間に畑の水やりは終了し、丸太に二人で腰を掛ける。朝ごはんが出来ると母がジャンを起こしに行く声が聞こえてくるので、外にいても大丈夫だと言っていた。ジャンの寝起きは悪いらしくガンガンと叩かれ、怒鳴られるのが朝の日常風景らしい。
「ねぇ、なんで冒険者になろうとしてるの?危ないし、死ぬこともあるってお父さん言ってたんだけど」
「んーそうだねぇ……夢、だからかな」
正直なところあんまり理由なんてない。ただ前世だと冒険者とかファンタジーってのは男のロマンだし、なにより楽しそうだ。未だ出会った事のない魔獣、魔物、魔族、種族、そういうモノにもっと触れたい。
前の世界じゃ魔法なんて無いし、ほとんどの事柄が科学で説明可能だ。まぁ生命だとか、宇宙だとかにはまだ神秘は眠っているからそれはそれでロマン溢れてたんだけどね。
やっぱ前の世界にないものってのはワクワクしちゃうよね。
「そ、そんな大きな夢があるの?なんで?死んじゃうんだよ?怖くないの?」
「怖くはないよ。むしろ、世界を見ることを楽しみにしてる」
死ぬなら死ぬでそれでいい。魔王は世界に破滅を齎す。むしろ死んでほしい。人間全員が私の死を願うだろう。私も望んでいる。
『死にたい』なんて口が裂けてもこの子には言えないけどね。心を痛めるに決まっている。
「……そう、なの」
レナは俯き、何か考えているようだった。すると、「起きろー!コノ!ボケ!が!」という声が聞こえている。何かを殴るようなドスッドスッという音まで外に漏れてきている。
「……」
「……ご飯ね」
なんとも朝からパワフルなことだった。
前世の悪夢に悩まされる主人公。




