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47話

……ラファウ・クラ・ラミル視点……


 私はラファウ。ラファウ・クラ・ラミルという。ラミル家の長男として生まれ、何不自由ない暮らしをしてきた。アレが欲しいと言われれば、なんでも出て来たし、コレが気に食わないと言えば、目の前から消えてくれた。そんな私を咎めるどころか、皆は持て囃してくれていたから、私が間違っているだなんて考えもしなかった。


「君は、ご自分の目で城下を見た事があるのですか?」


 青い瞳と、青い髪の少年は言った。彼がまだ無名だった頃だった。その真っ直ぐな眼差しにハッとさせられた。自分の足でしっかりと前を見据える彼は、『監査人』ロイ。ロイ・ルゥス・コルネリウス。まだ幼さの残った彼は私の間違いを指摘した。

 勿論反発もした。だが、本当に自分の目で見た事がなかったので、皆に隠れて城下へ降りた。

 愕然とした。私とはまるで違う劣悪な環境に、吐き気さえした。そこでようやく、ラミル家という貴族の悪辣さが見えた気がした。

 貴族は、平民から吸い上げた金を好き放題使えるものではない。平民の環境を良くする、国を良くするためにあるものだと、ロイは言っていた。私が教わっていたものとは真逆の教えに戸惑った。

 だが、吸い上げるだけ吸い上げて、放置するラミル家を「良い貴族」だとは思えなかった。


 父に直談判してみたが、それがいけなかった。すぐに私の家督が破棄された。通常、長男が継ぐものだというのに、だ。辛うじて住まわせてもらっている、という環境に変わった。

 そこでようやく平民が強いられた環境を理解した。こんな憎い気持ちだったのか、と。


 私は夜の街に繰り出した。武器を持っていても、危険な街だった。昼間はマシだとしても、夜は酷い。たまに人間の死体と遭遇する事もある。

 しかし私は街へと足を運ぶことはやめない。それは平民たちへの懺悔なのか、良く分からない。けれどこの目でこの街の状況を見ておかなければならない。そう考えていた。


 毎夜街に繰り出していたが、近頃、妙にゴロツキ共が殺気立っている。普段から危険な事に変わりはないが、もっとピリピリとしている。少しの間、夜に出歩かないようにした方が良いのかもしれない。

 そんな事を考えながら路地をあるいていると、緊張感の欠片もない少女がとてとてと歩いていた。


「……っ!?」


 こんな危険な街を、少女だけで夜中歩くなんて常識外れな。少女は帯剣していたが、とてもではないが少女に扱えるようなものには見えない。

 怒鳴りつけたい衝動を抑えて、なんとか平静を保って声を掛ける。


「お嬢さん、こんな夜更けにどうされました?」


 くるりと振り返った少女にさらに驚く。月夜に照らされたその顔は、人形のように白く、繊細な作りをしていた。どう見ても貴族のご令嬢だった。何故こんな令嬢がこんな所に。男物の服を着ているが、その貴族の身のこなしは隠しきれていない。仕草に高貴さが滲み出ている。

 まさか彼女も私と同様の感想を抱いている等知る由もない。


 そんな令嬢が警戒したように眉を潜めている。私は肩を竦めてしまった。こんなご令嬢、こんな所にいるのは危険すぎる。恐らく家出でもしてきたのだろう。しかし、こんな所を歩くだなんて危険に過ぎる。


 そう注意をすると、きょとんとした後、苦笑いを浮かべていた。その笑いはなんだか幼く見えて、心配になる。


 出来るだけ安全な所に道案内しようと近寄る。近寄るのだが、全く警戒をしていない。本当にこの子大丈夫なのだろうか?

 顔も見せていない男が近寄るのだから、もっと警戒して然るべきだ。

 この子の親は、どういう教育をしてきたんだ。こんなに無警戒だなんて……あと少しで手が届くという所で、少女は思わぬ言葉を吐いた。


「案内ですか。助かります……ラミル家はご存じで?」

「……!」


 思わず少女から離れた。剣にも手を付けておくことを怠らない。ラミル家への刺客か……私を殺すために来たのだと思ったが、どうにも少女の反応は鈍い。

 不思議そうに首を傾げる姿は年相応だった。警戒しつつも、復讐かと問えば、曖昧に頷く。そんな曖昧な返答をする位で、ラミル家に歯が立つとは思えない。

 正直イラッとしてしまって、怒鳴りつけてしまった。その際、髪を隠したフードがずれてしまった。慌ててフードを被りなおすが、目の前の少女には見られた事だろう。

 ブラックフォードのオレンジの髪とブルーの瞳と言えば、ラミル家だ。しかし、少女は首を傾げるだけ。その反応に私も首を傾げる。まるでラミル家など微塵も知らないような反応だった。


 聞けば本当に知らないみたいだった。恐らく、友達とか、誰かがどうにかなったとか、そういうものだろう。そんなふわっとした曖昧な理由で……呆れてしまう。この子にはもっと教育的指導が必要だった。

 説教しようと口を開いた時。


「見つけたぞ」


 ゴロツキが私達を囲んでいた。しまった、最近きな臭いとは感じていたが、こんなに大人数で掛かって来るとは。流石の私もこの人数では生き残れない。


「かかれ!このガキだ!」

「ふっ」


 驚いた事に、ゴロツキのリーダーは少女にしか用がないように見えた。ラミル家の私ではなく、この少女に?何故だ。訳が分からないが、この少女は間違いなく殺される。

 背中に嫌な汗が流れる。しかし、危機感がまるでない少女は呑気に微笑んでいた。腰に付けた剣に手をかけてすらいない。

 目が合った少女は、信じられない事を口走った。


「どこのどなたか知りませんが、巻き込まれる前に逃げた方が良いですよ」

「何言っているんですか貴方は!こんな大勢を前に……私が引きつけている内に逃げなさい」


 その性根を叩き直してやりたい気分になった。この少女はゴロツキのカンに触るようなことでもしたのだろう。この呑気な態度から、想像に難くない。

 私のイライラした気持ちとは裏腹に、少女はとても良い笑顔を向けて来た。


「ははは、ご心配には及びません。生憎ですが―――ここの連中なんて息をするほど簡単に殺せるんで」

「―――っ!」


 さっきまでののほほんとした空気が霧散し、殺気が漏れる。

 その冷たい言葉に、息をのんだ。心の底から、少女は言っていた。「こんな虫、簡単に殺せる」と少女はその瞳で語っていた。どんな風に生きたら、こんな殺気が放てるのだろう。

 私が呆然としていると、ゴロツキが少女に飛び掛かる。少女は、特に気にした風もないように……とても軽く蹴った。軽く……とは、少女の動作だけを見ただけの感想だ。

 蹴られた側の男は、石の壁にぶち当たって気絶していた。当たった石は、信じられない事にヒビが入っていた。現実離れした光景に、誰も動けない。


 少女はゆったりとした仕草で足をおろし、周りを見回す。


「さぁ、死にたい奴からかかってこい」


 その何も映していない瞳に、ゾクリと背筋が震えた。茶色だと思っていた瞳はどこまでも闇に染まっており、心臓が鷲掴みにされたように動けない。

 その無感情な瞳は物語る。次に来た者から順に殺してやる――と。その恐怖に誰かが逃げ出した。それに釣られるように、俺も、俺もと逃げて行く。無理もない。


 こんな化け物見た事ない。


 誰もがそう感想を述べるだろう。蹴っただけ、蹴っただけだ。なのに、そう感じずにはいられない恐怖が詰められていた。恐らく、ここの街のゴロツキを全員集めた所で惨殺される程の力量差がある。


「君は、何者だ?Sランク冒険者……?いやまさか」

「私はアルと言いますよ。貴方のお名前をお聞きしても?」

「……君に、助けてほしい」


 これだけの力量差があるなら、ラミル家を滅ぼす事が可能なのかもしれない。名を言うのは正直怖い、言った途端、殺されても可笑しくはない。だが、それならそれで好都合なのかもしれない。

 ラミル家を全員殺してくれるなら……この街はきっと前よりもっと良い街になる。

 名前を言わなかったせいで少女はスネていた。本当、信じられない程年相応に見えるその姿は、先程の暗い瞳が嘘のようだった。少しだけ気が楽になった。


「いや、済まない……私はラファウ。ラファウ・クラ・ラミル。ラミル家の長男だ」

「はっ!?」


 驚いた声を上げるが、攻撃を仕掛ける気はないようだった。正直、私の本名を告げるだけで襲い掛かってくると思っていたのに……その人間らしい表情に拍子抜けしてしまう。


「君への依頼はラミル家の暗殺だ。むろん、私も含めて殺して貰って構わない」

「ちょちょちょ……!?」


 畳みかけるように依頼を申し出ると、アタフタしていた。……本当に大丈夫だろうかと心配になってきた。先程までのはハッタリか?……いや、男が吹っ飛んだのは見間違えようもない。

 少女は空を見上げてさらに慌てふためいた。


「すみません、私夜しか動けないもので……何時になるか分かりませんが、その話はまた今度でいいですか?」

「ああ……」


 それだけ言って、少女は目にも留まらぬ速さで私の視界から消えた。どんな速さだ。現実味に欠ける。

 少女が駆けて行った先の道を直ぐに見てみたが、忽然と消えていた。本当に、彼女は何者だったんだろう。


「アル……か」


 彼女はそう名乗っていた。アルと呼ばれてすぐに思い浮かぶのが巷で噂の『閃光』のアル。Sランク最有力と謳われる船の英雄。

 私はその考えをすぐに打ち消す。確か『閃光』は男という話だった。それに、その噂が持ち上がったのは『獣人の街』へ向かう途中だという話だ。帰るのにもそれなりに時間が掛かる。

 確かに噂が届くくらいだから移動は可能だろうが……。


 あれ以来、街のゴロツキは何かに怯えるように大人しくなった。なんだか分からないが、治安が良くなったので良しとしよう。

 メインストリートから顔を出すと、茶色の髪の少女が立っていた。その姿はアルだった。思わず声を掛けてしまう。


「アルちゃん?」


 こちらに動いた瞳が、何も映さない暗闇で、ゾクッと背筋が震えた。


「あ」


 そう声を上げたアルは先程のような顔は残っていなかった。瞳も茶色に見える。無邪気に、年相応の笑顔。それが余計に、先程の顔と相まって気味が悪かった。得体のしれない何かだとは思わずにはいられない。


「すいません。もう帰らないと」

「そうですね、私も帰らないといけません……では」


 日が昇る……その頃には私も城へ帰らないといけない。城に向かって歩き出してすぐ、アルくんの気配がなくなった。後ろを振り返ると、本当にいなくなっていた。ただ単に、速いだけ?……いや、「アレ」はなんだ?形容し難い恐怖に、体の震えが止まらない。


 「アレ」は、きっとラミル家なんかよりももっと性質の悪い何かだ。


 その考えに至って、私は首を振った。無邪気そうに笑う顔、のんびりした顔、慌てる顔を思い描く。長く共にいた訳ではないが、彼女が無暗に攻撃を加える様な人間ではない事は分かる。しかしどうしても、私は体の震えを止める事が出来なかった。




……主人公視点……


 前回城が見えたあたりの場所に降り立つ。相変わらず周りは暗い。城は見えるので、そこに向かう。


 城の近くに来た。かなりでかい城だ。警備も厚い。街の人間から好きなだけ搾取して手に入れた金で作ったんだろう。ラファウが暗殺してくれと言ってくる位にはクズ共だということだ。

 私の時間は少ない。出来るだけ多くの事をしてから行きたい。


 おもむろに茂みから体を出す。すぐに警備の者が気付いた。彼が声を出す前に命令する。


《黙れ》


 声が出せなくなった男は、喉を押さえて喘いでいる。そいつの腕を掴んで茂みに引き入れる。暴れたので、《動くな》という命令もしておく。命令された男は石のようにピタリと止まる。わぁ、すっごい便利。


《質問に答えろ》

「この屋敷はラミル家の物か?」

「そうだ……!?」


 その表情は飽きたよ。驚いたんですね、分かります。索敵に人が近づいてくるのが分かった。しかしこちらに向かっているという訳ではなく、隣あたりを通り過ぎようとしているみたいだ。

 顔を向けると、以前見たローブだった。ラファウだ。警備の男は放置して、ラファウの方に向かう。ラファウの口を塞いで、さっと茂みに隠れる。少し暴れられたが、私を見てすぐに抵抗をやめたようだ。


 隠れて落ち着いたところでラファウの口を解放する。


「アルちゃん、来たんですね」

「まーね」


 周りに気付かれないように小声で喋る。まぁ、声が漏れないように結界をしてますけれどね。しかし近くでみるとやっぱりイケメンですね。私ドキドキしますよ。


「さて、ご依頼は暗殺だったかな?」

「ええ……」


「ふっ、じゃあ。全員動けなくするから、どれが暗殺対象か、教えてよ」

「―――っ!?」


 この城にいる人全員を止めるなんて造作もない。『リーザック』を止めた時よりは余程簡単だ。あの時は闇属性の傀儡だったけど、これだけ魔力量が少ない人が多いならバインドで十分だ。

 というか、バインドじゃないと止められないだろうな。傀儡は便利で消費魔力量も少ないけど、声の届く範囲にしか効果がない。バインドなら網羅出来る事だろう。すっごく便利。

 潜入とか、そういう七面倒な事、今さらやってらんないよ。自分が魔王として復活しちゃうって分かっちゃったし。さっさとケリを付けたい。


「本当に……貴方は何者なのですか?」

「やだな……ただの冒険者ですよ。さぁ、行きますよ」

「ちょ……!?」


 私はラファウの手を引いて茂みから歩き出す。ラファウは慌てていたようだが、全員が止まったような状況に、息をのんでいるようだった。


 楽しいな――これだけ人間がいると、殺すのも楽しいな――。


 アスタロトがそっと私に囁く。嗚呼、本当に、私は。私が殺すべきは、ラファウが命じた者だけだ。ここに勤めているだけの無関係な人は殺しちゃダメだ。分かってる。分かってるよ。

 すぅはぁと息を整えながら歩く。その度に何故かラファウがビクビクしている。失礼だな、まだ誰も殺していないのに……待てよ?もう殺したっけ?いやいや、落ち着け、たぶんまだ、殺してない……。


「彼が私の父であり、元凶です」

「そう」


 豪華な部屋で、身動きが取れないブタが、冷や汗を流していた。恐怖に歪んだその姿は、なんだか滑稽で、笑ってしまった。

 さて、ギルの仇でもあったな、この人……でも、ギルの他にもコイツで被害になっている人はいるんだろうな。


 私は瞳を閉じて思案する。さぁ、こいつを殺すのは簡単だ。でもそれで良い?満足する?なんだか、今人を殺したら、取り返しがつかなくなる気がする。人を殺す快楽に、溺れてしまう恐怖。この人を殺して、私はそれに耐えられる?殺せる、簡単だ。殺したい。血に染めたい……ああ、ソレが怖い。

 そして、残されたラファウ達はどうなるのだろう。ラファウの企てた暗殺なんて案は簡単に浮かぶだろう。なんらかの理由でラファウに家督は継げないようになっているはずだ。そうじゃないと暗殺なんて頼まない。現にこうやって暗殺しに来てるしね。色々理由言っているけど、私がチキンなだけだ。

 得体の知らない恐怖がすぐ後ろまで迫ってきている気がするのだ。多分、あと一人殺したら、それが最後だ。


「ちなみにこの人に傀儡で、「平民に優しい、政治策も良好な超絶善人になぁれ」とか命じれるんだけど、どうかな?」


 私がラファウに問うと、きょとんとした後、爆笑された。さっきまでオドオドしていたのに……急な手のひら返しである。


「あはは……そうですね、その方が安全なのかもしれませんね。出来るなら、そうして貰えますか?」

「がってん承知」


 私はその返事にホッと息をつく。ギルの仇を取る事をしなくて済む。今の状態で人を殺さなくて済む。

 大丈夫、この人が善人になるようにするだけだ。平民も、ラファウも、皆幸せになる事だろう。


 殺せ、殺せ、殺せ……


 どうしようもないこの殺人衝動を抑えて、私はラミルに命じた。

ラファウが爆笑したのは、冗談だと受け取ったからです。

冗談を軽い冗談で返しただけだったのですが、アルはガチだと受け止めました。マジで善人に変えられてラファウは後で動揺しまくります。

でも嬉しい誤算なので、アルに感謝と恐怖を抱く事でしょう。

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