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46話

 帯剣し、騎士の衣装を身に纏い、騎士達の練習場を眺めて嘆息する。『閃光』のアルとして練習を見ていたが、女バレした後も相変わらず騎士の訓練に付き合っている。

 最近魔王復活が囁かれているので、気合も入るだろう。表向き、私は騎士達の上官になっている。なんでこうなったか知らない。

 私は再発行された正式なギルドカードを見て溜息をつく。性別・女性。名前・アルリリア。二つ名『閃光』。ランクS。


「はぁ……」


 魔王がSランク冒険者ってどうよ?もう死ぬ予定なのですが……。いや、うん……なるべく抗おうとはおもっているけれど、ね……。ちょ、何勝手にSランクに上げちゃってるんですか、オウサマ……。

 騎士達の剣が打ち合う、金属特有の音を聞きながら再度溜息をつく。


「……ところでなんでレイが騎士団に入ってるのかな?」


 今になって気付いたんだけどね……なんか最近見ないな~と思ってたら騎士に紛れていたらしい。馴染みすぎでしょ、どう考えても。


「気付かなすぎだろ」

「馴染みすぎだろ」


 今思えば王城に来た時から見なかったかもしれない。余程煌びやかな衣装を着るのが嫌だったんだな。その気持ちはわかる。良い動きの奴がいるんだな、とか考えてたらそれがレイだった訳だ。その心がけや良し。みっちり鍛えてやる。魔王も復活しそうだしね。

 レイと軽く会話していると、人の怒鳴り声が聞こえてきた。目線をそちらに向けると、騎士同士で何やら言い争っている様子。互いに睨み合い、胸倉を掴み合っている。

 今にも殴りかかりそうだ。


「お前……それがいいたいのか」

「はっ!だからどうした」


 2人のやり取りに他の騎士は微妙な顔をしている。


 ガン!


 石を割る様な、金属のような大きな音が訓練場に響く。私が、剣で岩を斬った音である。その音でハッとした2人がこちらに意識を向けたようだ。

 2人は手を離して、私と岩を交互に見て青ざめている。その反応に満足して剣を鞘に納める。

 ニコッと笑いかけたら、2人共「ひっ」と喉を引き攣らせている。……失礼である。


「……何?なんの喧嘩?」

「「……」」


 2人とも黙って俯く。黙ってちゃ、話にならないのだけれど。私は顎に手を当てて考える仕草をしながら、周りに目線を向ける。周りの騎士達は目が合った瞬間に目線を外す。


「訓練中に、喧嘩なんて、随分余裕だね?魔王復活後、余裕で生き残れる自信がある訳だ」

「「……っ」」


 2人共悔しそうに唇を噛みしめている。私はぽーいと剣をそこらに投げ捨てて、2人に臨戦態勢を取る。


「斬りかかってこい。大丈夫、まとめて組み伏せるから」


 ニッコリ笑って挑発してみる。2人共少し震えながら剣を構える。全然なってない構えだ。それじゃあ大切なモノが守れないぞ。私は瞬時に踏み込み、2人が動く前に地面に叩きつけた。周りの騎士が息をのむのが分かった。

 パンパンと手を払って放り投げた剣を拾って地面と戯れている騎士2人に向き合う。そして、丁度2人の間に剣を突き立てる。ザクッと地面に突き立てた瞬間2人共ビクッとしていた。


「で、なんの話?それって死ぬより大事な事?」


 私のセリフに全員凍り付く。いや、うん……別に殺さないよ?これはほら、魔王復活時に死んじゃうよって意味で……、言葉が足りなかったかな。まぁ、いいか。


「こいつが……俺の女を寝取った」


 組み伏せられた1人がそろそろと消え入るような声で喋る。寝取られ……。うん、痴話げんかですか。私は大きく溜息を吐く。


「王城の騎士様が……情けない」

「……っこいつと同じ事を言うんだな!」


 寝取られ男は悔しそうに顔を歪める。私は緩く首を振る。


「お前だけじゃない。寝取った側も、両方情けない」

「……」


 2人共押し黙っている。周りの騎士も黙っている為、とても静かだ。時折聞こえてくる鳥の囀りが大きく聞こえてくる。爽やかな風だな、と若干呑気な事を考えてみる。


「魔王復活した後、その大事な女とやらも、お前らも、全員何も守れずに死ぬぞ。訓練は、遊びじゃない。随分と平和な時間が長かったようだけど、神託は受けている。そんな怠けた脳みそで、お前らは何が守れる?」


 2人共ポカンと口を開けてしまっている。とても情けない姿である。騎士は貴族の子息がなるものが多いので、見目は麗しい。この2人も上の下と行った所か。情けなく地面にへばりついてポカンしている様は実に滑稽だけどね。私は刺していた剣を抜き、土を振り払って鞘に納める。


「少女に負かされるお前らに何が守れる?お前らが思い描く未来はなんだ?私だって遊びじゃない。貴様ら全員生き延びて、街を守り抜いて欲しいと思うからこそ、訓練を付けている。惚れた寝取ったは世界が救われてからにしろ。何もかも亡くした後じゃ、話にならない。お前らは死地に立ったことがないらしい。いつ何が失われるか分からない恐怖を、味わった事がないなんて、なんて、幸せな……」


 私は強く拳を握りしめる。ギリッという音がして僅かに血が滲む。寝て、悪夢を見る。曖昧なあの淵に立った後、どれだけの不安を抱えて目が覚めるか。彼らは知らないのだろう。知る由もない……ああ、分かってる。彼らはとても幸福な世界に生きてる人間だ。そんなの知る事も出来ないだろう。

 だが、これからはそうはいかないかもしれない。私の前では、人は簡単にその命を散らす。それも、瞬きを終える瞬間に死ぬ。弱い、弱すぎる。その覚悟の前では私と対峙するまでもなく、活性化するであろう魔物達によって無残にも死にゆくであろう。


「……まるで経験値が違うようですね」


 気が付くと、シャオたんが立っていた。気付かなかったよ、流石シャオたん。


「これ以上、騎士の情けない姿をさらすな!立て!」


 シャオの声にビクリと震えて2人がフラフラと立つ。お、やっと立ったか。結構ダメージでかいけれど、腐っても騎士。ちゃんとおっきできるのでちゅね。えらいえらい。


「すいません。アルさん」

「いや……」


 シャオたんが申し訳なさそうに謝罪する事ではないよ。


「私の威厳が足りないかな?もう少し彼らには深淵を味あわせようかな……」


 私の言葉に周りの騎士達が青ざめる。


「……本当に死にそうなので、手加減して貰えると助かるのですが」

「それは、本人次第かな?あんまりヌルイようだと、どうせすぐに死ぬよ。早いか、遅いかの問題ですよ?」

「アルさん……」


 はぁ、と浅く溜息をつくシャオたん。その吐息が妙に色っぽい。シャオたんイケメンだな。見た目も中身もイケメンとは……。


「ちゃんと訓練して貰わないと、困るんだ……全員生きていて欲しいからね」


 ふ、と私が笑うと、シャオたんも柔らかく笑ってくれた。私は、人が誰もいないあの風景なんて、みたくない。地が赤く染まり、私の目の前には只勇者のみ。あの光景はゾッとするほど空虚で、安心して、居心地が良くて……私を捕えて離さない。



 その出来事があった御蔭か、騎士の動きもさらに洗練されてきた気がする。ちょっとパサパサしている王城のクッキーを頬張りながら訓練を眺める。私に見つめられた騎士達は凄く青ざめるけれど、緊張感があっていいのではないだろうか。まぁ、ちゃんと訓練してくれるのは良い事です。


「よし、次は走り込みな。王都を回れた者から昼休みだ」

「し、死ぬ……」

「地獄だ……」


 私のセリフに騎士達から絶望の色が見えた。なんてったって王都は広い。けれど、頑張れば回れるさ……たぶん。


「さぁ、後ろから順に殺されたくなかったら走れ」

「ひいい!」


 ニッコリ笑うと脱兎の如く騎士達が走り出す。ははは、面白いな。ニコニコしていると、後ろからポコッと叩かれた。首を回すと、ギルが書類を丸めて立っていた。その丸めた書類で叩いたのだろう事は直ぐに分かった。

 私は叩かれた個所を軽くさすりながら、体ごとギルに向き直る。


「やりすぎ」

「ふ……そう?」


 ギルが胡乱な目で見てくる。そして、はぁ、と溜息を吐く。


「アル……最近ずっと働きづめだろ?休み貰ったから、城下に行かないか?」

「ふむ」


 休み……休みねぇ……。まぁ騎士達も休息が必要だろうし、確かに良い機会かもしれない。


「兄さんとかは?」

「まぁ、クラウドとかリョウとか、ラインハルトも暇といえば暇なんだが……断ってきた。覚える事を優先したいそうだ。マリアは、この前休んだばかりだから、今回はない」

「そか、ちゃんと休んでるならいいや。じゃあ私もお言葉に甘えようかな?」

「だからその……俺と行こう」

「ああ、ギルも休みなのか」


 ギルと2人かぁ。なんか久しぶりだな。マリアに出会うまでは、いつでも2人だったのにな。それにしても、ギルと2人きりなんて、マリアは大丈夫なのだろうか?聖女って忙しいのかなぁ……。



 王都グランドグランの城下。この街は芸術家が多い事で有名で、数々の絵画、彫刻が並んでいる。私は細かい彫刻が施された作品を眺めて息を吐く。


「細か……」


 ちょんと突いたら崩れてしまうのではないかと思う位繊細だ。恐ろしくって触れる事すらままならない。勿論、普通の人が触った位では崩れる事はないだろう。

 しかし私は魔王である。力加減を間違えたらとんでもない事になりそうである。超怖いでござる。

 私が立ち止まっていると。右手をクンと引かれる。ギルが手を繋いで歩いていたのだ。私が立ち止まってしまったせいでギルも止まる。

 現在ギルは下町に合うような服装をしているが、如何せんその容姿がとても麗しい。なので、周りの女の人がチラチラ見ている。そして、手を繋いでいる私に、恨みがましい目を向ける。

 私、今は女性の恰好しているからなぁ……嫉妬されているらしい。


「何笑っているんだ?」


 少し頬を赤く染めて拗ねたようにギルが言う。笑っているのがバレたらしい。


「ふ……いや、微笑ましいな。と思ってね」


 いやほんと平和だよね。素敵な男性に女性の影があっただけで嫉妬するなんて。まぁ、私にもそんな時期がありましたよ。今はそれどころじゃないけれど。


「……と」

「……大丈夫か?」


 クラッとしてギルの胸元に寄りかかる。……どうも、王城の外に出てから調子が悪い。思うように体が動かないような気がするし、殺人衝動も大きい。

 胸元に寄りかかったせいで、女性の目がより厳しいモノに変わる。思わず吹き出しそうになるが、それやったら本気で殴りかかってこられそうである。

 なので、そっとギルから離れる。そして自分が踏みしめる地面と足を確認する。やはり、ちょっと思うように行かないようだ。

 そういえば、王城に結界があったな。あれの外に出てから、どうにも調子が悪いのだ。やっぱり、あの結界は魔王復活を抑える役目でもあるのだろうか?

 それくらい、あの結界の中は楽だった。


「調子悪いのか?」

「……平気だ」


 心配げに覗き込んでくるギルを殺したい。そんな衝動から逃げるように目線を逸らす。ぐっと足を踏みしめて笑顔を張り付ける。

 ギルの手を引っ張り、前へと歩く。


「ギル、あれが見たい」

「ああ……」


 どこか不安げなギルを引っ張り、人物画が描かれている店へと入る。店にはいろいろな絵があった。本当にリアルな人物画、デフォルメされたもの。……アニメ絵とかあるのですけれど、ここんところ大丈夫なのでしょうか?

 ちょ、これ……某アニメキャラじゃないですか、やだー。確実に日本人とわかる絵ですね、分かります。右下にドラゴンのような絵とRが書かれてある。

 これがサインだろうか?……待て。ドラゴン?竜……R……R……。……神薙竜輝さんじゃないでしょうね?ドラゴンは竜、頭文字もRまた、ロイもRだ。

 私はそっと絵を戻して見なかったことにしておいた。


「ねぇ、君恰好良いね」

「私達と行こうよ、ね?」


 私がとんでもない絵画を発掘している間に、ギルが女性に逆ナンされていた。困ったようにオロオロしている姿は見ていて面白い。慣れていないのだろう。それが女性にも伝わって、より興味が沸く。

 あれだけ恰好良いのに、女性に慣れていない感じがとても可愛らしく見えるのは、仕方がないと思う。ニヤニヤしながら眺めていたら、ギルとバッチリ目が合ってしまった。


「アル!」


 くっ……そんな笑顔で私の名前を呼ぶな!ほら、女性2人が射殺すような目を向けて来たじゃないか。溜息をつきながら仕方なくギルの元に行く。


「……デート中ならそう言ってよね。行きましょ」

「そうね、失礼しちゃう」

「でっ……!?」


 デートという単語にギルが激しく狼狽えている。顔が凄く赤い。そんな甘いもんじゃ決してないと思う。最近までギルは私を男だと思っていたわけだし。有力なのはマリアだろうな。私は苦笑いを浮かべてギルの手を握る。

 ビクッと震えていたが、気にせず歩く。

 元々ギルの女性への免疫は低い。私の事を男だと思っていたからこそ、ギルはここまで私に気を許してくれているのだ。彼女達も、見る目がない。


 街を見回しつつ、思案する。

 これは、結界を施して行った方が良いだろうか?人が多い所も勿論だが、村にも魔物避けの結界がいるだろう。魔王が復活したら、魔物が活発化するらしいし。

 ……いや、うん。勿論そうならないようにしたいのは山々なのだけれど、どうにも最近、不安が高い。悪夢を見る頻度も高くなって来ているし、疲れているのかもしれない。


「……アル?聞いて……なかったか」

「ん?」


 私が思考に浸っている間に、何か喋っていたらしい。ギルはちょいちょいと指を刺すので、そちらに目を向けると、そこには濃い緑色の髪の男が女性を侍らせていた。

 濃い緑色の髪の男に激しく見覚えがあり、思わず深く溜息を吐いた。ライアだ。公爵家次男坊のライア。マリアをトリエステに迎えに来た男でもある。

 こんな所で女の人侍らせて……良いご身分である。シャオたんの生真面目さとは正反対の男だ。今もシャオたんは休まず訓練をしているというのにこの男ときたら……。


「連れ帰ります」

「そうだな」


 鼻の下を伸ばしているライアに向かってずかずか踏み込む。邪魔されて不機嫌になったらしいライアがむっとした顔をしたが、すぐに顔を引き攣らせていた。察したらしい。


「そこの男、死にたくなかったらさっさと帰るぞ」


 私が剣を抜き去り、ライアに向けると、集まっていた女性は悲鳴を上げて散っていく。まぁ無理もあるまい。


「せ、『閃光』さんよ……お休みなんだからそこまで律儀にしなくていいんじゃないですかい?」

「そうだな、だが、貴様は確か休みではないはずだが?」

「シャオみたいな喋り方やめろよぉっ!」


 若干涙目である。情けないように見えるが、実際は訓練している騎士の中でもかなりの手練れである。彼がもっと訓練を積めば、街はより安全になる事だろう。私は剣を鞘に納めて肩を竦める。


「冗談です。大人しく王城に戻るなら命までは取りません」

「冗談じゃないじゃねぇか……」


 がっくりと項垂れてトボトボと王城へと足を向けるライア。頑張れ、きっと帰ったらシャオに怒られるよ。



 休みも終わり、訓練の命令も終えたので城内部を散策してみる。中庭ではラインハルトが相変わらず噛り付いている。


「アル」

「リョウ」


 本を抱えたリョウに出会った。こうしてリョウに会うのも久しぶりのような気がする。リョウの頭を手を伸ばして撫でる。リョウが少し屈んでくれないと撫でられない程にリョウの背は伸びた。お姉さん、寂しいな。成長は純粋に嬉しいけれどね。


「最近、敬語の勉強をしているのです」

「お、おう……」

「いかがですか?かなり上達したと褒められているのですが……」


 え、誰これ……。いや、リョウだけど。物覚えの良いリョウの事だ。言われてすぐに覚えたに違いない。けれど、あまりの激変ぶりに動揺を隠し切れない。私が固まっていると、リョウが不安げな表情を浮かべる。


「いけませんでしたか……?」

「あ!い、いや……とても上手いよ、うん」

「有難うございます」


 慌てて返事をしたが、違和感が拭えない。表情や動きは以前のままなのだが、口調が丁寧過ぎる。こ、これは……寂しい。この口調は他人行儀で……。

 チラッとリョウの持っている本に目を向ける。題名は「政治学」「帝王学」「策に溺れて死す」……。お、おう……。なんて難しそうなモノ読んでいるの……?私が本を見つめているのに気付いて、リョウが照れたように笑う。


「お恥ずかしいですが、僕は無知に過ぎるので、勉強をさせていただいているのですよ」

「お、おう……」


 いや、もうその本を理解出来るようになるなら無知とかそういうレベルでもない気がしますけれど……?こわい、リョウ怖い。

 もしかして全部覚えているとかそういう訳じゃないよね?つか知識量もう私超えてるんじゃないか?ずっと王城の図書館に浸ってるし。


「……アル」

「……ん?」


 急に可愛らしさが消え、大人っぽい顔つきで見つめて来たので居住まいを正す。真剣に見つめられて、思わずドキリとしてしまう。なかなかの好青年に成長しているようだ。


「アルの持つ魔法をいくら探しても見つからないのですが、アルは……何者なのです?」

「……っ」


 驚いてリョウをガン見してしまう。言葉が出てこない。私が緊張しているのが伝わったのか、急に表情を和らげるリョウ。


「……いえ、どうでもいいでしょう。アルはアルですから。すみません、変な事を伺って……」

「……い、いや……」


 軽く首を振って、リョウは私の横を通り過ぎる。穏やかなリョウに反して、私の心臓は嫌な音を立てている。リョウに掛けている魔法は、オリジナル魔法だ。それも光に関係する……。リョウは頭が良い。知識も、どんどん吸収している。だから、その違和感に気付いているはずだ。何も言ってこないが……。


 どうしよう?殺す?魔王だと気付いたんだ。殺そう。


「……っ!」


 激しい衝動に、息が出来なくなり、壁に手を付ける。だが、それで支える事も出来ずに、膝をついてしまった。


 違う、違う、殺したくない。私は殺したくなんかない……。


「アル!?」


 私の様子に気づいたリョウが持っていた本を殴り棄てて私に駆け寄ってきた。私は胸を押さえつけて震える。


 触るな……クズが……汚らわしい。


 私でない者が囁く。この考えは私じゃない。そう、私じゃない、落ち着け。これはアスタロトだ、私じゃない。しっかりしろ。


「医者を―――!」


 走り出そうとするリョウの腕を掴んで止める。はぁ、と息を吐いて私はまだ震える体を叩き起こして笑みを張り付ける。


「大丈夫、リョウ……心配しないで」

「アル……」


 ああ、殺したい。私が救った命。その命をどう扱おうと、私の勝手。

 ……違う。そんなことはない。


 私は微笑んでリョウの頭を撫でる。


「りょう……リョウ、良い子」

「……アル?」


 不思議そうに見つめてくる視線から背を向けて歩き出す。

 ―――その目を見ていると、うっかり殺してしまいそうだ。私は自分が嗤っていることに気付いた。

 ……私にはもう時間が、少ないのかもしれない。



 夜には ストンとブラックフォードの街に降りたつ。前回ラミル家長男と会ったあたりだ。また会えるかどうか分からないが……。すたすた歩いて、犯罪っぽいのを手軽に止めたりしつつラファウを探す。


「ら、ラミル家なら、ここからもう少し東に行った所にある!」


 ゴロツキをボコッて情報を聞き出した。やっとまともな情報が出たな。東か……直接ラミル家に突入すればラファウにも会えるだろう。


「暗殺ねぇ……」


 ラファウはラミル家暗殺をして欲しいと言っていた。自分も殺して良いと。そんな人殺せないよね……いいえ、とっても殺したいわ。


 はいはい。


 アスタロトの声を首を振って耐える。このまま魔王が復活し、世界が壊れてしまったなら……いや、勇者ならきっとやってくれるさ。

 希望的観測に過ぎない。けれど期待するしかない。私も耐えるが、段々と大きくなる闇の声はどうしようもない。


 しばらくメインストリートを歩いていると、空が明るくなってきた。丁度、ラミル家らしい城もチラリと見えた。次からはここから行けるだろう。目印が見つかると、そこからは早い。


「アルちゃん?」

「あ」


 帰ろうとしたところに、ラファウがいた。オレンジの髪が朝日に照らされてとても綺麗だった。


「すいません。もう帰らないと」

「そうですね、私も帰らないといけません……では」


 ラファウは早々に背を向けて歩き出す。もう帰る所だったのだろう。夜に城から抜け出して視察ですか。本当に、彼が継げばいいのに。普通、家督って長男が継ぐものじゃないのか?いや、良く知らんけど。


 私はラファウが歩き出すのを見送ってから、王城へと渡った。

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