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36話

 全員寝静まった頃合いに私はベットからリョウを起こさないように起き上がる。近頃、船に乗ったり、迷宮から出れなくなっていたので、ギルの貴族事情とか、マリアの聖女事情を探る暇がなかった。船は進んでしまうから位置が分からなくなるし、迷宮という狭い領域からいなくなるのは非常に不味い。散歩なんて理由は通じないのだ。


 トンと闇を伝ってブラックフォードに降り立つ。人の気配はなく、月明かりもないので薄暗い。まぁ、私にとってはどちらでも問題ないけれど。

 情報屋とかあればいいんだけど……そう思いつつ、ブラブラ街を散策する。


「いやぁあ!」

「へへ、大人しくしやがれ!」


 脇道を歩いていると、女性が暴行を受けていた。

 なので、ちょっと眠って貰いました。こう、後頭部をガスッと。


 ふ、と女性に目を向けると、ビクッとして、ガクガク震えていた。服を見ると、バラバラで、裸体には何度も殴られた痕が残っていた。私は男を横目で見ながら……ゲスが、と心で悪態をつく。

 殺しても良かっただろうか?


 私は、ガクガク震えて涙を流す女性にヒールと自動洗浄を行う。女性は、体の痛みが消えて不思議そうに自分の体を見ていた。未だに震えは止まっていないようだが、涙の方は止まったらしい。


「大丈夫ですか?」

「あ……あ……」


 目を見つめて問いかけると、顔を赤くして頷いていた。大丈夫だろうか、こういう犯罪の被害者ってのは、後で引き摺るから。男性恐怖症、対人恐怖症になっても可笑しくない。私は闇からギルの服を引っ張り出した。私の服じゃあ、ちょっと小さすぎるから……主に、胸的な意味で。そっと女性の肩に服をかける。少し触れてしまったのでビクリとされた。

 仕方ないよね。

 うーん、しかし参ったな……こういうのに出くわしたか……。もっと違う情報が欲しかったんだけどな……今日はこの人を家に帰して終わりそうだな。



 『獣人の街』ではしばらくリョウの冒険者ランクを上げたり、観光したりした。その間、リョウの身長が物凄く伸びた気がする。気のせいではないはず。一か月程度なんだけど、5、6cmは軽く伸びてる気がする。このまま筍のようににょきにょき伸びたらあと半年もしたら私と同じになる。そんな勢いだった。体つきも健康的になり、飛びついてくる力も結構なものになってきた。子供っていうのはこんなに早く成長するものだっけ……?自分の場合はあんまり分からなかったけど、こんなににょきにょき伸びたっけ……?


 リョウの冒険者ランクはもうすでにDランクだ。Dまでは早いんだDまでは。


「もうそろそろ大陸に戻るー?」


 もうこっちに来て三か月近くなるからな。そろそろ帰っても良いんじゃないかと思う。観光は隅々まで見尽くしたし、獣人はリョウがいるし。船で順調に戻れば向こうは冬真っ只中。

 遅れたら春位にはなるだろうか。


「そうだな、それもいいかもしれん。結構長い間いたからな。大半は洞穴だったがな」

「そうなの。そろそろ出るの」

「大陸?」


 ギルとマリアが同意し、リョウは疑問符を浮かべている。


「大陸は、この『獣人の街』よりずっともっと大きくて、色んな種類の街があるんだ。行ってみたくない?」

「……行きたい」

「よし、決まりだね」


 わしわしとリョウの頭を撫でつける。




 私たちは帰りの船に乗った。行きの船に比べると半分以下……いや、4分の1もないか……程の大きさで、船員や客も少ない。そして結構な年数を重ねた船らしく、あまり乗る人もいない船らしい。クラーケンなどに出会ったら一発で大破するので、人気が出ないらしい。しかし私達としては他の客が少ない方が楽だったので、迷いもせずにその船に乗った。安いのもあるが、別の船で行くとなると1ヵ月は待たなければいけなかったからだ。


「『閃光』様が乗って下さるならぁ、今回の旅路は安泰だなぁ!」


 その船の船長が何故か訪れて背中を叩いていった。かなりアットホームな雰囲気の船だった。しかし、前回の船と違い、遊技場がない。これもまた人気がない理由かもしれない。まぁ人気がない御蔭で個室がとれたんだけどね。


「てゆーか、なんであの人二つ名知ってんの……」


 私はげんなりしてしまった。付きまとう二つ名。『獣人の街』と『貿易の街』とを繋ぐ船にはすべて知れ渡っているのだろうか。せめて大陸側に噂が広まっていませんように、と願うしかない。


 船旅は平和で、それでいて恐ろしく暇だった。

 前回の船より揺れもあるが、酔ったとしてもヒールでどうにでも出来るので問題ない。船には結界を施したので、潰れる心配もない。


「うう……これで2ヵ月以上も過ごすのか……暇だな」


 暇なので甲板でゴロゴロする。せめて吟遊詩人でも乗っていたら暇でもつぶせるのに。そういえば、前回の船にいた吟遊詩人は死んでしまったのだろうか。ずっと甲板にいたのだ。無事で生きている方が奇跡だろう。

 それに、ギルとの事もマリアとの事も全然進んでいない。暇すぎて考え事をしていたら思考がドンドンネガティブになってきた。気分が沈んだ時は癒しがいる。リョウだ。あのモフモフの天使が私を癒してくれる。


「リョウー……」

「何ー?」


「こっちきてー」

「うん」


 手招きすると素直に近寄ってくる。しかも若干しっぽが揺れているのが可愛い。寄ってきたリョウを抱きすくめて頬擦りする。スベスベのお肌が恥ずかしそうに赤く染まる。耳は時折ピクピクと動いて、尻尾も嬉しそうに揺れる。そのすべてがジャスティス。


「アル……またやってんのか。まだ1週間しか経ってないぞ」

「ううー暇暇。暇過ぎるんだよ~」


 前回はなんだかんだで色々やっていた。新人教育に、遊技場、吟遊詩人の歌を聴き、ホモをあしらう。最後はクラーケンですっきり出来たし、意外と充実していた。ここには教育を施せる人間もいない。

 だらだらリョウを抱きしめつつ、ギルを眺める。海風で銀の髪が揺れてキラキラ光って綺麗だった。そういえば最近ギルの髪を触っていない事に気づく。最近はずっとリョウとばかり戯れていた。リョウのふわふわした感触の髪も好きだが、ギルのサラサラした髪も好きだった。

 わたあめばかり食べていたら、豆腐も食べたくなるという心理だ。いや、良く分からないけど。


「ギル……」

「ん?」


「こっちきて」

「なんで」


「なんででも」

「い……嫌だ。凄く嫌な予感がする」


 ギルは顔を赤くしながらじりじりと後ずさる。私はリョウを解放してギルにロックオンした。じっくり追い詰めるようにギルに近づく。そして背後からマリア接近。ギルをガシッと取り押さえた。


「マリア、ナイス!」

「ちょ、おま、な、なな……!」


 マリアはギルを捕まえた状態でグッと親指を立てた。私もグッと親指を立てる。動揺しているギルを私はすぐに捕えた。マリアは仕事が終了したとばかりに満足気に離れる。マリアも暇だったようだ。


「は・な・せ!」


 ギルは抵抗を見せた。しかし、魔術師では剣士の拘束に敵うはずもない。


「まぁまぁ……ほら、座って。座って」


 私はニヤニヤしながら力づくでギルを座らせる。ギルも背が伸びたようなので座って貰わないと髪すりすり出来ない。暴れないよう後ろから抱きしめるような形で腕を回して押さえる。抱きしめたらビクンと震えた。


「な、何を―――」

「うわぁい。サラサラー」

「……っ!」


 ギルの頭に頬を摺り寄せて満喫する。暴れるかと思われたギルは大人しく座ったままだった。不思議に思って横顔を窺おうとしたが全力でそっぽを向かれた。しかし見えた耳が凄く赤くなっているのが見えた。

 チラッと見えたマリアが凄くイイ笑顔でギルの顔を見ている。おそらく真っ赤になっているのだろう。マリアが凄く面白がっているのは分かった。


「も……いいだろっ!もう離せよっ!!」

「んー?仕方ないなぁ……ありがとうギル。癒されたー」


 震えてきだしたギルが絞り出すような声を出すので解放してあげる。そして力尽きたように座った状態のままその場に突っ伏した。よほど嫌だった事が窺えた。そうだよね、これ誰かに見られたらホモ疑惑再び!ってなるからな。でも大丈夫!人の気配はちゃんとサーチしておいたから誰も見てないよ!


 次の獲物はマリアです!


 マリアは特に抵抗することなく髪を触らせて貰えた。ゆるふわ桃色の髪からはどことなく良い香りがしてくる。柔らかくて綺麗な髪だった。羨ましい。でも私の髪も負けてないよっ!でもちょっと痛いな。さすが聖女。あんまり長時間は触れねーわ。




 あまり大きくもなく、人も少なめの船内を探索する。食堂があったのでそこでご飯を食べることにした。前回のように毒でも入れられたら困るので、私だけ。メニューは前の船とさほど変わり映えのしないモノだった。

 適当に魚料理を注文して机に一人突っ伏してダラダラする。食堂にいるお客は私を除いて2組だけだった。一人でご飯を食べている男性、後ろを向いているので顔はわからない。それと、二人で向かい合って食事している青年達。

 一人は呆れたような表情をしており、目の前の男に喋りかけている。喋りかけられている男は後ろを向いているので表情は窺えないが、腕の動きや口調はイラついているようだ。薄い茶色の髪をしたその青年はどうやらずっと人探しをしているらしい。


「だからさぁ、お前もいい加減……っと睨むなよ」

「諦めたら俺は生きる気力なんて湧かない。それはお前が良く分かっているだろう?」


 聞くつもりはないのだが、人が少ないので聞こえてくる。この世界には音楽プレーヤーなんて便利ツールもないしなぁ。


「ちっ……わぁかってるよ……でもなぁ、妹さんの髪の色さえ分かんないんじゃ、どうしようもねぇよ?」

「……」


「なぁ……クラウド。お前、いい加減現実見ろよ。分かってんだろう?」

「うるさいぞレイ。黙れ、次の街でお前とは解散だ」


「おいおい……俺ぁ、お前の親父さんに約束したんだよ。そう簡単に離れるつもりはサラサラねぇ」

「大きなお世話だ。迷惑だ」


「お前なぁ……!」


 レイがその言葉に少しイラついたようだった。私はそんな事よりクラウドと呼ばれた少年の後頭部を凝視していた。私の記憶に存在している兄が、クラウドという名だったからだ。そして、その薄茶色の髪もまた記憶にある通りの兄の髪の色と酷似していた。勿論、薄茶色の髪の人なんて珍しくもない。クラウドって名前も特に変わっているという訳でもない。人違いである事も否めないが、どうしても気になった。彼は妹を探していると言っていたのもある。ガン見してしまっていたら、レイと呼ばれた青年と目があった。濃い紫色の瞳と髪をしている。クラウドに何か言おうとしていた口を開けたままポカンとこちらと見つめあう。

 しばしその状態で時間が流れた。


 そのレイの様子に可笑しいと思ったのか、クラウドと呼ばれた青年が振り返った。


「……っ!!」


 驚いた。その顔立ちは母に似てちょっと可愛らしく、それでいて男らしい凛々しさが父に似ていた。その姿は正しく私の兄、クラウドであった。


 ガターンという音でハッとなった。私は無意識に勢いよく立ち上がったみたいで、その勢いで椅子が倒れてしまったようだった。

 クラウド……兄はその様子を怪訝そうに見ている。レイもまた不思議そうに見ていた。私は喜びと驚きが隠せなかった。兄が目の前にいる。生きていたのだ。あの時の兄が。自分の肉親が。

 手が、全身が震えた。あの日村に行って、もういない、行先も分からないと聞いた時。ほとんど諦めていた肉親の一人だ。


「……えぇと……お待たせしましたぁ……?」


 立ち上がって呆然としていた私にウェイトレスが料理を運んできた。とりあえずお金を払おうとする。手が震えた。家族、自分が壊し、焦がれた存在。思わず銅貨が手から零れ落ちてブチ撒けてしまった。


「すい、ません!」


 声も震えていて、情けない。ウェイトレスには手元に残っている銅貨を渡して、撒いた銅貨を拾い集める。せっせと拾っている内にちょっと冷静になった。兄が生きている。それは良かった。

 だがそれでどうする?自分が妹だと言うか?信じて貰えるか?髪も性別さえも偽っているのに?兄が仲間に髪の色を言っていないのは黒だからなんだろう。だから髪が黒い事を見せればある程度は信じて貰えるかもしれない。

 それで、信じて貰ってどうするんだ?私が黒の忌み子なのはまだ良い。あまつさえ私は魔王と呼ばれる存在なんだぞ?いずれバレるだろう、この闇属性の力が。身内が魔王と知ってどう思う?周りの目はどうなる?

 嗚呼……言わない方がいい。私が妹だと、言わない方が良い。私と関わる家族という存在はことごとく死んでいる。離れて元気にしてくれるならそれでいいじゃないか。生きていると分かっただけでそれでいいじゃないか。

 でも、言いたい。家族だと。認めて貰いたい。それは自己満足の我が儘でしかない。


 そう考えていると自分の視界に足が映ってハッとした。ネガティブ思考中で気づかなかった。その足の人物がしゃがみこんで銅貨を拾ってくれた。その人物は兄、クラウドだった。

 ドキと心臓が跳ねる。こんなにも近くに兄がいる。そう思っただけで感情が揺れた。バラ撒いた銅貨を兄とその仲間が淡々と拾ってくれた。拾い終わると、真っ直ぐにこちらを見据えて手を差し出してきた。


「ありがとう、ございま、す」


 兄に見られて、思いのほか声が出なかった。


「いやぁ、噂の『閃光』と呼ばれる男もこういうドジするんだって思ったらちょっと親近感が湧くな!」


 兄の仲間であるレイという男が明るく喋る。そのセリフにパッと顔を上げた。


「え……私を、知って……?」

「当然だろ!なんでも船乗りを守った英雄だって、船乗りにしらねぇ者がいねぇらしいじゃねぇか!噂してるぜぇ!」

「当然て……レイさっき聞いたばっかりだろう?」

「それはいうなよ」


 レイのセリフに呆れた声を出す兄。少し昔の面影を残していて、ちょっと可愛らしい。母に似ているからか。レイは兄に突っ込まれてハハハ!と大きく口を開けて笑っている。先ほどまでちょっと喧嘩しそうになっていたが、元々仲が悪いという訳でもないようだ。もう喧嘩をするような空気ではない。


「ところでさ、『閃光』様さっき俺ら見てなかったか?熱~い眼差しで見られても、俺らにそっちの気はないぞ?」


 あー……。え?今なんて……。


「おい、レイ失礼だろう。『閃光』って銀髪の恋人がいるんだろ?」


 ごふっと思わず吹いてしまった。ついでに咽た。その噂もまだ健在だったんですか。


「おいおい大丈夫か?」


 レイが背中をさすってくれる。親切な人というのは分かるが酷い誤解だ。


「ごほ……誤解です。その噂は忘れてください」

「はぁ……そうなのか?じゃあなんでこっち見てたんだ?」

「それは……」


 言葉に詰まる。どうしたもんか。ああ、そうだ。兄は妹を探している。死んでいると思っていても希望に縋って生きている。その希望だけでも叶えてやりたい。それが叶わないと兄はいつまでも妹の面影を探す事になる。

 兄には、幸せになって欲しい。私も生きているという事を知っただけで幸せになった。知らせる位は良いんじゃないだろうか?


「そうですね……クラウド様の妹君にお会いしたかもしれなかったので」

「えっ!?」

「なっ!?」


 2人とも驚愕で目を見開いている。


「ああ……でも名前が同じだけかもしれません。あまり期待なされても……」

「いや!教えてくれ!どんな情報でもいい!」


 兄が凄い食いついてきた。わぁ、あんまり近づかないで欲しい。ドキドキしちゃう。


「ええ……その方の名前はアルリリアと……」

「―――っ!!」


 近づいた兄がガシッと私の肩を掴んできた。


「そうだ!生きているのか!その子はどんな姿だった!!」

「おいクラウド落ち着け!名前が同じなだけかもしれないだろ!」


 兄にグラグラ揺らされていたが、レイが制止した。助かった。脳がシェイクされちゃうよ。噛みつかんばかりに興奮している兄をレイが抑えているので、私は兄から少し離れて話をする。


「どんな……それは、少しここで言うのは憚られる姿でしたね。えぇと、もしクラウド様が兄上本人ならお分かり頂けますよね?」

「……っ!!ああ……!!分かってる!」


 私がチラッとレイの様子を窺いつつ言うと兄は目を見開いて頷く。


「そうですか、では彼女の兄上である可能性は高いですね……一応、彼女の言伝を言いつかっていますので。お聞きになられますか?」

「アルリリアの!?聞く!なんだ!?話してくれ!」


 ジタバタ暴れる兄を若干引き気味にレイが抑えている。


「ええ……それでは『兄さん、私は元気にしてます。この言伝が言い伝わったと言う事は兄さんも生きているという事ですね。私はとても嬉しいです。だからどうか、もう二度と私を探さないでくださ……』」

「どういう事だ!!」


 私の言葉の途中で兄が口を挟んできた。


「生きているんだろ!?アルリリアが!なら探す!見つけ出す!あんた場所知ってんじゃないのか!?教えてくれよ!会ったんだろう!?頼む!!」

「……それは、妹君の意志すら否定してまでする行為でしょうか?」


「なんだと?」

「妹君は兄上に幸せになって欲しいのです。彼女が白昼堂々街中を歩けないないのは兄上もご存じの通り。その上で、家族にはその分なんの気兼ねもなく幸せになって欲しいのです。失礼ですが、今の兄君はとても幸せには見えません」


 兄はレイにはがい締めにされながらぐっと言葉を詰まらせている。


「妹君はしっかり生きておられるのです。それでいいじゃありませんか。元気にされています。それでいいじゃありませんか。私にもどうしても会いたいという気持ちは理解しています。勿論妹君だって会いたいに決まっています。ですがそれをすることは兄上が苦しむ事に繋がってしまうのです。彼女はソレを望まない。彼女がああいった存在である限り、兄上に会おうとはなさりません。彼女は兄上が妹の存在を忘れているなら伝えなくても良いとさえおっしゃった。忘れているならそれでいい。幸せならばそれでいい。でももし忘れずに固執して自ら影ばかりを踏もうとするなら何がなんでも諦めさせろ、と言われています」


 「彼女」とは自分の事、自分の気持ちを他人の言葉のように言うのは少し胸が痛くなる。私が魔王である限り、妹としてあなたと話す事はない。だからあなたが私に会う事は叶わない。だけど、これだけは、私の言葉で言わせてほしい。言葉を詰まらせている兄を真っ直ぐ見据える。


「だから……どうか自分の幸せを忘れないで」


 兄の瞳から涙がこぼれた。力が抜けてその場で崩れ落ちた。レイもその様子を見守る。雰囲気が完全に通夜モードなので、遠くでこちらを窺っているウェイトレスがオロオロしている。

 若干店の迷惑だろうが、客も私達以外で一人なのであんまり問題もあるまい。


「一度も会えないのか……?」

「そうですね」


 力のない声で言葉を重ねてくる兄。会いたいだろう。それが嬉しい。けれど、会うのは危険が多すぎる。魔王である私のそばでは、その命を危険に晒す。もうそんなのはごめんだ。ギルやマリア、リョウだって本当はダメなのだ。

 でも、ギルやマリアは元々命を狙われる危険は持っているから一緒にいる事が出来る。リョウも一人で放り出すにはハンデがある。髪の色だって放置は出来ない。

 でも、兄は一緒にいる危険を冒す必要はない。せめて私を忘れて幸せになって欲しい。妹の死を教える事は簡単だ。だが、兄は信じないんだろう。それを聞いてもきっと人違いと自分に言い聞かせて旅を続けてしまうんだろう。

 なら、生きていると知らせて気にするなと伝えてしまった方が良い。ただ、会う事は叶わないが。


「なぁ……妹は……アルリリアは笑っていたか?」


 兄は妹が幸せに笑っている事を望む。私は幸せだろうか?魔王として生まれて、目の前で母を殺され。敵討ちをし、沢山の人間を殺して―――。嗚呼、でも……。


「ええ……とても幸せそうに、笑っていらっしゃいますよ」


 自然にそう言って笑った。目を見開いた兄が幽鬼のようにふらふらとこちらに近づいてきた。ふたたび肩を掴まれる。レイも警戒しているが、先ほどのように強く握っていない為に止めはしない。


「……アル……アル、リリア?」


 ドキッと心臓が跳ねた。真っ直ぐに、濡れた青の瞳をこちらに向けながら兄が言った。

 私を、アルリリア、と、呼んだ?


「あんたが、アルリリア、なのか?」


 どっどっどと心臓が速くなる。兄が掴む手がだんだんと強くなっていくのが分かった。レイが慌てて私とクラウドを引きはがした。


「おいクラウド!トチ狂ったのか!?こいつの名前はアルだよ!『閃光』のアルだ!女どころか男だぞ!」


 レイに再び羽交い絞めにされた兄は抵抗はしなかった。ただ真っ直ぐにこちらを見据えている。何を見ている?何を見通している?何故、私をアルリリアと思う?私はその強い青の瞳に恐怖を覚えた。


「すまねぇ!『閃光』さんよ!こいつ妹の事となったら混乱するみたいで!」

「……そのようですね」


 レイが謝ってくるのでそれに何とか答える。もう兄の目を見る事は怖くて出来ない。何故か確信を持って見てくる兄を見ることが出来ない。


「言伝はお伝えしたので……私はこれで」

「あ、ああ……ありがとうな」

「いえ……」


 私は兄の視線から逃げるように食堂から出て行った。

お兄ちゃん登場。アル混乱中。

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