32話
餌付けしました。
少年はしばらく泣き止まなかった。撫でて気づいたんだが……この子、獣人だなぁ……。黒い髪に紛れてへにょってなってたから分かんなかったよ……。やべぇ、もふもふだ。この子もふもふだ。
私はドサクサに紛れてひたすら耳を撫でる。これは、犬、かな?猫っぽいけど。やべぇ可愛い。でもかなり痩せてるから、抱き心地が悪い。耳もそのせいでちょっと感触が悪い。よし、私が料理でたっぷり肥えさせてやる。覚悟しろ。その暁にはそのもふもふを触らせてもらう。拒否権などない。
はぁはぁ、もふもふ。早くおおきくなぁれ。もふもふ可愛いよもふもふ。ああん。涙に濡れた瞳で私を見ないでっ。見ないで……み、見られている!落ち着け私!いつの間に泣き止んだ!?
「こほん……さて、髪は何色にするー?」
「茶色。えっと、さっきとおんなじ色……」
か、可愛い!なんだと?私と同じ色がイイだと?もうこの子食べていいですか?いいですよね?はあはあ。落ち着けって!
「ん、そうだね。同じ色だと私も調整しやすいし……でもいいの?どんな憧れの色でも大丈夫なのに」
少年はふるふると首を振って「茶色」と答える。なんだ天使か……。可愛すぎんだろ。常識的に考えて。あざとい。流石獣人あざとい。自分の可愛さをフル活用してやがる。
落ち着け。
「了解……はい。出来たよ。見てみる?」
少年は鏡で自分の姿を見て目を見開いた。そしてペタペタと頭と顔を触ったり、髪を引っ張って直接見ようと試みている。可愛い……。あ。そういや。
「少年とか呼びづらいよね。名前は?私の名前はアルっていうんだけど」
少年はコテンと首を傾げる。ん?可愛いけど……名前は?
「ボクはボク」
「えっと……名前。ほら、君を呼ぶ時に必要でしょう?私はアルって呼ばれて……もしかして名前がないのか?」
「たぶん」
なんてこった。どんな生活を送ってきたんだ。両親に名前も貰っていないとは……。でもまぁ、黒の忌み子……だからか。
「アル。アルが付けて」
「えぇっ」
いやいや私魔王なんですが。そんな禍々しい存在が命名すんのは……どうよ?
「アル。付けて……ダメ?」
「うぅっ!」
そんな泣きそうな顔しないで!分かったよ!分かりました。私の命名センスを後でケチつけるなよ?
「リョウ……ってどう?」
「リョウ?」
「うん。良い子って意味でリョウ……ど、どう?」
「良い子?ボクが?」
「うん。一杯頑張ったでしょう?とっても良い子だと思ったから、リョウ」
「それがいい。ボク……リョウ」
うう、苦し紛れの言い訳を素直に聞くなんて……なんて良い子なの!本当に良い子だよ!全くもう!
この世界の言葉だと良い子はグートとかグリアって呼ばれるんだけど……。まぁ良いよね。誰も気にしまい。
「さて、次は魔力だね」
「魔力?」
「ん。そう。あの黒い風がそう」
リョウの顔色がサッと悪くなる。
「白い人と、ピンクの人……死んじゃった?」
ああ、それを心配してたのか。なんて良い子なんでしょう。私は思わずクスリと笑ってしまう。
「大丈夫、彼らは私と同じように強いから。生きてるよ。まぁ、身動き出来ないんだけどさ。傷一つついてないから安心して」
「強い?」
「うん、そうそう。あ、ちなみに彼は白色じゃなくて銀色」
「銀?」
ああもう!いちいちその首を傾げるのをやめなさい!可愛いから!微妙に集中力途切れるから!
「さて、今からリョウの魔力を封印させてもらうよ。いい?ちょっとずつ、ソレに慣れていこう?」
「うん」
「良い子」
トンとリョウの胸を人差し指で突く。魔力の箱を設定し、そこに魔力を綴じ込む。
「慣れれば、この箱を空けて使えるようにもなるよ」
「?……うん」
分からないか。まぁ魔力に慣れれば気付けるでしょう。
「さて、帰りますか」
「うん」
リョウと二人で祭壇から降りようとする。周りの魔力風はまだ収まっていない。綴じこむだけでは抑えられないのか。などと考えていたら。
ゴン。
という音がした。見ると、リョウが頭を押さえて震えている。
「大丈夫!?」
「う……うん」
私はリョウが当たったと思われる箇所に手をやる。が、特に何も掴めない。あれ?
「リョウ……ちょっと手をゆっくりこっちに……」
リョウの手を掴んでゆっくりと前に出す。途中、見えない壁に阻まれた。勿論、私には何にも触れないのだが。
……うん。リョウって閉じ込められてるね。思いっきり当たったって事は、リョウって今まで出ようとしなかったってこと?ずっと気づかずに閉じこもってたのか……。そっか、迷宮の心臓が動き回っちゃダメだもんね……。
「出れない……?」
潤んだ瞳で不安そうに尋ねるリョウ。
「大丈夫。むしろ迷宮ごとその幻想をぶち壊す」
ニィッと笑うと何故かビクッとされた。が、取り合えず今は気にしまい。
こんな可愛い子をエサに迷宮になろうだなんて虫唾が走る。フザけんなよ?魔王ナメんじゃねぇぞ?迷宮は生き物なんだってな?今は成長途中なんだってな?
パキィン―――。
周りの景色崩れ、ガラガラと落ちていく。心臓を壊さず。迷宮だけを殺す。この心臓を生きたまま外に連れ出せば良いだけ。心臓を失った迷宮は死んでいく。闇を伝ってギルとマリアを回収したのち帰還。あら、なんて簡単お手軽なんでしょう。
洞窟入口に4人で立っていた。
「あ、アルっ!?」
「アル!生きてるの!」
二人は突然現れた私に驚愕している。
「って!?外!?なんで!?」
「心臓。壊した?」
「えっ壊したってゆーか……連れてきたってゆーか……」
「「はぁっ!?」」
ギンッと二人の目がリョウに行った。
「そのフード……さっきの、心臓……」
「おま、心臓持ってくるとか……はぁ?」
マリアとギルは混乱している。ベシッとギルに叩かれた。痛いです。
「お前非常識にも程があるだろう!うちでは心臓は飼えません!返してきなさい!」
そんなママン!やだやだ!この可愛い子飼いたいよぉ!ちゃんとお世話するから!……っていうか君たちの御飯も私が作ってるから何も問題なくね?リョウがギュと私に抱きついてきて震える。
「もーギルが大声出すから怖がってんじゃん……リョウは獣人だかられっきとした人なんだから。そんなペットみたいに言うなよ……ギルのバーカバーカ」
「……なっ!?」
ガーンとショックを受けているギル。ざまぁみろい。リョウを怖がらせた罪だ。マリアは興味深そうにリョウを見つめている。リョウも恐る恐るだがマリアを見る。しばし見つめ合い……。
「私。マリア。宜しく」
「ボク……リョウ」
そう言ってサッと私の影に隠れる。可愛いな畜生め。
「心臓。獣人だったの……」
う~んとなにやら考え込むマリア。なんかそういう情報を知っているのだろうか?
「俺は、ギルだ」
そうギルが自己紹介するが怯えて出てこない。ギルはなんだか複雑そうな顔をしている。ゆっくりリョウに近づいて。
「えーと……よろし」
「や」
ギルから離れるようにクルッと私の周りを回る。完全に嫌いになったようだ。哀れギル。その反応にギルが青筋をピキピキ立てている。
「このガキ……」
「ふぇ……」
低くギルが唸るもんだからリョウが泣き出しそうだ。そんな顔してたら懐くものも懐かなくなるぞ。
「こら、ギル。脅すなよ。大人気ない」
「うっ……ごめん」
シュンと反省する。
「リョウ。ギルも悪い人じゃないんだよ。ね、仲良くしよう?」
「う、うん……」
チラッとギルを見たが、怯えてすぐに目をそらす。よほど怖いようだ。だが、小さく「ギル、宜しく……」って言ってた。うん、良い子だ。
「崩れてる……」
「崩れてんな」
「壊れてるの」
洞窟にチラリと入ったが、奥はもう見事に潰れていた。迷宮化しそうだったものの心臓を闇で引っこ抜いたせいか。あれ、これって潰して良かったのか?あれ?ある意味魔物が出なくて良いのでは?え?どうだろ?だ、ダメ?チラッと二人を見たらめっちゃガン見されてた。えっやっぱダメ?
「し、知らん!私は知らんぞぉ!」
「いやいやアルのせいだろ。どう考えても」
「流石『閃光』。迷宮壊すのも早いの」
えー!どうしよ!ダメ?安全になるからいいじゃない!
「よし、逃げよう」
「おい」
「流石『閃光』。逃げるのも。きっと、早いの」
「くぅっ……!」
マリアのセリフが地味にキツイ。私の精神にダイレクトアタックをキメてくる。私が苦しんでいると、リョウが裾をちょんちょん引っ張って来た。
「大丈夫?」
コテンと首を傾げて言ってくる様はまさに天使。ビューティホー。急に元気になってきた。なんとかなるさ。きっと謝ればなんとかなる。
「大丈夫!」
リョウを不安にさせないよう出来るだけ明るく笑う。
「もう汚れもないの。魔物、出てこない」
「汚れ?」
マリアの言葉にギルが不思議な顔で尋ねる。マリアは「しまった」って顔をした。おいおい、聖女さんよ……隠す気あんのかい?汚れた土地を癒すのは聖女って相場が決まっているんですけど。
「取り合えずご飯にしよう。もう一ヶ月も洞窟生活で疲れただろ?」
「そうだな」
「そ、そうなの」
マリアは明らかにホッとしている。さて、何にするか。リョウは凄く痩せてるし。取り合えず胃に優しいものが良いよね。結構洞窟で閉じ込められてたようだし……。人参のスープとお粥でいいかな?
ちゃちゃっと仕上げる。まぁスープと粥だから簡単だ。後はギルとマリア用に肉でも焼きますか。作業中ずっとリョウが近くで見つめてくる。とても興味深そうだ。
「これ何?」
「コンロだよ。火が出るんだ」
「これは?」
「これは人参。今から作るのに使うやつ」
「これは?」
「これはお米。これも食べ物だよ」
「これは?」
「これはまな板。材料を切るんだ。ほら、こんな風にね」
「おお~……ねぇねぇこれは?これは?」
質問攻めである。まぁ別に邪魔はしてこないから良いんだけどね……そんな珍しい?人参なんてどこにでもあるでしょうに。お米はこの土地だときっと珍しい部類かな?ああ、そういや名前も付けられていないような環境だったっけ……。
「これは道具箱っていってとっても便利な道具。色んなモノがたっくさん入るんだよ~ほら」
たくさん鞄からモノを取り出すときゃいきゃいはしゃぐ。そんなに喜んでもらえるとこっちまで嬉しくなるな。片手間でリョウに色々な物の説明をしながら調理を終えた。
「さ、ご飯が出来たよ」
「おお、肉」
「アルのスープ。好き。超好き」
リョウはというときょとんとしたまま皿を見つめている。
ん?何だそのリアクション……。ドロドロしてるからダメだとか?いや、そういうのでない?不思議そうに目の前に並んだモノを眺めている。勿論肉の方も眺めている。
「リョウ……どうしたの?」
「……?」
コテと首を傾げている。ああ、可愛い……じゃなくて。
「リョウ……ご飯食べた事……」
「ない。たぶん」
「「「えええええええええええええ!!!」」」
3人同時に驚いて叫ぶ。えっ、どうやって今まで生きてきたの!少しなら魔力で補うことも可能だけど、その年齢まで何も食べないというのは本当に可能なのかっ!?食べた記憶がさっぱり無いって……そりゃ痩せるはずだよ!
むしろ良く生きてたよ!リョウは3人が叫んだのでビクビクしている。
「大変だったんだな……」
「ぐすん」
ギルは目頭を押さえて震え、マリアは完全に泣いた。その様子にリョウが不安そうにこちらを見つめてくる。取り合えずもふっとこう。ぽんと頭を撫でてやる。撫でられると少し恥ずかしそうに頬を染める。可愛い。
「じゃあ、ゆっくり食べようか。ね?」
「うん……」
皿を持つ手も、スプーンを持つ手もギコチない。ふるふる震えている。皿がリョウの手から滑り落ちてスープが溢れた。
地面に落ちてガチッと皿の角にヒビが入る。
「ご、ごめんなさいっ」
リョウは青ざめて謝る。
「大丈夫?スープかかってない?ああ、触っちゃダメ。怪我するかも」
慌てて皿を拾おうとしたので止める。まぁ派手には割れていないようなので大丈夫そうだけど。スープは丁度リョウの膝の前辺りに溢れていたので火傷は大丈夫そうだ。でもちょっと飛んでいそうだから布で拭き取ってあげる。
その間リョウはただオロオロとしていた。
私はオロオロしているリョウの手を触る。
「筋力が落ちてるのか……」
スープの入った皿も持てない程とは……盲点だった。何も食べていないんだからそりゃ力もなくなる。むしろ生きているのが奇跡だった。
「ごめんね。気づかなかった」
「えっ!べ、別に!」
私が謝るとブンブンと首を横に振った。そんなに振ると首が折れそうで怖い。やめて。怪我しそうだ。私はブンブン振っている頭をそっと止める。
「ゆっくり、ゆっくりでいいよ。ね?」
「う……うん」
私はスープをスプーンで掬ってリョウの口元に運ぶ。あ、と。その前に熱いから冷ますか。私がフーフーしているとリョウが不思議そうに見つめる。
「何してるの?」
「熱いから冷ましてるの。熱いと火傷して口が痛くなるんだよ。さ、冷めたよ。口開けて?」
「ん」
素直に開けた口にスープを流し込む。慌てたように手を口にやるリョウ。むぐむぐ口を動かしている。
「ほら、いつも口の中の液体があるじゃない?あれを飲む時みたいにするんだ」
むぐ……と頷いて飲み込もうと試みる。ギルとマリアもハラハラしながらそれを見守る。ゴクンと喉が動くのが見えた。パッと嬉しそうに私達を見るリョウ。やった!やったよリョウ!ご飯、食べれたね!感動の食事にギルとマリアは涙なしではいられなかった。というか号泣である。……この人たちほんと良い人だな。
「凄い!なんか変な味がする!」
ぐふぅ、へんな味ですか……。いやまぁ食べた事ないから仕方ないのかな。
「良かったね」
嬉しそうなリョウの頭を撫でてやる。そうしたらマリアが横からリョウを抱きしめた。
「良かったの。超良かったの。もっと食べるの。どんどん食べるの」
涙で顔がぐちゃぐちゃになってしまっている。ギルも抱きしめに行きたい衝動を抑えている。ギルちょっと怖がられてるからな……。めっちゃ我慢してるな、あれは。
「もっと食べたい。これって美味しいってこと?」
「そうかな?分らないなら、もっとこれから沢山食べると良いよ」
「うん!」
感動の食事は続いた。
補足説明……リョウはご飯を食べた事ありません。魔力で栄養を補う事は出来ますが、魔力で栄養を補うにしても限度があります。黒の忌み子というだけではそこまで生きる事は出来ません。リョウには特殊スキル『自然治癒』があります。それによって体を自動で癒して生き抜きました。




