31話
しばらく無言で歩く。何度か交戦しつつも歩く。ひたすら前に。すると少し開けた場所に出た。かなり魔力が濃い場所だった。恐らくココがアタリだ。
「ひっ……人間!?」
奥の祭壇のようなところに小さな子供がいた。フードを深くまで被ってガクガク震えている。
「あれなの……あれが心臓なの……」
「そうか……あれを壊せばいいんだな……?」
マリアとギルは臨戦態勢を取ってジリジリと距離を詰める。怖ぇ。超怖ぇ。この人たち本当に聖女と貴族なのか?魔王が戦慄を覚えるってよっぽどだぞ……。
私が殺意を向けられている訳でもないのに怖いって事は、あの祭壇の子はもっと怖いのでは……?見れば、案の定震え上がっている。可哀想である。でもあんな子供が心臓なのか……。
確かにこの魔力圧はあの子から出ているようだ。恐らくあれが心臓で間違いがないだろう。
でも、あんな人間みたいに脅える反応をする奴が元凶なのか。まるで本当に子供のようだ。それに、喋ったよな?意思疎通が出来る?
「ち、近寄るなぁっ!!」
ゴウッ
激しい魔力風が辺り一帯を襲う。
「―――結界「魔力」!!」
ギルが叫んで結界を張る。風が質量を持って結界にガツガツとぶつかる。
「くっ」
ギルが苦悶の表情を浮かべる。相当強い魔力風らしい。魔法の詠唱を施していない純粋な魔力の塊だ。魔力暴走などの時に出る魔力の暴風。結界の外側は嵐で先が見えない。
「手伝うの……結界「魔力」」
マリアが手伝い、結界を張る。魔力暴走時に出る魔力風が出るなんてまんま人間のようじゃないか。それにあの子は怯えてた。近寄るなと言っていた。
「ちっ!守ってるだけじゃ埒があかん!」
「……でも。結界内部からだと魔法、撃てない」
結界で遮っているのは魔力だ。それは内側からも外側からも遮っている為に魔法が撃てない。指先でも出したら吹き飛びそうだ。
「アレが心臓なら魔力枯渇は、望み薄」
「マジかよ……どうすんだ」
ギルとマリアが途方に暮れている。ここは私の出番のようだ。
「待て。どこ行く気だ」
ガシッとギルに肩を掴まれた。
「どこってあの子供のところに」
「待つの。吹き飛ぶの」
「そうだ、危険だ。馬鹿なのか!死ぬ気なのか!」
はい。馬鹿なの?死ぬの?頂きました。有難うございます。
「確かに私は馬鹿だが、死ぬ気はないっ」
キリッ。バシッ。ゲシッ。
キリッとしていたらギルに叩かれ、マリアに蹴られた。痛い。
「なにそれひどい」
「ひどいっじゃねぇよ!マジで死ぬから!死んでその馬鹿が治ってしまうだろうが!」
「ダメ。許さない」
残念。一回死んだけど馬鹿は治っていません。
「先っちょだけ。先っちょだけでいいから」
「何がだよ!出た瞬間吹き飛ぶから!」
「出るのダメ。絶対」
はぁ、と私は大きくため息をつく。
「じゃあどうすんのさ?」
「それは……」
「む」
「こっから魔法を放つ事も出来ない。出ることも許されないじゃ埒あかないよ?魔力枯渇が望み薄なんだろ?魔力風が出るって事は魔術師だと思うんだよね、だから物理が効くと思うんだよ。それで物理が強いと言ったら私でしょ?試して見ないとこっちが魔力枯渇し次第死ぬよ?」
二人共言い返せないのか、押し黙っている。
「反論なし?じゃあ行ってくる。まぁ安心してよ……まだ死ねないし」
光属性を持っていないモノに私が殺せると思えないし。殺されてたまるか。こんな所で死んだらギルもマリアも死んでしまう。
それはかなり嫌だ。ギルの掴む腕が緩んでいたので歩き出す。
「アル!!」
後ろでギルの悲鳴のような叫びが聞こえたが無視して歩く。ああ、彼らが出ないように「人間」「魔力」の結界を張っておこう……。そして先が見えないほどの魔力風の中に入っていった。
先へと進もうとするが濃密な魔力風で方向が分らない。
「―――痛っ」
腕が少し切れた。ほほう、私の防御膜すらも超えてくる魔力風って強いな!まぁ、迷宮化の元凶になるくらいだからそれくらいの強さはあるのか……。防御膜をもう少しだけ強化して進む。ううん、真っ直ぐ来ているつもりだけど、どうかな?
「ぐす、ぐす……」
誰かが泣いている……?あの子供か。魔力風で聞こえにくいが微かに聞き取れた。泣き声が聞こえる方向に歩く。
声の方向に歩いていると、魔力風のない地帯に出れた。ここだけ切り離されたように静かだ。その先……祭壇の上に子供がいた。俯いて涙をこぼしていた。
「君は」
子供が弾けるように顔を上げた。勢いでフードが脱げた。その姿は。
「――――黒の忌み子」
子供がビクッとなってフードをかぶり直した。ブルブル震えている。黒目黒髪の子供は酷く怯えていた。
「来ないで……来ないで……」
自分の体を強く抱きしめて震える。
「怖がらないで」
私はゆっくりとその子に近づいていく。黒の忌み子か、私と同類のようだ。子供だから魔力を制御出来ずに魔力暴走を起こしているのだろう。人だと思うんだけど……なんでまた迷宮化の心臓に?人が迷宮化の心臓になるというのは有り得るのだろうか?
「来ないでったら!!」
バチッと目の前が弾けた。頬に痛みが走る。手で擦ると血がついていた。ほんと強いなこの子。子供に目を向けると、目が合った。ビクッとなって俯いてしまったが、確かにその顔は恐怖に歪んでいた。
「人間を攻撃してしまった恐怖」に染まっていた。
「み、皆に怪我させちゃうんだ。ボクの、せいで」
「うん」
「分らない。苦しい。どうしても皆傷つけちゃう」
「うん」
「皆傷つけて、逃げたんだ。逃げたのに、なんでまた人間が来るの?傷つけたくないのに。なんで、なんで……」
子供がいる祭壇の目の前に着いた。子供はビクッとして私の目の前が爆ぜた。
「ボクを殺しに来たの?黒の忌み子だから?なんで?死にたくない。殺したくない。死にたくない……」
「少年!!」
大きい声で叫ぶ。少年はビクッとなって縮こまる。
「……私を見ろ」
震えながらゆっくりと私に目線を向ける少年。私を見た少年の目が驚愕に染まる。私は今色彩の魔法を使っていない。つまり黒目黒髪。黒の忌み子の姿だった。
「な、なんで。黒……」
「まぁ、私も見ての通り黒の忌み子だからさ。少年はなるべく殺したくないんだよね」
「……嘘。さっきまで、茶色だった」
「あっちが偽の姿。普段はずっとああして色を誤魔化してるんだ。そうじゃないと殺されちゃうからね?」
ニッコリ笑うと少年は動揺したのか、オロオロしている。私はまた一歩少年に近づく。少年は祭壇から落ちそうになるくらい私から離れようと下がる。私は少年に手を伸ばす。少年は目の前に差し出された手を凝視している。
「少年が望むなら、外の世界を見せてやる」
「……無理。黒い、から……」
「私がその色を変えてやる」
「……無理。人を、傷つけるから……」
「私が魔力の扱いを教えてやる」
「……むり、もう、いっぱい、傷つけた」
「それは君のせいじゃない。君の意思じゃない。あなたはこれからなんだよ」
「……む、むり……むり……」
「じゃあ……ここで、死にたいのか?」
「………………生き……たい」
その言葉に少しホッとした。
「じゃあ、この手を取れ!」
しっかりと少年と目を合わせる。
「生きたいなら生きればいい。傷つけたなら懺悔しろ。君が生きたいと望むなら簡単に捨てるな!少年が心を忘れない限りずっと『人』でいることが出来る!
私が!私が少年の世界を変えてやる!―――さあ、この手を取れ!!」
少年は震えた手でそっと私の手を掴んだ。
「よし!!」
グイッと少年を引っ張って抱きしめた。少年は私の腕の中で大きな声で泣いた。
……迷宮の心臓視点……
物心ついた時から眺めていたのは、パパとママの怯え切った瞳と引き攣った笑顔。ボクが見てたのはずっとそんな顔。でもそれが日常で、当たり前で、普通だった。でもパパとママはボクが寝たと思ったら夜に二人で相談するんだ。
いつ死んでくれるのかしら。黒の忌み子なんて忌々しい。もう嫌、あんな子供がどうして生まれてしまったの。ってね。
その会話を聞いたときにやっと気づいた。ボクは望まれて生まれた子供じゃないって。死んでほしいって思われてるって。ボクはすぐに家を飛び出した。走って周りの家を見た。子供がパパとママと幸せそうに笑ってた。あんな顔、見たことなかった。
自分のパパとママはあんな顔したことないのに。そして彼らは何かを口に入れていた。パパとママがご飯っていうのを食べているのを見たことはあるけれど、自分がソレを口にしたことはなかった。だから、子供はみぃんなそんなものだとばかり思ってた。でも、違った。子供も何か口にしていた。
とっても幸せそうに笑って。あれは何?どうして口にしてるの?
ボクは自分の手を眺めた。酷く細くなった自分の手。あの家にいる子供とは全然違う。衝撃の事実にぼんやり立ち尽くした。
そうしたら固くて痛いモノを投げられた。
「化物だ!追い出せ」
「黒髪に黒目!?黒の忌み子だ!殺せ!」
外に出ていた子供だった。ボクよりも大きい子供。一杯一杯痛いものを投げられた。
「やめて!」
その瞬間目の前の2人子供が吹き飛ばされた。
「うわあああん!」
「痛い!痛いよお!助けてぇ!」
何が起きたのか分からなかったけれど、痛くなくなってこっちは助かった。騒ぎを聞きつけた大人たちが次々と家から飛び出してくる。長い棒に何かくっついたモノを持った人たちが凄く怖い顔で迫ってくる。
「ひぃい!黒の忌み子だって?!なんでこんなところに!」
「こ、殺せ!騎士団に連絡しろ!」
「早く殺せ!」
痛そうなものを大きく振り上げてくる。怖い。助けて。どうしてこんな。そんなので殴られたらしんじゃう。
―――はやく死んでくれたらいいのに―――。
パパとママの言葉を思い出して泣きたくなった。こういう事だったのか。ボクはこんなにも嫌われるべき存在なのか。黒の忌み子ってのは生きてちゃいけないのか。そうなのか。嫌だ、死にたくない。まだ死にたくないよ。
そう思ったら、目の前の男の腕が片方飛んだ。
「ぎゃあああああああああああ!」
「化け物!」
次から次に飛びかかってくる男たちが次々足が飛んだり、腕が飛んだりしている。目の前が真っ赤に染まって恐ろしかった。全員が怖がった目でボクを見る。パパとママと同じ目だった。
もしかして、この黒い風はボクのせい……?固くて痛いモノが一杯投げられる。
「出てけ!死ね!」
「殺される!助けて!」
ボクから遠ざかろうと逃げる人。固いものを投げる人。痛い。助けて。どうして。どうして。どうして。
ボクはついに逃げ出した。怖くて、怖くて。でもたくさんの人を傷つけた黒い風はボクにまとわりつく。黒い風はボクだけは傷つけない。でも、どうして?なんであんなに人が傷つくの?ボクのせいなの?あの人たちが傷ついたのは、ボクのせいなの?あの人たち、痛そうだった。泣いてた。
ボク、酷いことしたんだ。黒の忌み子ってそういう存在なんだ。誰かを傷付ける風。それがボク?パパとママは正解だった。ボクは死ななきゃいけない子だったんだ。なんでボクだけこんな目に?
泣いて、泣いて走った。大きい水たまりを見つけた。そこには黒くて、とても怖い顔が映ってた。これがボク?頭も黒くて、目も黒い。これが黒の忌み子……。なんてみにくい。
もう見ていたくなくて、走った。しばらく走ったら、暗い穴があった。そこに入った。暗くて、怖かったけど。何も見えない方が良い気がした。もう何も考えたくない。
しばらく寝てたら、ベッドが出来てた。段差もあった。暗かったけど、段差は通ってないはずなのに。不思議と周りが見渡せた。とっても不思議。とっても静か。ここなら誰も傷付けない?誰もこない?
でも、ここは、とても……寂しい。
どれくらい時間が経ったのか分らないけれど、物音がした。ここに来てからなんの音もしなかったのに。茶色の人と、白い人と、ピンクの人。あれ、知ってる。獣人じゃなくて……。
「ひっ……人間!?」
怖くて震えた。殺される。フードを目深に被って頭と顔を隠す。あれ?ボクこんな服着てた?でも、隠せるなら良かった。怖い。あの人たちが怖い。そうだ、あの大人たちと同じ目をしてる。ボクを殺そうとしてる目だ。
人間がボクを殺そうと近づく。怖い。怖い。なんでここに来るの?なんで、逃げたのに。どうして。
来ないで。来ないで。
「ち、近寄るなぁっ!!」
叫んだら、あの日の風なんかよりもっと凄くて大きい風が辺り一面に広がった。
「…………えっ」
呆然とした。あんなのに飲み込まれたら、死んじゃう。あの日の風でも腕が飛んだりしてたのに。あの人たち、死んじゃう。なんで?どうして?風が止まらない。どうして?殺したい訳じゃない。止まって、とまってよぉ!なんで止まんないの!
何となく分かる。この風がボクが生み出してるんだって。でも、ボクの思い通りにぜんぜんならない。
「……やだ……」
声が震える。涙が溢れる。ボク殺しちゃった?なんで?殺したくないから逃げたのに。なんでこんな所にあの人たち来るの?
「やだやだやだ!止まってよぉ!なんで?なんでぇ……?」
泣くことしか出来ない。やっぱりボクは生まれて来ちゃいけなかったんだ。殺しちゃった。殺しちゃったよ。どうしよう、どうしよう。
「君は」
その声に驚いて見る。茶色の人が立ってた。生きてた。良かった。生きてる人がいた。
「――――黒の忌み子」
ハッとしてフードをかぶり直す。どうしよう。髪、見られた。殺される。殺される。あの大人たちみたいに、殴ろうとする。
「来ないで……来ないで……」
「怖がらないで」
その声は酷く穏やかだった。こんな声、聞いたこと無い。怖い。なんなの、この人。
「来ないでったら!!」
「―――っ!」
バチンという音がして黒いモノが茶色い子の顔に当たった。あんなところに当たったら―――頭が飛んじゃう。
けど、茶色い子の頭は飛ばなかった。代わりに頬から血が溢れた。ゆっくりとした動きで茶色い子は頬の血を確認した。その瞬間茶色い子と目があった。ビックリして俯く。怖い。怖いよ。傷つけた。怒ってる絶対怒ってる。殺されちゃう。
「み、皆に怪我させちゃうんだ。ボクの、せいで」
「うん」
怖い。この人に、殺されちゃうのかな……。
「分らない。苦しい。どうしても皆傷つけちゃう」
「うん」
「皆傷つけて、逃げたんだ。逃げたのに、なんでまた人間が来るの?傷つけたくないのに。なんで、なんで……」
言い訳をした。本当に傷つけたくない。けど、傷つけたのは本当で。俯いていたら、下の方に足が見えた。近い……!そう思ったらまたバチンと音がした。
「ボクを殺しに来たの?黒の忌み子だから?なんで?死にたくない。殺したくない。死にたくない……」
「少年!!」
大きい声で茶色い子が叫ぶ。ボクはビクッとなって怖くなって体を強く抱く。
「……私を見ろ」
ゆっくりと言い聞かせるような響きに恐る恐る茶色い子を見た。……ビックリした。黒かった。怖い色。みにくい色。ボクとおんなじ。
「な、なんで。黒……」
「まぁ、私も見ての通り黒の忌み子だからさ。少年はなるべく殺したくないんだよね」
でも、さっきまで茶色だったのに。どうして。
「……嘘。さっきまで、茶色だった」
「あっちが偽の姿。普段はずっとああして色を誤魔化してるんだ。そうじゃないと殺されちゃうからね?」
ニコッと笑う姿にドキッとした。今まで向けられたことの無い笑顔。本当だろうか。色を変えてこの子は生きているのだろうか。分らない。怖い。わからない。わからない。黒くなった子がボクに近づいて来る。そして、ボクに手を伸ばした。叩かれる訳でもない。目の前に手のひらが見えるだけ。何をしようとしているのか。
「少年が望むなら、外の世界を見せてやる」
何を言っているんだろう。ボクは、生きてちゃいけない。
「……無理。黒い、から……」
「私がその色を変えてやる」
黒くなくなる?でも、色を変えてもボクは。
「……無理。人を、傷つけるから……」
「私が魔力の扱いを教えてやる」
魔力?さっきの風?使えるようになる?止めることも出来る?でも、もう……。
「……むり、もう、いっぱい、傷つけた」
「それは君のせいじゃない。君の意思じゃない。あなたはこれからなんだよ」
そうなんだけど。どうして分かるの?でも、むりだよ。
「……む、むり……むり……」
「じゃあ……ここで、死にたいのか?」
「………………生き……たい」
生きたいに、決まってる。だから逃げてきた。ここまで逃げてきたんだ。
「じゃあ、この手を取れ!」
大きい声に驚いて黒くなった子と目が合う。強くボクを見つめる目はとてもまっすぐで、恐怖なんて全然なくて、怒ってなんてなくて。
「生きたいなら生きればいい。傷つけたなら懺悔しろ。君が生きたいと望むなら簡単に捨てるな!少年が心を忘れない限りずっと『人』でいることが出来る!
私が!私が少年の世界を変えてやる!―――さあ、この手を取れ!!」
生きていい?ボクは生きていいの?ボクを見つめる黒い目が、ボクを必死に繋ぎ留めようとしてて。黒くてみにくいと思ってた黒い目が、今は真っ直ぐでとても綺麗で。―――本当に、変われる?口に出そうとしたが声が出ない。黒い子の手と、目を見る。この手を取れば、世界が変わる?変えてくれる?この子が?ボクと同じ黒い目と髪の子が?いいのだろうか?変わっても?一瞬だけ迷う。ゴクリと唾を飲み込む。……生きたい。生きてみたい。この薄暗い世界と違うものを見てみたい!
そっと黒い子の手を取ったら。とっても嬉しそうに笑って。
「よし!!」
といってボクを抱きしめた。今まで味わったことのない暖かさ。これが、暖かいってこと?これが、抱きしめるってこと?優しくて、でも強く、嬉しそうにボクを撫でてくる。味わったことの無い感覚に、ボクは泣いてしまった。
メインメンバー3人目です。




