23話
「……と」
漆黒の闇の中、地面に降り立つ。街に人影はなく、月明かりだけが淡く照らしている。現在は真夜中で、ギルとマリアも寝静まっている。
取りあえず結界を施してあるので、あの中には誰も立ち入れまい。
キョロキョロあたりを見回して歩く。月明かりだけでも十分見渡す事が出来る。暗い路地や、森の奥まで見える。闇属性ってのは便利だな。
今は遠く離れたブラックフォードに来ている。と、いうのもラミル家の動向が知りたいからだ。ギルには悪いが、やはり気になるだろう?
流石にギルに変わって仇をうつつもりはないが……情報だけでも得た方が良いだろう。と言いつつ、ラミル家がどこにあるか分からないのだ。この街は広いからなぁ……暗殺者に場所位聞いとくんだったな。まぁ、取りあえず散策しようか。
後は聖女の情報も欲しいなぁ。多分聖女や勇者関連は東の方の国だと思うけど……これも追い追い調べるか。
結局その日は何の手がかりも得られなかった。まぁ、徐々にでいいか。
「どこにいってたんだ」
「うわぉっ!?」
私が帰ると、ギルが起きていた。眠そうな目を必死に開けている感じで、若干可愛らしい。カチと懐中時計を開けると、4時を指している。これは相当眠いんじゃないだろうか?いつ起きたのか知らなかったが、たぶんトイレに起きてからずっと待っていたのだろう。
「散歩だよ」
「……索敵で探れないほど遠くにか?」
「お、おう……」
索敵の魔法使ったんですか?いやはや、流石はギルさん優秀ですね。索敵の詠唱もそれなりに長かった覚えがあるんだけど……。私が黙っていると、ギルが溜息をつく。
「何をしてるか知らないが、危ない事はするな」
「……」
いやぁごめん。ギルの仇を探しに行ってたなんて言えない。そもそも、ここからじゃ距離が遠すぎる。魔王の闇渡りがあるから行けたけど、普通の人は無理。ここからじゃどんなに急いでも3か月はかかるだろう。
はてさて、あんまり頻繁に探しに行くのもやめといた方が良いのかもしれない。まぁ、遠いから刺客もそんなに送れないだろうけど。
無事に『貿易の街』に到着し、材料を買い込むことになった。
船は5日後に出るらしい。まぁ事前にそろそろ出ることが分かっていたからこっちに来たんだけどね。
「邪魔。超邪魔。弱いの邪魔」
「お前の方が邪魔だピンク」
「ピンク違う。でも名前呼ばれるのも不愉快。よって、呼ぶな。弱いの」
やーめーてー。ギルとマリアは仲が悪い。何故そうなっているんだろう。ギルは女の子の扱いに慣れていないのだろうが……そのせいでマリアが完全にギルを嫌ってしまっている。
「パーティーはアルと私だけで十分」
ね?と私を見つめてくるマリア。
「俺との旅の方が楽だったよな?」
な?と私を見つめてくるギル。ううっ……そこで私に話を振るのか?
「ギルの攻撃力は並じゃないし、私が怪我した時にマリアのヒールも必要。だから二人共必要だし、仲良くやってくれると凄く嬉しいんだけど……」
そう言うと二人共苦々しい顔をする。そんな様子に私は苦笑するしかない。そんなに嫌かい。
普段はギルが私を諌める役目なんだけど、どうやらお父さん属性は私に限定されているようだ。はぁ、と一つため息をついて現実逃避も含めて市場を見る。海に面しているため魚介類が多い。塩もたくさんあるなぁ。
ふと目を向けた先に黒い粉があったので手に取って匂ってみる。おや、なんだろうこれ……カカオだな、美味しそうな匂いがする。
「それは薬だよ」
「ん?」
店主が私が手にとったものを見てそう答える。
「舐めてみても?」
「いいよ、ただし凄く苦いよ」
確かに苦いな……。でも乳製品や砂糖を加えたらチョコになるのではないだろうか……。詳しく知らないが……。そういえばチョコとココアの違いってなんだろう?
「栄養価が高いんだが、なにせ苦いから欲しがる者もいなくてね。良かったら安くするよ」
「じゃあ買おうかな」
5kg程購入しよう。色々試してみよう。しかし、フライパンがあるのに何故チョコは出来ていないのだろうか?ん?でもトリエステで見たような気がするんだけど?情報が規制されているのだろうか?
まぁ、これでチョコ作りを試すか。
「またアルは無駄使いを……」
「し、失礼な。む、無駄じゃない……はず」
「アルが望んだものなら。無駄、ない」
「おお、マリア分かってくれる?」
ギルに窘められたが、マリアが理解してくれたようだ。流石は聖女様である。ギルは悔しそうにマリアを睨みつけている。お、おう……そんなに睨まなくても……。
「ギル、私の為を思って言ってくれたのは分かってるから。ありがとう」
「む」
「あ、ああ。分かってくれてるなら……いい」
今度はマリアが不機嫌そうな顔をしている。どうしろと。
5日後、沢山の食料と、一応念の為に酔い止めの薬を用意して無事に『貿易の街』を出発した。
「割と人が多いな……」
「んー多いねー豪華客船のクルーズみたい」
「ははは、そんなイイもんでもないだろ」
「豪華客船は、これと同じ大きさで。客も、半数」
「そうなのか。っていうか二人共乗ったことあるの?」
「「……」」
私が聞くと二人共黙り込んでしまった。え、なんだ。本当に乗ったことあるんだ?え、マジ?へーえー私だけか……乗ってないの……。いや別に良いんだけどね?流石は元貴族様と訳アリ聖女様ですよ……。いいもん、別に。
「ほ、ほら。バーとか食堂もあるぞ?」
「ゲームもある。元気出して」
二人が落ち込んだ私を励ましてくる。やめれ。なんだか余計に虚しくなってくる。しかし食堂や遊技場があるのか……。へぇ……カードゲームにダーツか……。揺れてるのにダーツをやる猛者がいるのか……。大きい船だからか揺れはそれほど大きくはないが……。
波も味方につけた時に真の王者になれそうだな。うん、これ凄く見たいわ。
おおっリバーシある。チェスもあるな。へー意外と楽しめそうだ。
そりゃあ2ヶ月以上もあるんだからそれなりに楽しめないとダメだよなー。しかしやっぱ賭けないといけなかったりするんだろうか?そういうのはあまり得意ではないなぁ。
ちなみに部屋の方は大部屋だ。男女が入り乱れ……って別にいやらしい意味ではなく……普通に雑魚寝だ。豪華客船とかだと個室があるんだろうな。まぁその分お値段も高いのだろうが。
皆荷物はどうしてるんだろう……普通にスリに遭ったりしそうだけど。この中に絶対に犯人がいるとしてもこの人数じゃ分からないだろうし。まぁ私は全く問題ないけどね。マリアも手ぶらだし。ギルも大した荷物は持っていない。
他の人はどうしてるのかな……。まぁ他所は他所ウチはウチだな。
しばらく遊技場を見回っていたら、マリアの顔色が悪くなってきた。
「うっぷ。人多い。超無理」
「ああ、船酔いじゃなくて人に酔ったのか。大丈夫?じゃあちょっと甲板に出ようか」
遊技場は特別人が多いし、甲板だと割と少ない。それに外の空気を吸うのも良い。後はなんか歌を歌っている人もいたりするから割と居心地は良い。 少しの人の話し声と吟遊詩人の歌声と波音。癒されるなぁ。
手すりにもたれて気持ち悪そうにしているマリアの背中をさすってあげる。相変わらず手が爛れるが気にしたら負けだ。遊技場の時よりは少し顔色も良くなったようだ。
「弱いな、ピンク」
「む」
ギルがそうからかうとマリアが睨みつける。マリアは青い顔で睨んでいるので結構迫力がある。
「ヒール」
マリアはそう一言発した。すると顔色が良くなった。
「ヒーラーにかかれば、こんなもの」
「最初からそうしとけよ」
「む」
酔いもヒールで治るのか……酔い止め必要なかったなー。ああ、マリア完全にヒール忘れていたんだな……。ちょっと気まずそうに目を逸している。ヒーラーなのにヒール忘れるってアリなのか?
まぁ正確にはヒーラーじゃなくて聖女なんだけど。ヒーラーとして通すならもうちょっと振る舞いを考えたほうがいいと思うんだが。
「あそこでヒール使っても、また酔うだけ。だから魔力温存」
「どうだかな」
言い訳してもギルは完全に疑っている。少し冷や汗をかいてマリアが私に助けを求める目線を向けてきた。
えっ、無茶ぶり。
「う、うん。魔力温存はいざという時の為に必要だよね……」
「この船の上で魔物にも遭わないだろ」
ギルに一蹴されてしまった。私もダメだったよマリア。ギルに裾を引っ張られてマリアから遠ざかる。そして私に耳打ちしてくる。
「やっぱ怪しいだろあのピンク。ヒーラーなのにヒール忘れるとか。他の魔法も使えるんじゃねぇの?無駄に偉そうだし、やっぱ信用できないんだけど」
あーうん。あれはご愛嬌といいますか……。信用度で言えば魔王の私のほうが信用出来ませんよ?ははは。……はぁ。どうすっかな。と言っても行きと帰りの船の間中ずっと一緒なんだけど。もうちょっと信用してあげても、いいんじゃないかなぁ。ギルってこんな人見知りだっけ?……そういえば最初会った時は殆ど口もきかなかったっけ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「なんでそんな会って間もない奴の事全面的に信用するんだよ」
「なんでと言われてもなぁ……ね、ギル。マリアが上手い嘘吐けると思う?」
「そ、それは……」
マリアは近くで見ていても結構モロに顔に出るタイプだ。初対面もいきなり嘘っぽかったし。ヒールを忘れてたこともバレバレだった。
私達を害そうとしたならすぐに顔に出そうだ。ある意味安心出来る。
「まぁ、事情があって話せない事があるにせよ、彼女は大丈夫なんじゃないかなって思うんだよね」
「……まぁ、アルはそういう奴だよ、うん」
複雑そうな顔をしてなんとか頷く。
「まぁ、取り合えずは一緒にいてやるけど。怪しい行動したらすぐ追い出す」
「ふ、心配性だなぁ」
私が笑うと、ギルは何故か視線を泳がせて目を逸した。
船旅は快適。遊技場で遊んだり、他の人が戦ったりしているのを見たり。
景色はあまり変わらず海ばかり。まぁ、ハッキリ言ってちょっと暇だった。なのでカカオでチョコを作ってみる事にした。甲板の目立たない所に座り込んでカバンから材料や道具を取り出す。
「あれ、また変な事してんのか」
「変な事ってゆーな。失礼な」
ギルには色々実験してるの見られてるからなー。主に料理なんだけど。
「料理?」
私が取り出したモノを見てマリアが聞いてくる。
「アルの料理。変わってる。でも、美味しい」
マリアは私の料理を気に入ってくれている。
「残念。料理じゃないよ。ちょっと実験というか料理の幅を増やすための……いや、上手くいくかは分からないんだけど」
「新しい料理。楽しみ」
う、うん。上手くいくか分からないんだよ?色々試しても失敗することもあるんだよ。前の世界じゃ成分が違ったりするし、ネットもないから作り方も検索できないし。だからそんな期待に満ちた顔しないでっ。
私が戸惑っているとギルがマリアの首根っこを掴んで引き離す。
「弱いの。何する」
「はいはい、アルの邪魔すんなよ」
ごめんギル助かるよ。でも女の子の首根っこ掴むのはどうかと思うよ。取り合えずやれるだけやってみるか。
実験結果……取り合えず成功。
取り合えず飲み物のホットチョコレートは作れた。ただ、どうやっても私にはココアは作れない事は分かった。なんか違う気がする。どうやってもチョコ味から抜け出せない。そもそもチョコとココアの原材料って違うモノだったりするのだろうか。それに液体状しか作れない。ミルクとかはもう製法すら意味分からない。茹でたり、乾燥させたりしたらなんか微妙になったし。
結果ミルクにカカオと砂糖混ぜてホットチョコレートに……。やっぱり前の技術だと何かが違うのかも。そもそも調整牛乳の調整って何を調整してるんだ。脱脂粉乳ってなんだ。乳化剤ってなんだ。もういい。もういいよ。前の科学技術すごいよ半端ないよ。私には無理。ココアが作れないのは残念だけど。チョコがあればいいや。ちょっと違う気もするけど、甘くて美味しいわ。
私は遠い地平線をぼんやりと眺める。あー海は広いな大きいなー。現実逃避ともいう。色々やっても結局一番簡単な方法のものしか作れなかったっていうね……いいっすよ。科学ってやっぱすげぇなー。大人しく普通の料理でもしとくわ。
ふと視線を感じたのでそちらに目を向けると子供がこちらを見ていた。目が合うとサッと隠れてしまう。私よりも2、3歳は下だろうか。あの子一人……な訳ないよね。親御さんと来ているのだろうか。はぐれたか?結構船も広いから見つけるのは大変そうだ。前の世界と違って通信設備もないし、迷子センターとかもないしな。
一応補助魔法の中にテレパシー的なものもあるけれど、使える人も限られているだろうし。……考えだしたら気になってきた。取り合えず散らかったモノをすべてカバンという名の便利空間に放り入れて先程子供が覗いていた場所に向かう。
覗き込んだら少年と少女がいた。私に見つかってワタワタと慌てて逃げ出そうとするので取り合えず少年の腕を取る。
「ま、待った」
慌てて止めてしまったが、ちょっと後悔した。どう見ても孤児だった。手にとった腕は細くて折れそうで、所々蹴られたりしたのか、痣が出来ていたりする。服はボロくてツギハギしてなんとか着ている程度。少女の方はもうどこにも見当たらない。きっと逃げ出したのだろう。こんな状態の子供に親などいるのだろうか?
答えは否だ。彼らは船の上で何かしら日銭を稼いで生活をしているのだろう。少女の方はまだ少年よりはマシな格好をしていた。恐らく彼が守ってあげているのか。
私のこの妄想力!なんだこれ。そんなんじゃないかもしれない。ちょっと聞いてみよう。
「お……親は?」
「ハァ?!んなのいる訳ないだろ!」
……ごめんなさい。猛省してます。やっぱりそうですよね……。
少年は不遜な態度をとっているが、顔色は悪く、少し怯えている。チラチラと剣を見ていることから斬られるとでも思っているのか。
「ごめん。お詫びにこれを上げよう」
先程のホットチョコレートだ。失敗作なんだけどそれなりにイケますよ。 甘い香りに少年は生唾を飲み込む。だが、決して飲もうとはしない。
「毒なんて入ってないよ」
一口飲んでまた少年の前に出す。だが、飲もうとはしない。毒の問題じゃない?……あ、人が飲んだものはイヤ?……あ、そういえば昔のギルはお金がないからって断ろうとしてたな。そういう事かな?
「お金なんて取らないよ実はこれ失敗作で……あっいやその別に捨てるものをあげるとかそういうんじゃなくて、えと、これも結構美味しいから捨てれなかったというかなんというか」
「……あんた、なんなんだ?」
私がオロオロしているのを見て、少年はこわばった体の力を少しだけ抜いた。
「えっと、なんなのと聞かれたら答えてあげるのが世の情け。……えっと私はBランク冒険者のアルっていうんだけど。えっと目の前の人間をホっとけないというか」
「……ふん。同情か?」
「まぁそうだね」
私がそう答えると少年は目を丸める。
「そんなはっきり言う奴いないぞ」
「そう言われても……でも、私も親いないから色々苦労してサバイバルしてきたから分かるというか。私には魔物と戦うだけの力があったから冒険者になれてお金を稼ぐことが出来たんだ。運が良かったというかなんというか」
魔王なんて職業になってしまったが、色々楽しむだけの余裕はある。だから逆に運がいい。この世界の孤児は多い。前の世界にだって戦禍に巻き込まれて赤ん坊でも死んでしまう者もいる中で平和な日本に生まれることも出来た。それに二度目の人生も送れているし相当幸運だ。彼にモノを与えるのは同情心。
正義のヒロインやヒーローならばきっと同情なんてものではなく心から心配してあげるんだろうが……。私はそんな出来た人間ではない。どうしても上から目線の可哀想な者に分け与える精神がある。
それでもいいのだ。所詮私は偽善者なのだから。
「ふぅん……本当にお金請求しないか?」
「しないしない」
ニッコリ笑って促す。すると、恐る恐るコップを手にして飲む。一口飲んだ瞬間、目を見開いて一気に飲み干した。必死に飲むその様子が可愛く見えて思わず微笑んでしまう。
少年は飲み終えてちょっと顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
「これ……さっき一緒にいた妹にも飲ませたいんだけど」
「ん、いーよ」
ああ、さっきの妹なのか……。先に逃がしてあげる心意気がなんというか……いいなぁ。
「ああ、待って」
ホットチョコレート(失敗作)を与えるとささっと走り出そうとしたので呼び止める。今度は腕を掴まなくても止まってくれた。
「今からご飯食べない?ここにいるから、来てね……ああ勿論無料で」
「……同情?」
「ふっ、そうそう」
「あんたほんと変わってんな」
ニッとようやく子供らしい笑顔が咲いた。それから少年は妹を探しに私の前からいなくなる。さて、腕によりをかけますかっ。
「……アル。これは一体どういう事だ」
ギルが物凄く厳しい顔で告げる。それもそのはず。私の周りには15名の孤児が集まってご飯を食べているのだ。勿論これで全員というわけではないが、残りは年長者達なのである程度仕事を持っているらしい。年長者らがこの子達の面倒を見ているのだが、生憎稼ぎはそれほど良くはないらしい。
だからヨーク……最初に出会った少年は痩せてしまっていたのだ。あと何人か働く場所があればなんとかなるのだが……。
「ちょっと成り行きで……」
てへぺろ。うっ、めっちゃ睨まれた。ギル、落ち着いて。
「目を離した俺が悪いのか……」
遠い目をしている。いやほんとすみませんて。大丈夫、材料はたっぷり買ってあるから!えと、多分大丈夫さ!
「美味しそう」
マリアは料理の方に目を向けて羨ましそうにしている。
「まだあるよ。いる?」
「いる」
即答である。
「あ、そういえば実験した奴も取りあえずは成功したから飲んでみて」
「うん」
迷いがないなっ。聖女様は肝が座っていらっしゃる。そして聖女様は孤児を助けてもなんの違和感も感じないらしい。流石聖女様である。助けあいの精神って大事だよね。




