13話
魔物討伐から帰ると、街が騒然としていた。人々が逃げ回り、子供は泣きじゃくり、大人は血相を変えている。
「まさか、魔物が街に?」
と、ノム。
「それもまさかよ。私たちより強い冒険者だっているのよ。これはちょっと異常だわ」
と、レム。そもそもこの街が近くにいる所に滅多に強い魔物なんてお目にかかれない。魔物が出たとしてもCランクで倒される程度のもの。こんな風に人々が逃げ回るなんて無い。私は背の高い大人たちが周りで走っているため、若干圧倒される。ぶつかったりしないのは、さりげなくカロットやキーヴェルが避けてくれていたからだ。この人の波に飲まれたらすぐに彼らとはぐれるだろう。こんな状態だと、か弱い子供やお年寄りは怪我をする。
状況が分からないため、5人で人の流れに逆らって少しずつ進む事にした。
腐っても冒険者。何か戦力になるだろう。進んでいると、頭をがしっと誰かに掴まれる。
「おい坊主逃げろ!死ぬぞ!」
「ちょっとちょっとどういう事だ」
息を切らせ、決死の表情で見知らぬおじさんが言う。カロットはおじさんの手を払いつつ状況の説明を乞う。おじさんは私達の呑気な態度にイラついているようだった。そんな事も分からないのか!という態度にこちらもイラついてしまう。だが、この尋常でない雰囲気でつっかかってしまうのも拙い。
「白の忌み子だ!ガキは優先的に逃がさないととんでもないことになるぞ!早く逃げろ!」
「なんだって!!」
白の忌み子、そういえば魔王城の本に載ってたな。黒の忌み子と対になるような存在。黒の忌み子は黒い瞳に黒い髪、白の忌み子は赤い瞳に白い髪なのが特徴的。そして、黒の忌み子は先天的なものだが、白の忌み子は後天的なものだ。
それに、何が原因で白の忌み子とされるかははっきりと分かっている。
7歳までの子供がなるもので、主に魔物からの攻撃を受けて傷を作ったり、魔物の血を浴びたり飲んだりすると、低確率でなるものだ。確率的には1%もないだろう。7歳まで魔物から守ってあげればいいので、対処法も分かり易い。黒の忌み子と違って、白の忌み子は分かっていれば防げる。
だが、どうしても子供は無茶をしてしまうもので、どうしても白の忌み子になってしまうモノが現れるのだとか。白の忌み子が厄介なのはその凶暴さや強さ。一旦ソレになってしまうと、両親や親戚友達に至るまで殺し尽くす。
さらに厄介なのが、白の忌み子から攻撃を受けた子供は、魔物から攻撃を受けた時よりも白の忌み子になりやすいという点だ。確率が10%に跳ね上がる。10人の子供が攻撃を受けると一人は白の忌み子となるのだ。その効果は大きな街一つ消滅させるほどだった。
その最凶さで、ギルドではSランク指定の災害扱いだ。Sランクの冒険者ならば余裕で倒せるらしいのだが、Sランク冒険者は非常に少ないらしい。
「やばいな!逃げるぞアル」
「……もう遅いみたいよ」
キーヴェルが慌てるが、レムは顔を青白くしながら前を見据えている。前を見ると、真っ白の髪を振り乱し、赤い目でこちらを見据える……白の忌み子がいた。
その手には5歳程の子供を持っており、血を流している。そのすぐそばには母親らしき女性が血と涙を流し、へたりこんでいる。ドサッと子供を離し、本格的にこちらに向かってくるようだ。
「ふー……ふー」
「やばいわ……アルくんロックオンされちゃってる……!」
4人とも私を隠すように隊列を組む。彼らは優秀なパーティーで、隊列も乱れていない。だが、彼らはCランクだ。Sランク災害指定と戦うのは無茶にすぎる。逃げてなんて言っても聞く耳もたないだろうなぁ……。
タッと白の忌み子がこちらに駆けてくる。同時に4人には緊張が走る。Bランクでも厳しい相手に逃げ出したいだろう。だが、彼らはそれをしない。アルはまだ子供で、白の忌み子となる可能性がまだあるのだ。
……いや、彼らはアルの事を弟のように思っているのだ。そんな理由だけではないだろう。レムが白の忌み子からの攻撃に備え、剣をしっかり構える。
ガキィン!
と鈍い音を立てたのはレムの剣ではなく、私の剣だ。
「――――なっ!?アルくん!!ダメよ!!!死んじゃうわ!」
「アルてめぇ!!!大人しく逃げろってのぉ!!」
レムとカロットは悲鳴に近い声を上げる。
「ぐるる……ふー……くくく……」
「まるで獣だなぁ……」
私は彼らの話に構わず、白の忌み子を見据える。そこに理性はなく、獲物を狩るだけの獣の目だった。白の忌み子がこんなんなら、黒の忌み子ってのはどうなんだろう?本の記述では共に理性は無いという事なんだが……。白の忌み子については確かに理性はなさそうだ。だが、黒の忌み子ってのは赤ん坊の時に殺されているので、本当に理性が無いかってのは分かっているのだろうか?黒の忌み子が理性がないのだとしたら私は?
私は確かに思考し、言葉を話し、行動する。私は黒の忌み子ではない?それともあの本の記述の方が間違っている?それとも前世の記憶持ちの私が異常なだけ?
私が考えながら白の忌み子と戦っていると、4人の援護が入って来た。
「馬鹿ね!一人突っ走らないでよ!」
レムが白の忌み子との対戦に入って、剣を振るう。途中、カロットによる攻撃や、ノムの攻撃魔法も入ってくる。何とも良いコンビネーション。でも、攻撃は白の忌み子には効いていない。攻撃力が足りていないのだ。
「助けてください!私の子供が!」
はっとして、キーヴェルとノムがそちらに駆け寄る。白の忌み子の対象は私のみになっているらしく、そちらに見向きもしない。ノムは回復魔法が使える。子供の怪我の具合は分からないが、これで助かるだろう。
「ギュエアアアアアアアアアアアアアア!!」
目の前のモノ以外からの絶叫にギョッした。その絶叫は、助けを求めた母親の子供からだった。その子供の身体は激しく暴れまわり、青色の髪がみるみる白くなっていく。
「い、いや……いやぁ……」
母親の元から離れ、ジタバタともはや人間の動きをしていない我が子を母親は泣きながら見つめる。見たこと無かったが、これが白の忌み子化している状態なのだろう。これは……マズイ状態だった。白の忌み子になってしまったなら回復魔法なんて効かない。そもそも、怪我を回復させたとしても、なってしまうものはなってしまうのだ。……これは災害指定されるはずだ。
突然増えた新たな白の忌み子にレムはうろたえている。先程までの鋭い剣さばきも無い。新しく白の忌み子となってしまった子供がレムに襲いかかり、跳ね飛ばす。
「ぐっ……ぁ」
大きな音を立てて民家に叩きつけられるレム。ノムが慌てて回復の為に向かう。キーヴェルは母親の避難を手伝う。カロットは未だ臨戦体制。……カロットだけなら撒けるかな?
新しい白の忌み子は、レムから私に対象を移す。不利な状況にカロットは顔を青ざめさせる。
「アル!お前だけでも逃げろ!お前までああなっちまう!」
「ふっおかしな事を言う!」
キィン!
片手に剣を持ち、こっそり空間からナイフを取り出して2体と応戦する。カロットは心配してくれている。とても嬉しい事だった。……だけど、黒の忌み子って白の忌み子になるのかな?それに、ここで引いたら他の人間に被害が及ぶ。負けるとしても、時間稼ぎは必要だと思う。まぁ負ける気なんてないけどな?
タンッと、仲間全員から距離を置く。ぐるりと白の忌み子達はこちらを向き、向かって来る。何故白の忌み子が子供を優先的に狙っているかは分からないが、好都合だった。このまま私に付いて来い!
「アル!?―――あの馬鹿!!」
とカロットの叫びが聞こえたが、構わず走る。生憎、周りには誰も人がいない。街の外まで走り抜けられそうだ。
「敵意に範囲指定すんのも考えものだなぁ……」
私は森の中でそう呟く。そうなのだ、あの索敵だと私に反応するまで気付けないのだ。今回、白の忌み子に気付けなかったのもその為だ。どうすっか。魔物指定ってのもあるけど、白の忌み子は魔物指定では索敵されないようだ。それに、悪意や敵意を私に向けているようでも無いようだ。ただ、目の前にいるモノを壊す。ただそれだけの行為のようだった。
2対1ってのはどう考えても状況悪いな……。普通だったら、な。のんびりと考えていたが、白の忌み子は強かった。速いし、硬いし、攻撃も重い。
「黒の忌み子VS白の忌み子ってか!」
とか考えていたらちょっと楽しくなってくる。くるくると舞うように戦う。
キィンキィンと打ち合う金属音が心地よい。
「ギョエアアアアアアアアアアアア!」
ガキン!と忌み子の腕を落とすと絶叫を上げた。そこでやっと私に敵意を向けてきたようだ。傷つけられるまでは敵意を向けないか……。なんだか良く分からないな。腕一本落としても血が一滴も落ちない。それに切った感触は人間じゃない。金属切った感じってあんな感じなのかな?
金属切ったことないから詳しくは分からん。だが、もう彼らが人間でないことは確かだ。本来ならこんな行動をするような子供じゃなかったんだろう。辛いだろう。痛いだろう。
「私が助けてあげる」
私はニッコリと微笑んで彼らと対峙した―――――。
結果的に言うと私は白の忌み子の討伐に成功した。止めを刺すと、彼らは砂のようにサラサラと崩れていった。本当に人間ではなくなっていたんだな……。白の忌み子の死ってのはこんな終わり方か。
私は……私も、砂の様に崩れるかな?なんだか敵キャラの最後のシーンのようで実に良い死に様だと思う。おのれぇ……勇者ぁ……とか言いながら消えていけばなお良し。
私は膝をついて死んでいった二人に祈りを捧ぐ。
彼らはきっと天国に逝けたよね?行ってくれないと怒る。だって白の忌み子になんてならなかったら、人に危害を加えることなんて無かったかもしれないのに。それで地獄行きは理不尽だろう?
静かに祈りを捧げていると、突然の敵意に脳内にアラームが鳴り響く。
キィン!
剣を抜いて慌てて応戦する。さっきまで人の気配すら感じなかったのに。なんだ、この人間は。
「凄い……凄い凄い!今の受ける?とんでもないねっ!君何者?」
剣を向けたまま無邪気に彼は聞いてくる。歳は17歳頃か、顔は凄くかっこいい方だった。笑顔が眩しい。雰囲気はそんな生易しいモノじゃあないが。
彼はクリッっと小首を傾げて私を見つめている。
「あれ?僕の事知らない?かの有名なSランクの冒険者なんだけど」
「知りませんね」
これがSランク冒険者?いきなり人に攻撃してくる奴が?冒険者ってのはガラが悪いのか……。彼は酷くショックを受けたようで、剣を下げてガックリと肩を落としている。それでも、彼からは敵意の色は消えていない。なんなんだこの人……。
「お初にお見えに掛かります。ボナパルト公爵家嫡男グレアム・D・シャルトワ・ボナパルトといいます!」
グレアムという男は恭しく礼をする。
「……どうも、アルです」
貴族か。この世界に来て初めて見た。なるほど、身なりも相当良いと見える。
「……随分と簡潔なんだね?」
「ビシビシと殺意振りまいてる人は怖いので」
なんというかこの人苦手だ。私の言葉にグレアムはケラケラ腹を抱えて笑っている。
「僕の悪い癖なんだよ!ロイやアンにも良く怒られるんだ!あ、彼らもSランク冒険者ね」
そういって面白そうにしている。きっとそのロイやアンとやらはかなり苦労するに違いない。彼はいきなり人に斬りかかる人間なのだから。
「君は知らないだろうけど、僕の二つ名は『戦闘狂』だよ!強い者が好きなんだ!本当は白の忌み子討伐の為に来てたんだけどね?君がまとめて二体も倒すからストレス溜まってるわけよ。分かる?っていうか白の忌み子より君の方が強そうじゃん!戦おう!みたいな!」
「……なるほど!」
狂ってやがる!遅すぎたんだ!……くそ、こいつに戦闘見られたのか。いや、でも魔法使ってないし。バインドだって普通の魔法使いなら誰だって使える。だが、こいつに目を付けられたのは運が悪い。
「あはははは!じゃあ……行っくよぉ!」
森の中でただ剣を打ち合う金属音だけが鳴り響く。
「はぁ……!はぁ……!」
「あはは!強い!いいね!楽しいよ!ロイ以来だよこんな強いの!」
流石Sランク……強いな。力の強さだけで言うならさっきの白の忌み子の方がまだ強い。だが、技術と速さがトンでもない。なんの型にも収まっていない無邪気な剣だが、どうしようもなく凶暴だった。
ヒュオと彼の剣をギリギリで避けて応戦する。その度に彼は嬉しそうな顔をする。剣術だけなら私は彼に劣るだろう。が、なんとか今は応戦出来ている。手加減しているのかもしれないが。
彼は『戦闘狂』らしく、実に楽しそうだ。
……ふむ。私はなんで戦っているんだっけ。……彼が剣を向けてきたから?
いや、このままここで殺されてもいいんじゃないかな?魔王的な意味で。流石にこの世界を全然見ていないからちょっと残念だけど、そもそも転生して生きてた事自体運が良かったんだし。
彼強いし、私の事殺せるんじゃない?現に今だって私は体力切れでボロボロだ。これは世界的に良いんじゃない?
打ち合っていたら、だんだん殺されたくなってきた。ランナーズハイってこういう状態なのかもしれない。やばい。
キィンと音を立ててグレアムが私の剣を弾いた。私の剣が地面に落ちる前に恐ろしい速さでグレアムが私の首に剣を突きたてに来る。
やばい、殺される――――――それってなんて好都合なんだろう!
今は防御膜をつけていない。刺せば身体は人間だから死ねる。逝ける!よし、殺れ!
と、考えていると、グレアムの剣はピタリと止まった。
「……なんて顔してるのかな?」
「……へ」
顔?今どんな顔してる?グレアムの思わぬ言葉に間抜けな声が出てしまった。
「そんな安心しきった顔されたら、流石の僕でも切れないじゃないか」
安心……?私は今安心してたっけ。ようし、殺れ!的な顔だと思ったんだけど。グレアムの敵意は消えて、剣を鞘に収めている。あれ、終わり?
「切ってくれないなんて、酷い事をするんですね……」
「あはは、面白い事言うんだね。無条件に切るのは酷いことだと今までロイが言ってたのにね」
微妙な沈黙が流れる。はっとした。何言ってんだ、私は……。と、正気に戻る。
「いえ、その、ロイさんが正しいと思います」
「あはは、えー?言ってる事違うよ?」
「うん、気にしないでください。私が特殊なだけです」
「そうみたいだね。普通あの状況であんな顔する人見たことないもん。君みたいな子、ロイに滅茶苦茶怒られるタイプだよ。『命を粗末にすんな!』ってさ」
『命を粗末にすんな!』の部分は恐らくロイという人の真似をしたんだろう。酷く怒ったような口調だった。行動も真似ているのか、腰に左手を置いて、右手は私を指差して、お説教って感じの動きをしている。その真似は似ているのか、なんだかとても様になっている。いきなり斬りかかる人間の動きじゃない。おそらくロイの動きなのだろう。さっきまで笑っていたのに、ふと困った顔になるグレアム。
「僕は悔しそうな顔や、絶望している顔を切るのが好きなんだ……」
「そうですか……」
「君は僕には切れないタイプの人なんだね……」
と、残念がるグレアム。物凄く色々残念な人だ。
「そうだ、ロイとアンに説教してもらうといい。そしたらきっと君の考えも変わるよ!」
とっても名案だ!と急に明るくなるグレアム。
「さあ!一緒に行こう!」
と、明るく手を差し出すグレアム。うん。
「お断りします」
白の忌み子に遭遇+Sランク冒険者に遭遇。




