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1話

 私は井上優樹。女。トラックに轢かれそうになった女の子を助けて死んだ。死んだはず。ドーンってぶつかって……それだけでも即死級だけどなんかまだその時は生きてた。その後コンクリートに叩きつけられて体の感覚が全部なくなった感じがして、後は迫ってくるトラックのタイヤが最後に見た光景だと思う。ちょっと……あれで生きていたら引く。もうドン引き。おそらくぐちゃぐちゃになっていただろう。生きてるのは奇跡に近い。


 と思っていたら本当に生きているようだ。目は霞んでいてあんまり体の感覚は宜しくない。ぼんやりと人影っぽいのが私に話しかける。


「#$%&’()=~|~=)(’&&’()」


 ……分かります。分からないことが分かります。外国かぁ……日本の病院じゃダメだったんかな。ちょっと英語に似てるっぽい……かな?まずはこの言葉を覚える方が良さそうだ。翻訳さんなんて来るか分かんないし。



 一週間経った。目もちょっと見えるようになったし、状況も分かった。

うん、ちょっと叫んでもいいかな?


 転生ってなんだよぉぉおおおおおおおお!!!!何番煎じだこらぁああああああああああああああ!!


 思い切り叫んで見たかったが「おぎゃあ!おぎゃあ!」としか言葉は出てこなかった。


 ちょっと落ち着こうか……。今私がいるのは病室ではなく、どこかの家庭の一室。それも、あまり裕福でないようで、ツギハギの服を着た母親らしき人が出たり入ったりと忙しない。その人がおむつを変えてくれて、体を拭いてくれて、乳を与えてくれる。寝るときは必ず。


「おやすみ、アルリリア」


 と言って額にキスしてくれる。アルリリア、それが今世での私の名前のようだ。挨拶もおそらく推測するに「おやすみ」だということは分かった。前世で勉強ってのをしとくもんだな。それかやっぱり子供の脳ってのは吸収が……ってこれも何番煎じか分からんから、もういっか。私は生前と同じ女だということも分かった。転生した人達が必ず味わう羞恥プレイで。母は茶色い髪、焦げ茶色の瞳をしていてとても可愛らしい。父親の方は三日に一度くらいで顔を出していた。父は母よりも薄い茶色の髪で、濃い青の瞳をしている。物凄く筋肉質な人で、顔は爽やか系のイケメンだった。その筋肉と爽やかな顔のコントラストが恐ろしく似合っていない。なんでその筋肉比率にしたんだ。せっかくイケメンなのに。しかし母はその非常に微妙な父を愛している。たまに熱を持った瞳で眺めている時があって、私のほうが恥ずかしくなるほどだ。


 そんな両親はたまに真剣な顔で話し込んでいるが、流石にそこまで流暢な言葉はまだ翻訳出来ていない。

 未だに課題は山積みだった。



 もう十ヶ月が経ったよ!寝て起きてご飯貰って排泄して言葉勉強してたらあっと言う間だったね!いやぁ早いもんだ!……もう私のキャラは崩壊寸前だった。だってずっと思うように動けないんだもん。でも根性で頑張り、ハイハイはできるようになりました。今は掴まって歩く練習中だ。言語に関しても覚えた。それしか暇をつぶせるものがなかったっていうのもある。そのおかげでたまに帰ってくる両親の会話は理解できるようになった。


「黒の瞳と黒の髪だなんて……黒の忌み子なのよね」

「だが、魔力暴走なんて起きていないし、たまたまだって心配するなイグル」


 母イグルと父ヨーシスは真剣にそんな事を言っていた。

 ふむ、魔力暴走……ん?

 …………。

 ははは、異世界に転生しますたってタイトルでいいのかな?


 何番煎じだよ!!!このボケェっ!!!


 いや、間違えても今叫んじゃダメだ。滑舌の方も練習したからかなり饒舌に喋れるのだ。「何番煎じだ!!」なんて叫ぶ赤ん坊なんて殺しかねない。しかも黒の忌み子と言われるなんだか謂れあり気な感じなのだ。黒目に黒髪ってこの世界じゃ珍しいのか……むしろ忌み嫌われてる感じなのか。しかし魔力あるのか……生前はアニメが好きだったし。オラわくわくすんぞ。そう思って自分の内側に意識を向ける。


 ペロッ!これが、魔力!


 その流れはすぐに見つけることができた。否、もともとこの流れは知っていた。魔力と言われると「それだ!」って感じでしっくりきた。むしろ大きくて最近苦しかったのだ。赤ん坊としてこの大きさはアリなのだろうか。苦しいんで、病気かと思ってたよ。恐らく、このまま放っておくと両親が恐れている魔力暴走とやらは起こりそうだ。あとで適当に夜中になんか魔法使おうかな。


「クラウドが最近アルリリアに会いたいと言って聞かないんだ」

「あら、うふふ。クラウドったら、妹の顔が見たくて仕方ないのね。アルリリアはとっても可愛いから

見たらビックリするんじゃないかしら」


 ふむ……クラウドという兄がいるらしい。私が生まれたばかりの頃は頻繁に来ていた父も今じゃ二週間に一度程度だ。それでも、今まで父以外がこの家に入って来たことなんてなかった。だから兄弟の類はいないと思っていたが、違うらしい。


「黒の忌み子の魔力暴走の心配さえなけりゃ、それこそ一緒にずっと住みたい位なんだが……」

「そう、ね……。でもちょっと位いいんじゃない?妹の顔も見られないなんて悲しいじゃない」

「そりゃあそうなんだが……」


 父は私と兄とを会わすのを渋っているようだ。黒の忌み子の魔力暴走、か。異世界モノだと、強力な魔力を秘めた子供は、その魔力を扱うことが出来ずに暴走する。そういう小説一杯読んだよ。多分その推察で間違いはないと思う。私の中で流れる魔力は強いんだろう。それこそ、今日あたりにガス抜き、いや、魔力抜きをしないといけない。今日は本当に苦しい。これが赤ん坊ならとっくに力を暴走させているんだろう。


「ちょっとだけ、ちょっとだけよ。ベル婆様にクラウドを預けるのも気が引けるし……。

それに、クラウドに私も会いたいの」

「しかし……」

「……お願い」

「分かった」


 おっとここで決まりました。母の攻撃「お願い」!小首を傾げて涙目の上目遣い!その高等テクニックを完全に手中におさめ、かつ的確に自分の可愛さを押し出した卓越したその行い!父はすぐに落ちたようだ。うん、分かるよ。あれには敵わないよね。私も前世で可愛い女の子に「お願い」されて落ちました。

 そしてまた違う人物の名前を聞く。ベル婆様。私のお婆ちゃんにあたる人かもしれない。今世に生まれてまだ両親としか会っていない。だから、兄のクラウドはもちろんだが、お婆ちゃんとやらにも会ってみたい。兄の方は近日くるようなので楽しみだ。

 その後、父と母は熱い抱擁を交わし、キスももちろん熱く交わして母は父を見送った。


 その日の夜。私は早速魔力抜きをしようと試みる。

 この家はとても狭い。台所と、私と母が寝ている部屋しかない。まだ部屋で魔術を行使するより母にバレ難いのでハイハイで台所に向かう。扉がないので背が足りなくて届かない!みたいなことにはならない。

 これなら玄関の扉も無くしてくれると有難いです。外でやった方が安全だろうし。いや、普通に無理なんだけどね。玄関扉がない家だなんて家じゃない!


 台所に無事到着し途方に暮れた。詠唱知らない。

 この家は本当に貧乏で本なんて置いていない。魔法書なんてもちろんない。紙は高級品ですか。そうですか、異世界ですか。はいはい。


 うん取り合えず適当にいってみよう!やらねばなさぬ、なさねばならぬ。何事も。もし失敗しても良いような水にすっか。落ちても台所で流せるし。


「ウォータ」


 ばしゃあと目の前に水の玉が出来上がる。……イージーなんだね。魔法って。水は私が考える方向に自由に動かす事が出来た。おお、なんだろう。転生チートなのかな、これ。魔法書も説明もなしに成功させるなんてチートだよね。魔法が全くない世界から来てるのになんでこうも魔力の流れが綺麗に分かるかな。ふむ、この魔力の流れが分かったなら、無詠唱もできそうだなー。まぁ、やってみたら分かるよね。頑張っちゃうよ!


 こう、体の大きい流れから汲み取り……汲み取り量はこのくらいだったかな?で、練って水イメージで、出す!


 ばしゃあとさっきよりも二回りくらい大きめの玉が出来上がる。……デカすぎた。でも成功してるな。この世界で無詠唱ってどんな扱いなんだろう?やっぱ対人戦に向いてるよね、無詠唱。素敵。


 この感じなら別の魔法も使えそうだな……次は何しよう?ファイアかな、流れ的に。いや、分からんけど。別の所に火が移ってもさっきの「ウォータ」で消せばいいよね。


「ファイア」


 ボッと目の前に火の玉が現れる。ゆらゆら……ゆらゆら……と左右に振ってみる。……これ墓場で見たら卒倒する自信あるわ。火の玉はしばらくして消えた。ファイアの方は無詠唱は今はやめておこう。ウォータでだいぶ大きいの出たしな。燃やしかねん。次は風とか行くか。


 と、そんな感じで夜中に魔法の練習を続けた。自分の中で大きくウネる、苦しい流れがなくなるまで続けると、外から光が漏れ出てきた。私は慌てて布団に潜り込んで寝た。その日はぐっすりと昼まで寝てしまった。





 昨日の練習で使えたのが火、水、風、土、雷、石、氷だった。もっとあるのかもしれないが、いかんせん魔法書も何もかもないのだ。これだけ出来たのはむしろ僥倖と言っていい。詠唱はそれぞれファイア、ウォータ、ウィンド、サンド、サンダー、ストーン、ブリザードだ。火と雷以外の無詠唱も難なく出来た。この二つは試してすらいない。危なそうだし。ちょっと魔法簡単すぎない?この世界の常識なんて、分からないけど……。黒の忌み子とやらの特性だったりするのかもしれないな。大きくなったらこの家を出てそういうの調べて回ってみたい。しかし、黒の忌み子って外に出ても大丈夫なんだろうか。

 今はよたよたと歩くこともできるようになったんだけど、外にあんまり出してもらえない。出ても、周りは森っぽいので大丈夫な気がするんだけど……。そんな風に警戒するような存在なのかな?


 ……そもそもなんで記憶を持って転生したんだろう。この意味はなんなんだろう。私に何かの使命でもあるんだろうか?それともこの現象は異世界でもたまに起きているのだろうか。そうだな、私だけが特別なんてものは存在しないだろう。もしかしたら、他の日本人の転生者もいるかもしれない。探してみるのも良いかもしれない。そう考えると、ちょっと楽しみかもしれない。前世じゃ、両親を殺してしまった。

 その行いに懺悔し、生きてきた。今生まれ変わって、別の人生を歩んでも良いのだろうか?……いいや、きっと。記憶があるのは、懺悔を続けろということなんじゃないだろうか?死してのなお、私の罪は消えなかったというのか。嗚呼、なんてことなんだろう。


 私は今世でも母に愛されている。それが痛いほど伝わってくる。転生し、今は罪を償うチャンスなのではないだろうか?


「アルリリア」


 母が私を呼ぶ。呼んでくれて、良かった。思考に沈み込むと、嫌なシーンを思い出してしまう。あの日の出来事が私を苛む。誰かと会話していかないと、何か行動を起こしていないと、どうにかなってしまいそうだ。

 こんな記憶がなければ、もっと純粋にこの母と笑いあう事が出来たかもしれない。


「ふふふ、可愛い私の子……ごめんね」


 そう最後に呟いた言葉は沈痛で、私の心を抉る。そんな悲しそうな顔なんてしないで。


「どうして、黒の忌み子なのかしら……どうして……普通の子に生んであげられなかったのかしら。……ああ、心配させちゃったわね。ごめんねアルリリア。……そうね、魔力暴走だって起きてないし。本当はヨーシスの言う通り違うのかもしれないわ」


 私が不安な表情をしていると、気を取り直したように笑った。それは無理に笑っているように見えて、辛かった。もしかすると、私は生まれただけで両親を困らせる存在なのかもしれない。

 そう考えるとやるせない。


「ヨーシスはね、鍛冶師なの。こことはちょっと離れたところで働いてるの。だからちょっとしか会えないの。ごめんね、寂しいよね」


 そう言って私をあやす。そう言っている母の方がよっぽど寂しそうに見える。


「そうそう、アルリリアには4才になるお兄ちゃんもいるのよ。魔力暴走が怖くて会わせられなかったけれど、そんな事全然ないし今度連れてきてあげるわね。楽しみにしててね」


 そう未来を語る母は少しだけ元気になる。羨ましい、きっと、私みたいに迷惑な存在ではないのだろう。




「アルリリア久しぶりだね」


 父と会うのは約二週間ぶりだ。変わらず筋肉質で顔と合っていない。その顔は喜色満面だった。


「アルリリア、お兄ちゃん連れてきたぞ」

「アルリリア!お兄ちゃんだよ」


 ばっと出てきた少年は、父と同じ薄い茶色に瞳の色は父と同じ青。そして、顔立ちは母に似ていて、とても可愛らしかった。格好さえ変えれば少女と言っても過言ではない。これは大きくなったら女の子にモテモテになりそうだな……。私は将来が心配ですよ。誘拐とかされそうで怖い。私がそんな馬鹿な事を考えているなんて兄は勿論気付かないまま、私の頭を撫でる。


「へへ……すっげー可愛いな!」


 そういってはにかむ笑顔は年相応に幼くて……可愛いなおい。おじちゃん、誘拐しちゃうぞ。っていかんいかん、何考えてんだ私は!これが兄、かぁ……前世じゃ一人っ子だったし、こういうのすっごいイイ……!私は嬉しさが込み上げてきて、顔が緩んでしまう。その顔に両親は驚いた顔をし、兄はきょとんとした顔をしている。その後みんな笑顔になる。


「あら、アルリリアったらお兄ちゃんには笑うのね。焼いちゃうわぁ」

「本当になぁ、しかし笑った顔も可愛いなぁ」


 確かに笑ってなかったな。娯楽もなかったし。いや、別に両親が嫌いなワケじゃない。だが、少し退屈だったことは認めよう。そのせいか、ちょっと表情の乏しい子になっていたようだ。笑った私に両親はすごく嬉しそうだ。すると突然兄が私の手をとり、真剣な目で私を見つめる。


「俺、アルリリアを守れるくらい強い男になるよ!」


 私を……守る。不覚にもキュンと来てしまう。なんて良い子なんだろう。私にこの子に守られるだけの価値はあるのだろうか?いや、なってみせよう。前世の行いを償おう。両親と共に、彼もきっと幸せにしたい。


「ああ、がんばれよクラウド」


 父は嬉しそうに笑っている。母も、少し涙ぐみながら微笑んでいる。この世界の私は恵まれているらしい。私は今のこの現状が幸せなんだと分かる。前世はいつだって失ってから気付いていたけれど。ずっとこの家族と共にありたい。転生して良かった。こんな暖かい家庭は味わったことはなかった。物心ついた時から私の心は荒んでいて、本当は両親に愛されていたのに、それに気付く事さえ出来なかった。記憶持ちなんて嫌だと思ったが、記憶を持っていなかったらこの幸せに気付けなかっただろう。それは、少し感謝しなければならない。私はこの幸せを噛みしめた。

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