第6章
起承転結の転かな?
婚姻の式典は大成功であった。人々は彼女らを祝福し、町は様々な色で覆われていた。そこは、新たな王妃への讃美と、皇子を祝う声で賑わっていた。大通りを馬車で回ると、はじめはあまりの人の多さに困惑した彼女であったがすぐに慣れ、笑顔や手を返すまでになった。その晩の貴族らとの会食も成功に終わった。みんなが笑顔になってくれた少なくとも、彼女はそう思っていた。
暗い部屋の中で二人の人が向かい合って話している。一人は暗がりでよくわからないが、もう一人はメイド服を着ている。どうやらメイド長のようだ。
「…全く忌々しい。王があの娘をあそこまで気に入るとは。」
「まぁ、王は元々皇子を溺愛なさっていましたし、その彼が愛する者であるならば些か仕方ないかと。」
「仕方ないではない!あと少しで我が計画も成就したというのにこれでは…!!」
「そう急いても仕方ないでしょう?何かきっかけでもあれば…」
二人が物思いに耽っていると血相を変えた官吏が駆け込んできた。
「…様!緊急のご連絡が!!」
「何だ。申せ。」
「い、蝗。蝗が…」
「蝗?たかが蝗がどうしたというの?」
「まて、そう急かすでない。落ち着いて申せ。」
「…はっ。先ほど、仙洞署より連絡がありまして、南方の国で蝗害が発生したと。」
「蝗害だと!?」
「蝗害?しかしそれがこの国と何の関係が?」
「その蝗害が…。」
「こちらに向かっていると申すのか!対策は、何か効果的な策はないのか?」
「仙の者にも確認しましたが、例年であれば薬を撒くと効果があるようですが今年は余りにも数が多すぎるとのこと。」
「ならばその薬を濃くすればいいのでは?」
「それでは人の体をも毒するとのこと…。」
彼は手を組み、その目を泳がせた後にこう言った。
「今すぐ貴族や商人に連絡を取り、全ての農作物を、使っていない古井戸などの地下へ埋めるように伝えよ!入り口は鉄の板で塞ぐのだ!」
「畏まりました!!」
そう答えた官吏が部屋を足早に出て行こうとしたその瞬間、扉が勢いよく開かれ、一人の小姓が駆け込んできた。
「た、大変です…!」
「なんだ?蝗害だかよりもか?」
「王が…王バイサス六世が身罷られました。」
「「何?」」
同時刻、モースと皇子もその急報を受け取っていた。
「そんな…父上が…昨日まであんなにも元気であったではないか?」
「医者の申すところによれば心の臓が突然異変を起こしたのではないかと…。」
「モース!君なら…君なら治せるのでは!?」
「いえ、私にはそこまで高度なことは…。」
「そうか…。小姓、連絡感謝する。」
「ありがたき幸せ。」
彼女らが王の寝室へ入ると、そこには既に十名ほどの者がおり、その中には宰相を始め重臣も数名いた。
「これは皇子と王妃。皆、退けろ。」
二人は寝具へと寄り、王の顔を覗いた。死んだ人は須らく穏やかな顔をしているというが、もともと柔和な顔つきであったためかその顔は、いつにもまして優しげであった。
「皇子…いえ、バイサス七世よ。今日から貴方がこの国の王です。亡き王のご遺体の前で申すのも不謹慎ではありますが、王が身罷られた以上、これからは貴方が全てを背負わねばなりますまい。」
「…ではベールよ。民にこのことを伝え喪に服すとしよう。私は少し一人になりたい…。」
そう言って寝所より立ち去ろうとしたレノンを、ベールが呼び止めた。
「お待ちください、王よ。大変遺憾なことですが、今はそれよりも先にやるべきことがございます。」
「…父の死を悲しむよりもやるべきことがあるというのか!!」
「国政に私情を挟むんじゃない!!!」
その言葉に、部屋にいた誰もが驚いた。彼の怒声のみに驚いたのはただモースのみであり、他の者らはまた違う意味で耳を疑った。あの常に冷静沈着で『氷の宰相』との異名を持つ彼がここまで感情を顕わにしたことが信じられなかったのだ。しかしそのために、全員がただ事ではないと言うことを悟った。
「今この国に蝗の大群、蝗害が迫ってきています。既に私の一存で指示は出してありますがやはり必要なのは王のお言葉。王自らに指揮を採って頂かないことには国民も安堵しますまい。」
「だが私は経験も知識もない…。それに即位したばかりの私などで本当にいいのだろうか?」
「何を弱気なことを言っているのですか!?そんなもの後からどうにでもなります!既に私が手筈は整えてあるのですから後は貴方が一声下すだけでよろしいのです!」
「…だが…。」
「えぇい、まどろっこしい!もう全て私がやりますがよろしいですね!?」
そう叩きつけると彼は返事も待たずに部屋から出た。扉が荒々しく閉められた後、部屋に残された者たちも一人、また一人と割り振られた己の職務へと戻って行った。後に残されたのはモースと新皇となったレノン、そして物言わなくなった前王だけであった。部屋が静まり返り、彼女がレノンに声を掛けようとした時、扉が開く音がした。
「…逝ってしまったのね。」
「メアリ様…。」
入ってきたのはメアリであった。彼女は寝具の傍まで行くと、夫の顔を見、そして一言、
「そう…。」と呟くと静かに部屋を歩き去った。扉が静かに閉まった後、モースはレノンに語りかけた。
「あなた、元気を出して。今までずっと傍にいたお父様が亡くなったのだもの、落ち込む気持ちもわかるわ。でもそのままじゃいけないのよ。今は蝗害に備えて国が一丸となって頑張るべきときでしょう?蝗害が来るということはつまり、大きな飢饉が発生するということ。宰相様の言葉から察するに想像もつかないほどの被害になるのでしょう。そうすれば人々は王宮に食料を求めてくる。しかしここもない。そのような時に、人というのはその経過は見ず、結果だけを見るもの。となれば暴動が起きるのは必至。そうなればこの国は崩壊してしまうわ。」
「…兵で鎮圧すれば」
「その兵も飢えが収まらなければ民衆に組するわ。」
「…なぜ、君はここまで詳しいのだ?」
「なぜかしら?頭の中にそんな記憶があるのよ。」
「…はぁ、君は凄いな。私なんかよりもずっと機転も効くし知識も、何もかもある。」
「何をおっしゃいますか。貴方は…。」
「いや、いいんだ。いいんだよ。すまないが一時間ほど部屋で休むとするよ。」
「…はい。では、御寝所までご一緒します。」
その頃王宮の執務室では、ベールが仕事に追われていた。傍にはメイド長らしき人影が一つある。
「全く、あの皇子があそこまで木偶の坊だったとは。傀儡としてすら使えないかも知れん。」
「そう仰るものではないですよ?口では嫌い嫌いとは言っても実の父親、そんな彼がある日いきなり死んだのですから嘆くのも無理はないでしょう。それより、寝室で宰相様が一芝居打たれたとは本当ですか?」
「…もう広まっているのか?」
彼は書類の山にペンを走らせながら影に答える。
「あれは芝居というよりは素だな。あまりにも腹が立ったのでつい、な。だがこれで私も冷徹なだけでなく、人情味溢れる人物だと知れ渡っただろう。後はあの女を始末するのみ…どうした?」
彼が話を区切り手を止め、顔を向けた先にはまた別の、男性と思しき人影があった。
「はっ。ご命令の通りにレノン様を監視しておりましたところ、皇子はモース様と共にご自分の寝所へ行かれました。皇子を寝具に横たわらせ去ろうとした王妃様を呼び止めるとそのまま引きずりこみ…」
「クスクス。こんな時に随分とお盛んだこと。」
「まぁ、気持ちが解らないでもないがな。」
「そうだ、宰相様?こんな手は如何でしょう?」
「何だ…ほう。中々の名案だな。しかしそれでは甘いな。ここをこうして、そこを省いて…よし。これでいいだろう。影長よ!」
「はっ!」
「今すぐにこの紙に書いてある通りに情報を流せ。影を好きなだけ使って構わぬ。だが、黒隊だけは動かすな。」
「はっ!直ちに行います。」
「決して皇子らに悟られるなよ?その紙は今ここで燃やす。」
そういうと彼は紙を受け取り、そのまま蝋燭の火を点けた。羊皮紙は瞬く間に燃え上がり、床へ落ちた。それがまるで合図だったかのように、ドヴァと呼ばれた影は姿を消した。
「ふふっ。宰相様も悪いお人。」
「こんな案を出したお前に言われたくはない。」
そう言い返すと影は闇へと溶け去った。後に残されたのは、蝋燭の炎と、ペンが走る音だけであった。
黒いのはコ〇ン君の犯人イメージだからです(笑)