第2章
物語は進む…ようで進まない。
彼女の住む村より荷馬車で半日かけ、彼女は皇都に辿り着いた。街に近づくにつれ人は多くなり、朝早いにも拘らず、入る頃には一歩踏み出すにも踏み出せないほどに人がいた。広場はいま通ってきた道よりも人が多く、どこに店があるのかすら分からないほどだった。売り手の声が飛び交い、それを覆い隠すかにように人々の喧騒が聞こえる。
そういえば広場の裏にも露店があったわね、そんなことを思った彼女は広場に入るのを諦め裏手へと回った。
裏通りにも人はいたが、品を見るくらいの余裕はあった。モースは目を輝かせると、仕事に使えそうなものがないか探しはじめた。露店には珍しい品々がいろいろとおかれていた。魂を吸い込まれそうなまでに蒼く透き通った丸い玉や見たことのない文字で書かれた本。鞘から抜き出すと鈍く煌めく剣のようなもの。しかしそのどれにも彼女は興味を示せなかった。楽しみにしていたはずなのになぜか、心が湧かない。そんな自分に少し嫌気を感じつつ彼女は品を見て回った。
「お嬢さん。この首飾りなんかどうですかい?」
「いやいや、あなたにはこちらの方がお似合いだ。」
「見たところ飾りものには興味がないようで。それでしたらこちらの蝋燭台なんか如何ですか?今なら少しまけておきますよ。」
そう売り込んでくる商人たちを空返事であしらいながら歩いて行くと、いよいよ最後の店となった。どうせここも何もないのだろう、そんな事を思いながら品を見たとき、彼女の目に留まるものがあった。それは他の品に比べて、いや、比べるまでもなくみすぼらしく、色の山の中で浮いているものだった。
「おや、お嬢ちゃん。なにか気に入ったものはあったかい?」
「…えぇ。この耳飾り、東のものかしら?」
「あぁそれかい。私も不思議に思っていたのだよ。こんな綺麗でけばけばしいものばかり卸して商人が、それを一緒に持ってきてね。売れないだろうからって突っぱねたんだけどどうしてもっていうもんだから置いてあるのさ。確かに悪い品じゃないけども他と比べると、ねぇ?」
「…因みにおいくらですか?」
「東の品だから銀貨十枚は下らないんだけどね、仕入れがタダ同然だったのとお譲ちゃんが可愛いのとで大まけにまけて銀貨一枚でどうだい?」
「では、それでお願いします。」
「よかったら私がつけてあげようかい?」
「すいません。お願いします。」
そして彼女の両耳には二つの耳飾りがつけられた。その瞬間、モースは視界が揺らいだ気がした。青空とタイル張りの地面とが逆になり、建物はねじ曲がり人は異形となる。そんな世界が一瞬見えたような気がした。しかし一瞬だったためか、きっと疲れているのだろう、そうに違いない、もう帰らなければ…そんなことを考えているうちにきれいに忘れてしまった。
売り手に礼を言って店先から立ち上がったその時、彼女は誰かにぶつかった。
「あっ。すいません。」
そういって後ろを振り返るとそこには若い男性がいた。そもそも多くの男性を見てきた訳ではないので評価していいものかは分からないが、彼女の知る限り、中々の美男子であった。
「うむ。すまない。」
小さな声でそういった彼は、彼女の顔を見るなり目を見開いた。今までに見たことがないものを見るときのような驚きの眼差しであった。彼女が首を傾げると彼はハッとして周囲を慌ただしく見渡した。彼が見た方を見ると、数人の男性がこちら指指しながら何かを言っているようだった。
「…もう追ってきたのか。しかたない…一緒に来てくれっ!」
「えっ?あっ、ちょっっ!」
そう言うや否や彼はモースの手を引き走り出した。後ろから何か叫ぶ声と足音が聞こえる。それから遠ざかるように二人は小路の奥へと消えていった。
キーワード「耳飾り」