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「俺か……? 俺のせいなのか?」
俺が、闇にのまれようとしたから……?
その言葉に反応したように、ガッと、征志の手が俺の腕を掴む。
「泣くな」
顔を上げてそれだけを言うと、勢いよく立ち上がり、歪んだ空間を振り仰いだ。
「抑え過ぎた、俺の感情より生まれ出た歪みか!」
ギリギリと歯を食いしばり、征志が巨大な腕を睨み据える。
「ふざけるなよ、俺に敵うはずがないだろう! 下がっていろ、鏑木! お前も離れろ! 早くしないと、一緒に消してしまうぞ!」
征志の声に、仔猫が素早く腕から飛び降りる。
「天魔外道皆仏性、四魔三障成道来、魔界仏界同如理、一相平等無差別!」
唱えながら、赤銅色の腕を押し戻すように両手を前に突き出す。その手を掴もうとした手が、征志の手に触れる寸前、弾けるように腕を引っ込めた。そのまま歪んだ闇もろとも、吸い込まれるように消え失せる。
「オン、バサラ、トシコク!」
パンッ! と征志が手を叩くと同時に辺りが明るくなり、いつもの朝の空気が流れだした。
それまで聞こえなかった車の音や、遠くで話す人の気配が微かに耳に届く。
「すっげぇ。……あんなの出したり消したり出来んだな、征志」
ペタリと地面に座り込みながら、俺はのんびりと言った。ドッと体の力が抜けていく。
「鍵は、お前さ」
振り向いてニヤリと笑った征志は、身を屈めて俺の前にしゃがみ込んだ。
「すぐ腰抜かすくせに、霊に関わるの好きなんだな、お前」
膝に頬杖をついた征志が、呆れた声で言う。その征志を見上げて、俺は鼻を鳴らした。
「べっつに! 好きなワケじゃ、……あぁ!」
瞬時に立ち上がり、辺りを見回す。
「あいつ! あいつは?」
キョロキョロと見回す俺の肘を掴んで、征志が一点を指し示す。
その先には、白い仔猫が首と腹から血を滴らせ、ぐったりと倒れていた。
「あいつ!」
俺が駆け寄ると同時に、薄く目を開けた仔猫は、再び人間へと姿を変える。
「大丈夫か! 首と腹をやられたのか?」
体を支え上げた俺をチロリと見ると、弱々しく口許に笑みを浮かべた。
「どうって事ないよ。だってボクはすでに死んでるんだもん。……お兄さんは似てるから、テツヤに。ボクを拾ってくれた人に。ボク、あいつの泣いてるとこ、見たくないと思ったんだ。もう2度と」
震える指で、俺の頬を撫でる。
「テツヤが、泣かなければいい。ねぇ、ボクがいなくなっても、どうか、泣かないで……」
「知らせなくてもいいのか? お前がもう、いない事」
俺の言葉に目を閉じて、力なく笑う。
「ホント似てるね。……だから、やっぱりお兄さんも連れてけないや」
「バカ…ヤロ…」
ゆっくりと近付いてきた征志が俺の前に膝をつき、少年の頭をそっと撫でる。
「ありがとう。死んでても、苦しいだろう? この傷は」
征志の言葉に、少年は小さく首を振る。
「さあ、もうお逝き。ここにいる限り、その痛みと苦しみは続くよ。路は、光が示してくれるから」
確認するように征志が俺に目を向ける。それに応えて、俺は黙って頷いた。
征志の口から、歌うような低い声が響きだす。
「ヒトフタミヨ、イツムユナナヤ、ココノ、タリ……フルベユラユラト……どうか、迷うことなく……」
光に包まれ消えていく中で、俺は白い仔猫の声を聞いた気がした。
「今度は、テツヤと同じ、人間になりたいよ……」