7:運命の儀式
満月の夜が来た。
俺は、王都郊外の古い祭壇に立っていた。
ノヴァ、竜族の3人、そしてレオナルド、カイル、リーナ、エリーゼも見守っている。
「準備はいいか」
長老ガルディスが厳かに言った。
「はい」
嘘だ。心臓がバクバクして、足が震えている。でも、ここで逃げるわけにはいかない。
祭壇の中央に、複雑な魔法陣が描かれている。その中心に立つよう促された。
「アルジェンティウス、あなたも」
ノヴァが俺の向かい側に立った。心配そうな顔をしている。
「大丈夫」
俺は微笑んだ。本当は全然大丈夫じゃないけど、ノヴァを安心させたかった。
「では、始めます」
長老が古代語で詠唱を始めた。
魔法陣が光り始める。最初は淡い光だったが、次第に強くなっていく。
そして、俺の体に変化が起きた。
「うっ...」
熱い。体の内側から、何かが湧き上がってくる。
発情期とは違う、もっと根源的な熱さ。
「翔!」
ノヴァが駆け寄ろうとしたが、長老が止めた。
「触れてはいけません。今、彼の体は変化しています」
変化?
確かに、体の中で何かが起きている。
血液が沸騰するような感覚。細胞一つ一つが作り変えられているような...
「があああ!」
激痛が走った。
背中が、裂けるように痛い。
「翔!もうやめろ!」
ノヴァが叫ぶ。
でも、やめられない。
ここでやめたら、ノヴァと一緒にいられなくなる。
(耐えるんだ...ノヴァのために...)
痛みに耐えながら、俺はノヴァを見た。
金色の瞳に、涙が浮かんでいる。
「ノヴァ...」
俺は手を伸ばした。
「信じて...」
その瞬間、背中から何かが生えた。
「翼!?」
エリーゼが驚愕の声を上げた。
俺の背中から、銀色の翼が生えていた。
小さいけど、確かに竜の翼だ。
「成功した...」
長老が呟いた。
「人間でありながら、竜の力を得た。これは...」
でも、まだ終わっていなかった。
体の変化は続いている。
爪が鋭くなり、瞳が変化し、肌に薄く鱗が浮かぶ。
「これは予想以上だ」
長老が困惑している。
「部分的な竜化ではなく、完全な竜への変化が...」
「何だと!?」
ノヴァが長老を掴み上げた。
「話が違う!」
「私にもわからない!彼の魔力が、儀式に過剰反応している!」
そうか、俺の測定不能な魔力が、影響しているのか。
でも、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、心地いい。
これが、本来の姿なのかもしれない。
「翔...」
ノヴァが俺に近づいてきた。
「怖くないか?」
「怖くない」
俺は微笑んだ。
「君と同じになれるなら、嬉しい」
ノヴァの目から、涙がこぼれた。
「馬鹿...」
そして、俺を抱きしめた。
その瞬間、二人の魔力が共鳴した。
銀色の光が、俺たちを包み込む。
「これは...」
長老が息を呑んだ。
「真の番の証...」
光が収まると、俺の姿は大きく変わっていた。
銀色の翼、鋭い爪と牙、そして瞳は金色に輝いている。
完全な竜ではないけど、人間でもない。
ハーフドラゴンとでも言うべき姿だった。
「美しい...」
ノヴァが俺の頬に手を当てた。
「翔、お前は美しい」
鏡を出してもらって、自分の姿を確認する。
確かに、人間の時より綺麗になっている気がする。
そして、強くなった実感がある。
「すげぇ...」
カイルが感嘆の声を上げた。
「人間が竜になるなんて...」
「厳密には、竜と人間の中間ね」
リーナが分析する。
「でも、これなら寿命の問題も...」
そうだ。竜の力を得たということは、寿命も延びたはず。
ノヴァと、もっと長く一緒にいられる。
「アルジェンティウス」
長老が頭を下げた。
「認めましょう。この方は、確かにあなたの番です」
「当然だ」
ノヴァは俺を抱き寄せた。
エメラルディアが悔しそうに唇を噛んでいるが、もう何も言えないようだ。
オブシディウスも、複雑な表情をしている。
「兄上、幸せに」
最後にそう言って、竜族の3人は去っていった。
儀式から一週間。
俺は新しい体に慣れるため、訓練を重ねていた。
「翼の使い方が、まだぎこちないな」
ノヴァが指導してくれている。
「もっと、風を感じて」
俺は翼を広げた。幅は3メートルほど。
まだ長距離は飛べないけど、短い距離なら飛行できる。
「こう?」
ふわりと浮き上がる。
「そうだ。いい感じだ」
ノヴァも竜の姿になった。
本来の姿の銀竜。全長30メートルの巨体だ。
「乗ってみるか?」
「いいの?」
「お前なら、特別だ」
俺はノヴァの背中に乗った。
そして、二人で空を飛んだ。
風が気持ちいい。空から見る景色は、絶景だった。
「最高!」
俺は思わず叫んだ。
ノヴァが笑う気配がした。
「お前は、本当に...」
「何?」
「可愛い」
顔が熱くなる。竜化しても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
地上に降りると、カイルとリーナが待っていた。
「おお、飛べるようになったか」
「まだ短距離だけどね」
「それでもすごいよ」
リーナが俺の翼に触れた。
「綺麗...銀色に輝いてる」
「ノヴァのおかげだよ」
俺がそう言うと、ノヴァが人間の姿に戻った。
「お前の素質だ」
そして、俺にキスをした。
「おいおい、人前で...」
カイルが呆れているが、俺たちは気にしない。
正式な番になった今、離れる理由はない。
その時、レオナルドが血相を変えて走ってきた。
「大変だ!」
「どうしました?」
「魔族の軍勢が、王都に向かっている!」
全員が凍りついた。
魔族。300年前、ノヴァに呪いをかけた存在。
「数は?」
ノヴァが鋭く聞いた。
「一万以上。そして...」
「そして?」
「魔族の王が、直接指揮を執っている」
魔族の王。
ノヴァの顔が険しくなった。
「奴か...」
「知ってるの?」
「...思い出した。奴の名は、ベルゼビュート。俺に呪いをかけた張本人だ」
ノヴァの拳が震えている。怒りで。
「今度こそ、決着をつける」
「待って」
俺はノヴァの手を握った。
「一人で行くつもり?」
「これは、俺の戦いだ」
「違う」
俺は首を振った。
「俺たちの戦いだ。番なんだから、一緒に戦う」
ノヴァは俺を見つめた。
「危険だぞ」
「知ってる。でも、君を一人にはしない」
俺は翼を広げた。
「それに、俺も強くなった。足手まといにはならない」
「翔...」
「俺たちも行く」
カイルが剣を抜いた。
「仲間だろ?」
「そうね」
リーナも武器を構えた。
「恩返しの機会をもらえて嬉しいわ」
レオナルドも頷いた。
「ギルドの冒険者たちも動員する。王都を守るのは、我々の使命だ」
皆の言葉に、ノヴァの表情が和らいだ。
「...ありがとう」
こうして、最終決戦の準備が始まった。
でも、俺は知らなかった。
これが、ベルゼビュートの罠だということを。
奴の真の狙いが、ノヴァと俺の番の絆を断ち切ることだと。
決戦を明日に控えた夜。
俺とノヴァは、二人きりで過ごしていた。
「怖いか?」
ノヴァが聞いてきた。
「正直、怖い」
俺は素直に答えた。
「でも、君がいるから大丈夫」
ノヴァは俺を優しく抱きしめた。
「俺も、お前がいるから強くなれる」
二人で見上げる夜空に、満月が輝いている。
儀式の時と同じ、満月。
「ノヴァ」
「ん?」
「明日、何があっても、君を愛してる」
「縁起でもないことを言うな」
ノヴァが俺の唇を塞いだ。
深いキスの後、ノヴァが囁いた。
「明日も、明後日も、ずっと一緒だ」
「うん」
でも、胸騒ぎがする。
何か、悪いことが起きる予感。
「翔?」
「ごめん、なんでもない」
俺は笑顔を作った。
不安を、ノヴァに悟られたくなかった。
その夜、俺たちは愛し合った。
もしかしたら、最後になるかもしれない。
そんな不安を振り払うように、激しく求め合った。
「翔...」
「ノヴァ...」
お互いの名前を呼び合いながら、一つになる。
番の絆が、より深くなっていく。
魂が、溶け合っていく。
これが、運命の番。
離れられない、永遠の絆。
朝日が昇る頃、俺たちは裸のまま寄り添っていた。
「約束して」
俺が言った。
「生きて帰ること」
「お前もだ」
ノヴァが俺の額にキスをした。
「必ず、生きて帰る」
二人で、約束を交わした。
でも、運命は残酷だった。
まさか、あんなことになるなんて。
この時の俺たちは、知る由もなかった。