3:初めての共闘
ノヴァと出会ってから2週間。
俺はAランク昇格試験を受けることになった。
「もうAランク?早すぎない?」
エリーゼが心配そうに言う。
彼女の心配はありがたいけど、少し過保護な気もする。
「レオナルドさんの推薦なので」
実際、この2週間でクリアしたクエストの数と質は、通常の冒険者の1年分に相当した。
ノヴァという最強の護衛がいれば、大抵のクエストは楽勝だった。
でも、それ以上に、ノヴァとの連携が日に日に良くなっているのを感じていた。
「試験内容は?」
「ギルドマスターから直接聞いてください」
レオナルドの部屋に向かうと、意外な人物がいた。
カイル。あの、ノヴァに瞬殺されたBランク冒険者だ。
「お前もか」
カイルは複雑な表情で俺を見た。
まだ、あの模擬戦のことを根に持っているのかもしれない。
「君たちが試験を受けるメンバーだ」
レオナルドが説明を始めた。
「今回の試験は、共同任務。君たち4人で、特定のクエストをクリアしてもらう」
「4人?」
「ああ、もう一人いる」
扉が開き、女性が入ってきた。
赤い髪を短く切り、軽装の鎧を身に着けている。腰には双剣。凛々しい美人だ。
「リーナだ。よろしく」
彼女はBランクの冒険者で、カイルと同じく昇格試験を受けるらしい。
「で、クエストの内容は?」
カイルが尋ねる。
「黒竜の谷の調査だ」
その名前に、ノヴァがピクリと反応した。
俺は彼の変化を見逃さなかった。
「黒竜の谷...」
ノヴァが小さく呟く。
「知っているのか?」
俺が尋ねると、ノヴァは首を振った。
「いや...ただ、嫌な予感がする」
その表情が、どこか不安そうで。
守ってあげたいと思ってしまった。いや、ノヴァの方が強いのに、何を考えてるんだ俺は。
レオナルドが地図を広げる。
「最近、黒竜の谷で異変が起きている。魔物が異常発生し、周辺の村が被害を受けている」
「原因は?」
「不明だ。それを調査するのが、君たちの任務」
リーナが口を開いた。
「黒竜の谷って、竜が住んでいた場所でしょ?危険すぎない?」
「100年前に竜はいなくなった。今は廃墟があるだけだ」
レオナルドは真剣な表情で続けた。
「ただし、油断は禁物。何が起きるかわからない」
任務を受け、4人は黒竜の谷へ向かった。
道中、カイルが俺に話しかけてきた。
「なあ、あの銀髪...本当に人間か?」
「さあ、どうでしょう」
曖昧に答える。ノヴァの正体を、他人に話すつもりはない。
「前の模擬戦、完敗だった。あんな強さ、人間じゃ無理だ」
カイルの言葉に、リーナも同意した。
「私も見てた。あれは...異常よ」
二人の視線を受けながら、ノヴァは無言で歩いている。
でも、俺にはわかる。彼が少し居心地悪そうにしていることが。
「まあ、味方なら頼もしいけどね」
リーナが苦笑した。
そんな会話をしながら歩いていると、ノヴァが俺の隣に寄ってきた。
「大丈夫?」
小声で尋ねると、ノヴァは少し驚いたような顔をした。
「...なぜそう思う」
「なんとなく、不安そうに見えたから」
ノヴァは黙り込んだ。でも、その表情が少し和らいだ気がした。
黒竜の谷に着くと、確かに異様な雰囲気が漂っていた。
黒い霧が立ち込め、魔力の濃度が異常に高い。肌がピリピリする。
「これは...」
解析眼を使うと、警告が表示された。
【警告:高濃度魔力汚染】
【推奨:防護結界の使用】
「皆さん、防護結界を」
創造魔法で、現代のガスマスクに似た防護具を作り出した。
「これは?」
カイルが訝しげに見る。
「魔力汚染から身を守る道具です」
「こんなの見たことない」
リーナも驚いている。
「まあ、俺の創造魔法は特殊なので」
半信半疑ながら、3人は防護具を装着した。
谷を進むと、魔物が次々と現れた。
変異ゴブリン、巨大スライム、双頭狼。
通常より明らかに強化されている。
「くそ、きりがない!」
カイルが剣を振るう。
「このままじゃ、体力が持たない」
リーナも苦戦している。
その時、俺は気づいた。
これは、ただバラバラに戦っているからだ。
「みんな、連携しよう!」
「連携?」
「カイルは前衛、リーナは側面から。ノヴァは...」
ノヴァと目が合った。
言葉にしなくても、彼は俺の意図を理解してくれた。
「わかった」
ノヴァが前に出た。
「纏めて片付ける」
銀炎が、ノヴァの体を包み込んだ。
その美しい輝きに、また見惚れそうになる。
「おい、それは...」
カイルが驚愕する中、ノヴァが炎を放った。
魔物の群れが、一瞬で灰になった。
「信じられない...」
リーナが呟いた。
だが、ノヴァの表情は苦しそうだった。
額に汗が浮かんでいる。
「ノヴァ、大丈夫?」
駆け寄ろうとしたが、ノヴァは手で制した。
「...問題ない」
そう言いながらも、明らかに消耗している。
銀炎を使うのは、相当な負担なのかもしれない。
「少し休もう」
「時間がない」
「でも...」
「翔の言う通りだ」
意外にも、カイルが俺に賛同した。
「このペースじゃ、奥にたどり着く前に全滅する」
リーナも頷く。
「そうね。少し作戦を練り直しましょう」
休憩中、俺はノヴァの隣に座った。
「無理しないで」
「してない」
「嘘つき」
ノヴァが俺を見た。
「...なぜわかる」
「一緒にいればわかるよ」
我ながら恥ずかしいことを言っている。でも、本当のことだ。
ノヴァは何か言いかけて、口を閉じた。そして、小さく微笑んだ。
その笑顔を見て、また心臓が跳ねた。
休憩を終え、再び谷を進む。
今度は、最初から連携を意識して戦った。
「カイル、右!」
「おう!」
「リーナ、援護を!」
「了解!」
俺が指示を出し、3人が動く。
ノヴァは俺の傍で、いざという時に備えている。
この布陣が、予想以上に上手く機能した。
「へぇ、やるじゃん」
リーナが感心したように言う。
「Ωなのに、戦術眼があるのね」
「ゲーム知識が役立ってるだけです」
本当は文字通りゲーム知識なんだけど、それは言えない。
谷の最深部に、古い神殿があった。
「ここが...」
神殿の入り口には、竜の紋章が刻まれている。
ノヴァがその紋章を見つめていた。
「どうかした?」
「...見覚えがある気がする」
ノヴァの記憶が、少しずつ戻ってきているのかもしれない。
中に入ると、巨大な空間が広がっていた。
そして、中央には...
「魔法陣?」
巨大な魔法陣が、紫色の光を放っていた。不気味で、禍々しい光だ。
「これが魔物発生の原因か」
カイルが近づこうとした瞬間――
「動くな!」
ノヴァが叫んだ。
しかし、遅かった。
カイルの足が魔法陣の端に触れた瞬間、激しく光り始めた。
「やばい!」
魔法陣から、何かが現れる。
それは、黒い鱗に覆われた、巨大な竜だった。
【堕竜】
レベル:50
HP:10000
状態:狂化
「竜だと!?」
カイルが震え声を上げた。
「逃げろ!」
リーナが叫ぶ。
でも、出口は竜に塞がれている。逃げ場がない。
堕竜が咆哮を上げる。その声だけで、全員が膝をつきそうになった。
圧倒的な威圧感。これが、本物の竜の力か。
でも、ノヴァだけは動じていなかった。
じっと、堕竜を見つめている。その目に、悲しみが宿っていた。
「お前は...」
ノヴァが呟いた。
「ベルグラント...」
堕竜が、ノヴァを見た。
その目に、一瞬、正気が宿った。
『アルジェンティウス...様...』
堕竜が、苦しそうに声を絞り出した。
『助けて...ください...』
次の瞬間、堕竜は再び狂気に飲まれ、攻撃を始めた。
巨大な尾が振るわれ、神殿の柱が砕ける。
「うわっ!」
カイルが瓦礫に巻き込まれそうになる。
「カイル!」
リーナが助けようとするが、間に合わない。
俺は考えるより先に体が動いていた。
「風刃術!」
風の刃で瓦礫を切り裂き、カイルを救出する。
「す、すまん...」
「後で礼は聞く!今は戦闘に集中!」
でも、どうすればいい。レベル50の狂化した竜なんて、勝てるはずがない。
その時、ノヴァが前に出た。
「俺が引きつける。その間に、呪印を探せ」
「呪印?」
「あの竜は、何かに操られている。きっと、体のどこかに呪印があるはずだ」
ノヴァは剣を構えた。
「ベルグラント、すまない」
そう呟いて、竜に向かって走り出した。
「ノヴァ!」
心配で叫んだが、ノヴァは振り返らなかった。
銀炎を纏いながら、竜と対峙する。
その姿が、とても美しくて、そして切なかった。
「俺たちも動こう」
カイルが立ち上がった。
「あいつ一人に任せるわけにはいかない」
「そうね」
リーナも同意する。
「呪印を探しましょう」
3人で手分けして、竜の体を観察する。
解析眼を使って、隅々まで確認した。
そして、見つけた。
「あった!首の後ろ!」
黒い印が、竜の首筋に刻まれていた。
「でも、どうやって...」
あそこまで近づくのは不可能に思えた。
竜の攻撃は激しく、ノヴァも防戦一方だ。
「ノヴァ!」
見ていられなくて叫んだ。
ノヴァが一瞬、俺を見た。その目が「大丈夫だ」と言っているようだった。
でも、大丈夫じゃない。ノヴァの動きが、明らかに鈍くなっている。
「みんなで協力しよう」
俺は決意した。
「え?」
「俺とリーナで竜の注意を引く。カイルは、ノヴァと一緒に呪印を狙って」
「正気か!?」
カイルが驚く。
「Ωのお前が前に出るなんて...」
「Ωだって、戦える」
俺は創造魔法で閃光弾を作り出した。
「これで目を眩ませる。その隙に...」
作戦を説明し、全員が頷いた。
「行くぞ!」
俺が閃光弾を投げた。
眩い光が神殿を照らし、堕竜が怯んだ。
「今だ!」
カイルとノヴァが左右から跳躍する。
リーナと俺は、魔法で援護した。
ノヴァの剣が、呪印に届く――
その瞬間、竜が身をよじった。
「しまった!」
ノヴァが弾き飛ばされる。
「ノヴァ!」
俺は駆け寄った。ノヴァは壁に叩きつけられ、苦しそうに咳き込んでいた。
「大丈夫!?」
「...平気だ」
でも、平気じゃない。口の端から血が流れている。
怒りが込み上げてきた。
ノヴァを傷つけるなんて、許せない。
「創造魔法...」
俺は全魔力を込めて、あるものを創造した。
それは、対戦車ロケット弾。
「これでも食らえ!」
竜の顔面に向けて発射した。
ドォン!
爆発音が響き、竜がよろめいた。
「今だ、カイル!」
「おう!」
カイルが跳躍し、剣で呪印を切り裂いた。
呪印が消えると、竜の動きが止まった。
黒い鱗が剥がれ落ち、元の青い鱗が現れる。
『アルジェンティウス様...』
正気を取り戻した竜が、弱々しく声を出した。
ノヴァは、俺に支えられながら立ち上がった。
「ベルグラント...」
『申し訳...ございません...』
「謝るな。お前は悪くない」
ノヴァの声が震えていた。
『人間の...魔術師が...他の仲間も...捕まって...』
ベルグラントの体が、光の粒子になって消えていく。
『王子...どうか...ご無事で...』
そして、完全に消滅した。
神殿に、静寂が戻った。
「今のは...」
カイルが呆然とノヴァを見た。
「王子...?」
リーナも驚いている。
ノヴァは無言で拳を握りしめていた。
怒りと、悲しみが、その表情に浮かんでいる。
「ノヴァ...」
俺は、そっと彼の手に触れた。
ノヴァが俺を見た。その目に、涙が溜まっていた。
「ベルグラントは、俺の部下だった」
ノヴァが語り始めた。
「俺は、竜族の王子だったらしい」
「王子!?」
カイルとリーナが驚愕する。
「でも、記憶の大半を失っている。なぜ人間の姿なのか、なぜ奴隷市場にいたのか、わからない」
ノヴァの手が震えていた。
俺は、その手を握った。
「大丈夫。一緒に真相を突き止めよう」
ノヴァは俺を見つめた。
「なぜ、そこまで...」
「仲間だから」
いや、違う。仲間以上の何かを感じている。
でも、それを言葉にはできなかった。
その時、レオナルドが現れた。
「お見事だった」
「ギルドマスター!?」
「君たちを見守っていた。素晴らしい連携だったよ」
レオナルドは、ノヴァを意味深に見た。
「特に君は...いや、今は何も言うまい」
そして、全員に向き直った。
「試験は合格だ。カイル、リーナ、君たちはAランクに。翔君は特別にSランクに昇格とする」
「Sランク!?」
カイルが驚愕した。
「ちょっと待て!俺たちより上って...」
「実力と、何より判断力が素晴らしかった」
レオナルドは満足そうに頷いた。
「君の指示がなければ、全員やられていただろう」
ギルドに戻る道中、カイルが俺に話しかけてきた。
「なあ...さっきは、ありがとう」
「え?」
「瓦礫から助けてくれただろ。それに、的確な指示も」
カイルは頭を下げた。
「最初は、Ωのくせにと思ってた。悪かった」
「気にしてません」
俺は笑顔で答えた。
「それより、これからもよろしくお願いします」
「ああ...よろしく」
カイルは照れくさそうに手を差し出した。
握手を交わし、二人は笑い合った。
リーナも近づいてきた。
「私も、見直したわ。Ωでも、やればできるのね」
「Ωとか関係ないですよ」
「そうね...ごめん」
リーナも素直に謝った。
「それより、あの武器は何?すごい威力だったけど」
「えーと、俺の故郷の武器を再現したんです」
嘘ではない。地球の武器だし。
こうして、俺は新たな仲間を得た。
そして、ノヴァの正体も、少しずつ明らかになっていく。
その夜、ノヴァは部屋で一人、考え込んでいた。
俺は、温かいミルクを持って彼の部屋を訪ねた。
「眠れない?」
「...ああ」
ノヴァは窓の外を見ていた。その横顔が、とても寂しそうで。
「ベルグラントのこと?」
「部下を、守れなかった」
ノヴァの声が震えていた。
「君のせいじゃない」
「でも...」
「ベルグラントも、君に会えて嬉しそうだった」
俺はノヴァの隣に座った。
「最後に、君の名前を呼んでいた」
ノヴァは俺を見た。
「俺は、王子失格だ」
「そんなことない」
俺は断言した。
「君は、最後まで部下を想っていた。それが何よりの証拠だよ」
ノヴァの目から、涙が一筋流れた。
俺は思わず、ノヴァを抱きしめていた。
「っ...」
ノヴァが固まった。
「あ、ご、ごめん!」
慌てて離れようとしたが、ノヴァが俺の服を掴んだ。
「もう少し...このままで」
その声が、とても儚くて。
俺は、そっとノヴァを抱きしめ直した。
ノヴァの髪から、あの冬の朝の香りがした。
心臓が、激しく鼓動している。
これは、なんだろう。
友情?同情?それとも...
わからない。
でも、ノヴァを守りたい。
この人を、幸せにしたい。
その気持ちだけは、確かだった。
しばらくして、ノヴァが顔を上げた。
その顔が、すごく近くて。
金色の瞳に、俺の顔が映っている。
「翔...」
「な、なに?」
「ありがとう」
ノヴァが、また小さく微笑んだ。
その笑顔に、俺の心は完全に持っていかれた。
ああ、これはもう...
友情じゃない。
でも、まだ認めたくない自分もいて。
「お、おやすみ!」
俺は逃げるように部屋を出た。
自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。
顔が熱い。心臓がうるさい。
ノヴァの顔が、頭から離れない。
「これって...」
まさか、俺は...
ノヴァのことを...
いや、違う。きっと違う。
俺は男だし、ノヴァも男だし。
でも...
でも、性別なんて関係ないのかもしれない。
大切なのは、その人自身なんだから。
その夜、俺はなかなか眠れなかった。