表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2:奴隷市場へ


異世界に来て一ヶ月。


俺は順調に冒険者ランクを上げていた。Fランクから始まり、今ではCランクまで昇格。創造の指輪と基礎魔法、そしてゲームの知識を組み合わせれば、大抵のクエストは楽勝だった。


「翔君、また難しいクエストをクリアしたんだって?」


エリーゼが嬉しそうに話しかけてくる。この一ヶ月で、彼女とはすっかり仲良くなっていた。俺にとって、この世界で最初にできた友人だ。


「オーガ討伐ですね。創造魔法で閃光弾を作って、目を眩ませてから倒しました」


「閃光弾?」


「えーと、強い光を放つ道具です」


前世の知識にあるものなら、創造魔法で何でも作れる。ただし、魔力消費が激しいのが難点だが。


「相変わらず、不思議な魔法を使うのね」


エリーゼは首を傾げながらも、俺の説明に納得したようだった。彼女のこういう素直なところが好きだ。いや、友人として、だけど。


「それより翔君、そろそろ護衛を雇ったら?Cランクになると、危険なクエストも増えるし」


「護衛ですか...」


確かに、ソロでの活動には限界を感じ始めていた。特に、Ωであることが周囲に知れ渡ってから、面倒なことが増えた。


「俺を守ってやる」と言い寄ってくるα冒険者。「Ωのくせに」と見下してくる者。どちらも鬱陶しい。正直、αの男に守られるとか、複雑な気分だ。


「でも、信頼できる人を見つけるのは難しそうで」


「それなら、奴隷はどう?」


エリーゼの提案に、俺は眉をひそめた。


「奴隷...」


現代日本の価値観では、奴隷制度は受け入れがたい。人を所有するなんて、どうしても抵抗がある。


「奴隷なら、契約魔法で裏切られる心配もないし、命令には絶対服従よ」


「でも...」


「あ、もちろん扱い方は人それぞれよ。優しい主人なら、家族同然に扱う人もいるし」


エリーゼの言葉に、俺は考え込んだ。


確かに、信頼できる仲間は必要だ。そして、もし奴隷を買うなら、せめて良い環境を提供したい。むしろ、俺が買うことで、その人を劣悪な環境から救えるかもしれない。


「...わかりました。一度、見てみます」


「それがいいわ。王都の奴隷市場なら、品揃えも豊富よ」


翌日、俺は王都へと向かった。


オルディス町から馬車で半日。王都アルカディアは、壮大な城壁に囲まれた大都市だった。ゲームで見た通りの風景だが、実際に見ると圧倒される。


奴隷市場は、王都の外れにあった。


高い塀に囲まれた施設で、入り口には屈強な門番が立っている。正直、入るのに勇気がいる。


「見学ですか、購入ですか?」


「購入を検討しています」


「では、こちらへ」


中に入ると、独特の雰囲気が漂っていた。いや、はっきり言って最悪だ。


薄暗い通路の両側に、鉄格子の檻が並んでいる。中には、様々な種族の奴隷たちがいた。皆、死んだような目をしている。


「いらっしゃいませ、お客様」


脂ぎった顔の商人が近づいてきた。いかにも金に汚そうな人相だ。一目で嫌いになった。


「護衛向きの奴隷を探しているんですが」


「護衛でしたら、こちらがお勧めです」


商人は、屈強な男たちが入った檻へと案内した。


「元傭兵や、罪人など、戦闘経験豊富な者ばかりです」


解析眼で確認する。確かに戦闘力は高いが...


【元傭兵】

忠誠心:20/100

信頼性:低

備考:金次第で裏切る可能性大


ダメだ、これじゃ意味がない。


「他にはいませんか?」


「もっとお安いのがご希望でしたら、亜人もおりますが...」


商人は別の区画へ案内した。獣人、エルフ、ドワーフなど、様々な亜人たちがいる。


皆、疲れ切った表情をしていた。劣悪な環境が、彼らの心を蝕んでいるのがわかる。


(これは...)


胸が痛んだ。全員を救いたい。でも、そんな財力はない。せめて、一人でも...


「他には?」


「そうですねぇ...」


商人は考え込むような素振りを見せた。


「実は、処分予定の商品が一つありまして」


「処分予定?」


なんて言い方だ。人を商品扱いするなんて。


「半年前に仕入れたんですが、全く売れなくて。気性が荒すぎて、誰も手を出さないんです」


興味を引かれた。売れ残っているということは、それだけ劣悪な環境に長くいるということだ。


「見せてください」


商人の案内で、市場の最奥へ向かった。


他の檻から離れた場所に、一つだけ特別な檻があった。


中は真っ暗で、何も見えない。でも、何か強大な存在がいる気配がする。


「おい、客だ」


商人が檻を蹴る。その行為に腹が立った。


中から、低い唸り声が聞こえた。怒りと、諦めが混じったような声。


「こいつ、見た目は良いんですけどね。態度が最悪で、前の客も3分で逃げ出しました」


解析眼を発動させた。


そして、息を呑んだ。


【ERROR】

【解析不能】

【警告:規格外の存在】


「これは...」


ゲームで、この表示を見たことがある。隠しボスや、特殊なNPCに使われる演出だ。


つまり、この檻の中にいるのは、ただ者じゃない。


「詳しく見せてもらえますか?」


「え?本気ですか?」


商人は驚いたが、すぐに商売人の顔になった。


「では、明かりをつけましょう」


松明が灯されると、檻の中の人影が見えた。


ボロボロの布を纏い、長い髪で顔を隠している。手足には重い枷がはめられ、全身傷だらけだった。


でも、俺の目は、その奥にある何かを感じ取っていた。この人は、特別だ。


「おい、顔を上げろ」


商人が再び檻を蹴る。


「やめてください」


思わず止めた。


「は?」


「檻を蹴るのは、やめてください」


商人は呆れたような顔をしたが、俺は譲らなかった。


ゆっくりと、檻の中の人影が顔を上げた。


銀色の髪の間から、金色の瞳が覗く。整った顔立ち。いや、整ったなんてレベルじゃない。息を呑むほど美しい。男なのに、見惚れてしまった。


でも、その目には強い敵意が宿っていた。


「...何を見ている」


低い声。だが、その声には、どこか気品が感じられた。そして、なぜか心臓が跳ねた。


「こいつ、口を開けばこの調子でして。買い手がつかないのも当然です」


商人が苦笑いを浮かべる。


俺は、じっと銀髪の男を見つめた。


解析眼では情報が得られない。でも、直感が告げていた。この男は、特別な存在だと。そして、なぜか放っておけない。


「いくらですか?」


「は?」


商人が目を丸くした。


「この奴隷を買います。いくらですか?」


「本当に買うんですか?」


商人は信じられないという顔をしていた。


「後悔しても知りませんよ?こいつ、本当に手に負えませんから」


「構いません。それで、値段は?」


商人は計算するような素振りを見せた後、諦めたような表情になった。


「...金貨10枚でいいです。正直、処分に困ってたので」


通常、戦闘用奴隷なら金貨50枚はする。破格の安さだった。むしろ、こんな安値で売られることに腹が立つ。


「では、それで」


金貨を支払い、契約の儀式を行った。


魔法陣が光り、主従の契約が結ばれる。これで、奴隷は俺の命令に逆らえなくなった。はずだが...


「ふん、また愚かな人間が」


銀髪の男は、相変わらず敵意に満ちた目で俺を睨んでいた。


その視線を受けて、また心臓が跳ねる。なんだこの感覚。恐怖?いや、違う。


「こいつの名前は?」


「名前なんてありませんよ。番号で呼んでました。No.666です」


番号で呼ぶなんて、ひどすぎる。


「そうですか...」


檻の鍵を開けた。


「何をするつもりだ」


男が警戒する。


「とりあえず、ここを出ましょう。話はそれからです」


男を連れて、奴隷市場を後にした。


道中、男は一言も話さなかった。ただ、憎悪に満ちた目で周囲を睨むだけだ。


でも、俺は気づいていた。その目の奥に、深い悲しみがあることを。


泊まっている宿に着くと、まず男を部屋に入れた。


「さて、まずは治療から始めましょうか」


「治療だと?」


男の声に驚きが混じった。


「見たところ、かなり傷を負っているようですし」


創造魔法を発動させた。


現代の医療器具が次々と現れる。消毒薬、包帯、軟膏、そして...


「これは?」


「栄養剤です。かなり衰弱しているようなので」


男は訝しげな目で俺を見たが、抵抗はしなかった。契約の効力だろう。


俺は丁寧に傷を消毒し、薬を塗っていく。触れるたびに、男の体が小さく震えた。痛いのか、それとも...


「なぜだ」


治療の途中、男が口を開いた。


「なぜ、こんなことをする」


「従業員の健康管理は、雇用主の義務ですから」


「従業員だと?俺は奴隷だぞ」


「俺にとっては、一緒に冒険する仲間です」


男の目が大きく見開かれた。


「...正気か?」


「正気ですよ。ところで、名前はありますか?」


男は黙り込んだ。


「ないなら、つけてもいいですか?番号で呼ぶのは嫌なので」


「...好きにしろ」


俺は考えた。銀髪に金の瞳。どこか気高い雰囲気。そして、なぜか心を掴まれる存在感。


「ノヴァ、というのはどうですか?」


「ノヴァ...」


男、いやノヴァは、その名前を噛み締めるように呟いた。


「新星という意味です。新しい始まりになればいいなと」


「くだらない」


ノヴァは吐き捨てるように言ったが、拒否はしなかった。むしろ、少し嬉しそうに見えたのは気のせいか。


治療が終わると、食事を用意した。創造魔法で作った、温かいスープとパン。


「食べてください」


ノヴァは疑うような目で食事を見た後、恐る恐る口にした。


そして、驚いたような表情を見せた。


「これは...」


「口に合いませんか?」


「...いや」


ノヴァは黙々と食事を続けた。その食べ方は、どこか品があった。やっぱり、ただ者じゃない。


あっという間に、皿は空になった。


「もっと食べますか?」


「...いらん」


と言いながらも、視線は皿から離れない。かわいい。いや、なんで俺は男をかわいいと思ってるんだ。


苦笑しながら、追加の食事を用意した。


結局、ノヴァは3人前を平らげた。


「満足しましたか?」


「...まあ、まずくはなかった」


相変わらず素直じゃない。でも、その不器用さが、なんだか愛おしい。って、愛おしいって何だよ。


「ところで、ノヴァさん」


「さん付けは不要だ」


「じゃあ、ノヴァ。君の正体を教えてもらえますか?」


ノヴァの表情が固まった。


「何のことだ」


「解析眼でも読み取れない存在なんて、普通じゃありません」


「解析眼...?」


「対象の情報を見る魔法です。でも、君の情報は『ERROR』と表示される」


ノヴァは考え込むような表情を見せた後、諦めたように息をついた。


「...覚えていない」


「え?」


「俺が何者なのか、なぜあんな場所にいたのか、何も覚えていない」


ノヴァの目に、一瞬、不安の色が浮かんだ。その表情を見て、胸が締め付けられた。


「ただ、時々、夢を見る。大きな翼で空を飛ぶ夢を」


翼で空を飛ぶ...それって...


「もしかして、竜?」


ノヴァが鋭い目で俺を見た。


「なぜそう思う」


「いや、なんとなく...」


実際は、ゲーム知識からの推測だ。『ドラゴンズ・クロニクル』には、人間の姿に変化できる竜族が存在する。


「まあ、正体が何であれ、関係ありません」


「は?」


「これから一緒に冒険するんですから、それだけで十分です」


ノヴァは呆れたような顔をした。


「正気か?俺が何者かもわからないのに」


「わからないなら、これから知ればいいじゃないですか」


俺は笑顔で言った。


「それに、強そうですし。護衛には最適です」


「俺が裏切るかもしれんぞ」


「裏切るような人には見えません」


「...根拠は?」


「直感です」


ノヴァは言葉を失ったようだった。


「お前は、変わっている」


「よく言われます」


「普通の人間なら、俺を恐れる」


「恐れる理由がありません。それより、明日から仕事です」


「仕事?」


「冒険者をやってるんです。一緒に来てもらいますよ」


ノヴァは渋い顔をしたが、契約の効力で拒否はできない。


「...わかった」


「では、今日はゆっくり休んでください。あ、お風呂も沸かしておきました」


「風呂...?」


ノヴァの目が輝いた。いや、確実に輝いた。


「久しぶりか...」


その呟きが、なんだか切なかった。


「好きなだけ入ってください」


その夜、ノヴァは1時間以上風呂に入っていた。


俺は隣の部屋で、今日のことを振り返っていた。


なぜノヴァを買ったのか、自分でもよくわからない。でも、後悔はしていない。むしろ、出会えてよかったと思っている。


この気持ちは何なんだろう。

翌朝、俺は驚愕していた。


昨日まで傷だらけでボロボロだったノヴァが、別人のようになっていた。


銀髪は艶やかに輝き、金色の瞳は宝石のように澄んでいる。

整った顔立ちは、まるで芸術品のようだった。


美しい。素直にそう思った。男の俺が、男を美しいと思うなんて、おかしいのかもしれない。

でも、ノヴァを見ていると、性別なんて関係ない気がしてくる。


「な、ノヴァ?」


「何だ、その顔は」


「いや、あまりにも印象が変わって...」


ノヴァは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「風呂に入って、飯を食って寝ただけだ」


それだけで、ここまで変わるものなのか。いや、元々がこれだけ美しかったということか。


「とりあえず、服を買いに行きましょう」


ボロボロの布では、さすがに冒険はできない。


武具屋で、ノヴァ用の装備を購入する。黒いレザーアーマーと、長剣。


装備を身に着けたノヴァは、さらに格好良くなった。惚れ惚れする。いや、なんで俺は男に惚れ惚れしてるんだ。


「剣は使えますか?」


「...多分」


多分って何だ、と思ったが、とりあえず装備させる。


ギルドに向かう道中、すれ違う人々がノヴァを見て振り返った。それほど、彼の容姿は目立っていた。


「あの美形は誰?」


「新人?それにしても、すごいオーラ...」


女性たちの視線が特に熱い。なぜか、それが少し面白くない。いや、なんでだ。


ノヴァは気にしていないようだが、俺は少し居心地が悪かった。


ギルドに着くと、エリーゼが目を丸くした。


「翔君!その人は?」


「昨日買った奴隷です。ノヴァといいます」


「奴隷...?」


エリーゼは信じられないという顔でノヴァを見た。確かに、奴隷には見えない。王子様みたいだ。


「護衛として連れて行きます。登録は必要ですか?」


「奴隷なら、主人の責任になるから大丈夫よ。でも...」


エリーゼはノヴァをじっと見つめた。そして、頬を赤らめた。


「すごく...綺麗な人ね」


なぜか、その言葉にモヤっとした。


「まあ、頼もしい護衛ができてよかったじゃない」


「ええ、そうですね」


クエストボードを確認した。Cランク向けのクエストがいくつかある。


【ワイバーン討伐】

報酬:金貨50枚

危険度:高


「これにしましょう」


「ちょっと、いきなりワイバーン!?」


エリーゼが慌てる。


「大丈夫です。ノヴァがいますから」


なぜか、ノヴァを信頼している自分がいた。


「でも、彼の実力もまだ...」


その時、ノヴァが口を開いた。


「ワイバーン程度、造作もない」


自信満々の発言に、周囲の冒険者たちがざわめいた。


「新人が何を言ってる」


「ワイバーンを舐めるな」


男の冒険者が一人、前に出てきた。筋骨隆々の体格で、Bランクの証を持っている。


「おい、新人。ワイバーンの恐ろしさを知らないようだな」


「知る必要もない」


ノヴァの態度に、男の顔が赤くなった。


「なら、模擬戦でもするか?」


「カイル、やめなさい」


エリーゼが止めようとするが、カイルと呼ばれた男は聞く耳を持たない。


「どうだ、新人?」


ノヴァは俺を見た。その目が、許可を求めている。


「好きにしていいですよ」


俺の言葉に、ノヴァの目に何か温かいものが宿った気がした。


「...了解した」


ギルドの裏にある訓練場に移動する。


観客も集まり始めた。皆、美形の新人がどの程度の実力か、興味があるようだ。


「じゃあ、始めるか」


カイルが剣を構える。


ノヴァは、渡された剣を片手で持ち、特に構えもしない。


「舐めやがって!」


カイルが突進してきた。


速い。さすがBランクだ。


しかし――


ガキィン!


一瞬で、カイルの剣が弾かれた。


「は?」


カイルが呆然とする。


ノヴァは、まだ同じ場所に立っている。いつ剣を振ったのか、誰も見えなかった。


「遅い」


ノヴァが一歩踏み出した。


次の瞬間、カイルの首に剣が突きつけられていた。


「これで終わりか?」


訓練場が静まり返った。


Bランク冒険者が、一瞬で制圧された。しかも、新人に。


「ば、化け物...」


カイルが震え声で言った。


ノヴァは興味なさそうに剣を下ろし、俺の元へ戻った。


「これでいいか?」


「ええ、十分です」


俺は満足そうに頷いた。予想以上の実力だ。そして、なぜか誇らしかった。


ギルドがざわめく中、レオナルドが現れた。


「騒がしいと思ったら...ほう、面白いものを見せてもらった」


ギルドマスターの登場に、冒険者たちが道を開ける。


レオナルドはノヴァをじっと見つめた。その目は、何かを見極めようとしているかのようだった。


「君が翔君の護衛か」


「...そうだ」


ノヴァは警戒するような目でレオナルドを見返した。


「ふむ...」


レオナルドは何か考え込んだ後、俺に向き直った。


「翔君、少し話がある。二階へ」


ギルドマスター室に通された俺とノヴァ。レオナルドは扉を閉めると、真剣な表情になった。


「単刀直入に聞こう。彼は何者だ?」


「護衛として雇った奴隷です」


「奴隷...ね」


レオナルドはノヴァを見た。


「君から感じる魔力は、人間のものじゃない。いや、亜人でもない。もっと別の...」


ノヴァの表情が険しくなった。


「それがどうした」


「別に糾弾するつもりはないよ。ただ、確認したかっただけだ」


レオナルドは椅子に座り直した。


「翔君、君は面白い逸材を見つけたようだ。大切にすることだ」


「はい」


「それと、これを」


レオナルドは小さな袋を取り出した。


「強化版の発情期抑制薬だ。通常のものより効果が高い」


「ありがとうございます」


発情期。その言葉を聞いて、ノヴァがピクリと反応したのを感じた。


部屋を出ると、ノヴァが口を開いた。


「あの男、只者ではないな」


「ギルドマスターですからね」


「それだけではない。奴も...いや、何でもない」


ノヴァは何か言いかけて、口を閉じた。

その後、二人でワイバーン討伐のクエストに向かった。

道中、俺はノヴァの横顔を何度も盗み見てしまった。


なぜだろう。ただの護衛のはずなのに、もっと知りたいと思ってしまう。

これは、きっと仲間として信頼し始めているからだ。そう、それだけだ。

...本当に、それだけなのか?

ワイバーンの生息地は、王都から北へ半日の山岳地帯だった。

道中、ノヴァとは特に会話もなく歩いていた。でも、不思議と気まずくない。むしろ、心地いい沈黙だった。


「ここら辺のはずですが...」


地図を確認していると、ノヴァが突然空を見上げた。


「来るぞ」


「え?」


その言葉と同時に、巨大な影が俺たちを覆った。

翼を広げれば10メートルはある巨大な飛竜、ワイバーンだ。


【ワイバーン】

レベル:35

HP:3000

弱点:腹部、翼の付け根


「でかい...」


実物を見ると、ゲームとは迫力が違う。正直、足が震えた。

ワイバーンが急降下してきた。鋭い爪が俺を狙う。

やばい、避けられない――


「危ない!」


ノヴァが俺を突き飛ばした。俺の代わりに、ノヴァが爪を剣で受け止める。


ガキィン!


金属音が響き、火花が散る。


「ノヴァ!」


「心配するな」


ノヴァは涼しい顔で言い放った。

でも、その腕は微かに震えていた。さすがにワイバーンの力は強いのか。


「ふん、この程度か」


強がりを言いながら、ノヴァはワイバーンを押し返した。

ワイバーンが再び上昇し、今度は口から炎を吐いてきた。


「土壁術!」


慌てて魔法で壁を作るが、炎の威力に押されて崩れ始める。


「下がってろ」


ノヴァが前に出た。

そして、信じられないことが起きた。


ノヴァの周囲に、銀色の光が集まり始めた。その光は、まるで炎のように揺らめいている。美しい、と思った。いや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「銀炎...」


ノヴァが呟いた瞬間、銀色の炎がワイバーンに向かって放たれた。

ワイバーンの炎と銀炎がぶつかり合う。

しかし、銀炎の方が圧倒的に強く、ワイバーンの炎を飲み込んでいく。


「ギャアアア!」


ワイバーンが苦痛の叫びを上げた。

銀炎に包まれ、地面に墜落する。

そのまま動かなくなった。一撃で、ワイバーンを倒してしまった。


「すげぇ...」


俺は呆然とノヴァを見た。

強い。強すぎる。そして、戦う姿が美しかった。


「今のは?」


「...わからん」


ノヴァ自身も困惑しているようだった。額に汗が浮かんでいる。


「体が勝手に動いた。この力も、なぜか使えた」


銀炎。それは明らかに普通の魔法ではない。もしかして、ノヴァは本当に...


「大丈夫?疲れてない?」


心配になって近づくと、ノヴァが少しよろめいた。


「ノヴァ!」


慌てて支える。ノヴァの体が、俺にもたれかかってきた。

近い。すごく近い。ノヴァの髪からいい匂いがする。冬の朝のような、凛とした香り。


「す、すまん...」


ノヴァが慌てて離れようとしたが、まだふらついている。


「無理しないで。少し休もう」


近くの岩に座らせた。ノヴァは素直に従った。


「水、飲む?」


創造魔法でペットボトルの水を作り出し、差し出す。


「...ありがとう」


ノヴァが水を飲む姿を見ながら、俺は考えていた。

銀炎は、ゲームの設定では銀竜の力だ。つまり、ノヴァは銀竜の可能性が高い。でも、なぜ人間の姿で、記憶を失っているのか。


「ノヴァ」


「何だ」


「無理しないでね。君に何かあったら、俺...」


言いかけて、止まった。何を言おうとしたんだ、俺は。

ノヴァが俺を見た。その金色の瞳に、何か温かいものが宿っていた。


「心配するな。俺は、そう簡単には死なん」


「でも...」


「それより、証拠を回収しないと」


ノヴァが立ち上がった。まだ少しふらついているが、大丈夫そうだ。

ワイバーンの牙を証拠として回収し、ギルドへ戻ることにした。

帰り道、ノヴァが突然口を開いた。


「なぜ、俺を買った」


「え?」


「あの商人も言っていただろう。俺は扱いにくいと。なのに、なぜ」


俺は少し考えてから、正直に答えた。


「直感です。君となら、うまくやっていける気がしたから」


「...理解できん」


「それと」


「何だ」


「放っておけなかった」


ノヴァが足を止めた。


「放っておけない?」


「あの檻の中にいる君を見て、なんだか...胸が痛くなったんです」


恥ずかしいことを言っている自覚はある。でも、本当のことだ。


「君を、あんな場所から連れ出したいと思った」


ノヴァは何も言わなかった。ただ、その表情が少し柔らかくなった気がした。


ギルドに戻ると、また大騒ぎになった。


「まさか、本当にワイバーンを倒すとは...」


「しかも、無傷で」


エリーゼも驚きを隠せない様子だった。


「翔君、一体どうやって...」


「ノヴァのおかげです」


その言葉に、周囲の視線がノヴァに集まった。

畏怖、驚嘆、そして恐れ。様々な感情が入り混じった視線だった。


「おい、あの銀髪...」


「まさか、伝説の...」


ひそひそ話が聞こえてくる。どうやら、ノヴァの正体に心当たりがある者もいるようだ。

カイルが近づいてきた。


「さっきは...すまなかった」


「は?」


ノヴァが訝しげな顔をする。


「模擬戦のことだ。俺が調子に乗ってた」


カイルは頭を下げた。


「お前の実力は本物だ。認める」


ノヴァは戸惑ったような顔をしていた。謝罪されることに慣れていないのかもしれない。


「...別に、気にしていない」


「そうか。それなら良かった」


カイルは笑顔を見せた。


「今度、一緒に飲まないか?」


「は?」


「仲良くなりたいんだ。ダメか?」


カイルの提案に、俺は何故かモヤっとした。ノヴァと仲良くなりたい?それは...


「俺は酒は飲まん」


ノヴァがきっぱりと断った。


「そうか、残念だ」


カイルは肩をすくめて去っていった。

なぜかホッとしている自分がいた。何だこの感情。

その夜、宿に戻った俺は、ノヴァに尋ねた。


「銀炎のこと、何か思い出しましたか?」


「...少しだけ」


ノヴァは窓の外を見ながら答えた。


「俺は、人間ではない。それは確かだ」


「竜、ですか?」


ノヴァは振り返った。


「なぜそう思う?」


「銀炎は、竜族の力だと聞いたことがあります」


嘘ではない。ゲームの設定で、銀竜は浄化の炎を使うとあった。


「銀竜...」


ノヴァは、その言葉を噛み締めるように呟いた。


「もしかしたら、そうかもしれん」


「じゃあ、人間に化けているんですか?」


「おそらく。だが、なぜ人間の姿なのか、なぜ記憶がないのか、わからん」


ノヴァは悔しそうに拳を握った。


「それに、この枷も外れん」


手首と足首にはめられた黒い枷。奴隷の証だが、普通とは違う。

解析眼で見ても、情報が出てこない。


「これは、ただの枷じゃなさそうですね」


「ああ。おそらく、俺の力を封じている」


封印された竜。それがノヴァの正体なら、なぜ奴隷市場にいたのか。

謎は深まるばかりだった。


「まあ、焦ることはありません」


俺は笑顔で言った。


「ゆっくり思い出していけばいいじゃないですか」


「お前は...本当に変わっているな」


ノヴァは呆れたような、でもどこか安心したような表情を見せた。


「普通なら、竜だとわかったら恐れるだろう」


「恐れる理由がありません。ノヴァはノヴァです」


「...理解できん」


ノヴァは首を振った。


「だが...」


「だが?」


「悪くはない」


小さく、本当に小さく、ノヴァが微笑んだ。

その表情を見て、心臓が跳ねた。

ノヴァの笑顔、初めて見た。綺麗だ。すごく綺麗だ。


「どうした?顔が赤いぞ」


「え!?い、いや、なんでもない!」


慌てて顔を背けた。

何だこれ。なんで俺は、男の笑顔でドキドキしてるんだ。

いや、これはきっと疲れているせいだ。そう、疲れているだけ。


「そ、そういえば、お腹空きませんか?」


話題を変えようと必死だった。


「...そうだな」


「じゃあ、何か作ります」


創造魔法で、カレーライスを作った。

前世の記憶にある、俺の好物だ。


「これは?」


「カレーライスです。俺の故郷の料理で...」


嘘ではない。日本は俺の故郷だ。

ノヴァは恐る恐る口に運んだ。

そして、目を見開いた。


「うまい」


「本当?」


「ああ。こんな料理、初めてだ」


ノヴァは夢中で食べ始めた。その姿が、なんだか可愛くて...

ダメだ。また変なことを考えてる。

でも、ノヴァが美味しそうに食べる姿を見ていると、幸せな気持ちになる。

これは、きっと仲間として大切に思っているからだ。

そう、きっとそうだ。


それから数日、俺とノヴァは様々なクエストをこなした。


ノヴァの実力は圧倒的で、どんな魔物も敵ではなかった。

そして、戦闘を重ねるごとに、俺たちの連携も良くなっていった。


「右だ!」


「わかってる!」


言葉を交わさなくても、お互いの動きが読める。

るで、ずっと前から一緒に戦ってきたかのような感覚。

クエストを終えて帰る道、ノヴァが呟いた。


「不思議だ」


「何が?」


「お前といると、落ち着く」


その言葉に、胸が温かくなった。


「俺もです」


「は?」


「ノヴァといると、安心します」


ノヴァは驚いたような顔をした後、また小さく微笑んだ。


「変な奴だ」


「お互い様です」


二人で笑い合った。


宿に戻ると、エリーゼから手紙を渡された。


「レオナルドさんから、明日来てほしいって」


「わかりました」


何の用だろう。まさか、ノヴァのことで何か...

不安になったが、ノヴァは落ち着いていた。


「心配するな。何があっても、俺がいる」


その言葉が、すごく頼もしかった。

そして、なぜか嬉しかった。

その夜、俺は考えていた。

ノヴァと出会ってから、毎日が楽しい。一緒にいると、心が満たされる。

これは、どういう感情なんだろう。

友情?信頼?それとも...いや、考えすぎだ。

ノヴァは大切な仲間。それだけだ。


でも、ノヴァの笑顔を思い出すと、心臓が跳ねる。

ノヴァの声を聞くと、安心する。

ノヴァが他の人と話していると、なぜか面白くない。

これは、本当に友情なのか?


わからない。


でも、一つだけ確かなことがある。

俺は、ノヴァと一緒にいたい。

ずっと、一緒にいたい。

その気持ちだけは、確かだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ